第3話 制圧の魔術師

 鬱蒼うっそうとした森の中を歩いていたアイリがふと足を止めて、山の中腹に突き出している巨岩を指差した。そこには、無数ののぞき窓のような物が遠くから見えた。


「アジトってあれ……ですかね、随分と大きな岩に見えますけど」

「天然の岩をくり抜いて作ったアジトだな。アジトというよりも、要塞と言ったほうが正しいか」


 朝一番に馬車で街を後にし、『ワラオの村』へと移動したシスたちは、そのまま街道に張り込んで山賊たちが出てくるのを待ち伏せて、アジトに戻る山賊たちの後ろを追跡して山賊のアジトを見つけていた。


 村に到着し、村長から事情を聞いてからわずかに数時間。

 恐るべき速さであった。


「さて、どこに子どもたちがいるかだが……。なぁ、アイリ。お前、捕まってこないか」

「は!? 何言ってるんですか、マスター!? 自分の可愛い相棒を山賊に付き出そうとするなんて、そんな人でなしだとは思ってませんでした! でも、そんなマスターも素敵!!」

「で、やる? やらない?」

「マスターが素敵なのと、私がやるのは別の話ですけど?」


 つまりは、やらないということである。


「じゃあ、真正面から行くか」

「お、全面抗争なんて久しぶりですね。テンション上がってきましたよ」

「そんな大したもんじゃねえよ」

「世界広しと言えども、子どもたちを誘拐した山賊を相手に真正面から乗り込もうとする探索者なんてそういませんよ。ま、普通は騎士団の仕事ですけどね、こういうのって」

「こんなド辺境まで騎士団なんて来ないしな」

「だからこそ、私たちに白羽の矢が立ったちゅーことですよ!」

「無駄話はここまでにして……。行くぞ、アイリ」

「はいです!」


 アイリの足元に黄金の魔法陣が走ると、そこから彼女にぴったり似合う真白の剣が生み出される。


「敵の処遇は生死を問わずデッドオアアライブ。つまり、殺しても良いってことだ」

「楽ちんですね!」

「山賊と言えども子供は殺すなよ」

「分かってますって! 私が何年マスターの相棒やってると思ってるんですか」

「よし、じゃあ飛ぶぞ」

「いえーす!」


 シスが空中に手を伸ばすと、詠唱。


「【展開】」


 すると、巨大な鏡の立方体が空中に出現。

 そして、


「【収納】」


 バッ! と、音を立ててシスとアイリの身体がわずかに浮遊感に包まれると、先程まで遠方に見えていた山賊の拠点と思われる巨岩のすぐ側まで移動していた。


「いつ見ても空間の収納ってのは凄いですね。これじゃ転移ですよ」

「間にある空間を収納して、離れた場所を繋げてんだ。転移みたいなもんだよ」


 2人はそう言いながら山賊たちの要塞、その入り口となっているぽっかり開いた穴に向かってまっすぐ歩いた。


「誰だ!!」

「そこで止まれ!」

 

 入り口で門番をやっていた2人の男たちが武器を構えて、シスたちに警告。


「一人は殺すな」

「分かってますって」


 まるで優雅に踊るかのように、アイリはそのまま一人の両腕を斬り落とすとその体を蹴って2人目の持っていた斧ごと首を刎ねた。


 そして、尻もちをついた男の首にアイリが剣を突き立てたところで、シスは静かに問うた。


「質問だ。子供たちはどこにいる。答えたら、命だけは助けてやる」

「おっ、教えるわけねーだろ!」

「【展開】。……先に行くぞ。アイリ」

「はい!」


 す、と気がつけば男の頭を覆うように銀のような鏡のような立方体がいつの間にか生まれており、ずちゃ……と、音を立てて首のなくなった男の死体が地面に倒れ込む。


 そして、男の頭があった場所には、返り血を浴びた鏡の箱が妖しくてらてらと輝いている。

 首はまるで鋭利な刃物で切断したかのように、鋭く立ち斬られていた。


「【解放】」


 刹那、シスの詠唱によって鏡の箱が消えると中から男の首が吐き出されて地面に落ちた。


「な、に……が…………」


 首だけになった男はそう言い残して、二度と何も言わなくなった。


「恐怖を与えても言わないか。随分と気合の入った山賊だな」

「うーん。例え子供たちが売り物だとしても、自分の命よりは大切なんてことありますかね?」

「どっかお得意先との交渉とか……か?」


 命を盾にとって情報を聞き出そうとしたのにも関わらず、何も言わない山賊たちに疑問を覚えながら2人は拠点を奥へ奥へと進んでいく。


 利便性を考えてあるのか、それとも掘削する技術が無かったのかは分からないが、巨岩の中は一本道だった。


「んー。例えば山賊のリーダーが子供たちの居場所を言わないなら分かりますけど、下っ端まで言わないとなるとよっぽどの教育が行き届いてるってことになりますよ。都会のマフィアや魔術結社ならまだしも、こんな田舎の山賊が言わないって、なんかあるんじゃないですかね」

「なんかってなんだよ」

「それがわかれば苦労しませんよ」


 シスはわずかに呻くと、


「なぁ、アイリ。もし子供たちが自分の命よりも大切ならをアジトの入り口付近に置いとくと思うか?」

「いや、置かないでしょうね。大切に保管してアジトの奥の方にぽん、と置きますよ。もしかしたら、もうどこかに運び出された後かも?」

「それなら、さっきの男がそう言うんじゃないか」

「うーん、確かに。流石マスター。推理が深いです」

「ま、聞けば済む話だ。来るぞ、アイリ」


 ぱっ、と道の奥から山賊たちが姿を見せる。

 その中に一人、大きな杖を持った男がいた。


 その男が何かを詠唱。

 巨大な火の塊が杖の先に生み出されると、狭い通路の中で逃げ場の無い二人にそれが向けられて、放たれた。


「【展開】」


 だが、それが届くよりも先にシスの詠唱の方が早かった。


 通路を埋めるように、鏡の壁が出現すると火球が激突。

 シスたちのいる反対側から、大きな衝撃音が響くとシスは、鏡の壁を消した。


「……っ! なんの魔法だっ!」

「アイリ。飛ぶぞ」

「あい!」

「【収納】」


 ず、と音を立てて山賊たちの目の前にアイリが出現。

 彼我の距離はおよそ数メートル。


 そこを何の音も立てずにアイリは移動した。


「……ば、馬鹿なっ!」


 山賊の一人がそう叫ぶ。

 だが、そこにはすでにアイリの剣が伸びており、


「アイリ! 魔術師だけ残せ!」

「りょーかいです!」


 赤が舞った。


「さて、お話をしようか。魔術師さんよ」

「ひ……っ!」


 魔術師以外の山賊たちを一瞬にして片付けたアイリが、唯一残った魔術師の首元に剣を当て、そこにシスがゆっくりと近づく。先ほどと全く同じ動き。素早く行われるそれが、2人の熟練度を示している。


「聞きたいのは1つ。子供たちの居場所だ」

「……言うと思ってるのか」

「言うさ。あんたは、この山賊の仲間じゃないからな」

「…………どうして、そう思った」

「こんなド辺境の山賊に魔法が使えるやつがいるかよ。魔法が使えるなら、もっといい場所で働いてるさ。お前、傭兵だろ」

「だったらどうする?」

「俺は、この山賊を壊滅させる」


 つまり、山賊を裏切ったところでそれを知っている連中はいなくなる。


 その事実に思い当たったのか、魔術師はしばらく思案していたが素早く顔を上げて、


「…………この通路をまっすぐ言って、突き当りを右だ」

「約束だから、殺しはしねえよ」

「あ、捕縛しておきますね」


 アイリが壁に手を当てると、魔法陣から鎖が生まれた。

 彼女は手早く魔術師を捕縛。


「よし、行くぞ」

「ま、待ってくれ!」


 鎖で両腕と両足を縛られて、全く動けなくなった魔術師がシスに尋ねた。


「あんたのさっきの魔法……。あれは、何なんだ!? あんなもの、見たことなかった!」

「あれは【収納魔法アイテムボックス】だ」

「……【収納魔法アイテムボックス】?」


 魔術師の顔に「?」が浮かぶ。

 【収納魔法アイテムボックス】と言えば、魔法使いなら誰でも使える簡単な魔法だ。


 それを鍛え上げ、練り上げ、巨大な商会やキャラバンで稼ぎまくっている魔法使いもいると聞く。


 だが、【収納魔法アイテムボックス】で攻撃を防ぐなど、あまつさえ音も無く距離を詰めてくるなど……。


 いや、そもそも【収納魔法アイテムボックス】で戦うなど!


 そんな【収納魔法アイテムボックス】なぞ、彼は全く聞いたことがなかった。


「マスターのは特別ですからね!」

「おい、アイリ。さっさと行くぞ!」

「はい!」


 そういって去っていく白と黒のコンビを見ていると、魔術師の頭にある噂話が思い起こされた。


 曰く、若干15歳という若さでAランクダンジョンを攻略した天才児がいると。

 曰く、僅か16という若さでAランク探索者に到達した天才がいると。

 

 彼の側には常に真白の少女が側におり、見たことも無い鏡のはこを生み出して戦うと。


「……“鏡櫃きょうひつ”」


 ぽつり、と魔術師がその名を呼んだ。


 そして、ぶるりと体を震わせて、生き残ったことに感謝した。

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