第3話 アイツが与えた傷

我が家へと向かう。

食欲なんて勿論、お風呂に入る気すら欠片もなかった。2階に上がろうとすると

「お風呂だけでも入りなさい」

かすれた声がした。しぶしぶ僕は浴室に足を運ぶ。お腹には痛々しい打痕が数知れずあった。青黒く変色した体。半裸であがった僕は母さんに見られてしまう。

「おやすみ」

「…………」

ベットに横になるが寝られるわけがなかった。目を閉じれば思い出されるのは先刻の映像ばかり。恐怖はぬぐい切れず冷や汗ばかりが噴き出る。下着はぐっしょりと濡れ不快感が募る。幼い頃に誰かに教えてもらった羊を数える方法で一生懸命寝ようとしたがその努力空しく…。階下から漏れ出る光に夏のカブトムシのように吸い寄せられる。普段仏壇から聞こえるはずの母さんの泣き声は聞こえずただ沈黙だけが広がっていた。父さんの遺影と目が合う。父さんが生きていたら何か違ったんだろうか。幼少期の記憶内に父さんの柔らかな笑顔は焼きついている。僕が産まれてからは繁忙期で休む暇もない父さんだったがそれでも僕ら兄弟の前で疲れている姿を見せたことはなかった。優しくて強い父さんが僕らは大好きだった。なんて考えていた僕の横にはいつのまにか母さんがいた。年齢よりも若く見られることの多い母さんの綺麗な横顔には一筋涙がつーっと垂れている。やがて畳に水滴を落とす。かなしげな母さんの顔にくぎ付けになる視線とは対照的に、足早に去ろうとする体。ほんとうは分かっている。母さんに言わなきゃいけない。あれだけ待たせ、知られ、悲しんでくれている。僕の口から辛くも真実を伝えなきゃ!僕が意を決して一歩踏み出したと同時に母さんも口を開く。やっぱり母さんは聡い。僕のことなんかお見通しだった。

「そうた、母さんはあなたから無理に聞こうとしないわ。だからそんな顔してまで話そうとしないで。でもこれだけは絶対に忘れないこと!私もそうだけどあなたの周りにはいっぱい味方はいるの。つらいときは誰かに助けを求めて」

泣きながら僕を抱きしめる母さんの腕は細く、か弱かった。素直に甘えることが心地良いと心の底から思えたのはいつ以来だろうか。その夜は我慢していたものが溢れ、泣き続けた。ようやく寝れたのは3時をまわるころだった。寝るまで僕のそばに母さんはいてくれた。

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