第二話 エルレイと魔法 その一

六歳の俺の仕事と言えば、勉強しか無い。

午前中は、アンジェリカの指導で剣術の訓練となる。

部屋に戻り、動きやすい服装に着替えてから、裏庭にある訓練場へと向かって行った。

「アンジェリカさん、よろしくお願いします」

「うむ、先ずは走り込みからだ!」

二人の兄と共に、訓練場を走る。

必死に走るが、六歳の体力では、二人の兄に着いて行く事は難しい…。

それでも、転生して若返った体は、体重が軽いせいもあるかも知れないが、とても走りやすく、いくらでも走り続けられるような感じがした。

体が走るのに慣れて来た頃に走り込みが終わり、剣術の訓練となった。

俺はアンジェリカから、基本的な素振りを教えて貰っている。

勇者の時にも、主に剣で戦っていたので、扱いには慣れている。

そう思っていたのだけれど、勇者の時には自己流で剣を振るっていたため、少し変な癖が付いていて、アンジェリカから直すように指導を受けた。

俺も正式に剣術を教わるのは初めての事なので、素直にアンジェリカの指導に従って素振りをする。

二人の兄は、模擬訓練を行っていて、ヴァルト兄さんの方が優位に戦っている。

「よそ見をしない!」

「はい」

アンジェリカに怒られてしまったので、素振りに集中する事にした。

体を動かし、剣を振るう事は非常に楽しい。

俺はこの世界に、魔法を使って楽しく生きる為にやって来た。

しかし、魔法を使う為にも体力は必要だろうし、剣術を覚えていて損する様な事は無いだろう。

午前中、真面目に訓練を続けた事で、アンジェリカから褒められる事になった。


午後から、俺はアンジェリクとマンツーマンで勉強だ。

二人の兄は、父の所で領地経営を学んでいる。

アルティナ姉さんは一日中、母とリドから、貴族の娘としての教育を受けていて、俺と一緒に勉強する事は無い。

勉強は幸いな事に、読み書きは出来る様になっていて、今から覚える必要が無いのは非常に助かる。

計算も、四則演算程度しか無いので、楽勝だな。

問題は、この国や大陸の歴史と地理等、この世界の事柄についてだが、おいおい覚えて行けばいいだろう。

今日は、アンジェリカから地理を教えて貰える事になっている。

「私達が住んでいるローアライズ大陸には、現在七つの国があります。

北から、ミスクール帝国、キュロクバーラ王国、リースレイア王国、ラウニスカ王国、ルフトル王国、アイロス王国、ソートマス王国となっています」

アンジェリカは、テーブルに広げた地図を指差しながら、丁寧に教えてくれる。

俺が住んでいる国は、一番大陸の南にあるソートマス王国だ。

南と言っても、南極に近い訳では無く、四季もあり、とても過ごしやすい所だ。

今は春で、とてもいい季節だ。

冬になれば雪は降るけれど、積もるほどではない。

農業と漁業が主産業で、よほどの飢饉でもならなければ、食べ物に困る様な事は無い。

それと、この大陸には魔物は住んでいない。

英雄と言われる過去の人物が、ローアライズ大陸中の魔物を滅ぼしたと言う伝説が残っている。

ローアライズ大陸とは別に、海を渡った先にあると言われている大陸には、魔物が数多く生存しているらしいが、誰も確認出来た人は居ないから、気にしなくても良いだろう。

俺としても、危険な魔物と戦わず、平和に暮らせるので、とても喜ばしい事だ。

地理の勉強は、ヘレネがおやつを持って来てくれた所で終わる。

アンジェリカは甘い物が大好きで、ヘレネを含めた三人でおやつを食べながら、ヘレネと明日のおやつの事で盛り上がっていた。


おやつを食べ終えると、やっと自由時間となる。

俺は誰も居ない書斎へと向かい、魔法書を探した。

「あった、これだ!」

色々な本が治められている書棚から、初級魔法書と書かれている本を見つけ出した。

他にも無いか探したが、この一冊のみの様だ。

俺は書棚から初級魔法書を抜き取り、手に持った。

初級魔法書は、少し日に焼けていて年季を感じたが、表紙はしっかりとした厚手の紙が使われていて傷一つ無く、読むのに支障は無さそうだ。

これまで大切に読まれて来たのだろうと思うと、俺も大切に扱わないといけないな。

俺は魔法が使って楽しく生きる為に、女神クローリスにお願いして、この世界に転生させて貰った。

だから、魔法が使えないという事は無いと思うが…少しだけ不安が込み上げて来る。

何故なら、アリクレット家では魔法を使える者が居ない。

そして、この世界では魔法を使える者が、十人に一人程度しか居ない。

逆に言えば、一割は魔法使いに成れるのだから、俺もその一割の中に入っている事を祈る…。

俺は書斎の机の椅子に座り、初級魔法書を机の上に置いて、手を胸の前で組んで目を瞑り、女神クローリスに祈りを捧げた…。

祈り終えた俺は、ゆっくりと目を開け、初級魔法書を手に取った。

期待と不安で少しドキドキしながら、初級魔法書を開いた。

古書独特の匂いが漂って来て、俺の浮ついた心が静まって行き…落ち着いた気持で読み始めた。


魔法とは、己の中に存在する魔力を使い、呪文を通じて様々な現象を引き起こす事を指す。

魔法には、火属性、水属性、風属性、地属性、無属性、光属性、闇属性の七属性が存在する。

無属性においては、魔法使いなら誰でも使用する事が可能だが、光属性と闇属性を人が使用する事は不可能だとされている。

人が使用できる属性は、無属性と、火属性、水属性、風属性、地属性の四属性の中から、二属性までとなる。

その二属性は、個人の相性によって、どの属性を使用出来るかが決まっていて、自由に選ぶ事は出来ない。


なるほど…。

転生前の世界でも、職業によって使える魔法が決まっていた。

俺は勇者だったから、火水風地の四属性と光属性が使えていた。

しかし、今回は勇者では無いから二属性で、選択できないのか…。

せっかく転生したのに、これでは魔法を使って楽しく過ごせないじゃないか…。

俺は力無く机に顔を横にして伏せた。

少しひんやりした机の感触が、沈んだ気分を落ち着かせてくれた。

俺はまだ、魔法が使えるかどうかも分かっていない。

そんな状況で落ち込んでいても始まらない…。

それに、どんな属性の魔法でも、使い方次第だ。

俺は気を取り直し、魔法が使えるかどうか、試して見る事にした!

俺は体を起こし、開いたままの初級魔法書を閉じで脇に抱えて、書斎を後にした。

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