第三話 エルレイと魔法 その二

裏庭の訓練所に来た俺は、周囲を見渡して、誰も居ないことを確認した。

俺が呪文を唱えて、魔法が使えなかった所を誰かに見られたら恥ずかしいし、二人の兄に見られたら間違いなく大笑いされる事だろう…。

初級魔法書を開いてページをめくって行き、風属性魔法の呪文が載っている所で手を止めた。

空を自由に飛べると言うのは夢だよな!

風属性魔法が使えなかったら、当分の間落ち込む事になるだろう…。

女神クローリス、お願いだから、俺に風属性魔法を使わせてください!

俺は祈りながら、呪文を唱える事にした。


「自由気ままなる風よ、我が魔力を糧として風の刃となり、敵を切り裂け、ウインドカッター!」


呪文を唱えると、俺の体の中から魔力が抜け出して行く感覚と共に、十センチ位の円盤状になった風が飛んで行くのが見えた!

「やっったぁ!成功だ!」

俺は魔法を使えた事と風属性が使えた事が嬉しくて、その場で飛びあがって喜んだ!

少し落ち着こう…。

取り合えず、風属性以外、もう一つ使える属性が何なのかを確認しなくてはならない。

次の希望としては、治癒魔法がある水属性魔法なのだが、試して見る他無いな。


「大地を潤す恵みの水よ、我が魔力を糧として水球を作り出し賜え、クリエイトウォーター」


呪文を唱えると、俺の目の前に直径五十センチ位の透明な水玉が出来上がり、暫くすると地面に落ちてパシャっと弾け飛んだ。

お陰で、俺の靴とズボンはびしょ濡れで、一緒に跳ねた土も付着していて汚れている…。

そして、冷たい感触と、素足にズボンの生地が張り付のがとても不快だし、下手をすればお漏らししたようにも見えなくもない…。

乾くまで、家の中には入れないな…。

さて、水属性魔法が使えた事で、俺が使える二つの属性は決まった。

しかし、本当に二属性しか使えないのか?

まだ魔力は残っているし、試して見る分には問題無いだろう。

俺は続けて、火属性と地属性の魔法を使って見る事にした…。

結果的には、両方共魔法が成功し、俺は四属性全て使えてしまった。


「この魔法書に書かれている事が間違っているのか?それとも、俺だけ特別なんだろうか?」

可能性としては、女神クローリスが俺に対して四属性使える様にしてくれたのかも知れない。

「そうだな!」

女神クローリスに感謝の祈りを捧げる為に跪こうと思ったが、ズボンが濡れている事を思い出して、立ったまま手を組んで目を瞑り、女神クローリスに祈りを捧げた。


一通り魔法を使って見て、俺の魔力量も大体把握出来た。

今、初級魔法を四回使ったので、後一回使えば、俺の魔力は恐らく無くなると思う。

初級魔法を五回しか使えないが、六歳だからこんな物なのかもしれない。

勇者の時は、魔法を使って行けば行くほど、魔力量は増えて行ったから、この世界でも同じなのでは無いかと思う。

これから毎日魔法を使って行けば、魔力量が増えるかどうかは分かる事だろう。

今日は、もう一度魔法を使って見て、魔力切れになるかどうか試して見る事にしよう。

最後にもう一度呪文を唱えると、眩暈と共に意識が薄れて行く様な感じになった…。

やはり、魔力切れになったみたいだ。

予想はしていたため、何とか意識を保ち、少しふらついたが、倒れてしまう様な事態にはならずに済んだ。

家に戻って、少し横になった方が良いが、汚れた靴とズボンのまま家に入るのは不味いよな。

俺は裏口に行き、そこから大声を出して、ヘレネを呼び出した。


「エルレイ坊ちゃま、どうかなさいましたか?あっ、随分と汚れていらっしゃいますね…。

着替えをお持ちしますので、少々お待ちください」

「ヘレネ、ごめんね」

ヘレネは俺の姿を見て、急いで着替えを取りに戻ってくれた。

自分で着替えを取りに部屋まで行くと、廊下を汚してしまうので、仕方なくヘレネに頼ってしまった。

ヘレネが着替えを手に戻って来てくれたので、裏口の外で着替えて家の中に入った。

「ヘレネ、ありがとう」

部屋に戻る前に、ヘレネの顔をしっかりと見て感謝を言ったが、いつも笑顔のヘレネが珍しく怒っていた…。

「お気になさらず。しかし、川にでも行かれたのですか?

危険ですので、川に遊びに行く時には私に声を掛けてください」

「ごめんなさい…次からはそうします」

「約束ですからね!」

ヘレネは俺が約束すると、何時もの笑顔に戻って、俺の靴とズボンを洗うために、裏口から外に出て行った。

余計な心配をかけてしまったみたいだな…。

六歳の俺が、こんな天気のいい日に泥だらけで帰って来れば、川に遊びに行ったと思われても仕方が無い。

魔法の水で汚れてしまったと、説明した方が良かったのかな?

いいや、多分信じては貰えなくて、変な言い訳だを思われかねない。

それより、素直に謝った方がいいに決まっている。

俺は、ヘレネに感謝と謝罪を心の中でして、部屋に戻って仮眠を取る事にした。


「エルレイ坊ちゃま、夕食の準備が整いました」

「今行くよ」

仮眠をした事で、魔力切れによる気だるさは無くなっていた。

俺はベットから飛び降りて、食堂へと向かって行った。

「エルレイ、ちょっとこちらにいらっしゃい!」

食堂に入るなり、母に呼ばれた。

母は、少し怒った表情をしているから、服を汚して帰って来た事を怒られるみたいだ…。

こうなるのなら、ヘレネにきちんと説明しておいた方が良かったのかな?

まぁ、どちらにしても、服を汚した事で怒られそうな気はする…。

俺は覚悟を決めて、食堂の席に座っている母の横に立った。

「エルレイ、貴方はまだ子供なのですから、遊びに行くのは一向に構いません。

しかし、外出する際には、行先を誰かに告げて行きなさい。皆心配するのですからね!」

「はい、ごめんなさい…」

俺が素直に謝ると、母は俺を抱きしめて、頭を優しく撫でてくれた。

魔法の練習するのを見られたく無くて、裏庭とは言え黙って外出したのは不味かったな。

この年齢の子供が川で遊ぶのは、とても危険だと言う事は誰でも知っている事だろう。

余計な心配をかけてしまい、母に…いや、この家に住む全員に申し訳なく思う。


父が食堂に入って来て来て、夕食が始まった。

どうやら、父には皆黙っていてくれたみたいで、父から怒られる事は無かった。

食事がある程度済んだ所で、俺は魔法が使えた事を報告する事にした。

「父上、報告したい事があります」

「ふむ、エルレイからとは珍しいな。言って見ろ」

「はい、今日裏庭で魔法の訓練を行い、無事に魔法を使う事が出来ました」

「なに!?それは本当なのか?」

「はい、父上に嘘は申しません」

「素晴らしいじゃないか!ついに我が家から魔法使いが出るとは、めでたい!」

父が珍しく大きな声で喜ぶと、他の皆も俺が魔法使いになった事を祝福してくれた。

少し恥ずかしい気もするけれど、家族に祝福される事はとても嬉しく思う。

「その事で、ズボンを水で汚してしまい、心配かけてしまいました。ごめんなさい」

「まぁ、そう言う事でしたのね」

俺は改めて、皆に心配かけた事を謝罪した。


「エルレイが魔法使いになったという事であれば、婚約者を探してやらねばならぬな」

「そうですね。確か、シャトー男爵の所には、後継ぎの男子がいらっしゃらなかったかと記憶しております」

「ふむ、話を持って行って見るのもいいな!」

「はい、あなた」

「えっ!?」

なにやら父と母の間で、俺が男爵家の所に婿養子として行く話が盛り上がっている…。

六歳の俺に婚約者なんてまだ早いし、第一俺は男爵家の三男で、貴族になれる訳でも無いし、なりたくもない。

貴族なんて堅っ苦しいのに縛られないで、魔法を使って楽しく生きて行ければと思っている。

でもまぁ、まだ先の話だろうし、両親が喜んでいるのに水を差すのもためらわれる。

その内、両親には俺の希望を話せばいいだろう。

そんな事より、今はお願いする事が先だな。

「父上、一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「何だ、言って見なさい」

「はい、初級魔法書は書斎にあったのですが、中級以上の魔法書は見つかりませんでした。

もしよろしければ、魔法書を買って頂きたいのです」

「ふむ、それもそうだな。よし、直ぐにとはいかないが買って来よう」

「ありがとうございます」

今はまだ、初級魔法を使って魔力量を増やして行く段階だから、父が魔法書を買ってくれるまで頑張らないといけないな。

明日から、頑張って魔力量を増やす訓練をしていく事にしようと思う。

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