第15話 呪いの正体
虫のような、無数の黒い塊が床で蠢いている。
子供の頃──大きな石を持ち上げた時に、その石の下に大量の虫がいて、驚いて転んでしまった出来事を思い出す。
今、目の前の光景は非常にあの時の感覚と似ていた。生理的に──気分が悪くなる。
まるで、互いを捕食し合うように、そいつらは身を寄せ合っていたが、次第にその群れは山のように積み上げられ“影”が完成した。
「……っ」
間違いない。一昨日見たのと同じヤツだ。
夜の闇に包まれているのに、なぜか、姿ははっきりと見える。
闇の中でも一際黒い、漆黒色をその影はしていた。
「……み、御子」
「大丈夫だよ。私が何とかする」
怯えながら、彼女の後ろに隠れることしか出来なかった。
そんな俺を見かねて、御子は手を握り、安心させようとする。
我ながら──情けない。俺はこの場で一番無力な存在だった。
俺達の存在を捉えたのか、ノソノソと、影は鈍い動きでこちらに移動していた。
その歩みは亀の鈍足より遅い動きだったが、こいつからは逃げられないと直感で確信する。
距離は関係ない。俺はこの影の
こいつはどこまでも追跡して──呪い殺す。
だが、御子も力では負けていないはずだ。
現に、包丁で影を一回刺して、撃退している。
いや、待て。あの時は確か、不意打ちのような形だったはずだ。
窓を割り、乱入した御子が横から攻撃しただけで、正面からやり合うのはこれが初めてだ。
本当に──大丈夫なのだろうか。
不安を覚えてしまった。
決して御子の実力を疑っているわけではないが、あの影は今までに最低でも4人の命を奪っている。間接的殺人を含めるなら、それ以上だ。
そんな相手に──通用するのだろうか。
「──フッ」
御子は姿勢を低くし、腰を落とす。
どこかのハリウッド映画で見た軍人のように、包丁を逆手で構えながら、影を睨んでいた。
「──ッ!」
俺の手を離し、御子は──影に突撃した。
そして、その胸元を、包丁で斬り付けた。
グサッ
発泡スチロールが割れたような、妙な音が響いた。
斬り付けられた跡を見ると、一文字模様が綺麗に浮かんでいる。
シュンッ
すかさず、御子は包丁を振り上げ、第二撃、第三撃の攻撃に移る。
シュンシュンと、刃が宙を舞う音が反響している。
心なしか、その包丁の刃は──発光しているように見えた。
数秒で御子は動きを止める。
そして、クルリとこちらに振り返った。
「終わったよ。蓮くん」
その一声と共に、影はバラバラになって──空中に散った。
俺は口をあんぐりと開け、その光景を眺めていた。
お、俺は──御子を過小評価していた。
彼女は俺が想定しているより何倍も“強い”のだ。何人も殺したあの影でも相手にならない程に。
「えっ……本当に……終わったのか?」
「うん、大したことないよ。あんなやつ。それより、カメラの方をチェックして。きっと外のカメラに“本体”が映っているから」
「あ、あぁ! 分かった!」
急いでパソコンを立ち上げる。
いつの間にか、停電していた俺の部屋の電力が戻り、照明が付く。
ま、まさか本当に襲撃が終わったのか。あまりにあっけなさ過ぎて、少し拍子抜けした。
カメラのアプリを起動し、映像を確認する。
今は何も映っていないが、時刻を数分前に合わせる。
「……ッ!? み、御子……こ、これが……本体なのか?」
「やっぱりね。そうだとは思ってたけど」
今から2分前、影が部屋に出現した時のアパートの映像に──“それ”は映っていた。
そこにいたのは──アパートに向かって、手招きをしている“老婆”の姿だった。
「こ、これ……人間じゃないか。じゃあ……呪いの本体って……」
「そう。蓮くんを殺そうとしたのも、今まで何人も殺してたのも、あの影を操ってたのも、全部こいつの仕業。一連の事件の黒幕はこの人間だよ」
正直、俺もそんな予感はしていた。
行動範囲が狭いというのも、人間が行っていたなら説明が付く。
だが、考えたくなかった。
悪霊の呪いではなく、人の悪意によって、この“死”がもたらされているというのは──考えたくもない。
御子が影をバラバラにしたのと同時刻、逃げるように、アパートから離れて行く老婆の姿をカメラは録画していた。
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