第2話 全恥全能の神

 意識を失くしてからどれくらい時間が経ったのだろうか。


 目を覚ましたら、そこは異世界だった。いや、これほんとマジで。


 何で異世界かって、俺の目の前に古代ギリシャのパルテノン神殿っぽい、胡散臭そうな建物が聳え立っているんだもん。夢じゃなければ絶対に異世界でしょ、ここ。


 ていうか異世界に来たってことは、もしかして俺は死んじゃったってこと?


 おいおいおい、ちょっと待ってくれよ! 由依ちゃんとのおうちデートは?


 俺の童貞卒業はどうなるんだよおおおおおおおおおおお!!


『うるさいのう、これだから童貞というやつは』


 何やら神殿の方からおっさんと思しき声が聞こえてきた。しかも、さりげなく貶された気がするんだけど。


 俺は恐る恐る声がした神殿の方へと近寄ってみる。


 神殿を支える無数の石柱はエンタシスになっていて、やはりここは古代ギリシャをベースにした異世界ということなんだろうな。


 う~ん、俺は歴史は好きだけどそれは日本史の方で、世界史、とりわけ古代ギリシャローマなんかは苦手なんだよなぁ。


 まぁそんなことは今はどうでもいい。それよりも、童貞のまま死んでしまったのかという精神的なショックの方が大きくて、何だか足取りがひどく重たくなってきた。


 あぁ、由依ちゃんは今頃どうしているんだろうなぁ……。


『何だ、童貞のまま逝ったのがそんなにショックなのか?』


 またおっさんの声が聞こえてきた。やっぱり俺、思いっきり貶されてるよね?


 ちょっとイラッときたせいで、ここがどこなのかという不安や恐怖は一気に吹き飛び、俺は声のする神殿の中へずんずんと踏み込んでいった。


『おい、ちょっと待てい! 土足で入るやつがあるか! お主は日本人であろう。それなのに、よそ様の家に土足で上がりこむとはどういう料簡だ。これだからお主は童貞なのだ』


 カッチーン。頭の中でそんな音がリアルに鳴り響いた気がした。それは童貞とは関係ないよね?


「さっきから童貞童貞うるさいんだよ! な、何なんだよあんた。人のことを何度も童貞呼ばわりして失礼だろ! そもそも、ここは日本の家じゃないじゃないか!」


『何をブチ切れておるのだ。童貞の分際で言葉を慎め。お主のような人間風情が軽々しくわしに口答えできると思うでないぞ!』


 おっさんの怒鳴り声が聞こえたと思った途端、神殿の中なのに雷鳴が轟き、稲妻のような閃光が目の前を走った。


 思わず閉じてしまった目をゆっくりと開けてみる。すると、俺の目の前に教科書か何かで見たことあるような、古代ギリシャローマの彫刻っぽい濃い顔立ちをした厳ついおっさんが仁王立ちしていた。しかも全裸に近い格好で。


 まぁ厳密に言うとあれだ。白くて長い布みたいなものを身体に巻きつけるように纏っている。だから半裸っていうのが正確なのかもしれない。ならぎりセーフ……いや、セーフじゃない!


 おっさんがこんな格好で外を歩いていたら間違いなく通報されるレベルだぞ、これ。でもまぁ、ここは異世界だからな。


「控えよ小僧! あ、いや、童貞!」


 おい! 今そこ、言い直す必要なかったよね?


「童貞言うな! 俺には竜舞勝りゅうまいすぐるっていう名前があるんだ。ていうかおっさん、あんたこそ一体何者なんだ?」


「ふふふ、わしが誰か知りたいか? ならば特別に教えてやろう。だがその前に靴を脱げ」


「……チッ、細かいおっさんだな。はいはい、脱げばいいんでしょ、脱げば」


 俺は履いていた靴を脱いだ。床が大理石みたくなっていて足の裏がめっちゃひんやりする。そういえば俺の格好って、学校の制服のままだったことに今さらだけど気付いた。


「ほら、これでいいだろ? で、おっさんは誰なんだ?」


「ふむ、ならば教えてやろう。そして恐懼するがよい。我が名は全宇宙の支配者にして全全能の神ギガセクス!」


 ……。


 …………。


「ぷっ、ぷぷぷ。ぎゃははははははははははははは!」


「な、なぜ笑う? 何が可笑しいというのだ?」


「いやいや、これは笑っちゃうでしょ。全知全能の神? ギガセクス? おっさんのくせに厨二病全開じゃないか。ぎゃはははははは!」


 ギガセクスと名乗る半裸のおっさんは、俺の大爆笑に明らかに狼狽えている様子だ。よし、これで流れが変わったぞ。


「しかもそんな半裸の格好しているなんて、全知の知は恥ずかしいのだったりして?」


「お、お主、なぜそれを知っておる?」


 えっ? 冗談で言ったつもりだったのに、本当に恥ずかしい方だったのかよ。


 やべぇ……。このおっさん、マジでやべぇわ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【あとがき】

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