第8話 武器を選ぶ探索者

「よし、次は武器だ」

「武器、ですか?」


 服屋であるタタ婆の店を後にした3人は、大通りを歩きながら次の店を目指していた。


「そうだ。探索者なら誰でも大なり小なり武器を携帯するもんだ。例え魔法使いでもな」

「え、でも……その、お師匠は武器を持ってないみたいに……見えるん、ですけど」

「俺の武器はこいつだ」


 そういって、シスはアイリを指さす。


「はい、私がマスターの愛武器こと最かわホムンクルスのアイリでーす!」

「な、なるほど……」


 分かっているのか、分かっていないのか。

 どっちとも付かない声でファティは頷いた。


「ま、さっきも言ったとおり俺たちは少し特殊なんだ。それに、ファティもすぐに武器を決める必要はない。色々と見て回って、自分にぴったり合う武器を見つければ良いのさ」

「うわっ。ちょっと前に『探索者として成長するためにはどうしたら良いですか』って聞いてきた少年探索者に『自分で考えろ』と返した男とは思えませんね。やっぱり、女の子には激あま……」

「弟子と弟子じゃないやつなら対応にも差が出んだろ」


 と、シスが正論を吐き出すと、足を止めた。


「とりあえずここだ」

「わぁ。すごいたくさんの剣……」


 シスたちがやってきたのは、『迷宮都市』の中でも品揃えならトップクラスの刀剣屋。武器の質も性能も問わず、とにかく量だけを集めたごちゃついている店である。


「ここにある剣の性能はともかくとして、量は確かだ。見るも良し、手に取るも良し。今日はファティの気の済むままに見て回ればいい」


 シスはそういうが、ファティはその声が届いているのいないのか。武器たちに圧倒されるように息を飲んで、固まっていた。


「店の前で誰がウチの悪口を言ってんだと思ったら“鏡櫃きょうひつ”か。文句言うならよそに行って……っと、可愛い子だな。お前の彼女か?」


 店の中からぬっと、姿を表すのは見上げるほど背の高い男。

 『迷宮都市』の中でも1、2を争うほどの品揃えである武器屋の店主であるシスの友人、ガンダだ。


「そんなわけないだろ。弟子だよ弟子」

「びっくりしたぜ。お前、デートで武器見に来そうだもんな、弟子なら良かったぜ」

「俺を何だと思ってんだ」


 シスがそういうと、2人で笑う。

 そして、ガンダは背の低いファティを見下ろすと、にっと笑って、


「さて、“鏡櫃“の一番弟子。ついてこい」


 そう言って、ファティを店の中へと案内した。


「あんまいじめんなよ」

「まさかお前の口からそんな言葉がでてくるとはな。歳は取るもんだぜ」


 ガンダはそう言うと、まず店の入口付近にあった長剣を指差した。


「まずは、王道な長剣からだ」

「いっぱいありますね……」

「ウチは品揃えだけが取り柄だからな。さて、こいつらの特徴だが……。取り回しやすい上にリーチもそこそこ。そして何よりも……長剣は使ってる奴が多い」

「使ってる人が多いと……何か良いことがあるんでしょうか?」


 ファティの問いかけに、ガンダは「おうとも!」と快活に返事した。


「使ってる奴が多いってのは、それだけ先人がいるってことだ。つまり、道が整ってるってことだな。入門のための道場なんかも数が多いし、長剣を使った剣術の歴史も深い。変な武器に手を出して、『どうやって使えば良いんだろう』と悩んでる間に、長剣を振ってれば……まぁ、強くはなれるな」


 ファティは自分の知らない知識を精一杯頭に入れようと、何度も頷く。


「さて、お次はこっちだ。短剣だな。さっきよりも剣のリーチが短く、その分モンスターに近づかなきゃいけねぇ。だが、こいつはさっきの長剣よりも明確な利点がある。なんだか分かるか?」

「ち、小さいから……軽い、ですか?」

「正解。お前さんでも持てるだろうよ。持ってみるか?」

「はい!」


 ガンダは適当な短剣を手に取ると、ファティに握らせた。


 ファティは短剣を手にとったが、予想以上に重たかったのか思わず取りこぼしそうになっていた。


「……重い」

「はははっ! そりゃそうさ。花みてぇに軽くはねぇよ。でも、こいつよりは軽いんだぜ」


 そういってガンダは長剣を手に取ると、ファティに握らせた……が、彼女は長剣を持ち上げることができずに唸った。


「す、凄い重いです……」

「ほらな。だからこいつは、お前さんみたいな小さい身体のやつに人気なのさ。……しかし、長剣が持てねぇとなると使える武器も狭まるな」

「すみません……」

「謝んなくていいさ。むしろ、その分決めやすくって良い」


 ガンダはそういうと、店の奥へと入っていく。


「こっちだ」

「は、はい!」


 それを追いかけてファティが小走りでガンダの後を追った。


「良いんですか?」


 それを見ていたアイリが、短くシスに尋ねる。


「ん? 何が」

「マスターが武器を見繕みつくろわなくて、ですよ。今のままだとまるでガンダさんが師匠みたいになってますよ!」

「良いんだよ。俺が変なこと教えるよりもその道のプロに教わったほうが良い。餅は餅屋。武器は武器屋。んで、ダンジョン攻略は探索者ってわけだ」

「おぉ、マスターがそれっぽいこと言ってる!?」

「もし、ファティが近接戦闘に手を出したらアイリが教えるんだぞ」

「え。聞いてないんですけど」

「俺は近接戦闘できないからな」

「聞いてないんですけど!!」

「いま言った」

「全部マスターに押し付けて、慌てふためく様子を楽しみながら楽しようと思ってたのに……」

「どうせそんなこったろうと思ってたぜ」


 シスがそう言って鼻で笑うと、店の奥からぬっとガンダが顔を出した。


「夫婦漫才やってねぇでさっさと来い、“鏡櫃きょうひつ“。師匠だろ」

「あいよ」

「え!? マスターが夫婦ってことを否定しなかった? これって私でもワンチャンあるってことですか?」

「なんのチャンスを狙ってんだよ」


 悪態をつきながら、部屋の奥に向かうとファティの前にいくつかの武器が並べられていた。


「この嬢ちゃんで扱える武器のサイズというと、この辺が限界だな」

「なるほど。……まぁ、こんなところだろうな」


 ファティの前に並べられていたのは短剣、短刀、短槍、双剣、短弓。などなど、短くて取り回しやすい武器たちである。


「魔法が使えるなら、もう少し選択肢も広がるんだろうがな」


 ガンダがそう言うと、ファティがぱっと顔を上げた。


「魔法……ですか? やっぱり、私でも魔法が……?」


 その明るい表情にシスは面食らいながらも、馬車の中で伝えられなかった事実を伝えるべく口を開いた。


「普通は8〜10歳のうちに、魔力が目覚める。……ファティ、何歳だ?」

「13です」

「これまで、自分の腕力以上の物を持ち上げた経験は?」

「な、無いです」

「火や水を、何も無いところから生み出したことは?」

「それも無いです……」

「じゃあ、水を飲もうとしたときに水に味がついてたことは? もしくは、自分の周りにある石や木が風も無く勝手に動いてたことは?」

「無いです…………」

「なら、魔法は使えねぇな」

「そんなぁ……」


 顔を暗くして、がっかりと落ち込むファティ。


「わはは! そうがっかりすんな! 魔力持ってるやつなんて3人に1人。俺だって持ってねえし、探索者の中には魔法使いでも魔術師でもねえのに大成してるやつなんてごまんといるぜ!」


 その肩をバンバンとガンダが叩いていた。


「そういうことだ。魔法が使えようが、使えまいが……やるべきことをやればいい」

「……がんばります」

「それで武器だが……なんか気に入るやつはあったか?」

「それが……。その、あんまりよく分かんなくって」

「初めてだとそんなもんか」


 シスはうなずくと、適当な短刀を手にとった。


「こいつで良いだろう。ガンダ、これをくれ」

「まいどあり!」


 シスはガンダに金貨を手渡した。


「短刀なら俺も触ってたことがあるからな。明日から特訓だ」

「は、はい! がんばります!!」

「おう。若いって良いねぇ」


 ガンダは勢いよく挨拶を返すファティを優しい目で見守っていた。

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