第4話 蓮貴妃なのだ

「五大家ですか……」


 藍月らんげつの言葉に彩澪さいれいは考え込んだ。

 五大家とは、その名の通り、碧煌国へきこうこくで力を持つ五つの家柄のことだ。皇帝の一族に長く仕え、それぞれが力を持っている。

 れん家は五大家でも筆頭と呼ばれている家だ。


「うむうむ。蓮家はいつも皇帝によく仕えているな。そうか、今は貴妃きひなのか」

「はい。そして、赩炎きょくえんに正妃はいません。現在の後宮では貴妃が一番力がありますね」


 碧煌国の後宮の妃にはそれぞれ位がある。最上位は正妃。そこから順番に四夫人、九嬪、ほかへと続いていく。貴妃は四夫人に当たり、ほかに淑妃、徳妃、賢妃がおり、それぞれに宮を持っていた。

 彩澪は後宮内にある金暁宮きんぎょうきゅうの主であるが、後宮での位は存在しない。

 赩炎は正妃をまだ定めていないため、碧煌国後宮はれん貴妃きひが最上位の女性となっていた。


「さらに蓮家は青帝時代の正妃でした。現在もその名残で絶大な力を持っています。――赩炎以上に」


 青帝は力のある皇帝だった。その正妃ともなれば、すべてを得ていたといっても過言ではない。そのため、五大家の中でも筆頭と呼ばれるようになったのだ。そして、その権威は現在も続いている。

 彩澪は藍月の話に頷いた。

 これで、赩炎がわざわざ破屋を訪ねた理由もわかるというものだ。


「皇帝には後宮にいる妃を従わせる力はないと言っていました。つまり、もし蓮貴妃が玉璽ぎょくじを所持しているとしても、それを出させることができないということですね」


 こんな破屋にいる道士一人をどうにかする力もないのが赩炎である。それならば、五大家の筆頭である蓮家の姫を従わせる力があるはずもない。

 藍月が幼いころに見たという玉璽。それを持っていた蓮家。

 そこまでわかっていても、赩炎の立場ではどうすることもできないのだ。

 彩澪の言葉に、赩炎は頷いた。


「ああ。……そもそも、まずは会って話すことも難しいだろう」

「というと?」


 話をするのも難しい? さすがにそれぐらいならばできるのではないか、と彩澪は思っていたが……。

 話の先を促すと、藍月が続きを受け継いだ。


「蓮貴妃は先々代の正妃なのです。先々代と蓮貴妃は幼い頃から恋仲であり、相思相愛。先々代はすぐに正妃を定め、ほかの女性へ目を移すこともなかった。蓮家もそれを支持し、皇帝の治世を長くするため、力を尽くしていました」


 藍月の話に彩澪は目を丸くする。

 後宮で暮らすたくさんの女性。正妃を目指し、後宮内の権力争いや、皇帝の寵を競っているのが普通だ。

 皇帝と正妃が幼い頃から恋を育み、お互いに愛し合い、支え合っていたというのはとても珍しいことである。

 ここまでは美談。

 が、それで終わっていれば、赩炎は皇帝には付いていない。

 先々代の治世は――五年だ。


「先々代は毒を飲んで亡くなった。そして……弑したのは先代。赩炎の父と考えられています」


 藍月の言葉に赩炎は深く息を吐いた。


「……俺はあちらにとって仇の息子だ。会えるはずもない」


 自分の後宮の妃であり、後宮の中で一番力を持つ女性。が、その愛した男を殺したのが自分の父なのだ。

 彩澪はその話に首を傾げた。


「では、なぜ、先々代の正妃がそのままここにいるのですか?」


 先々代が儚くなったならば、正妃もともに位がなくなったはずである。なのに、その正妃は今や赩炎の後宮に貴妃として存在しているという。

 彩澪のもっともな疑問に、藍月が頷き、答えた。


「後宮の妃は皇帝が変わるときに代替わりをするのが普通です。が、行先のないものや、年齢などを考慮し、次の皇帝へと引き継がれることがあるのです。もちろん、普通であれば、正妃が後宮に残ることなどありませんが……」


 皇帝が交代しても、後宮に残るものも稀に存在する。その場合、多いのは、後宮内で高い地位に就くこともなく、官女として後宮の維持に努めていたものや、治世の終わりに後宮入りした年若い姫などだ。普通は正妃になった女性まで引き継がれることはない。

 が、碧煌国ではここ十数年、普通ではないことがまかり通るようになっていた。

 その理由は――


「あまりに短い治世で後宮の女性をすべて取り替えるのは不可能。そして、蓮家にはちょうどいい年ごろの姫がいない。そのため、貴妃として後宮にとどまっているのです」


 ――青鸞せいらんごく


 彩澪はその話に眉を顰める。


「それは……全員不幸なのではないですか?」


 新しい皇帝にとっても。後宮に残った女性にとっても。

 愛していた夫。それを殺したとされる男。その妃となり、その男も死んだ。そして、現在ではその男の息子の妃なのだ。


「まあ、そうですね」


 彩澪の言葉を藍月は否定しない。そして、楽しそうに笑った。

 彩澪は、はぁとため息を吐いた。


「わかりました。私が訪ねてみます」


 蓮貴妃がどのような人物かわからないが、話をせねば始まらない。

 彩澪はここまで話を聞いて、思ったよりもめんどくさいことには気づいていた。が、引き受けてしまった以上、やってみるしかない。とりあえず、蓮貴妃の宮を訪ねることに決めたのだ。


「うむうむ! 我も手伝うからな!」


 一緒に行くぞ! と黄黄ファンファンが鷹揚に頷く。

 すると、藍月がふふっと笑った。


「どうするつもりですか?」


 その目は声音とは違い、笑っていなくて――


「蓮貴妃と赩炎の関係は一筋縄で行くようなものではありません。金暁宮の道士であるあなたであれば、あちらも興味を持つこともあるでしょう。宮を訪ねれば、話ぐらいはできるかもしれません。しかし、それ以上どうなるというのでしょう」


 赩炎と二人、破屋まで訪ね、頼みがあると言った。神獣の力を借りたいのだ、と。

 が、赩炎の「次代のため」というような望みが藍月にはないのだろう。

 ただ、なにか新しいことが起こるのか、それを起こせる人物であるのか。それだけに興味があるようだ。

 不躾な目と、失礼な言葉。

 が、彩澪はそれを一つも気にせずに頷いた。


「もちろん、決まっています」


 方法はもう思いついている。


「――脅迫します」


 彩澪は涼しい顔でこともなげに言った。

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