第34話 運命

「……で、あるから、このように地域復興には」


 左耳から講師の声が聴こえてくるが、そのまま脳を通り抜けるように、右耳から流れ出るような感触がする。

 そりゃ、あんなこと知ってしまったら授業の内容なんて入ってこないか。

 この数時間で、例のフリーライターのブログの記事を全て読破することができた。

 そこから分かったことは──あの人は業界で20年近く働いているベテランの記者だということだった。


 ブログの内容自体は名の通り、殆ど独り言のような報告が多かったが、そこからでも彼の几帳面で情熱的な性格が見えてきた。

 記事にすると決めた事件や事象はとことんまで追求していたようで、取材費が赤字になっても、手を抜くことは自分で許せなかったそうだ。

 そのせいもあって、常に金には困り──妻とは離婚、6歳になる娘とも、離れ離れに。

 ただ、それでも彼の記者魂というのは収まらなかった。

 あの天国の扉との接触を試みたのも、常に事実を追求しようとした結果だろう。


 だが──恐らく、彼はもうこの世にはいない。

 実名は分からずじまいだったので、生死に関することは調べても出てこなかったが、何となくそんな気がする。

 あの教団に関わってしまったのが原因なのは間違いない。

 直接殺されたのか、それとも俺のように呪いで死んでしまったのか。


「……本当に、行っていいのか」


「はい、では本日はここまで」


 俺の呟きと同時に、授業も終わったみたいだ。

 あぁ、出席カードの内容──どうするかな。授業の内容、聞いてなかったぞ。

 まあ適当に、耳に入ってきたことを書くか。文字数を稼ぐのはレポートで慣れている。

 大学生活で培った無駄に文章を引き延ばす術を使い、俺は講師に提出した。

 帰宅をしようと、振り向いた時──教室の扉の影に、彼女の姿が見えた。


「蓮くん、お疲れさま」


「……あぁ」



 御子と合流し、俺達は大学内の談話室へと移動した。



「ブログの内容、私も見たよ。よく見つけたね、これ」


「……なぁ、御子。本当に……行ってもいいのか。奴等の本部に」


 俺は正直に、胸に抱いていたことを御子に投げかける。

 このタイミングで、あのブログを見つけてしまったのは偶然ではないような気がしたのだ。

 俺は──俺自身の勘が“行くな”と警告していると受け取った。

 このままではあのライターの二の舞になるぞ、と何かが訴えかけている。


「そうだよね。こんなの見たら、怖いよね。でも、大丈夫だよ。蓮くんだけは……何があっても、守るから」


「……そうじゃ、ない。俺じゃなくて……お前のことが心配なんだよ。御子」


「えっ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、御子は驚きの表情を見せた。

 そうだ、俺が、御子の身を案じるなんて──身の程知らずも甚だしい。

 だが、彼女の猪突猛進というか無鉄砲な性格を考えると、本当に、どんな無茶を仕出かすか分からない。

 何度も彼女が放った「俺を守る」という台詞は──その証拠だ。

 これは俺を守るという意味ではなく、俺の為に死ぬという意志表示に聞こえる

 正直、俺が死ぬのだけはいい。

 短期間で何度も死に立ち遭ってしまったせいで、そこら辺の境目が曖昧になってしまっているだろう。

 でも、その死に御子が巻き込まれるのは──絶対に避けたい。

 彼女の力はもっと人の役に立てるモノだ。こんなところで、散って良い命ではない。


「御子……もう、いいんだ。俺……もう、死ぬのも仕方ないかなって、思い始めてる。事故や……災害と変わらない。俺の母さんが事故で死んだように、呪い殺されるのが俺の“運命”ってやつじゃないのかって。でも……御子、お前は無関係の人間じゃないか。わざわざ危険な目に遭う必要なんて……どこにもない」


 ここまで自分の“死”を受け入れられるようになったのも、多分、母のことがずっと心の中で引っ掛かっていたせいだ。

 なぜ、母は死んでしまったのか。ずっと、考えていた。

 人の死というのは──いずれ、必ずどこかで訪れる。短命だの長生きだの、そんなのはただ偶然の結果だ。

 俺の命がここで終わるのも、運命だ。そう思えば、そこにどれだけの悪意が干渉していても、どこか受け入れられるような気がしていた。


 俺の言葉を聞いた御子は数十秒間、黙り──目元から、一滴の涙を流した。


「えっ……御子……?」


「ごめんね。ちょっと、嬉しくって。私……今、すごく幸せだよ。蓮くんが……そんなにまで、私のことを想ってくれているなんて。でも、蓮くんが私のことを思っていてくれているように……それ以上に、私は蓮くんのことが好きなんだ。だから、蓮くんが呪いで死ぬのが“運命”ってやつなら、私が蓮くんを守って死ぬのも……同じ“運命”ってやつだと思うよ」


「……御子」


「大丈夫、怖くないよ。一人にはさせないから……もし、蓮くんが死んだら、私も一緒に死んであげる」


 御子は本気の目だった。

 本当に、俺と一緒に──死ぬ気だ。


「でも、これはあくまで最悪の可能性。一緒に生き残るのが、一番望んでいる未来だよ」


「な、なんで……そこまで俺のことを?」


 あの最初の夜、御子に命を救われた時から、ずっと思っていた疑問だった。

 俺は御子に大して何もしてあげたわけでもない。なのに、なぜ彼女は──そこまで俺を愛していてくれているのだろうか。


「別に、理由なんてないよ。あの時、大学で初めて声を掛けてくれた時から、蓮くんは私の中で、一番大切な人になってた。これも運命ってやつなのかな。うん……そうだね。間違いない。“運命の赤い糸”で結ばれてるって……私は感じたよ」


「運命の……赤い糸、か。は、ははっ……そう言われたら、何も……言い返せないな」


 してやられた、とでも言えばいいのだろうか。完全に、言葉を返されてしまった。

 俺と今一緒にいるのも、運命であり、一緒に死ぬのも運命だと言われたら──もう何も反論できない。

 なら、やるしかないか。


 御子と一緒に“死の運命”を乗り切るしか──俺に道は残されていなかった。

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