第7話 服と探索者

 3人は街に着くと屋台で適当な軽食を買い、それを食べながら街の中を歩き始めた。パンに焼いた肉を詰めて塩を振っただけだがシンプルであるが故に美味い。


「まずは兎にも角にも服屋ですね!」

「ふ、服……ですか」


 アイリが勢いよく手を上げて言うと、ファティが困惑したように尋ね返した。


「で、でも……。私、お金を持って無くて……。だ、だから、大丈夫です……っ!」

「なんにも大丈夫じゃねえだろ」

「そうですよ。天下の“鏡櫃”、その一番弟子がこんなみすぼらしい格好をしていたら示しがつきません。というわけで、服屋にレッツゴーです!」

「天下、というのはちょっと違うが……アイリの言ってることでおおむね合ってる。Aランク探索者の一番弟子にそんな格好をさせてたら、師匠としての顔が無くなるんだよ。金なら心配はすんな。それなりに稼いでるから」

「Aランクダンジョンともなれば、その過酷さに見合ったアイテムがざっくざくですからね! しかも、マスターは昨日ダンジョンを一つ攻略されたばかりなので懐は温かいのです。さ、大船に乗った気持ちで!」

「そういうことだ。金の心配なんて、弟子がするもんじゃねえ」


 2人からそう言われて、ファティは目を丸くして驚いていたが……しばらくして、深く頭を下げた。


「おっ、お願いします」

「というわけで今日は着せ替え人形になってもらいますからね!」


 アイリは元気にそう言うと、ファティの背中を押して近くの服屋に向かった。


「……誰かと思ったら“鏡櫃”と、その相方かい」

「おっひさしぶりです。タタ婆」


 アイリが元気に挨拶すると、タタ婆はシスをつま先から髪の先まで見回して、ため息をついた。


「ふん。“鏡櫃”は相変わらずつまらん物を着てるね。それは防具じゃないか」

「良んだよ。俺は男だから」

「防具を普段使いする奴がどこにいるんだい」

「ここにいるじゃないか」

「だからモテないんだよ。“鏡櫃”」


 タタ婆はそう言って大きくため息をつくものだから、シスは閉口。


「……あんたまでアイリと同じこと言うのかよ」

「そりゃ言うだろうさ。あんたの格好はつまんないからね。んで、今日の用事はそのつまんない格好をどうにかするんじゃないだろう」

「話が早くて助かるよ。今日はこの子に似合う服を探しにきた」

「……ふうん? これまた随分と小さな子だね。買ったのかい?」

「引き受けた」

「ほう? ということはこれ、あれかい? あんたの弟子かい」

「そういうことだ。だが、俺は女の子の服が分からん。ということで、今日はあんたにこの子の服を見繕ってほしいんだ」

「マスターがわからないのは女心もですよね?」

「……くだらんツッコミをするな、アイリ」


 「ふむ」、と値踏みをするかのようにタタ婆はファティを見ると、人差し指をまっすぐシスに向けた。


「注文は?」

「それなりに街を歩ける格好だ。予算は……これくらいで」


 そうシスが3本指を立てると、タタ婆は「ふん」と鼻を鳴らした。


「しかし、つまらん男だね。こう言うときは『より可愛らしく』とか『彼女の魅力が引き立つように』とか言うもんだよ」

「そうですよ。マスターの言い分だとファティさんの着ている物が駄目みたいじゃないですか」

「いや、実際にそうだろ」


 シスがそういうと、アイリとタタ婆は顔を見合わせてため息をついた。


「レティシアはこんなんの何が良いんだか」

「ダメ男じゃないとダメって人、いるじゃないですか。あれだと思うんですけど」

「違いないね」


 そう言うと、2人してニヤッと笑った。


「ん? もしかして俺の悪口言われてる?」

「言ってませんよ。さ、マスターは外で待っててください。もしかして女の子の着替えを見たいんですか? そんなに見たいなら仕方ありません。私がひと肌脱いで……」

「そこら辺歩いとくよ。アイリ、ファティを見守っててくれ」

「ちぇっ。マスターの意気地なし」

「ぶっ殺すぞ」

「ざんねーん。私は死にませーん!」


 なんていつものようにやり取りをしながら、店の外に出る。

 タタ婆は年老いているものの、しかし女性だ。


 今どきの流行には敏感だし、服飾関係をやっている分アンテナも張っている。

 彼女にまかせておけば、よっぽど変な格好にはされないだろう。


 なのでシスはそっとファティの服について、思考を切り離すと、


「探索者やるときって、何がいるんだっけか」


 おおよそ、Aランク探索者らしくもないことを呟いて散歩にでかけた。


 女性の買い物は長いということを風の噂と遥か昔に妹から聞いていたのでたっぷり1時間は開けて、タタ婆の店へと戻ると店の中からアイリとタタ婆の声が聞こえてきた。


「こっちだね」

「いーや。こっちですよ。ほら、ファティさんは髪が水色だから青系で統一したほうが映えるんですよ」

「何いってんだい素人が。全部を統一したって埋もれるだけさ。ここに赤のワンポイントがある方が良いんだよ」

「……何やってんだ?」


 シスが困惑しながら、そう問いかけるとアイリとタタ婆が同時に振り向いた。


「あ、マスター! この婆さんに言ってやってくださいよ! もう歳だから時代についてこれてないんですって! ここで赤を持ってくるのは流石に古すぎるんです!」

「おい、“鏡櫃“! このクソガキに言ってやんな。若いくせに挑戦せず、平凡に逃げることのつまらないことを。同じ色で統一すんのは服に興味を持って1年未満のルーキーがやることだってな」

「何の話だよ」


 訳が分からないシスがそう聞くと、アイリが口を開いた。


「ファティさんに着せる服のことですよ。私とタタ婆でファティさんに似合う服がどっちかっていうのを言い争ってるんです」

「ファティは?」

「いま更衣室に居ますよ。呼んできましょうか? マスターが見たがってた下着姿ですよ」

「いや、そうじゃなくて。ファティの意見はって聞いてんだ」


 シスがうんざりしながらそう聞くと、タタ婆が鼻で笑った。


「あの嬢ちゃんは『自分じゃ街の格好が分からない』つって、私らに投げたのさ」

 

 なんとなくだが話が見えてきたシスは、心底どうでも良さそうにため息をついてから、


「両方買うから準備してくれ。それで良いだろ、もう」


 そう言って、決着をつけた。


 しばらく店の中で待ってると、更衣室にファティを呼びに言ったアイリが大きな声でシスを呼んだ。


「マスター! 目瞑って待っててください!」

「なんでだよ」


 と、文句を言いながらも律儀にちゃんと目を瞑ってアイリの到着を待つのがシスという男である。


「おい? もう良いか?」

「こりゃ、とんでもないお宝引っ張ってきましたよ。兄貴マスター! とんでもねぇ、掘り出し物でっせ!」

「今度は何のキャラだ?」

「山賊っぽくしてみました! あ、もう良いですよ。目を開けてください」


 アイリにそう言われて、シスが目を開くと……まず水色の髪が揺れた。


 淡く、消えてしまいそうなほどに流れる水色の髪と、それを支える深海のように深く青いブルーの瞳。まだ、13とは思えないほどに整った顔立ちは、10人歩けば10人が目を引くだろう。


 アイリとは、全く別の美人……の、卵がそこにいた。


 揺れているのは彼女の髪と瞳を邪魔しない寒色の少女服。


「ほらー! この格好はマスターにドストライクなんですよ!」

「チッ。今回は負けたけど、次は負けないからね」

「良いですよ。受けて立ちましょう!」


 店の奥ではそういってアイリとタタ婆が拳を突き合わせていた。


 さっきまでの喧嘩はなんだったんだよ、と言いたくなるが、それよりもファティの変身具合に目が離せない。


「どう……ですか?」


 まだその格好に慣れていないのだろう、恥ずかしそうに顔を赤く染め、それでもわずかにはにかみながら、上目遣いでそう尋ねてきたファティに、シスはしばし言葉を失ってから……。


「……似合ってる、ぞ」


 と、だけ言って本人も恥ずかしそうに顔をそむけた。


 それを見ていたアイリとタタ婆はお互いに顔を見合わせると、


「今のは80点だね」

「はい。80点ですね」


 そういって、ニヤニヤと笑っていた。

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