第3話 孤児院

■作者のねらい:孤児院がシエラにとって居心地の良い場所であることをあらわしている。ユリミエラの教えが、シエラの行動の軸となる。


■登場人物

   シエラ

   シエラ(N)

   ユリミエラ

   ユーリ


■ユリミエラの特徴

   聖母マリアのような慈悲深い女性




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シエラ(N)『木の実を拾い直したわたしとユーリが山を下り、通りを少し歩くと、二階の窓からおねしょの布団がぶら下がっているボロボロの家が目に入った。あれが孤児院だ。わたしはおねしょをしていじけていた末っ子のローリエを思い出し、クスッと笑いながら玄関をくぐった。そして食卓で針仕事をしているお母さんを見つけ、すぐさまその胸へ飛び込む』


シエラ「お母さん、ただいまー!」


ユリミエラ「こら、シエラったら危ないわよ。……あら? 髪の毛どうしたの? なんだかみだれてるわよ」


シエラ「な、なんでもないよ。ちょっと小枝に引っ掛けちゃって!」


ユーリ「シエラ、村のおやじに嫌がらせされたんだ。まったく」


シエラ「ユ、ユーリってば!」


シエラ(N)『ユーリはそれだけを言い残すと、顔を曇らせたお母さんを残し、収穫物を持ってさっさと調理場へ消えて行った』


ユリミエラ「シエラ、本当なの?」


シエラ「ぜ、全然大丈夫だよ! ユーリがすぐに来てくれたから、特になにもなかったよ、本当!」


シエラ(N)『心配をかけたくないわたしは、顔の前で手をブンブン振ってフォローしたが、大事なことを忘れていた。転んだ拍子に手を擦りむいていたのだ。自分の手を見てギョッとする。そんな百面相ひゃくめんそうのようなわたしを見て、苦笑したお母さんが立ち上がる。そして、何も言わずにわたしを椅子に座らせると、当たり前のように髪の毛をとき始めた。優しい手櫛てぐしが髪をすき、いつものように縛り直してくれる』


ユリミエラ「シエラは強い子ね。いい? シエラ。シエラの髪の色も目の色も、とっても綺麗よ。シエラは神様が私に送ってくださった宝物だもの。だから、何も恥じることはないのよ。それに、色が本来の人の価値を表したことは今まで一度もないわ」


シエラ「今までって、今から何百年も何千年も前?」


ユリミエラ「そうよ。だからシエラも、外見だけではなく本当の価値が見える人になってね」


シエラ「はい、お母さん……」


シエラ(N)『村の外れにある生命の樹と呼ばれる木から生まれたわたしを、実の娘と同じくらい大切にしてくれる母。その手の温もりを確かめるように、わたしは自分の頭に手を当ててはにかんだ。お母さんがいるから、どんな嫌がらせをされても大丈夫。わたしはいつか、お母さんの自慢の娘になるんだ』


ユリミエラ「あら? お花の明かりが弱くなってるわね……」


シエラ(N)『この国、エルディグタールでは、『灯花とうか』と呼ばれる夜だけ光る花を照明に使っている。その灯花の光が点滅し始めた。お母さんの役に立てるチャンスだ。わたしは元気良く椅子から立ち上がる』


シエラ「大変! 私、採ってくるよ!」


ユリミエラ「もう日が暮れてきてるし、明日にしましょう?」


シエラ「大丈夫だよ! 私、足早いから!」


ユリミエラ「あ、シエラったら……!」


ユーリ「どうしたの? もー! しょうがないなぁ。あいつ、いっつもすぐ飛び出して行くんだから。心配だから一応俺も追っかけてくるよ」




〇孤児院の裏山(夕方)



シエラ(N)『孤児院を飛び出したわたしは、太陽が沈む中、灯花が咲くショーハの池に向かって駆け出した。夜になるとお化けが出るとかで、暗くなるとあまり人は近寄らないが、わたしには逆にそれがちょうど良い。15分ほどでたどり着いたショーハの池のほとりに、綿毛の様な灯花が柔らかい光を放ちながら咲いていた』


シエラ「あ、あったあった! うわぁ、きれいだな! ほらね、おばけなんていないんだから」


シエラ(N)『池のほとりにしゃがみ、まじまじと灯花を見つめた。近くに咲いているバブルサンフラワーをつつくと、シャボン玉のような花粉がフワフワと飛んでいく。そして、まだ星が埋め尽くす前の薄暗い空に、灯花の光を反射してキラキラ輝きながら昇って行った』


シエラ「うわぁ! すっごい! 夜のショーハの池はきれいだなぁ」


ユーリ「わっ!」


シエラ「きゃぁあっ!」


シエラ(N)『出たっ! お化け⁉ いきなりの大声に息が止まるほど驚き、湿った地面に足を滑らせてしまった』


シエラ「わ、わ、わ、わ!」


ユーリ「あ、あ、あ、あ!」


シエラ(N)『やややや、やばいっ! 落ちる!』

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