第17話 ストーキング


 は、はは──まさか、こんなところで見つけてしまうとは。

 しかも、よりによって俺の方か。まだ、御子の方で見つけたならいいが、今は俺一人しかいないんだぞ。

 とりあえず、連絡を入れないと。


「も、もしもし。御子か」


「蓮くん、どうしたの?」


「み、見つけたぞ。間違いなく、あの老婆だ。場所は──」


「……っ。本当? よく似た別人じゃない?」


「あの顔を見間違うわけない……本物だ」


「……そっか。蓮くんが見つけちゃったか。今、あの婆さんは何してる?」


「えーっと、ちょっと待て」


 スマホを耳から離し、老婆の方を確認する。

 どうやらまだ会計をしている途中のようだった。

 いや、もう終わったか。レジから袋詰め用のサッカー台へと移動した。


「もうすぐ店から出そうだな。どうする?」


「……時間がない。多分、私が向かっても間に合わない。蓮くん、ちょっと危険だけど、その婆さん尾行してくれない?」


「……そうなるよな。やっぱ」


「うん、いい? 対象との距離を20メートルは離しておいて。この距離なら、よっぽどのことがないと気付かれないし、見失うことはないから」


「お、おう」


「基本的に目線は下。絶対に対象の目線と合わないようにすること。一度でも目が合えば、意識されちゃって尾行自体に勘付かれる可能性がある。姿も全体像が映らないように、なるべく電柱とかと重なるようにして。目的地は家まででいい。そこさえ特定出来れば──後はこっちの勝ちだから。出来る?」


「……あぁ。任せろ」


 尾行の手ほどきが具体的過ぎないか。まるでプロだ。

 こんなテクニックを使われたら、そりゃ気付かない、か。

 そうこうしているうちに、向こうも袋詰めが終わったようで、店から出る準備をしていた。


「すまん、どうやらもうスーパーから出るみたいだ。一旦切るぞ」


「うん……! 頑張ってね、蓮くん。もし、危険だと判断したら、すぐに離脱していいから」


 通話を切り、俺は老婆の後を追う。

 ま、まさか──俺がストーカーの真似事をすることになるとはな。

 一週間前まで、尾行ストーキングされる側だったんだが。



 ◇



「…………」


 なるべく、不自然にならないように、自然体の姿を装いながら、老婆の後姿を追う。

 歩幅が違うせいで、20メートルという境界線を超えないようにするのが難しい。

 御子の助言通りに、なるべく電柱や看板の影と重なるように動く。


 ──結構、大変だな。これは。


 かなり神経を使う作業だ。

 相手の挙動一つ、一つを観察しながら、こちらも不自然にならないように気を遣うというのは心臓に悪い。

 しかも、その相手が呪いで人を何人も殺している犯人なら尚更だ。

 尾行を開始してまだ10分でこれか。体感では数時間のように感じる。


 陽は既に西に傾いており、夕日が輝いていた。

 老婆は人通りの少ない路地を進みながら、歩みを進めている。

 少し、不安になってきたな。一度御子に連絡を入れた方がいいのだろうか。


 駄目だ。今は尾行に集中しないと。

 電話をしている間に見失うかもしれないし、聴覚を別の事に使うのは致命的だ。


「……曲がったか」


 目視で曲道に入ったのを確認して、俺もその後を追う。

 一時的にだが、尾行対象が視界から外れるというのは追っている側にとっては非常に落ち着かない。

 相手の歩幅に合わせ、距離を調整して俺も曲道を曲がる。



「……?」



 何、だと。

 老婆が──消えていた。


 ど、どこに行ったんだ。

 どこかの店に入ったのか、それとも、また曲道に入ったのか。

 不味い。見失ってしまっては元も子もない。


 慌てて左右を確認しながら、老婆がどこに行ったのか探す。

 そう遠くないはずだ。一体、どこに──



「──っ!?」



「…………」



 曲道から100メートル程先の坂道の上に、老婆はいた。

 こちらを──見ながら。


「……っ」


 不可解な出来事に、心臓の鼓動が跳ね上がる。

 なぜ、あんなところにいるんだ。

 いや、それより──俺を見ていた。

 バ、バレていたのか──尾行が。


 老婆はクルリと振り返ると、坂の上に姿を消した。


「……ここまでか」


 目線が合ってしまった。

 あの老婆の目は確実に、俺を捉えていた。

 ど、どうする。これ以上は危険か。


「く、くそっ」


 いや、ここで撤退するのは絶対に駄目だ。

 あともう少しだ。あともう少しで──あの老婆の家を特定することが出来るんだ。

 御子にばかり頼ってはいられない。そもそも、これは俺の問題だ。

 呪われているのは俺なんだ。俺も体を張らなくては。


 老婆が居た坂道を上る。

 この先に、あいつの家があるはずだ。


 坂道を登りきると──いた。

 50メートルは離れていたが、ちょうどあの老婆が、家の門を開け、自宅に入ろうとしている姿が。



「…………」



 また、目が合った。

 その表情はどこか──「早く来い」と俺を挑発しているように見えた。

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