第33話 2018/03/09

「……んっ」


「あれ……今何時だ……」


 外がいつの間にか暗くなっており、俺は手探りにスマホを探して、時刻を確認する。

 時間は18時──マジか。半日近く眠っていたことになる。


 あの後、御子は始発の電車が来る時間帯には自宅へと帰って行った。

 呪い返しをしたこともあり、しばらくは奴等も手を出してこないと判断したらしい。

 その予想は当たったのか、昨日の分の睡眠も合わせて、今日はぐっすりと眠ることができた。


 ふと、スマホの画面を眺めていると、メッセージアプリに通知が入っていた。

 相手は──御子だ。すぐに内容を確認しなくては。


『予定が取れたよ。三日後の昼、入信希望ってことで、見学に行けるって』


『蓮くんはあいつらから呪いを受けてる張本人だし、来なくてもいいけど……どうする?』



「……どうする、かな」


 ポツリと、独り言を呟いてしまった。

 確かに、俺は“天国の扉”から直々に、指名手配ならぬ指名呪殺を受けてしまっている。

 もし、俺の顔が割れていたら──きっと、直接手を下そうとするはずだ。そう考えると、行かない方がいいに決まっている。


 だが、そうなると──御子を一人で、あの教団に送り込むことになってしまう。

 幽霊相手なら無敵の御子だが、人間相手となると、話は別になるだろう。

 そもそも、危険思想を持っているかもしれない宗教団体に、彼女を一人で送り出すというのは論外だ。

 俺も──行くしかない。


 御子に同行するという趣旨の言葉を打ち込み、送信する。

 そして十数秒後、すぐに返信が来た。いや、速すぎるぞ。


『無理しなくても、いいよ』


 見透かされていた。

 正直言うと──かなり、無理をしている。

 ふと、小学校の頃に、どうしても算数のテストを受けるのが嫌で、当日に仮病を使って休んだことを思い出した。

 今にして思えば、本当に下らない理由で休んでしまったものだ。

 結果を見るのが怖かったのだろうか。あぁ、今と全く変わっていない状況なのか、これは。

 結局、いくら逃げたところで待ち受ける確定された運命というやつからは逃れることはできない。

 それを回避するためには──自分から行動を起こすしかない。


『いや、やっぱり、俺も一緒に行く』


『決着は自分の目で見届けたい』


『分かった。じゃあ二人で一緒に行くって、向こうに伝えておくね』


 その文が届いた直後、何か、可愛らしい猫のようなキャラクターが“大丈夫”と言っている絵が描かれたスタンプが届いた。

 御子がこんなスタンプを送ってくるのは──初めての出来事だ。

 一応、心配してくれている、のだろうか。


「ふっ……」


 似合わないことをしている様子を思い浮かべて、少し鼻で笑ってしまった。

 その後、感謝の返事とまだ眠気を感じているので休むことを御子に伝えて、俺は再び床に就いた。



 ◇



 翌朝、合計20時間近く眠っていたということもあり、早朝に俺は目が覚めた。

 ここまで眠ったのは実に久しい、いや初めての出来事だった。それだけ、疲労と安心があったということだろうか。

 昨日、御子から来たメッセージでは二日後、あの教団“天国の扉”に見学をするという形で潜入する手筈になっていた。

 二日──か。長いようで、短いな。


 一通り、朝の準備を済まし、俺はテレビを付ける。

 今日は大学の授業は──あぁ、午後に入っていたな。

 さすがに、最近休み過ぎたということもあり、そろそろ顔を出しておかないと、万が一ということもある。

 まだ命の危険があるというのに、単位の心配をするのは我ながら呑気な思考だと思うが──怯えながら過ごすよりはマシか。


 暇な時間ができたことで、俺はスマホのブラウザアプリを立ち上げて、ある単語を入力する。

 “天国の扉”──あの教団について、自分でも少し調べておこうと思った。

 昨日、御子と共に見た公式ホームページがすぐに出てきたが、それについてはもういい。

 誰か、俺達と同じように、あの教団に不審な点を見つけた者はいるのだろうか。それが知りたかった。


 検索結果を上から眺めると、いくつか一般の人間が取り上げた記事が出てきた。

 ただ、そこには大したことは書いていなかった。

 廃校を買い取り、共同生活をしている不気味な宗教団体がいるという情報だけが載っており、それ以上のことは何も書かれていない。

 一時間近くかけて、上位のサイトをいくつか閲覧してみたが、大した情報は得られなかった。


 少し、検索ワードを変えてみる必要があるかもしれない。

 天国の扉の後にスペースを入れ、カルトと入力し、検索してみる。

 結果は──駄目だ。特に変化はなし。


 もうちょっと、直接的な単語を入れてみるか。

 奴等と関わったことがある人間のみが、知っている情報。数分、悩んだ俺は検索バーにある単語を打ち込む。


 『天国の扉 呪い』──これではどうだろうか。

 すると、検索結果に、今まで引っ掛からなかったブログが出てきた。


 サイトの名前は『とあるフリーライターの便所の裏の落書き』。

 ピクリと、俺は無意識に肩を震わせる。

 当たり──なのか。これは。

 すぐにそのサイトをタップし、閲覧することにした。


 記事のタイトルは『2018/03/09』

 更新日時と同日であり、タイトルは日付を表しているものだった。



『さて、何から書いて行こうかな。じゃあ早速だが、この前の記事で伝えておいた天国の扉“とアポを取ることができたことを報告させてもらう』



 記事の文頭を読んで、息を呑んだ。

 読み進めて行くと、この“とあるフリーライター”という人物はオカルト雑誌の記者をしている人物であり、天国の扉に取材を試みるという趣旨の内容が書かれていた。


『天国の扉に関する噂は……まあ前回の記事に書いた通りだ』


『表向きは共同生活をすることで、俗世間からの呪縛を解き、身を清めると言った信仰を持っているそうだが、俺が入手した情報では呪いで人を殺しているとか、神をこの世界に降臨させるとか、イカれたことをやろうとしているらしい』


『と言っても、あんまり信用できる情報源じゃないってのも事実で……正直、半信半疑ってのが今の心情だな』


『でも、面白い記事になるのは確信してる。今のご時世に、カルト教団の内情を暴くってのはどこの出版会社もやりたがらねえ。だからこそ、俺がやるべきだ』


『続報に関しては次の記事で報告できると思う。最悪SNSか動画サイトを使ってでも、手に入れた情報は公開するつもりだから期待して、待っててくれ』



 やはり、と言うべきなのか。

 俺達以外にも、行動を起こした人物がいた。

 この人は一体、どのような情報を持ち帰ることが出来たのか。

 サイトの上部からトップページに飛び、最新の記事を確認しようとする。


 記事の更新はこの『2018/03/09』で止まっていた。

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