第46話 エピローグ

『では先週発生した天国の扉集団自殺事件について、続報が入りましたのでお知らせします。この事件では天国の扉という新興宗教に属し、集団生活をしていた信者延べ138人全員が一斉に命を絶つという日本では前代未聞の規模の事件であり、取材を進めたところ、代表を務めていた鮫島武という人物は学生時代に──』


 ピッ


「……はぁ。やっぱり、しばらくはずっとこの話題だな」


 あれから一週間が過ぎた。

 御子の言う通り、あの日を境に俺の呪いは解除され、ようやく平穏な日常を取り戻すことが出来たと言える。

 だが、元凶の宗教団体“天国の扉”が残した影響は──大きなものだった。


 まず御子が病院に搬送された数時間後に、近隣住民からの通報で集団自殺が発覚した。

 実を言うと、同日にその周辺で大怪我をしたということもあり、最初は俺達も警察に関与が疑われ、事情聴取のようなものを老婆の時と同じように警察から受けてしまっていた。

 まあそれも、御子の巧みな嘘と状況証拠からして、すぐに無関係と判断された。

 当たり前、と言えばそうかもしれない。まさか、集団自殺の裏で、あんなことが起きていたなんて、誰も思わないだろう。

 とにかく、俺達は無罪放免ということで、それ以上は追及されることはなかった。


 だが、それにしては──不審な点が残るような気がする。

 傍から見れば俺と御子があのような形で教団と繋がっているなんてのは想像出来ないのは確かなんだが、実際に俺達があそこにいたというのは事実だ。

 靴跡や指紋は大量に残っていると思うし、彁混神に襲われて、転倒した車は残っている。

 何より、証拠になるのはあの拳銃だ。

 司祭と呼ばれ、教団の代表をしていた鮫島が自殺に使った拳銃。あれを御子が持ち出して、俺も使用してしまった。

 救急車を呼ぶ直前に、御子に拳銃を預かると言われ、そのまま渡してしまったのだが、あれは一体どこに行ってしまったのだろうか。

 上手く隠し通した、ってことでいいのか。実はその件について、昨日御子に尋ねてみたのだが──


「あーそれね。気にしなくていいよ。もう話は通してあるから」


 と、言われた。

 多分、御子が裏で何か色々やってくれたんだと思う。

 もしかして、彼女はどこかの大きな権力と裏で繋がっているかもしれない──まあどうでもいいか。

 あの忌まわしい事件に比べたら、些細な問題だ。


 とにかく、あの事件が表になってから、もうテレビやネットはお祭り騒ぎだ。あれから数日間は報道用のヘリを何十機も見かけた。

 一週間が経った今でも、度々プロペラが回る音が聴こえる。恐らく、あと一カ月はこの調子だろう。

 ワイドショーではこの事件のことで持ちきり。まあ当たり前か。

 世界的に見ても、これだけの規模で集団自殺をしたという例は限られてくる。それがこの平和な日本で起こったともなれば、反響は大きい。

 日本どころか、海外でも今回の天国の扉集団自殺事件は大きな話題を呼んでいるらしい。

 皮肉な話だ。一週間前まで、あの教団に目を付けていたのは俺と御子だけだったのに、今では世界中があいつらに釘付けになっているなんて。

 だが、真実を知るのは世界中で俺と御子の二人だけ──あの集団自殺が、彁混神を呼び出す儀式だったということは一切報道されなかった。


 ただ、彁混神の痕跡が全て消えたというわけではない。

 実はあの集団自殺が行われた施設で一人だけ──無関係の人物がいた。

 それはあの“妊婦”だった。彼女だけは元からあの教団に属していた人物ではなく、一年前から行方不明になっていた無関係の人間だったのだ。

 正式な発表はされていないが、どこから漏れたのか。彼女だけが唯一、腹を裂かれて死んでいたというのはネットの世界では公然の都市伝説として広まっている。

 その反応の中では──あの妊婦は何かに腹を突き破られて死んだのではないかという、まさに的中している意見も見られたが、結局は噂の域を出ないだろう。


 どういう理由で、あの妊婦が彁混神に関わっていたのかは関係者が全て死んでしまった以上はもう何も分からない。

 そもそも、鮫島は彁混神を呼び出して、何を企てていたのか。彁混神とはどのような存在だったのか。奴等の真の目的は何だったのか。

 全ては死という闇に葬られてしまった。でも、その方が良かったのかもしれない。

 これ以上関わってしまったら──命がいくらあっても、足りない気がする。


「おっと、もうこんな時間か。そろそろ……行くか」


 ◇


 待ち合わせ時刻の30分前に到着するように家を出た。

 周囲を見渡し、彼女の姿がいないか確認する。


「……やっぱり、もう先にいたか」


「あっ、蓮くん。早いね、今日は」


 俺の姿に気付いた御子はくすっと笑うような仕草を見せた。

 やっぱり、先を越されていたか。


 幸いなことに、御子の傷はそこまで大したことはなく、昨日退院することが出来た。

 もっとも、当初は入院一カ月を言い渡されていたことを考えると、それだけ御子の回復力が尋常ではないということなんだろうな。

 そして、今日、俺達は──全てが解決したということもあり、どこかに行こうということで、二度目のデートを行うことにした。


「それで、今日はどこに行くんだ?」


「もう一回……水族館に行こうと思っていたんだけど、いいかな?」


「あぁ、俺はいいぞ。もう一度行きたいって思ってたしな」


 御子に連れられて、一回目のデートと同じく、俺達はまた水族館へと向かった。


 ◇


 ここに来るのは──二週間ちょっとぶりだろうか。

 日数的にはそれほど空いていないが、何だか数年ぶりに訪れたような、奇妙な気分になる。

 一通り水槽を見回った後に、また入口近くの巨大水槽の前に戻って来た。

 時計を見ると、もう水族館に来てから6時間は経っていた。時間を忘れて、今日は楽しんでしまったな。


「……蓮くん。ちょっといい?」


「ん? なんだ」


 薄暗い中、席に座り、水槽を眺めていると──御子が神妙な面持ちで話し掛けてきた。


「この前……ここで、私の母親の話をしたよね。私の過去について……蓮くんには何も喋ってなかったよね。それについて、話しておかないといけないことがあるんだ」


 そう言うと、御子は──自身の過去について、語り始めた。

 母親が元占い師だったこと。母親が御子に力があることを知って、霊感商法を始めたこと。

 そして、その影響で自身には数百の霊の力が宿っていることも。


「……これが、私の秘密。蓮くんにはずっと言えなかったけど……私、人間じゃないんだ。あの彁混神と同じ、バケモノに近い。自分の母親すらも、私が殺した」


「…………」


「だ、だからっ……蓮くん、私と一緒にいない方がいいと思うんだ……今日で……最後にしない?」


 御子は声を震わせながら、俺に別れ話を切り出した。

 そうか──只者じゃないとは思っていたが、そんなことがあったのか。

 ふと、あの日の夜を思い出す。初めて影に襲われた時に見た御子の姿を。

 俺の中で、彼女のイメージはとても誇らしく、強さを持っている女性という印象だった。

 だが、実際は──そんなことはないのかもしれない。

 彼女は強くならないと、生き残れない環境にいたのではないだろうか。


「……俺は、そうとは思えないな御子の力は……絶対にあのバケモノとは違う。それだけは確信を持って言える。だって、俺を救ってくれたじゃないか。今、俺がここにいるのは──御子のおかげだ」


「で、でも……私の力は……呪われているんだよ。これは正しい力じゃないってことは私が一番知ってる。私なんて、あのまま死んだ方が……良かった」


 そうか。御子はずっと──自分の力をそう思っていたのか。

 俺のために死ぬと言った言葉の根底にあったのはきっとその後ろめたさだったのもしれない。

 呪われた力を持つ自分は死んだ方がいいと──ずっと、思っていたんだろうな。

 でも、御子と彁混神は絶対に違う。

 あいつは人を殺すだけでしか、自分の存在を保てない哀れな存在だった。

 だが、御子は人の命を救える力を持っている。この世界には必要な力だ。


「御子、俺は……お前と会えて、本当に良かったと思っている。その力は決して呪われている力じゃない。俺みたいに、救いを求めている人が沢山いるはずだ」


「…………」


「それに、御子がお母さんを殺したってのも、少し違う気がするな。多分……お前のことを思ってたからこそ、真実を知って、その重圧に耐えられなかったんじゃないか」


 御子の母親がどのような心情を抱いて、命を絶ったのかは分からない。

 でも、最後に残した手紙には謝罪の文面が書かれていたのは事実だ。

 果たして、彼女の母が御子のことを本当に恐れていたのかは疑問が残る。


「自信を持ってくれ。御子は……この世界に必要な存在だ。俺にとっても」


「……えっ?」


 俺の一言に、御子は目を見開いて、俯いていた顔を上げる。

 あぁ、もうここまで来たら、言うしかないか。


「……御子。改めて言うぞ。俺はお前のことが好きだ。付き合ってくれないか」


 とうとう、面と向かって告白してしまった。

 無論、これは彼女に同情したとか、そんな意図じゃない。

 彼女と過ごすうちに、本当に惹かれてしまった。今度は気になるとか言って濁すような真似はしない。

 俺は──御子のことが好きだ。


「そ、それって……!?」


「答えを聞かせてくれないか」


「……っ! よ、よろしく……お願いします」


 御子は耳まで真っ赤にしながら、俺の告白を受け入れてくれた。

 これじゃ、最初と立場が逆だな。ここまで困る御子は初めて見た気がする。


「……じゃあ、正式に付き合った記念に、どこか飯でも食いに行くか」


「うんっ!」


 多分、日常を取り戻したのは俺だけじゃなく、御子も同じなんだと思う。

 この一連の事件を決して俺は忘れることはないだろう。一生を掛けて、付き合うことになるはずだ。

 恐怖、畏怖、不安、数々の記憶は俺の五感に刻まれてしまった。本当に元の日常に戻るということは出来ないかもしれない。

 だが、それでも──俺は一人じゃない。隣には御子がいる。

 なら、どんなことも乗り越えられるはずだ。


 きっと、間違いない。

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