第3話 ― そういう系はできない

 俺TUEEEE、俺様最強! とか脳内ウェーイしていると、神はあっさりと水を差す。なにそのニトロソモナス硝酸細菌でも見るような目、止めてほしいんだが。いやいやニトロソモナスむしろいいやつだからな、言っとくけど。


「今チートスキルとか考えてたでしょ?」

「!」

「残念だけどそれはできないのよ」


 えぇぇ……。そういう系はできないのかよ。ぬか喜びした俺の純心返せよ。というかチートスキルって単語知ってる神ってなんなの。凄え俗っぽいんだけど。


「そ、そうか……。何とかできないのか、そういうの?」

他所よそは知らないけれど、ワタシには無理。……あのね、例えば前世で扱ったこともないものを、いきなり転生先でその道の達人になれって言われても無理でしょ?」

「それはそうだが、それじゃ転生した意味ないじゃないか」

「言ってることがよく分からないけど、とにかく無理。あ、でもね、キミの持ち越すモノに関しては、前世以上に力を発揮できるはずよ」


 そこは分かれよ、察しろよ! ……ん?


『キミの持ち越すモノに関しては、前世以上に力を発揮できるはずよ』?


 なんか含みのある言い方だと俺は思った。なんだかんだ言ってすごい魔法使いとか剣聖にでもしてくれるんじゃないか。ハーレムも夢じゃないじゃないか。あ、でも俺は勉強もそれほど成績が良くもなかったし、スポーツも特にやってなかったからそれは無理なのか。

 ……いや、ここで色々考えても何も解決しないな。まずは行って転生してみないとわからないことばかりだ。なにしろ転生させてくれるのがこいつだし。


 神の言うことを鵜呑みにするなら、少なくとも前世での特技やら知識なんかは底上げされるようだからどうにかなる(のか?)。手前味噌にはなるが、実は結構器用だし、魔道具とか作れそうな気がする。根拠ゼロだけど。

 あ、転生先の世界が『剣と魔法のファンタジー世界』とは一言も言われていないんだよなぁ。近未来かもしれないし、原始時代かもしれない……と、一人妄想の底に漂う。


 その一方、なにやら神は手元で何かを触っている。転生に関して色々と調整しているようで、ピアノを弾くような動きの指先から時折光が漏れる。


 うーんと悩みながら何度も首を傾げる神に俺はつい見惚れてしまった。長く真っ直ぐに伸びた絹糸のような髪が揺らめき、そこから微細な光の粒がいくつも舞い散り、パチンッ、といった感じで爆ぜては消える。心が洗われるような情景、つまり命の洗濯とはこういうことなのかと一人納得する。今の俺に命があるかというと、よくわからないから洗われてるのかは甚だ疑問ではあるのだが。


 そして改めて見る神の顔はこの世のものとは思えない美しさだった。というか今いるここがこの世なのかという根本的な疑問も未だ晴れていない。


 つまり、なにもかもわからないのだ。途方にくれて頭を抱える俺に、調整を終えたであろう神が俺の顔をまっすぐに見据えて言う。


「……うん、これでよし。じゃあそろそろ転生してみましょうか?」

「あぁそうだな。もう元の世界の未練も……まぁなくはないが行ってから色々考えることにするよ」

「では! 向こう異世界でも頑張ってねっ」


 そう言うと、神は手に持っていた杖を俺の頭の上でくるくると回した。徐々に白い光が俺を包み込む。それは俺の体を末端から少しづつ溶解し、取り込んでいくような感覚だった。


「あ!」

「何? どうしたの?」


 忘れていたことをひとつだけお願いしてみることにした。


「視力だけめっちゃ良くしてほしいんだけどできるか!?」

「……ぶ。……な…………きるわ!」


 白い光は俺の体をすべて取り込んだあと、続けて意識を溶解していく。

 

(……転生するんだな俺……あ……そういえば仕事あと少しだった……誰かが引き継いでくれるだろうから心配ないか……カメ吉大丈夫かなぁ……そういえば絵夢えむにもう小説は投稿しないって言ってなかったな……あぁなんか走馬灯的なものが見える……ってやっぱりこれ転生じゃなくて天国行きなのかも……いや生きてる時に善行積んでるわけじゃないし天国とも限らないか……もうどうでもいいや……)


 そして俺の意識は深淵の向こう側にすっと落ちていった。

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