第12話 双子たちと怪盗の短くも長い夜④

「俺たちが今追っている賢者の石。あれは、本物か?」


 ルーサーは双子たちにそう訊ねた。

 するとメアリは、首を傾げながら逆に訊ねてきた。


「……本物って、それってどういう意味? あれが偽物だって言いたいの?」

「いやな。あそこにあるのは、俺が聞いていた賢者の石とは随分と形が違うんだよ」


 ルーサーは賢者の石の現物を見たことはない。ミルコから買った写真に写っている情報が頼りの全てだ。そして、そこに写っていたのは赤い色をした“たま”だった。


「あれ自体に大層な魔力が込められているのは事実だ。それは感覚で分かる。だが、形が違うとなれば疑問に思うのは当然だろ。こいつは本物なのか、ってな」


 ルーサーの知る賢者の石は、リンゴのように赤く、そして完全な球体だった。

 しかしフラメール邸で見つけたそれは、赤い色をした紡錘形ぼうすいけいの結晶。

 例えるなら、芯の部分だけを残して齧り取られたリンゴの食べ残しみたいな物が、「自分はリンゴです」と何食わぬ顔で現れたようなもの。だからタンスの中からそれを見つけ出した時、ルーサーは「双子に偽物を掴まされた」と思ったのだ。

 

 しかし、その割には双子たちの反応が真に迫ったものだったのも事実だ。


「お前たちには写真を見せたよな。丸い形をした石の写真を、だ。そしてお前たちは『それこそが賢者の石だ』って反応で、俺や奴から守ろうとしたわけだ。写真とは全く違う代物をな。この矛盾はなんだ? 賢者の石ってのは丸かったり、細長かったりと形が変わるもんなのか? それともどちらかが偽物なのか? そこがはっきりしないと、俺はあの石ころを本気で奪い返す気にはなれない」


 ルーサーはひとしきり自分の考えを話したあと、双子たちの答えを待った。

 先に口を開いたのはメアリだった。彼女はなんてことない顔で言った。


「形が違うって、そりゃそうだよ。だってあたしたちが預かった賢者の石はあの写真とは別の——」

「……っ、メアちゃん! しぃー!」


 と、慌てた様子でアンがその言葉を遮った。

 するとそこで自分の失言に気付いたのか、メアリは「あっ」と口を押さえた。そしてメアリはルーサーと目が合うなり、露骨に目を逸らした。

 アンの方を見てみれば、彼女も同様に目が泳いでいる。


「そうか。俺には教えたくない、教えられないワケがあるってことだな」

「それは……、ごめんなさい。でも……」

「いいさ。言えないのならそれでも。今のでほぼほぼ疑問は解けたしな」

 

 ルーサーの言葉に、アンはほっと安堵した顔になる。一方でメアリは、他人ひとの善意に水を差すようなことを言って騒ぎ始めた。


「まさかおじさん、あたしたちが秘密を教えないからってあたしたちを空に置き去りにしたりしないよね? 地獄へのバンジージャンプを愉しむがいい、ぐっへっへとか言わないよね!」

「えっ、そんな……! 駄目ですよっ!? さっき約束したじゃないですか!」

「……お前ら、俺をなんだと思ってるんだ」


「「ドロボー」」


 メアリとアンの声が重なった。外見以外に初めて双子らしさを垣間見た気がして、その可笑しさにルーサーは一人クツクツと笑う。


「ここまで来てお前たちを見捨てたりはしないさ。言っただろ、今日一日はお前たちの望むものになってやるってな。お前たちの望みはなんだ?」


「賢者の石を取り返すことです!」

「悪い奴をぶっ倒す!」


 そこは揃わないのか、とまた笑う。


「ああ、どっちも叶えよう。負けっぱなしで終わるのは俺も好きじゃないんだ」


 ルーサーは双子たちの手を引いて、速度を上げた。宝を横取りした不届き者。奴との距離は確実に近付いていく。

 

 そして、


 月に照らし出された三つの影がその背中と重なったその時、奴と目が合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る