第10話 神話と探索者

「何だって?」


 支部長の言葉が信じられず、シスはそう問い返した。

 ファティはともかく、あのアイリですら驚いたまま硬直。


 何も言わずに黒い頭蓋骨を見ていた。


「そういう反応をするのも無理はない。言っただろう? 死者の蘇生を可能にする、と」

「……そんなもの、存在すんのかよ」

「するから、ここにあるんだろうよ。私とて、鑑定結果が回ってきたときに思わず目を疑ったよ。この世の理を根底から書き換えてしまうアイテムがあるとは、ね」


 死者の蘇生。

 それは、2つの意味を持つ。


 1つ目は、死んだ人間と再び会えるということ。

 それを望む人間が一体どれだけこの世界にいるだろう。

 愛する者との離別は、心が引き裂かれるほどに痛く、辛い。


 2つ目は、二度目の人生を手に入れる人間が出るということだ。

 死者が蘇ったとき、喜ぶのは遺族だけではない。


 死んでも死にきれなかった者たちに、2度目の命が約束される。


「“鏡櫃“。貪欲なる絶対者の物語を聞いたことは?」

「あいにくと。学が無いんでね」

「マスター。そういうときは『馬鹿だから知りません。教えて下さい』って言うんですよ」

「…………」

「相変わらず尻にしかれてるんだな、“鏡櫃“。だが、まあ男は女の尻に敷かれるくらいがちょうど良いと言うものな」

「エルフの格言か?」

「いや、私の言葉だ」

「…………」


 シスは沈黙。


「貪欲なる絶対者ってのは、古い古い王の名前だ。自らの欲しいままに領土を広げ、女を奪い、欲の限りに動いたが……。それでも、たった1つだけ手に入れられなかった。それは永遠の命さ」

「よくある話だな」

「そうとも。よくある話だからこそ、このアイテムの名前にそれがついたということが重要なんだ。死にたくなかった男は、死んだ後に命の流転を手に入れたのさ」

「……鑑定結果、間違えてんじゃねえの」

「ああ。私もそう思ってね。5回はやり直させたよ。でも5回とも同じ結果が出るもんだから、しょうがなく鑑定士の中でもエリートを呼んできた。この意味が分からないお前さんじゃないだろう」


 シスはその言葉に深く頷いた。


 ギルドは鑑定士を、自らの手の中に抱えている。

 それにより、探索者たちから手に入るアイテムの優先的な売買を独占していると言っても過言ではない。


 だが、そのギルドが外部の鑑定士を頼った。

 それだけ、この代物は長命の化け物たる支部長をしても扱いきれなかったということなのだろう。


「それで?」

「それでもなにも、さっき私が言ったとおりさ。このアイテムは『死者を蘇らせる』」

「……随分と、大層なものを手に入れちまったみたいだな」

「そういうことだ。そして、“鏡櫃”。ここからが、本題だがな……。お前さん、こいつをギルドに売る気は有るかい?」

「…………ふむ」


 シスは唸ると、考え込んだ。

 悩んでいるシスに熟考を許さないかのように、支部長は続けた。


「正直言おう。ギルドとしては、こんなものを扱いきれる気がしない。死んだ人間を蘇らせるなど、神の定めた理を覆すに等しい代物だ。……だが、表の流通ルートで流せばそれなりの金額がつくだろうさ。白金貨数百枚か、数千枚か……。10代かかっても使い切れないような莫大な金が手に入る」

「……だろうな」


 命、というのはそれだけ重たい。

 金をいくら出してもいいから、死にたくないという連中はこの世に腐るほどいる。


「だが、それはあくまでも表の話。裏で流せば……。その十倍はくだらないだろうね」

「……良いのかよ。ギルドの支部長が裏社会の話をしても」

「あるもんはあるのだから、黙っていたってしょうがないだろう?」


 裏、というのは文字通り表に出せない商品を扱う売買ルートのことだ。

 

 違法な薬物、ポーション。人体を使ったホムンクルス。

 調教された魔物たちに、異世界から流れ着く武器の数々。

 そして、人権を奪われ命すらも主人の掌に投げられた奴隷たち。


 それら全て、表では出回らないが裏では盛んに取引されているという。


「んで、あんたはどうして欲しいんだ? 支部長」

「私たちの手元から離れれば何でも良い」

「それが本音か」

「分かってるだろう? こんなもの、どんなリスクや厄介事を誘い込むかわからないんだ。確かにこいつの販売手数料の20%は魅力的だがね。世の中、金には変えられないものなんて腐るほどあるんだよ、“鏡櫃”」

「……分かってるさ」


 シスはうなずくと、黒い頭蓋骨を手にとって自らのポーチの中に収めた。


 それは錬金術師が作り出したマジックポーチ。

 【収納魔法アイテムボックス】のように時間を止めたりすることはできないが、込められた魔力の量だけ内容量が異界に広がる優れものだ。


「え、マスター。それどうするんですか? 結局売るんですか?」

「しばらくは持っとくよ。こんな仕事だしな」

「ふむ。確かにお前さんが使うというのもありだろうね」


 支部長はそういって、そっと顎をなでた。


「しかし、こんなアイテムが出てくるなら『死都オルデンセ』も騒がしくなるだろうな」


 シスがそう言うと、支部長は首を横に振った。


「いや、恐らくだが……。そいつはもう手に入らないだろう」

「……何故?」

「ダンジョンにはよく有るだろう。最初に攻略した奴だけが手に入れられるアイテムってのが」

「ああ、あるな」

「恐らく、あの頭蓋骨はそのたぐいの代物だ。この世界に1つしか無い貴重なアイテムだよ。大切にするんだね」

「ああ、大切にするよ。話はそこまでか?」

「そうだ。命を大切にな、“鏡櫃“」

「言われるまでもねぇ」


 シスはそれだけ言い残すと、ファティとアイリを連れて部屋の外に出た。


「す、すごいアイテムでしたね……」


 ファティがおっかなびっくりそう言うと、シスは深くため息をついた。


「つってもなぁ、いまいち信用ならねえというか……。だいたい、この手の話には落ちがつきものだろ?」

「落ち、ですか?」

「ああ。生き返らせても、死んだ直後の状態で肉体が再現されてすぐに死ぬとか。生き返らせたことにキレて、生者を襲ったりとか……。そういう話はいくらでもあるだろ」

「マスター。それはあくまでも神話ですよ?」

「知ってるさ。でも、死んだ人間を生き返らせるなんて、何の代償もなしにできることなのか……と、思ってな」

「ええ、分かります。急に美人が全裸で目の前にあらわれて一日好き放題して良い……って言われたら何か裏があるのか疑いますもんね!」

「そんな話はしてねぇだろ。……いや、そういう話なのか?」


 そんなことを言いながら、3人はギルドを出た。


 今日の主目的である、ファティの初ダンジョンに向かっているのだ。


「お、お師匠は誰か生き返らせたい人はいるんですか?」

「……ん」


 ファティから振られたその問いに、シスはしばらく考え込むと、


「妹、かな」


 静かに、そう言った。

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