第13話 双子たちと怪盗の短くも長い夜⑤

 パラ=ローグの夜闇に一発の銃声が鳴り響いた。夜空に向かって放たれた銃弾はルーサーの頭上を掠め、夜空へと消えた。


「……ぴゃっ!」 

「うわっ、あいつ撃ってきた……っ!」


 バイクに跨った強盗が振り向き様に一発、上空からけていたルーサーたちに向け発砲したのだ。ストン、と足を踏み外したような浮遊感に双子たちから小さく悲鳴が上がったが、それは重力負荷を一時的に高めた回避行動故だ。銃弾たまは外れた。

 

 まさかこの距離で頭部ヘッドショットを狙いにくるとは。背筋に冷たいモノを感じつつも、ルーサーは僅かに開いてしまった距離を詰めるべく速度を上げて追走する。

 

 それから数発。強盗は背後に向かって銃を撃ち続けていたが、自由自在に宙を泳ぎ進むルーサーたちを捉えることはできず、やがて追跡者を撃ち落とすことは諦めて正面を向いた。身を低くし、ハンドルを回し、奴はさらに速度を上げた。


「あいつ逃げる気だ! おじさんもっとスピード出してっ!」

「直線ルートを全速力フルスロットルで行かれたんじゃ、流石に追いつくのは無理だ。どうにかして入り組んだ道に誘導するか、誰かが奴を邪魔してくれない限りは……」

「じゃあ——、あたしが止めてやる!」

「頼むぞ、斬り込み隊長」


 メアリは早く強盗をぶちのめしたくて仕方がないようだった。それは彼女の周囲に湧き立つバチバチとした魔力から伝わってくる。

 メアリは片方の腕をルーサーの腕に絡ませ、もう一方の腕で照準を合わせた。


天海てんかいに潜む狼影ろうえい。雨夜をつんざく閃光となりて、万里に轟く雷鳴の呼び声に集え!」


 メアリの詠唱に合わせ、宙に六つの雷球らいきゅうが現れる。荒れ狂う雷をギュギュっと圧縮し、より確実に標的を仕留めるために牙を研いだ雷の弾丸。

 ゴロゴロと唸り声を上げ闇夜で目を光らせる様はまさに猟犬の如く。

 

 広げた五指の先に強盗の背中を睨みつけ、メアリは叫んだ。


「——ロウ・ガ=ボル・バルブ!」


 よーいドン、の合図でリードから解き放たれた雷球が地上目掛けて疾駆する。雷のいななきが夜風を引き裂き、雷球はみるみる内に強盗との距離を詰めていく。その通り道には翠の軌跡が尾を引いている。疾く、そして獰猛。メアリが解き放った猟犬は、時速七十キロで道路を駆けるバイクの背後に喰らいついた。

 

「まずはそのバイクから引き摺り下ろしてやるっ!」

「…………!」


 強盗は速度を落とすことなく、ハンドル捌きだけで雷球の追撃を振り切ろうと試みるが、雷球もその動きに合わせて右へ左へと首を振って追いかける。メアリが放ったのは自動追尾型の魔術なのだ。そして速度も申し分ない。ただ直進を続けるだけではその追撃を振り切ることは不可能だ。ならどうするか——。


『——ミュイィィイン!』


 何処に潜んでいたのか。バイクの陰から宙に飛び立ったシロアリの群体が、強盗の背後に真っ白な壁を築き上げた。あと数秒で雷球が強盗の乗ったバイクに直撃する、その寸でのことだった。


 雷球はシロアリに激突し、爆発した。

 

 ボール状に凝縮された魔力がバチバチと宙に放出され、それが他の雷球にも伝わり誘爆する。黒焦げた爆風が巻き起こったあと、その向こう側に走り去っていく強盗の背中が見えた。奴は依然、バイクに跨ったままだ。


「あッ、くそ! ガードされた!」

「球を一ヵ所に密集させすぎたな。だが、攻撃はちゃんと効いてるみたいだ」


 雷球は強盗に命中こそしなかったが、壁となったシロアリは見事に粉微塵になっていた。破壊したのは元々幾千といた群体の一部に過ぎない。それがどれほどの損害をもたらしたのかは分からないが、残数が無限というわけもあるまい。


「だったら、一つ残らず駆逐してやる!」


 いい心意気だ。メアリはめげずに再び詠唱に入った。お決まりの呪文を詠み上げ、六つの雷球を練り上げ、一斉に解き放つ。

 

 そこで、強盗は急に進路を変えた。


「あっ、路地の方に入って行きます!」

「建物を死角に逃げ回るつもりか? だが、こっちは空を飛んでんだ。そう簡単には見失わないぞ」

「あたしの魔術ならあれくらい余裕で追えるし、むしろさっきより遅い分好都合!」


 強盗は、建物が建ち並ぶ区画をこまめに進路を変えながら駆け抜けて行く。入り組んだ道でもさして速度を落とすことなく走り抜ける操縦技術と度胸は大した物だが、それでも先ほどまでのようにトップスピードで、とはいかない。

 自動追尾の雷球は、難なく強盗の背後を捉えていた。さらには、


「見てください、この先は行き止まりです!」

 

 気付けば、工場地帯のすぐ手前まで来ていた。

 この辺りには古びた工場や倉庫が密集していて、無計画に増設、増殖を繰り返したばかりに袋小路となる細道も多い。強盗の行く先は一本道で、正面には錆び付いた巨大な倉庫が行く手を阻んでいた。シャッターは閉じていて、回り込むような道はない。あって人一人が通り抜けられる程度だ。

 それだというのに、強盗はブレーキをかけることなく突っ込んで行く。


「なにをするつもりかは分かんないけど、このままぶち当てる!」


 雷球はあと数秒で強盗に命中する、というところまで接近していた。もしシロアリによる壁が邪魔をしようと、奴がこのまま走り抜けようにも倉庫のシャッターにぶち当たる。逃れる術はないように思えた。だが、

 

『——ミュイィィイン!』

 

 そこで奴が頼るのはやはりシロアリだった。シロアリの群体は強盗の正面に先んじて突っ込んで行くと、倉庫のシャッターに噛み付いた。

 

 錆び付いているとはいえ、高さ五メートルほどはある分厚い鉄の壁だ。本来は機械制御で昇降する仕組みになっていて、人力で持ち上げるなど以ての外。たとえ正面からトラックが突っ込んだとしても、その壁を突破することは不可能に違いない。

 

 だが、このシロアリたちには関係のないことだった。

 

 シロアリが取り付いた傍からシャッターに孔が空いていき、チョコレートでも齧るような気軽さで齧り取られていく。分厚い鉄の壁だった物は瞬く間に崩壊し、強盗の行く手を阻む物はあっという間に無くなった。

 バイクに跨った強盗はそのままの速度で、シロアリたちが開けた孔を通り抜けた。


「壁を食べちゃったっ!? 私たちのおうちに来たときと同じ……!」

「——んなっ! でもっ、逃がすか!」


 倉庫の中へと消えた強盗を追って、雷球もまた孔に飛び込む。だが、壁は完全に消え去ったわけではなかった。シロアリはまだ自分の役割を遂行しようとしていた。

 

 シロアリの群体が孔に群がったと同時、その端の方から新たに壁が作られ始めた。

 破壊と創造。それはほんの数秒程度の出来事だった。一度シロアリによって齧り取られたシャッターは、再びシロアリたちの手によって元通りになっていた。

 

 雷球は復元されたシャッターに阻まれ、ドカン、と火花を散らして霧散した。


「嘘っ、そんなのアリ!?」


 メアリは雷球を撒かれたことがショックだったようで、やつあたり気味にルーサーの肩を揺さぶってくる。文句はあのカラクリに言ってくれ、とルーサーはシロアリを睨む。 


 カラクリ仕掛けの機械蟲ナノボット

 ……想像以上に厄介な敵だ。

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