第4話 子供たちと探索者
シスとアイリが魔術師の言ったとおりに道を進むと、岩の中をくり抜いてできた小さな部屋があり、その中には小さな鉄の檻が置かれていた。
だが、そこには十数人の子供たちを収容できるだけのゆとりはあるようで、囚われた子供たちが虚ろな目をしながら下を向いていた。
「アイリ。頼む」
「あい。マスターは強面ですからね」
「……そういうことだ」
あいにくとこういう時にシスが「助けに来た」と言って、良い方向にことが運んだことがないのだ。
まぁ黒ずくめの男が救出に来ても、たいていは悲鳴をあげられるだけである。
なので、シスはこういう場合に顔だけは良いアイリに頼んでいるのだ。
「皆さん。安心してください。私たちが助けに来ましたから」
アイリはとびっきりの笑顔を見せながら、安心させるために子供たちに近づいていく。
その間にシスは子供たちの人数を確認。
男女合わせて17人。
これなら、自分の【
そう思って心の中で胸を撫で下ろしたシスだが、鉄の檻の中にいる子供たちの中で1人だけ、集まりから離れて俯いた少女がいることに気がついた。
わずかに薄汚れ、着ている物もみすぼらしい。
(……貧しい家か?)
同じ村にいるから、同じ経済状況とは限らない。
しかし、それにしてはどうにも格好がみすぼらしいような……?
「ほ、本当? 家に帰れるの?」
「はい。もちろんですよ。でも皆さんを連れて歩くと危ないので、この方の【
「え、【
「マスターのは特別ですから!」
「おい、アイリ。そろそろ……」
「マスターがお急ぎです。みなさん、一箇所に集まってください」
可愛らしく言ったアイリの言葉に従って、子供たちがぎゅっと集まる。
だが、1人だけ離れた場所にいる少女だけ動かない。
「そこの方、大丈夫ですか?」
アイリが心配そうに語りかけたとき、集団の中にいた子供たちが言った。
「ああ、そいつは良いんだ」
と。
「どういうことですか?」
すぐに問い返したアイリに、子供たちが口を揃えて言う。
「そいつは人じゃないんだ」
「だから、別に帰らなくて良いんだよ」
「私たちとは違うの」
「親もいないしね」
口を揃えて言う子供たちに、アイリは驚いて何も言えなくなっていた。
シスも言いたいことはあったが、ここは依頼を最優先。
「分かった。じゃあ、すぐに済ませるぞ。【展開】」
シスが詠唱すると、子供たちを覆うように鏡の立方体が出現。
「【収納】」
ぎゅるり、と世界を捻じ曲げて銀色の立方体が消える。
「アイリ。鉄格子を切れ」
「はいですよー!」
アイリは陽気に返すと、剣で鉄格子を断ち切った。
そして、シスは檻の中に立ち入って少女に視線を合わせるべくしゃがみこんだ。
「名前は?」
「……ファティ」
少女は俯いたまま名前を呟いた。
「そうか、いい名前だ。立てるか?」
「……誰?」
「なぜ? さっき、アイリが言っただろ。助けに来たと」
「で、でも。私は……」
少女はずっと地面を見ている。
「俺が同時に展開できる【
「……私には、帰る場所なんて無いんです」
「俺と同じだな」
「……え?」
「無ければ作れ。どっちにしろ、ここに居たらお前はどっかに売り飛ばされる。それは、お前の帰る場所にはならねえよ」
少女はシスの言葉を受けて、ぎゅっと両の拳を握りしめた。
「うわ。マスターが女の子にかっこつけて説教してる……」
「おい。アイリ」
「マスター。もしマスターがおじさんになって、誰も喋ってくれる相手が出てこずに酒場でぐだ巻いてるようになったら私がマスターのお話相手になってあげますからね……」
「なんで俺が酒場でぐだまく前提なんだよ」
そんなシスたちのやり取りに、ファティはくすりと笑い声をあげるとぱっと顔を上げた。
「ありがとうございます。帰ります」
そういって、少女のぱっと上げた顔を見て……シスは一瞬、体の動きを止めた。
「マスター? 何やってるんですか? もしかして見とれてるんですか? ちょっと? その子、マスターよりかなり歳下ですよ? マスターってば!! ほら、私と同じ体形ですよ! おっぱいないですよ!!!」
アイリの声も耳に届かない。
何故なら、そこに居たのは……ダンジョンに呑まれたはずの妹で。
「あの、お兄さん?」
そっと、目の前の少女に語りかけられて、はっとシスは意識を取り戻した。
改めてファティの顔を見ると、そこには自分の妹とは全く顔立ちの違う可愛らしい顔があった。
「……なんでも無い。時間をかけた。行くぞ。アイリ、道を開いてくれ」
「はいです」
真白の剣を構えて、アイリはファティについて来いとサイン。立ち上がったファティが彼女の後ろを追いかけると、シスはゆっくりと
何事も無く出口に向かっている途中で、シスは後方から聞こえてくる足音に気がついた。
「……気づかれたか」
足音は重く、多い。
武装した山賊たちが、突然の侵入者を殺すべくやってきたと考えるのが筋だろう。
「見つけたぞっ! ガキも一緒だ!」
「おい! 1人しかいねえぞ!」
「構わねぇ! とりあえず、そいつをぶっ殺せ!! ガキは売りもんだ! 手ェ出すなよ!!」
そういって男たちがやってくる中で、シスはそっと口を開いた。
「【展開】」
岩の中をくり抜かれて作られた狭い道を覆うように鏡の壁が現れる。
そして、道を断たれた山賊たちの怒号が壁の向こう側から聞こえてきた。
だが道は完全に閉ざされており、こちら側には届かない。
重い金属音も聞こえてくるが、それでは絶対に突破できないだろう。
そんな鏡の壁に、そっとファティが手を伸ばした。
「……これ、私?」
初めて鏡を見るのだろう。
ファティは感激したように、壁を見ていた。
「アイリ。その子を連れて、先に行っててくれ」
「マスターは?」
「こいつら、残しておくとまたやるだろ?」
「なるほど。では、また後で」
壁の向こう側から、ガンガンと音がする。
「何の魔法だ!」
「壊せ! おい! あの魔術師を呼んでこい!」
男たちの喧騒が聞こえてくる。
シスは深く息を吐いて、彼らに聞こえないように小さく言った。
「……絶対に壊れねーよ」
壊れない。壊れるはずがない。
シスが権限させている鏡の立方体。
それは、世界に顕現させた『
魔法使いであれば、誰でも使える【
何が違うか、見てわかる。
シスが
【
1つ。【
2つ。【
シスは【
だが、それで良かった。
【
それは、内部の時間が完全に停止した
あらゆる可視光線を反射することで鏡のように見える、箱。
必要なのは、それだ。
停止した時間を支える鏡の箱は
平たく言えば、箱は絶対に壊れない最強の盾となる。
そして、停時空間と通常空間の境目では時の流れにある分子と、時の止まった分子がありとあらゆる力を無視して、断たれる。
平たく言えば、箱の境界面は全てのものを切断する最強の矛となる。
「さて、やろうか」
シスが【
鏡の壁が消え、そこにいた山賊たちの姿をシスは捉えた。
最強の盾と矛を持つ男による山賊の殲滅は、そこから一刻とかからなかった。
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