第一話 アリクレット男爵家

……俺は長い夢を見ていた。

それは、俺がこの世界に生れてから、六歳になるまでの記憶だ。

女神クローリスによって転生し、六歳を迎えた所で、俺の意識は覚醒した。

今の俺は中田 真一では無く、エルレイ・フォン・アリクレット。

アリクレット男爵家の三男だ。

夢の中で見た家族仲は良好で、とてもいい家族のもとに転生したので安心した。

領地を持つ貴族では一番下の男爵位であるけれど、一応貴族だから苦労もしていない。

この世界においては、普通の家庭よりかは恵まれているだろう。


俺は寝ていたベッドから起き上がり、周囲を見渡す。

夢で見た通り、八畳ほどの広さの部屋で、ベッドと机とクローゼットがあるだけの部屋だ。

それでも、三男に一部屋与えられている時点で、貧乏で無い事が分かるな。

これが平民だと、子供が一部屋に数人押し込まれていたのだろう。

そう考えると、貴族の子供として転生させてくれた事を、女神クローリスに感謝しなくてはならない。

俺は膝を付き、手を胸の前で組んで目を瞑り、女神クローリスに感謝の祈りを捧げた。

この祈り方が合っているのかは分からないが、何もしないよりましだろう…。


祈りを終えた俺は、立ち上がって鏡を見た。

母親譲りの金色の髪に青色の瞳。

映画などで見た西洋人によく似た顔立ちをしていて、可もなく不可も無くって所だ。

まだ六歳という事で、幼い顔をしていて、愛犬と共に天に昇って行く少年の姿を思い浮かべてしまった…。

その様な結末にならないように、これから頑張って行かなくてはいけないな!

クローゼットから服を取り出し、寝間着から着替え、鏡を見ながら櫛で髪を整えた。

コンコン!

「エルレイ坊ちゃま、起きていらっしゃいますか?」

丁度その時、部屋の扉をノックする音と共に、若い女性の声が聞こえて来た。

「起きているよ」

俺が声を掛けると部屋の扉を開いて、スカート丈の長いメイド服に身を包んだ若い女性が入って来た。

彼女の名前はヘレネ。三年前からこの家で働いていて、まだ十五歳と若くて元気だ。

淡い緑の髪を後ろで束ねていて、まだ少女の可愛らしさを残した顔立ちをしている。

俺が十年早く生まれていれば、彼女にしたいと思えるのだが、とても残念だ…。

主に、アリクレット家の子供の世話をしてくれている。

記憶によると、一年ほど前までは、俺の着替えや身の回りの世話を全てやってくれていた。

自分で出来る様になってからは、着崩れていないかをチェックしてくれる程度になっていて、今も服の乱れた所を治してくれている。

「完成です。朝食の準備が整っておりますので、食堂に向かってください」

「ヘレネ、何時もありがとう」

ヘレネは笑顔を浮かべて、俺の頭を軽く撫でてた後、部屋から出て行く俺を見送ってくれた。

ヘレネはこの後、俺のベッドのシーツの交換や脱ぎ捨てた寝間着の洗濯と、部屋の掃除をしてくれるはずだ。

二階から一階へと続く階段を降りながら、俺は心の中でヘレネにもう一度感謝をした。


食堂に入ると、俺が来た事に気が付いたアルティナが席から立ち上がり、俺の所まで駆けつけて来て抱きしめて来た。

「エルレイ、おはよう」

「アルティナ姉さん、おはようございます」

アルティナ姉さんが俺に抱き付いて来るのは、日課の様な物だ。

一人っ子だった俺は、姉弟に憧れを持っていて、この様な触れ合いはとても喜ばしく思う。

食堂に来た父が通り過ぎて行く際に、俺とアルティナの頭を優しく撫でて声を掛けて来た。

「アルティナ、エルレイ、席に着きなさい」

「「はい」」

アルティナ姉さんは抱擁を解き、俺の手を引いて席まで連れて行ってくれた。

家族全員が席に着いた所で、父の挨拶の後に食事が始まる。

「「「「「おはようございます」」」」」

「おはよう。今日も一日、それぞれの仕事を頑張ってくれ。では頂こう」

「「「「「頂きます」」」」」

朝食のメニューは何時も同じで、焼きたてのパン、季節のスープ、サラダ、紅茶、デザートの果物といった感じだ。

記憶では味を知っているが、実際に俺が食べるのは初めてとなる。

先ずはパンを一口齧って見る。

まだ少し温かなパンは柔らかく、ほんのり甘みがあり、焼きたてという事もあってか、コンビニで買って食べていたパンより美味しい。

スープには、肉や野菜が入っていて、素朴な味わいだが悪くは無い。

サラダには、裏の菜園から取って来た新鮮な野菜が使われていて、酸味のあるドレッシングとよく合っていて美味しい。

今日のデザートは、フミルと言うイチゴの倍くらいの大きさ果物で、酸味と甘みがあってとても食べやすく美味しい。


家族全員そろって居るので、今の内に家族を再度確認しておこう。

父は、ゼイクリム・フォン・アリクレット、二十八歳。身長は百八十センチ、茶色の髪と茶色の瞳で、優しそうな顔つきをしている。

しかし、体は鍛えられていて、服の上からでも筋肉の隆起が分かるほどだ。

今でも、毎日剣の鍛錬を欠かさず続けているのが良く分かる。


母は、マイリス・フォン・アリクレット、二十七歳。身長百六十センチ、金色の髪に青い瞳で、腰まで伸びている美しい髪が印象的だ。

体は細く、とても四人の子供を産んだとは思えないほどスタイルが良くて美人だ。

もし、日本で母を見かけていたら、振り向くのは間違い無いし、声を掛けていたかも知れない。


長男、マデラン・フォン・アリクレット、十二歳。身長百五十センチ、父親譲りの茶色の髪に茶色の瞳だが、体つきはやや細めで、母親似の顔立でイケメンだ。

俺もマデラン兄さんみたいなイケメンだったら、将来苦労はしないだろうと、少し羨ましく思う。


次男、ヴァルト・フォン・アリクレット、十一歳。身長百四十センチ、茶色の髪に青い瞳で、父親と同じようにがっしりとした体格をしている。

顔立ちは、やや父親に似ている。

何時も、マデラン兄さんと仲の良い喧嘩をしているが、体つきの良いヴァルト兄さんの方が力では勝っている。

しかし、勉強は苦手で、マデラン兄さんに頭の方では勝てないみたいだ。


長女、アルティナ・フォン・アリクレット、八歳。身長百十センチ、金色の髪に青い瞳は母親とよく似ているが、顔立ちは美人と言うより可愛いといった感じだ。

金色の髪のツインテールが、可愛らしさをより際立たせている。

唯一の女の子という事で、父親が溺愛していて、アルティナ姉さんの我儘を何でも受け入れている。

その為、気は強いが、俺に対してだけは優しく接してくれている。


三男、エルレイ・フォン・アリクレット、六歳が俺だ。

顔立ちは、父親と母親の一部分を貰い受けた様な感じで、どちらにも似ている様で似ていない。

よって、なんだか普通の顔となっている。


この家に住んでいる使用人は六人いる。

執事のジアール、六十歳。

祖父の代から、アリクレット家に仕えてくれていて、有能な執事だ。

そろそろ、若い執事を雇ってジアールの後継として育てようと考えているみたいだが、家にあまり余裕がなく先延ばしにされている。


メイドは二人いて、先程俺の部屋に来たヘレネとリドが居る。

リドは二十歳で気立てが良く、母と特に仲がいい。

そろそろ結婚相手を探してあげないといけないと、父と母が言っていたが、本人は結婚するつもりは無いのだと言っている。

それが本心かどうかかは分からないが、俺も良い結婚相手が見つかると良いなと思う。


料理は、ナドスとエーファの夫婦が担当してくれていて、毎日美味しい料理を作ってくれている。

子供は男の子が二人いたが、既に他の貴族の家に料理人として働きに出ていて今はいない。


俺達四兄妹の教育係として、アンジェリカ・フィッツ・サリー、二十二歳が居る。

サリー子爵家の五女として生まれた彼女は、勉学、剣術共に優秀で、特に剣術の方は、男性相手でも負けないほどの強さを持ってて、この家で彼女に勝てる者はいない。

剣術が優れているせいで、婚期を若干逃しているみたいだが、彼女は常に結婚相手を探しているみたいだ。

しかし、田舎の男爵家の教育係では出会いも少なく、時折父が紹介してくれた相手とお見合いしている様だが、自分より弱い相手とは結婚したくないみたいで、上手は行っていない。

そろそろ、妥協すべきだと皆が言っているが、アンジェリカが心変わりする事はまだ先の様だ…。


朝食が終わり、皆それぞれの仕事を行う為に、食堂から出て行った。

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