第6話 打ち解ける探索者

 ガタガタと馬車の走る音が荷台に響く。


 そこに乗っているのは3人。黒い男と、真白な少女。

 そして、みすぼらしい格好をした水色の髪の少女だ。


「良いですか。ファティさん。あなたはマスターの弟子になったわけですから、当然マスターのことを師匠と呼ぶようになるわけですよ」

「は、はい! よろしくお願いします、お師匠!」

「おっ、良いですね。ただ、師匠と呼ぶのではなくお師匠とつけることでマスターの記憶に残りやすくするという作戦、見事です」

「あ、いえ。そういうわけじゃ……」

「……好きに呼んでくれ」


 村を出てからずっとアイリはこの調子なのでツッコミも間に合わずにシスは彼女の好きに任せていたが、時折疲れたようにツッコんでいた。


「いえいえ、ファティさん。謙遜なさらずに。そして、私とマスターは一蓮托生。生きるも死ぬも一緒です。つまりこれは伴侶と言っても差し支えないのですよ」

「差し支えるだろ、それ」

「は、伴侶……。アイリさんは、マスターの奥さんってことですか?」

「マスターの奥さん……。……なるほど、素敵な響きですね」

「ちげーよ。嘘教えんな」


 にやっと笑ったアイリにツッコむべく寝転んでいたシスが身体を起こした。


「アイリはダンジョンの最奥でドロップしたホムンクルス。俺と契約し、俺の相棒になったやつだ」

「はーい。製造年齢不肖、体重も内緒。きゃわわなマスターの相棒ことアイリでーす。よろしく☆」


 きゃぴ、と指をVにしてアイリは挨拶。

 だが、あいにくと彼女のマスターは無視。


「まぁ、終始こんな感じだ。疲れるだろうが、仲良くしてやってくれ」

「は、はい! よろしくお願いします。アイリ先輩」


 2つの手で握りこぶしを作って、ファティは勢いよく挨拶。


「せ、先輩……!? 良い響きです! 良い響きですが、それだと私がマスターの弟子みたいになりませんか? いや、うーん。でも先輩という響きは捨てがたい……」


 1人で喋り続けるアイリを差し置いて、シスはファティを見た。


「アイリと俺は魂の契約を結んだ。俺の魂がこの世にある限り、アイリは。どれだけ傷をおおうと、どれだけ損傷しようと、だ」

「えっ!? アイリ先輩ってそんなに凄い機能が?」


 アイリの性能に驚いたファティがそう声を上げると、真白な顔を真っ赤にしてアイリが怒った。


「機能ってゆーな! それじゃあゴーレムみたいじゃないですか!!」

「んで、何故かこいつはゴーレムを馬鹿にしている」

「そりゃそうですよ! ゴーレムも私たちと同じ様に魔術師に作られたのかもしれませんが、所詮は土木工事用のゴーレム。ですが、ホムンクルスは正真正銘、人を目指して作られたいわば。あんな土人形と同じにしてもらっちゃ困りますー!」


 むがー! と怒りをあらわにするアイリを2人で見ながら、シスはさらに補足説明。


「まぁ、俺からすれば別にゴーレムだろうがホムンクルスだろうが何でも良いんだが……。アイリの前で口にだすと面倒だから口に出さない。ファティも面倒ごとが嫌なら口にださないのが得策だ」

「え、マスターって私のこと面倒な女だって思ってたんですか?」

「そうは言ってねぇだろ」


 ファティは情報の洪水を飲み込めきれない顔をして、シスとアイリを交互に見た。


「……んま、なんだ。経緯はどうあれ、ファティは俺の弟子になった。これからよろしくな」

「は、はい! よろしく、お願いします!」

「そろそろ『迷宮都市』に着きますよ」


 シスが差し出した手をファティが取って、2人で握手をした瞬間に御者がそう言ったので、これ幸いとシスは馬車の進行方向を指差した。


「あれが今、俺たちが根城にしてる『迷宮都市クノッソス』。口の悪い探索者たちからはクソって言われてる街だ」

「マスター、女の子相手にお下品ですよ」

「アイリの口から品なんて言葉が出てきたことに驚きだが、『迷宮都市クノッソス』には大小合わせて40のダンジョンがある。その中心にあるのはAランクダンジョン『死都オルデンセ』だ。正しく言えば、『死都オルデンセ』に吸い寄せられるようにして、他のダンジョンが集まったっていうのが正しいか」

「ダンジョンが……40個……。ダンジョン……に、吸い寄せられる……?」


 呆然とした顔で『迷宮都市』を見つめるファティ。

 生まれてこの方、村から出たことの無い彼女にとって初めて聞く知識ばかりで、それをどう処理をして良いのかも分からず混乱しているのだ。


「ダンジョンが40個もあるもんだから、人も武器もアイテムも金も集まる。この国では探しものを探すときは王都よりもクノッソスを探せ、なんて言われるくらいだ」

「あっ、そ、それ。私も聞いたことあります」

「正直言うと、俺はこの都市での用事を終えたからおさらばしようと思っていたんだが……状況が変わった。ファティの装備を見繕うなら、これ以上にベストな場所はない」

「装備、ですか?」


 ファティが首を傾げたので、シスは「そこからか」と呟くと、


「普通の探索者は自分の得意な武器を使って、ダンジョンを攻略する。剣とか、槍とかな」

「で、でもお師匠もアイリ先輩も何も持ってないですよね……?」


 恐る恐るファティが尋ねると、シスはにやりと笑った。


「良い質問だ。俺たちは。アイリ、見せてやってくれ」

「はい」


 アイリはうなずくと同時に、馬車の床に手を添える。

 すぐさま、黄金の魔法陣が走り中から真白な柄が現れ……アイリはそれを引き抜いた。


「こんな感じでアイリは『錬成魔法』が使える。錬金術師なら誰でも使えるやつだが……この展開速度で、実戦に耐えうる剣を生み出せるのはアイリくらいのものだろうな」

「わわっ。マスターに褒められた! もっと褒めてください! できれば毎秒……」

「んで、俺のは……見たと思うが、これだ」


 シスが小さく「【展開】」と呟くと、彼の手元に鏡のように周囲の光景を反射する立方体が出現する。


「あ、それ……。山賊のときの……」

「【収納魔法アイテムボックス】だ。難しい話をしたってわかんないだろうから、簡単に言うとこの箱は壊れねえ」

「ぜ、絶対に……ですか」


 師匠が力強く言った言葉を繰り返して、箱を見つめるファティ。


「そうだ。絶対に、だ。そして、この箱の境界面にあった物はどんなものでも斬れちまう。アイリ、剣をこっちに」

「はい、マスター」


 アイリは自ら生み出した剣を、シスに手渡した。


「【展開】」


 シスが詠唱すると、剣の中心に鏡の立方体が生まれて、


「【解放】」


 ぱっ、と箱が消える。すると、カツンと音を立てて箱と全く同じ大きさの立方体にくり抜かれた刃の腹が地面に落ちた。


「こんな感じだ」

「……すごい、すごく綺麗に斬れてる」


 真四角の穴が開いた剣を覗き込むファティ。

 シスもアイリもわずかに満足げだ。


「ま、他にも色々とやり方はあるけどな。今はこれだけ分かっていればいい」

「わ、私は……」


 ファティはアイリの剣から目線を上げると、声を震わせながら言葉を紡いだ。


「魔法が、使えません」

「知ってる」

「武器も……握ったことは、無いんです。お父さんと、お母さんの手伝いで、シャベルを握ったことが……あるくらいです」

「まぁ、だろうな」

「だから、その……私でも、戦える、でしょうか?」


 その震える瞳を、シスはまっすぐ見つめ返して、


「誰だって、最初から戦えるはずがない。いろんな武器を試して、いろんな魔法に触れてみると良い。もしかしたら、魔術や魔法が使えるかも知れないしな」

「わ、私でも……魔法が?」

「魔力があるならな」


 魔術は貴族階級だけに許された特権だ。


 極稀に、平民にまで魔術が降りることがあるが……体系立てて魔術を学んでいない彼らは逆立ちしても貴族たちには勝てない。どうしても、独学と積み重ねられた知識には差があるからだ。


 だが、それでも魔術というのは強力な武器になる。


「まぁ、ファティの師匠は俺だ。色々やってみて、俺に聞いてくれれば良い。そうすりゃ、いつか自分の得意なものが見つかるさ」


 シスの言葉に、ファティは深く頭を下げる。


「が、がんばります!!」


 その元気な姿勢に、思わずシスの口角は緩んだ。

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