エピローグ 二人の歴史

 こうして、無事に付き合うことになった、俺と彼女だったが。


 そこから先は、意外と「大変」だった。

 今まで、無理して食べなかった反動なのか。それとも俺の料理がよほど彼女の「舌」に合ったのか。


 ことあるごとに、彼女に「料理を作って」、とせがまれたのだ。


 彼氏になった俺から見れば、彼女は「美しい」が「痩せすぎ」だと思っていたから、もう少し「肉付き」が良くてもいい、とは思っていたが、かと言って食べすぎて太っても困る。


 適度に太らないように、調整しながらも、料理を作り続けているうちに、料理の腕前だけはぐんぐん上がって行った。



 2年後。

 あのお台場の大観覧車はもう影も形もなく、今や新しいレジャー施設がそこに出来ていた。


「圭介くーん!」

 専門学校に通っている俺は、いつものように授業が終わると、彼女と会っていた。


 大きく手を振りながら、駆けてくる彼女は、あの頃とは打って変わって、「明るい」大学生になっていた。その顔に眼鏡はなく、いつもコンタクトをつけていた。

 もちろん、彼女は「史学部」のある、某有名私立大学に合格し、通っていた。


 進路は変わってしまったが、2人の仲は変わっていなかった。

 むしろ、俺の料理の腕を見込んだ彼女は、ますます俺に料理を要求。


 それでも、彼女は、俺が危惧したほど「太らず」、「あの頃」とは変わって、健康的な肌色、顔色をしており、適度に「肉付き」もついていた。今では、均整の取れたプロポーションを持つ、校内でも話題の美人に成長していた。


「今日も、アレ作ってくれる?」

「またか?」


「えー。いいでしょ。だって美味しいんだもん。アレ、何て名前だっけ?」

「ブッフ・ブルギニョンだよ。相変わらず、歴史意外の事には興味を示さないんだな」


 ブッフ・ブルギニョン。つまり「牛肉のブルゴーニュ風」という意味のフランス料理で、赤ワイン(ブルゴーニュワイン)と牛のフォンで蒸して、煮込んだ一種のビーフシチューに近い。

 ニンジン、タマネギ、ニンニク、ブーケガルニ等で風味付けをして、パールオニオン、マッシュルーム、ベーコン等を沿える。

 彼女は、その名前を一向に憶えなかった。


「そうそう!」


 並んで歩く彼女は、ますます美しさに磨きがかかり、おまけに「歴史」の勉強もはかどっているようだった。


「女は恋をすると美しくなる」と言うし、同時に「人はプライベートが充実していると輝く」とも言う。


 かつて、彼女は俺に「助けられてばかりで申し訳ない」と言った。

 だが、実は俺もまた彼女に「助けられて」いた。


 それは、俺が現在、料理の専門学校に通っていることに繋がっている。

 幼い頃から、両親が忙しく、妹の面倒を見ていた俺は、家事全般、特に料理が得意だったが。


 その腕を見込んでくれた彼女が、ある時、言ったのだ。

「圭介くんは、料理人になるべきだよ。こんなに料理上手なんだから」

 と。


 俺自身、明確な将来の希望も、進路の展望も持っていなかった高校時代。

 その彼女の「一言」がきっかけとなり、試しに「料理のプロ」を目指してみよう、と思って、卒業後の進路を「料理の専門学校」にしたのだ。


 今では、和洋中の様々な料理を作れるようになったし、将来的には、料理人になって、独立して店を持ちたい、とも考えるようになった。


 料理人になる道は、下積みが長いし、非常に困難な道なのはわかっている。同時に、彼女が目指している「歴史の研究者」という道も、実は限りなく「狭き門」であり、「歴史」で食べて行くことは実際に困難だ。


 だが、きっと彼女の「笑顔」があれば、大丈夫。

 きっと、彼女も「俺」がいれば、大丈夫だろう。


 「幸せ」という歴史は「2人」で築いていくものだから。


(完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

れきけん LOVE 秋山如雪 @josetsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ