第6話 非常識
「……もうこんな時間か」
窓の外が暗くなっていることに気付き、俺は溜息を付く。
ネットで一通り調べてみたが、カマカミについての情報は何も得らなった。
一応、同じ名前の場所や苗字はいくつか見つかり、リストアップしてみたのだが──関連性がなく、無関係ないんじゃないかというのが本音だ。
「蓮くん、そっちはどうだった? こっちは特に手掛かりなかったよ」
離れて作業をしていた御子が戻ってきた。
彼女には民俗学の観点から、似たような単語がないか確認してもらっており、関連書籍が山のように積まれていた。
「カマカミって呼ばれてる名前は一通り調べてみたが……どうだ?」
俺はノートにまとめた概要を彼女に見せる。
一番有力だと感じた候補は岡山県赤磐市にある可真上と呼ばれている町だ。
読みが完全に合っているし、探した限りではこの名が付けられている地名はこれだけしかない。
「どれも県外、だね。私の勘だと、多分これ全部関係ないと思うな」
やはり、そうか。
一応、理由だけは聞いてみる。
「どうしてそう思うんだ?」
「んー……ちょっと説明しにくいんだけど、あの影ってそんな遠くからやって来たとは思えないんだよね。最低でも県内、もっと言えば……蓮くんが住んでいる市内から飛んできた物だと思う」
「つまり、原因は……あのアパートの近くにあるってことか?」
「そうなるね。確証はないけど」
御子はノートを俺に返す。
恐らく、彼女の言っていることは正しいのだろう。
呪われているということは──身近なモノが関係しているってことだ。
そいつが人間なのか、人ならざる者なのかは分からないが、きっかけがあったはずだ。
その時、俺はアパートで起こった自殺事件を思い出す。
「あっ……そ、そういえば……俺が住んでいるあのアパート、過去に誰か自殺してたな」
「……それ、本当?」
御子が目の色を変えた。
「あぁ、すまん……すっかり忘れてた」
なぜ、こんな重要なことを忘れていたんだろうか。自分の馬鹿さ加減に呆れる。
そうだ、原因らしき物はこんな身近にあったじゃないか。
「そう。じゃあ調べ物はここまでにして、次はそっちの方面から攻めようか。蓮くん。今日も家にお邪魔していい?」
「……あぁ、大丈夫だ」
あまり気は進まないが、背に腹は代えられない。
それに、正直なところ──あの部屋に一人で帰るのは怖かった。
◇
日が完全に沈み、最終的に自宅へと戻ったのは20時を過ぎていた。
俺は御子を招き入れ、お茶を淹れる。
「ほら、お茶」
「ありがとう」
御子はお茶を飲み干した後、昨晩、自分が侵入した窓の穴を見つめていた。
応急措置としてガムテープで塞いだ穴はカーテン越しでもかなり目立ち、非常に見栄えが悪い。
「……ごめんね。窓割っちゃって」
申し訳なさそうに、御子は謝罪した。
「いや……別に気にしなくていい。緊急事態だったしな」
それよりどうやってこの二階建ての壁を登り、窓から侵入出来たのか、その方法が気になったのだが、あまり詮索しない方が良いと感じ、黙ることにした。
「で、どうだ? このアパートは……何か感じるか?」
「……やっぱり、何も感じないかな。ごめん。でも、一応調べてみた方がいいかもね。その自殺の件って蓮くんは何か知ってる?」
「あまり詳しいことは俺も……数年前、首を吊ったってことは聞いたが」
「じゃあ大家に直接聞くしかないか。部屋、どこ?」
御子は立ち上がる。
まさか、この時間に聞きに行くつもりか。あまり常識的な時間ではないと思うが。
「……今から行かなくても、また明日にすればいいんじゃないか?」
「蓮くんの緊急事態なんだよ? 待ってる暇なんてないよ。部屋、どこ?」
「……分かった。案内する」
これは言っても聞かないか。
仕方なく、俺は御子を連れて、大家さんが住んでいる一階の隅の部屋へと向かった。
ピンポーン
部屋のインターホンを鳴らす。
このアパートを管理しているのは大石というお爺さんだった。
年齢は確か──今年で70だったかな。いつか雑談をした時に、そんな感じのことを言っていた気がする。
気さくな人で、すれ違うたびに笑顔で挨拶をしてくれる、とても優しい人だった。
「……出ないな」
インターホンを鳴らして一分程が経ったが、大石さんは出てこなかった。
年齢的に、もう寝ているんじゃないかという考えが頭を過る。
「御子、どうやらもう寝てる──」
ドンッ
その時、御子が部屋の扉を殴った。
あまりの突拍子もない行動に、俺の思考は一瞬停止する。
ドンッ
ドンッ
御子はその後も扉を殴るように叩く。
鈍い木の板を叩く音がアパートに響いていた。
「ちょっ……や、やめろ!」
意識を取り戻した俺は慌てて御子を止める。
普通、出てこないからって言ってそんな乱暴に扉を叩くか?
「どうして止めるの? 出てこないのに」
御子は不思議そうに、俺の顔を見つめる。
「い、いや……常識的に考えて、おかしいだろ。留守かもしれないんだし」
「でも、明かりは付いてるよ? 中に絶対誰かいる」
御子は窓から漏れている光を指差す。
確かに、大石さんは部屋の中にいるみたいだ。
「そ、それでもトイレとか、風呂に入ってる最中かもしれないだろ。出てこないなら、また時間を改めて来ればいいじゃないか」
「……蓮くんがこんなに危険な目に遭ってるのに、そんな呑気に待てないよ。無理矢理にでも、引き摺り出して──話を聞かせてもらう」
御子は再び拳を振り上げる。
こ、こいつは──駄目だ。何を言っても聞かない。
その時──ガチャリと、扉が開かれる音がした。
「あぁ……何かあったのかね」
──大石さんだった。
老眼鏡が少しズレており、眠そうに瞼を擦っている。
きっと、今まで寝ていたに違いない。
無理矢理起こすような形になってしまって、申し訳ないことをしてしまった。
「あれ? 白川君、どうしたんだい、こんな時間に」
「あぁ、すみません。大石さん。実は……」
「聞きたいことがあるの。数年前に起きた自殺の件について」
敬語も使わずに、御子は大石さんに単刀直入に尋ねる。
こ、このバカ──そんな聞き方をするやつがあるか。
「自殺……? 白川君、この女の子は?」
「そ、それが……」
言葉に詰まる。
一体、どこから話せばいいのだろうか。
「……まあ、なんだ。とりあえず、立ち話もなんだし、二人とも、入りなさい」
何かを察したのか、大石さんは俺と御子を部屋に招き入れた。
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