間奏



 走り続けている間に大河さんはどんどん顔が険しくなり、時には青褪めて、時には馬乗りになって扼殺を試みようとして、淡路島と四国経由でフェリー移動しようかという提案にはほぼ反射のように頷いた。そこまでしてまだ助手席に乗っている。その理由をオレは尋ねない。わかっているし何もわからないからだ。大河さんの底で煮え滾っているものに名前などはないだろう。ほぼ一面が海という大橋に差し掛かった横顔は無だ。故郷は好きではないようだし、かと言ってオレの提案を丸呑みにしてもいないだろうし、海面が反射した光を受ける様子は妙に不健全だし、それならまあ何処にでも来て貰うかとオレは思う。

 0にはなにをかけても0なんだよな、大河さん。わかってて来たんだろうけど。

 心の中で話し掛けながら、一旦停まってフェリー搭乗の手続きをさっさと済ませた。淡路島は遮るものが少なくて空間が海の上へと抜けている。一度よろよろ外に出た大河さんは、潮風を受けながらオデッセイの車体を無表情で撫でた。長い冒険。そんな胸躍るものなら良かったけどね。


 さてオデッセイ、オデッセイアとはオデュッセウスがある島に縫い付けられて七年経った時点から始まる。故郷で彼は死んだとされていて、屋敷は乱痴気騒ぎが繰り返される地獄絵図だ。その騒ぎを治めるためにオデッセイアは一人息子と共闘する。でも物語自体は大団円で閉じるし、島の描写が美しい。海は澄んで緑は深く、オレはここの描写がとても好きだった。

 助手席に戻った大河さんは海岸線を眺めながら、オレの説明を聞いていた。港に着く手前にやっと、明星は俺よりも色々知ってるんだなと剥がれそうな声で呟いた。この人はもうほぼ途絶しかけているのかもしれない。と、一瞬思うけどそんなはずもないと思い直す。人のよさそうな穏やかな目の奥に渦巻くものがきっと、もう既に大分県を見据えていた。

 面白い冒険旅行になるだろう。オレはオーケストラ音源をとめて新しいCDに入れ替えてから、眼前に停泊するフェリーを視界に入れた。

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