第9話 初めての夜

 御子に宿泊してもらうことなりに、普段使っているベッドは彼女に譲ることにした。

 本人は遠慮していたが、やはり自分だけがベッドを使うというのはあまり気が進まない。

 俺はベッドからテーブルを挟み、クッションの上で眠ることにした。



「ねぇ、蓮くん。私は……ベッドで一緒に寝てもいいよ?」


「い、いや……それはさすがに駄目だ」



 人の温もりが欲しいとは言ったが、どうしても超えてはいけない一線というのは存在する。

 御子とは──“そういう関係”になってはいけないと、本能が言っているのだ。

 恐らく、これは欲という概念を超越した、生物としての生存本能だと思う。

 その原因は語るまでもないが、御子の性格にあるのだろう。

 彼女は非常に独占欲が強い。自分以外の異性が俺と会話するのさえ許せないはずだ。

 考え過ぎかもしれないが、俺を独占する為なら彼女は──殺人さえも厭わないと感じる。

 無論、その対象は俺も含まれているのだ。正直、何をやらかすか全く分からない。


 だが、この境界線も破られる日が来るかもしれない


 そう、俺は御子と約束してしまったのだ。

 この悪霊を何とかすることが出来たら──付き合うことを。

 犬飼聡さんの話を聞いて、悟ってしまった。

 恐らく、御子が悪霊退治を失敗してしまったら、待ち受ける結果は“死”だ。俺も彼と同じように、自ら命を絶ってしまうのだろう。

 それを回避するためには成功が絶対条件となる。しかし、そうなると──御子と付き合うことが確定事項になってしまうのだ。



「……もしかして、どっちにしろ詰んでるのか?」


「どうしたの? 蓮くん」


「な、何でもない。 独り言だ」



 危ない。まさか、無意識に言葉に出してしまうとは。

 いや、一つだけ、どちらの未来も回避する可能性があった。

 御子が悪霊と相打ちになり、どちらも死ぬ──いや、さすがにこれは酷いな。


 我ながら、最低な発想をしてしまったことを後悔する。

 御子は自分の危険に晒してまで、俺を助けようとしてくれているのだ。そんな御子の死を願うなんて──人間のすることじゃない。

 今は彼女の手助けをして、悪霊を何とかするのが先決だ。その後のことは考えないようにしよう。

 未来の俺、任せたぞ。


 時計を見ると、既に0時を回っていた。

 そろそろ、昨日、あの影が初めて現れた時間帯になる。

 そうか、まだ一晩しか経っていないのか。あまりに長い一日で、数日近く経っているように感じてしまう。


「今日も、あの影が出てくると思うか?」


 俺は率直に、御子に尋ねた。


「どうだろうね。昨日初めて、あんな風に襲われたんでしょ?」


「あ、あぁ……見えたのは昨日が初めてだ」


「うーん、ちょっと私にも読めないな。何か条件が重なって、姿を現したのか。それとも既に条件を満たしたから、襲ってきたのか。向こうも私の存在を感知したから、警戒してると思うんだよね。ってなると……今日は様子見して、襲ってこない可能性の方が高いかも。でも、出てきたらすぐに私が気付くから」


「……そうか」


 個人的には出てこない方が助かるが、様子見されているというのも観察対象のようで気分が悪い。

 御子はいつでも迎撃出来るように、ベッドの上に昨晩使用した包丁を置いていた。


「じゃあ、そろそろ寝ようか。明日も色々寄るところがあるしね。しっかり休まないと」


「そうだな。睡眠は一番重要だ」


 御子はテレビと部屋の電気を消した。

 部屋から光源が消え、闇が訪れる。


 その時──俺は妙な点に気付く。


 昨日の夜にまったく同じシチュエーションで襲われ、数時間前にはあんな話を聞いたのに、今では自然と恐怖をあまり感じなかった。

 普通なら、もっと怯えるんじゃないか。死の危険が身近に迫って、その相手が幽霊なら猶更だ。

 なんでこんなに──心が安らいでいるんだろうか。

 何気なく、俺は寝返りを打つ。背を向けて、ベッドに横たわっている御子の姿が見えた。


 あぁ、そうか。

 御子がいるから──安心しているのか。



「蓮くん、大丈夫? 眠れる?」


 寝返りの音を聞いたのか、御子が振り返り、目が合った。

 彼女は心配そうな顔をして、俺を見つめている。


「……正直、まだちょっと怖い。でも……御子がいるから、今日はゆっくり眠れそうだよ」


 正直に、俺は思ったことを御子に伝えた。



「……っ!?」


「え、えっ、うんっ!?」



 御子は顔を赤くして、明らかに動揺しながら、言葉に詰まる。

 その様子は普段の彼女の性格を忘れさせるほど年相応の女子のような反応であった。

 俺も恥ずかしくなってしまって、反対方向にまた寝返りを打つ。



「……おやすみ」


「お、おやすみ。蓮くん」



 目を瞑り、就寝の挨拶を御子に告げる。

 そして5分も経たないうちに──昨日はあまり寝てないということもあり、俺は夢の世界に旅立ってしまった。

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