第16話 捜索開始


「んっ……朝、か……」


 時計を確認すると、朝の9時を過ぎていた。

 少し遅く起きてしまったが、眠りについたのが深夜の3時頃だったと考えると、まあこんなのものか。

 睡眠時間は浅かったが、なぜかとても快眠出来たような気がした

 その原因は昨日のような悪夢を見ることがなかったのもあるが、一番は──呪いの正体を突き止めることが出来たおかげだろう。


 御子の方を見ると、珍しく、寝息を立てながらまだ眠っていた。

 昨日は彼女も疲れていたのだろうか。

 まあ、そりゃそうか。あっさりと影を撃退してしまったが、ここ数日は色々あり過ぎた。


「……飯でも、食うか」


 昨日と同様に、御子の分も用意しながら、朝食の準備をする。

 その傍ら、あの録画を見た直後に印刷した──老婆の姿が写った紙を睨む。


「……こいつが、全ての元凶なのか」


 何十年も着ているような古着を身に付けたその老婆は何かに取り憑かれているような形相をしており、家の前で手招きのような動作をしていた。

 この動きで、影を操っていたのだろうか。とても不気味だ。

 そもそも、こいつの目的はなんなんだ。なぜ俺を含めて、数々の人間を呪い殺そうとしていたんだ──考えても、仕方ないか。


 顔を特定することが出来た。後はその居場所を突き止めるだけだ。

 こいつは間違いなく、この近くに住んでいる。

 そして、住所を突き止めた後は──ど、どうするだろうか。

 御子のことだから、殴り込みでもしそうだな。


「……っと!」


 ベーコンが焦げていることに気付いた俺は火を弱火にする。

 とにかく、少しずつにだが、元の生活に戻っている。もう一息だ。


 御子はその後、二時間程で目を覚ました。

 昼近くまで眠ってしまったのは彼女にとっても予想外のようで、時計を見て驚いた姿は少し──可愛かった。


「で、今日はどうするんだ? あの老婆の捜索か?」


「そうだね。今日はちょっと別行動で探してみようか」


「別行動、か?」


 御子の提案は意外なものだった。

 今までずっと、寝食を共にするほど行動していたのに、今日は別々に分かれるのか。


「昨日のアレで、向こうもだいぶこっちを警戒してるはず。つまり、私が一緒に居なくても、蓮くんは襲われない可能性が高い。この機会を逃す他ないよ。二人なら、行動範囲は倍だし、効率的に探せるでしょ」


「……そうだな。その通りだ」


 こうして、俺達はそれぞれ担当区域を決めて、あの老婆の捜索をすることにした。

 唯一の証拠はこの顔写真だ。

 これを手掛かりに、ただひたすら聞き込みをするしかない。


「何かあったら携帯に連絡してね。すぐに駆け付けるから」


「了解」


 ◇


 御子と別れた後、俺は老婆の捜索を開始した。

 だが、案の定とでも言うべきだろうか。そんな簡単に見つかるわけもなく、ただ無意味に時間が過ぎて行った。

 考えてみると、無作為に呪いを振り撒いている老婆が人付き合いなどしているわけもなく──その存在を知る者はこの周辺でもかなり限られるはずだ。

 一応、行方不明になった祖母を探しているという設定で聞き込みを行うが、今のご時世にそのような行為をしているのも不自然であり、警察に通報されかけたこともあった。

 時計を見ると、もう午後4時を指している。


「……暑いな」


 今日は最高気温を更新しているようで、日差しが特に強い。

 もう既に自販機で三本も飲料水を買っていたが、また喉が渇いてきた。

 その時、携帯の着信が鳴る。


 番号は──御子からだった。


「もしもし?」


「あっ蓮くん、どう? 見つかった?」


「……いや、手掛かりなしだ。御子の方はどうだ」


「こっちも同じかな。さすがに、二人だけだと無理があったかも。ごめんね」


「いや、これまでがとんとん拍子過ぎたってのもあるし、気長に……とは行かないが焦らずに探して行こう」


「うん……そうだね」


「あっ、そうそう。一応作戦があるんだけど、蓮くん、その近くにスーパーってある?」


「……スーパー? 多分、探せばあると思うが」


「じゃあそこに今から行ってくれない? ほら、この時間って買い物に出かける人が多いでしょ? だから、そこで見つけられる可能性もあるんじゃないかなって」


 成程。一理ある。


「分かった。じゃあこっちも確認してみる」


「うん、よろしくね」


 電話を切り、俺は近場のスーパーマーケットを検索し、そこに向かった。



 ◇



 徒歩10分の距離に、大型スーパーがあった。

 さすがに時間帯の関係で、買い物に来ている家族連れや主婦の姿が非常に多い。

 大勢の客に混ざり、その顔を確認しながら、適当に辺りを歩き回っていた。


「……んっ?」


 三十分程、スーパーに滞在していただろうか。

 さすがにそう簡単に見つかるわけないか、と考えていた時、鼻孔に何か妙な香りがした。

 なんだこの臭いは。何か腐っているのか。


 どうやら、臭いを感じ取ったのは俺だけではなく、他の客も周囲を見回したり、鼻を摘まんだりしている。

 生肉が腐ったかのような腐乱臭が、スーパー内に漂っていた。


「……まさか、な」


 俺は臭いの発信源を探す。

 大型のスーパーということもあり、内装はかなり広いが、念のためにその元を押さえておきたかった。

 可能性は低い。だが──関係していないとも言い切れない。

 畜産のコーナーへと通りかかった際に、やっとその発信源を発見した。

 

 ──間違いない、あの人だ。


 他の客と比べ、ホームレスのように薄汚れた古着を身に纏っており、その人物に近付くにつれて、臭いは強烈になっている。

 鶏肉の棚で何かを物色しているらしく、後ろからではその顔を確認することが出来なかった。


「……っ」


 息を止め、意を決し、接近した。

 大体、10メートル程の距離が離れているだろうか。同じ列の棚に俺も立つ。

 まだ正面の棚を見つめているようで、顔は見えない。

 それから五分程が経ち、いくつかの商品を籠に入れ、その人物は──振り返った。


「──ッ!!!!」


 一瞬だが、その顔を確認することが出来た。

 薄々、そんな予感はしていたが、予想が当たってしまった。

 間違いない。あの異臭をまき散らしているのは──昨日、アパートの前に居た老婆だった。

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