第6話 面会なのだ

「はじめまして。金暁宮きんぎょうきゅう彩澪さいれいです。急な文にも関わらず、面会していただきありがとうございます」

「噂の金暁宮の道士様からの文ですもの。否を言うものなどいませんわ」


 彩澪は決まりどおりの挨拶をめんどくさそうに述べる。彩澪のやる気のなさに蓮貴妃れんきひも気づいただろう。

 だが、それに嫌な顔をすることなく、ふふっと微笑んだ。


「寿花宮にて貴妃の位を賜っている、れん祥華しょうかです。道士様のお話なんてとても興味深いですわ。おいしいお茶やお菓子もありますの。ぜひ、ゆっくりしていらしてね」


 思わず見惚れてしまいそうな微笑、だが、彩澪はすげなく首を横に振った。


「ああお茶は結構です。あまり長居をするつもりはありませんので、お構いなく」


 五大家筆頭の姫がもてなしてくれるお茶やお菓子。たしかに多少の興味はある。が、今回の目的は玉璽。それ以外に関わるつもりはない。


「「「なっ……!」」」


 そんな彩澪に驚いたのは、女官たちだ。

 蓮貴妃のそばに仕える女官、彩澪をここまで案内した女官。どちらも思わずと言ったように声が出た。なんて失礼な態度であろうか。

 だが、それに対し、蓮貴妃はなだめるようにすっと片手を前に出す。女官たちはその動作ですぐに静まった。


「残念ですわ」


 蓮貴妃は微笑みを浮かべたまま、すこしだけ首を傾けた。

 その途端、豪奢な玉の簪から垂れた金がシャランと音を立てる。

 美人はなにをしても美人だ。彩澪はそんなことを考えながら、右手で懐をごそごそと探った。

 取り出したのは――


「あら、綺麗な水晶球」

「はい。劉霊山りゅうれいざんの道士であれば持っているものです」


 ――片手からすこしはみ出す程度の大きさの透明な水晶球。

 不純物の混じりがないようで、中心まで透き通っていた。

 木の透かし彫りと金でできた吊灯ちょうとうの光を受け輝いている。さらに中庭から差し込み光を反射し、壁に模様を描いた。

 高価そうな水晶球だが、彩澪の言う通り、道士であればだれでも持っているものだ。劉霊山は鉱石が取れ、水晶もよく採れるのだ。そしてこの水晶球には――秘密がある。


「占いをします」

「占い?」


 本来であれば、美辞麗句を述べたり、相手の心労を労うなどし、しっかりと懐に入ったあとに行うのが占いだ。

 だが、彩澪はそれを省いた。単純に面倒くさいからだ。


「はい。蓮貴妃の『隠しごと』と『今後』について」

「私の隠しごとと今後、ね。いいわ。面白そうね」


 段階を踏まないこと、さらに占う内容。どちらも失礼なものだが、蓮貴妃は優雅に笑ったままだ。『隠しごと』と言われても、すこしの戸惑いもない。

 彩澪は取り出した水晶球を右手で持ち上げ、目線と同じ高さにした。

 そして、ぐっと目に力を入れる。すると――


「まあ! 素晴らしいわ!」

「「「わぁ……」」」


 ――水晶球から七色の光が溢れ出した。

 その光景に蓮貴妃も女官たちも思わず歓声を上げる。

 水晶球から溢れた光は瞬きながら、次々に色を変えていった。それはまるで幻術だ。

 蓮貴妃の瞳は喜色に輝き、さらに、彩澪を胡散臭そうに見ていた女官も目に興奮を載せる。日常では目にすることができないものは、後宮に住む女性にとって、とても好ましいものだからだ。

 彩澪は光が溢れる水晶球に冷静に左手を翳す。

 すると、七色に輝いていた光が空中に収束し、そこから靄のようなものが生まれた。靄は意思があるかのように動き、なにかの形を象っていく。


「これは……?」

「緑色、いいえ、翡翠色でしょうか」

「しかし、この形はいったい……」


 女官はそれに心当たりがないようで、浮かび上がった形に不思議そうに首を傾げた。

 色は――緑だ。それはわかる。だが、この形は?


「……犬、ね」


 唯一、浮かび上がった形の意図を掴めたのは蓮貴妃のみ。


「犬……ああ! たしかにそうですね!」

「はい! 立ち耳の犬でございますね。ちょうど座っている姿でしょう」

「さすが蓮貴妃様です」


 女官たちは蓮貴妃の言葉に解を得た! と盛んに頷く。

 そう。そこに浮かび上がった形は立ち耳の座り姿が美しい犬。それは――金暁宮に祀られた祭壇に鎮座する神獣・麗戌リーシェの姿だった。


「まずはこれが蓮貴妃様の『隠しごと』であると占いに出ました。次は『今後』です」


 彩澪は空中に浮かんだ靄を吹き消すように、息をふっと水晶球へとかけた。すると、翡翠色の犬は消える。

 さらに彩澪は翳していた左手で水晶球をぐるっと撫でるように動かした。

 その途端、また空中に靄が生まれた。

 象られていくのは――


「これはわかります!」

「ええ、ええ、これは蓮の花ですね」

「桃色から白色へと変化していく、なんて美しい蓮でしょうか」

「「「素晴らしいです」」」


 女官たちは、彩澪への評価を一気に上げた。

 失礼、不気味、貧相な道士と思ったが、技はたしかだ。そして、こうして蓮貴妃を喜ばせることもわかっている。

 女官たちはきゃあきゃあと声を上げ、頬を朱に染めた。

 空中に浮きあがる蓮の花はたいそう美しい。そう。まるで、蓮貴妃のように。


「本当に、美しい」

「可憐でありながら、芯の強さも感じます」

「「「蓮貴妃のようですね」」」


 象られた蓮の花は最初は蕾であったがすこしずつ花開いていく。満開になればもっと美しくなるのだろう。

 女官たちはそのときを待ち、うっとりと靄を見つめた。

 だが――


「「「え?」」」


 女官たちの紅潮した頬がさっと青く変わる。

 満開になる直前、蓮の花が一気に黒く染まったのだ。

 黒く染まった蓮は満開になる前にその花びらを落としていく。落ちていった花びらは赤黒くなり、そのまま靄として消えた。それは滴り落ちる血のようで――


「蓮貴妃」


 静まり返る部屋で、彩澪の声だけが響く。

 結局、蓮はすべての花びらを落とし、そのまま空中に消えた。

 あまりの不吉さに息を呑む女官。

 彩澪は蓮貴妃を見据えて言った。


「このままでは死にますよ」

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碧煌国後宮のお犬様係 しっぽタヌキ @shippo_tanuki

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