第5話 弟子と師匠

 子供たちを連れて帰ったシスとアイリは、村人に迎えられるとすぐに村長の家へと案内された。


 そして、申し訳無さそうにした村長と銀貨と銅貨が山程つまった袋が2人を出迎えた。


「その……これが、我が村から差し出せる全てなのです…………」


 ひどく申し訳無さそうに、必死になって頭を下げる村長。

 きっと、それが彼らにとっても数少ない財産を集めてきたのだということが分からないほどシスは馬鹿ではない。


 騎士団もやってこないような辺境で、金を稼ぐ手段なんて無いに等しい。

 それでも、大切な子供たちを取り返したAランク探索者に報いたいと思って、現金を集めてくれたのだろうということは、シスには痛いほど分かった。


 だが、足りない。

 圧倒的に足りない。


 それでは相場の半分ほどもないのだ。


 そして、シスがプロである以上、報酬を下げるということがあってはならない。

 そのしわ寄せはシスではなく、その遥か下。Eランク、Dランクといった食うにも困っている新人探索者たちに行く。


「それで、足りない分をで補いたいのですが……いかがでしょうか」


 これ、と呼ばれて差し出されたのはファティだった。


「いかがですかって言われても、な」


 ファティの柔らかい水色の髪が揺れる。彼女はひどく緊張しているようで、震える瞳でシスを見つめていた。シスは深く息を吐く。


 確かにこの国では人身売買は違法ではない。

 親の借金を返済するために売り飛ばされる子供も少なくないのだ。


 だが、今回の事例は少し違う。

 それをシスは見抜いていた。


「村長さんよ。それ、口減らしだろ」

「いっ、いえ。そんなことはありません。ファティはこのように、見た目は美しいですし……」

「まだ子供じゃねえか。何させるつもりだよ」

「お、お側に仕えさせれば……役に立つことも……」

「役に立つ、ねぇ」


 シスは深く椅子に座り直して、ため息をついた。


「なぁ、村長。俺が誰だか知ってるか?」

「……若くしてAランク探索者にたどり着いた天才だと、聞いております」

「そう、それだ。俺は探索者だ。ダンジョンに潜り、ダンジョンを攻略して金を稼いでいる。んで、そいつは何の役に立つ? 魔法が使えるか? 剣が使えたり、弓が使えたりするか?」

「……そ、それは…………」

「依頼ということで、俺はその子を助けた。でもな、俺もお人好しじゃない。いつまでも生き残ってるなんて保証もねぇ。そんなやつが人を貰ってもな、どうしようもないんだ」


 シスの言葉になおも村長が食い下がる。


「……で、ですが」

「それに、俺には目的がある。Aランクダンジョンを攻略し、その最奥を暴かないといけない。その目的に、そいつは何の役に立つんだ」

「…………」


 アイリは無言。


 彼女はいつもシスをおちょくるが、馬鹿ではない。

 シスが嫌われ者を演じて、自分のもとに無垢な少女がやってこないように村長に牽制していることを、言われなくても分かっていた。


 ファティは困惑しながら、口を開いた。


「……あの、シス様」

「俺に様をつけるな、虫酸が走る」

「あ、マスターは様付けしない方が良いですよ」


 アイリとシスの両方からそう言われて、ファティは一度ツバを飲み込んで、シスを見つめ直した。


「シス、さん。私も、シスさんのところで働きたいです」


 ファティが頭を下げる。


「俺の話を聞いていたか?」

「……はい。でも、この村に私の居場所は無いんです」


 そして、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「……私の、両親は……この村で、死者を埋葬する、仕事をしてました。でも、それはこの村では、あまり良い仕事とされてないんです」


 ファティは言葉を噛みしめるように胸の中でその言葉を発した。


 忌み人、か。


 ファティの身分を言葉にすると、そうなるだろう。


 人や動物の死体の処理や埋葬などは一般的に教会の仕事だが、このような教会のない辺境では人を埋葬するためだけの一族がいる。そういった者たちはけがれ、あるいは忌み人と呼ばれて、村の人間から忌避される。


 どこの辺境にもある、つまらない話だ。


「きっと……冬になれば口減らしで売り払われます。そうなったら、あそこで山賊たちに捕まっていたときと、何も……変わらないんです」


 ファティは胸の前で手を握りしめて、そう言った。


「だから……。その……」


 ファティはそういって、目を泳がせると意を決したようにぎゅっと手のひらを握りしめた。


「だから、私をシスさんのところで働かせてください。炊事、掃除、洗濯。なんでも、やります。やらせてください」


 そして、深く頭を下げた。


「おおっ! 良いですよファティさん! マスターは女の子に激あまです! その調子で頑張ればマスターも折れてOK出しますよ!」

「えっ、そうなんですか!? じゃ、じゃあ、がんばります! お願いします! シスさん!!」

「おい、変なこと教えんなアイリ。あと、ファティ。それを真に受けるな」


 シスは深くため息をついた。


「だめだ。メイドというなら、こいつで事足りてる」


 そういって、アイリを指さすシス。


「え、嫌ですよ。私は誰かにやってもらえるなら、やってもらいたいです!」

「お前が楽したいだけだろ」

「そーです。ホムンクルスだって楽をしたいんです」

「とにかく、駄目だ。駄目。俺には誰かの面倒を見るなんて、そんな余裕は」

「あ、じゃあこうしましょう。ファティさんが、マスターに弟子入りすれば良いんです」

「……は?」

「で、弟子……ですか?」


 困惑するシスと、ファティ。

 村長は何も言わずに、じっと事の成り行きを見つめていた。


「はい! Bランク以上の探索者には弟子を育成する権利があります。優れた技術を独り占めするのではなく、次世代につないでいくこと。それがダンジョンという神秘を暴く探索者に与えられた贖罪なのですよ。知ってますよね、マスター」

「……知ってるが」

「であれば、問題はないはずです。ほら、マスター。世の中には、自分の弟子に身の回りのお世話を全部やってもらってる探索者も少なくないのですよ。どうです? ファティさんを弟子にとれば、身の回りの世話全部やってもらえますよ。上も下も!」

「だから、それは俺にメリットが……」

「え、マスター。もしかして知らないんですか?」

「何が?」

「Sランク探索者に昇格するための必須条件は1人でも弟子をAランク以上に育成することですよ」

「……マジ?」


 シスが聞き返すと、アイリは大真面目に頷く。


「マジですよ。Sランクは強さの指標というよりも、象徴シンボルと言った要素が強いですからね。単純な強さでなりあがれるのはAランクまで。そこからは功績が重視されます」


 そう言って微笑むアイリのその目が冗談を言っていないということを、シスは長い付き合いで判断した。


「まさか、マスター。Aランクダンジョンだけ攻略して、はい終わりなんて行くと思ってるんですか? もしこのままAランクダンジョンでマスターの目的が達成されない場合、Sランクダンジョンに潜る必要がありますよね? はいクエスチョンです、マスター。Sランクダンジョンに潜るために必要なことは?」

「……Sランクになっておく、こと」

「いえす! 流石マスター。さすマス!」

 

 アイリはそこまで一息に言うと、ちらっとファティを見て……目配せした。


「私を……私を、シスさんの弟子にしてください!」

「……意味は、分かってるのか。アイリにそそのかされた程度でそう思ってるなら辞めたほうが良い。この仕事は、地獄だぞ」

「……分かってます。でも…………」

「でも?」

「シスさんに、居場所を自分で作れと言われたとき……言われたときから、シスさんのところで働く覚悟はできてました」


 だが、シスは何も言わない。

 値踏みするような瞳で、ただファティを見ている。


 しかし、きらりとアイリが目の色を変えた。

 シスの元に彼女が来たところで、数ヶ月もせずに音をあげて「もう辞めたい」というのが落ちだろう。


 だが、


「マスター。これは、乗りかかった船ですよ」

「アイリ、何が言いたい?」


 弟子という新しい体験で慌てふためくマスターを見るのは、面白そうではないか。


「つまりですね、マスターは今ファティさんを助けたじゃないですか」

「……ああ」

「でも、ファティさんはこの村に居場所がないとおっしゃる。しかも、冬になれば売り払われると」

「そうだな」

「だったら、助けなかったら良かったんですよ。そっちの方が正しかった。でも、マスターは助けてしまった。なら、最後まで面倒を見るのが今回の依頼じゃないですか」

「このクエストは山賊たちから子供たちを救い出すことで……」

「ノン」


 アイリはマスターシスの言葉を遮って、


「依頼の内容は子供たちを、です。それ以外の依頼は

「そりゃ、屁理屈だ」

「じゃあ、良いんですか?」

「何が?」

「マスターも間抜けじゃないんですから、ファティさんが売り飛ばされたらどうなるかくらいは知っているでしょう。まさか、貴族に雇われてメイドになれる……なんて、甘ったれたことを考えてはいないですよね? この時代に、貴族がよく分からない村から子供を買い取ってメイドになんてしませんよ。普通は娼館行きです」

「…………」


 学もなく、身よりも無く、コネもない。

 だから、こんな辺境の村に生まれた身寄りの無い女が行く先など決まっている。


 いや、むしろそれしかないと言っても良い。


「ちゃんとした食事も取れず、男とヤるだけの女の寿命は短いですよ、マスター。平均寿命は15歳から20歳とも言われます。ファティさんだとあと数年の命ですね」


 笑いながら、なんでも無い世間話でもするようにアイリが言うと、露骨に顔をしかめてシスが答えた。


「……そういうもんだよ、社会ってのは。そういう、理不尽なもんだ」

「でも、マスターなら救える」

「……チッ」


 シスは、舌打ちを一回。


 だが、動こうとしないシスに、そっとアイリが耳元で一言呟いた。


(妹さん。ダンジョンに呑まれなければファティさんと同い歳ですか)

(……ッ!)


 心臓を鷲掴みにされた気がした。


 シスは殺さんばかりの勢いで、アイリを見た。

 だが、そこにはにやにやと小悪魔のような笑みを浮かべたアイリがいて。


「……嫌なやつだな。アイリ」

「マスターがそう望んだんですよ」


 その言葉で、観念したかのようにシスは深くため息をついた。


「……分かった。分かったよ。ファティ、今からお前は俺の弟子だ」

「あっ、ありがとうございます!」


 ファティが頭を下げるが、シスにはその後ろで心の底から安堵のため息をついた村長の顔がひどく頭に残った。





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