第13話 遺伝と探索者

「ファティ。入るぞ」

「は、はい!」


 シスは宿に戻るなり、真っ先にファティとアイリの部屋に立ち寄ると、買ってきたばかりのローブをファティに投げた。


「今度から出歩くときは、それを着てくれ」

「わ、分かりました。……あの、これなんですか?」

「タタ婆のとこで買ってきた『霧の呪い』がかかった外套だ。着ていると、素顔を認識されなくなる」

「……あの」

「ん?」

「……そんなに私の顔ってブサイクですか?」

「ちげーよっ!」


 想定しなかったリアクションが来て、シスは思わずツッコんだ。

 だが、それを面白いと見た少女が誰にも気が付かれないようにほくそ笑むと、そっと語りかけた。


「違うのですよ。ファティさん。マスターはファティさんが美人すぎるから心配をしているのです」

「お、お師匠が私の……? どうしてですか?」


 心配そうに、そしてどこか嬉しそうにアイリに問いかけるファティ。


「可愛い女の子は否が応でもナンパされてしまうものです。でもこれを被っていると女か男か分からない! つまり、ナンパされないのですよ!!」

「あ……。で、でも……。その……」

「どうかされました?」

「アイリ先輩がナンパされてるの見たことないです……」

「ふぁー!!! この娘さらっと私を刺してきましたよ!? 言葉の棘で! ぶすっと!! 言葉の刃が心臓に刺さったーッ!」

「す、すみません……」

「可愛い女の子がナンパされるのに私がされないってことはつまり私が可愛くないってことですよね!?」

「ち、ちが……っ! 可愛いのにされてないってだけで……」

「あ、そういうことですか。なら許します」


 ふん、と鼻息荒くそう言ったアイリが落ち着いたのを確認して、シスは椅子に座った。ファティは身体を起こそうとして、筋肉痛の痛みに顔をしかめる。


「ああ、起きなくていい。そのまま聞いてくれ」

「ありがとうございます……」

「本題から入るが、ファティ。お前が狙われてる」

「……はい?」

「冗談でもなんでもない。お前がいま狙われてるんだ。心当たりは?」

「なっ、無いです無いです! なんで私がっ!?」


 頭をぶんぶん横に振って、否定するファティ。


「お前は【降霊魔法】が使えると、思われてる」

「…………それは」


 ファティの顔に影が降りた。

 

 しばらくファティはそのまま黙っていたが、横になったままシスの瞳を覗き込んでゆっくりと語り始めた。


「……私のお父さんとお母さんは、使えたんです。でも、気持ち悪いと言われて……。村では、死者の埋葬を、やってました」

「ファティは?」

「お父さんも、お母さんも……私には教えてくれませんでした。そんなものに頼ることは無いっていって……」

「……なるほどな」


 シスはわずかに呻いた。


「だから、私は【降霊魔法】を使えないんです。それに、お師匠にも言ったとおり、私は魔力がないです。魔法は、使えないんです」

「それを知っているのは数人だし、それを信じるような奴らじゃないだろうな」


 相手はファティごと、村の子供たちを丸ごと誘拐するような連中である。

 目的のために手段を選ばないということは、よく分かっている。


「そして、魔法ってのはそうも行かないんだ」

「ど、どういうことでしょう……?」

「親から魔法を受け継いでる可能性がある」

「で、でも……。私、使えませんよ!? だから、受け継いでないんじゃ……」

「ファティが使えなくても、ファティの子供なら?」

「……え?」


 シスの問いかけに、ファティは耳を疑った。


「親が持っていた魔法を遺伝で受け継いでいる可能性は高い。だが、その子供が魔力を持っていなかったらどうなるか。その魔法は使えないが、魔法は受け継いでいるという奇妙な状態になる」

「……な、なるほど……?」


 ファティは理解しているのかしていないのか、微妙な声をあげた。


「ファティを狙ってる連中はファティが魔法を使えないと判断したら、その子供を使って魔法を手に入れるだろうな」

「でっ、でも……。私、まだ子供ですよ?」

「方法なんていくらでもあるさ。魔法や薬物による、強制的な肉体の成長。あるいは必要な臓器だけを取り出した外部受精。禁術による自己増殖とかな」

「ひっ……」


 ファティの口から乾いた声が漏れる。


「だから、外に出る時はそのフードを絶対に脱ぐな」

「わ、分かりました! 絶対に脱ぎません!!」


 ぎゅ、とフードを抱きしめるファティ。


「あ、でもそんなことしなくても大丈夫な方法がありますよ?」

「何だよ。ろくな方法じゃないとぶん殴るぞ」

「ちょっと!? 暴力反対! マスターは変態!!」


 アイリを無視して、シスはファティに語りかけた。


「ファティ。今日は身体が動かせんと思うが、休むのも立派な仕事だ。ここにアイリを置いとくから、好きに使ってくれ。俺はギルドに用事があるから少しでかけてくる」

「ちょっと!! 私の思いついた方法を聞いていってくださいよ! たった一つの冴えたやり方なんですから!」

「冴えてなかったら?」

「殴ってもらっても大丈夫です! というか、実はまだマスターに殴られたことないんですよね、うへへ。あっ、よだれが……」

「もう行っていいか? 俺、ギルドに用事があるんだが」

「ま、待ってくださいよ! いま言いますから!!」

「……早くしてくれ」

「つまりですね。ファティさんには魔力がないから魔法が使えないって話じゃないですか。だから、魔法を受け継いでる可能性のあるファティさんに魔力を持った子供を産ませたらその魔法が使えるってこと……で、あってますよね?」

「そういうことだ」

「ですが、マスターもファティさんも大事なことを忘れていますよ」

「忘れてる? 何を?」

「人は子供を宿したら新しく子供ができないってことです。だから、ファティさんとマスターが子供を作れば……」


 シスの拳骨がファティの頭蓋を打ち付けた。


「こう見えてもこいつは強いから、安心して休んでくれ」

「わっ、分かりました……」

「こいつの冗談を真に受けるなよ?」

「わ、分かってます。冗談ですもんね!」


 わずかに顔を赤くしたファティにガチだと勘違いされないように念を押して、シスは部屋を後にした。


ったぁ……。ほ、本気で殴られました……」

「だ、大丈夫ですか? アイリ先輩?」

「勿論ですよ! これでマスターの初めてをもらえましたよ。うへへ……」


 アイリは飛び起きると、拳を握りしめた。


「それに、私とマスターの初夜はこんなもんじゃなかったですから。そりゃあ最初は痛くって……」


 ガチャ、と音を立ててシスが無言で中に入って来てアイリを見下ろした。

 アイリもその圧で思わず無言になってしまう。


「あと、こいつの言うことは100%嘘だと思って過ごしてくれ」

「う、嘘だなんて……。冗談ですよ! じょーだん!!」


 アイリの乾いた笑いを、シスの冷たい瞳が一瞥いちべつすると、彼は再び踵を返した。

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