第11話 ゴミ屋敷のサラブレッド

「すみませーん、葛澤(かずらさわ)市役所のものですがー」

寄るな、そして思い出に触れようとするなクソアマ。

「大変申し上げにくいんですが、ご自宅からあふれるゴミが周辺の住環境と景観を著しく損ねているとの苦情が複数件ございましてー」

おまえが軽率に触れようとするから、私はここから離れられなくて、その結果こうなってるんだろうが。

「市のほうでもバックアップはしますので、何卒整備にご協力いただきたく…」

――だから何度言ったら分かるんだ!!

「あのーソウマさん?…なんだろう夕立?急に暗くなってきた…」



「ああああああ!!」

「おいお姉ちゃんどうした!?」

「魚の化け物がああああああ!!」

悲鳴をあげながら道路を駆け抜ける葛澤市役所の職員が地元老人に発見されたのは、それから僅か10分後のことだった。




「ゴミ屋敷にしてお化け屋敷かあ…怖いものフルコースだなあ」

「ものに魂が宿るなんて話世界中にあるにゃ。そういう話なんじゃねーかにゃ?」

理事長室で猫のクロミとワイドショーを観ながら、学園の若き理事長は緑茶をすする。

「まあ確かに少し前に『トイレには神様がいるからきれいにしておけばいいことがある』みたいな曲が売れたりしたし、子供時代はお米1粒につき1柱神様がいるから残すななんて言われたりしたっけな」

「そういう神様があの家を守ろうとしてるんだにゃ。ほんとなら捨てられてるところを助けてもらった恩なんだろうにゃあ…」

テレビには完全に錯乱しきった様子の市役所の女性職員が、プライバシー保護のため顔を見切れさせ音声を変えた状態で映し出されている。整理整頓を促すために件のゴミ屋敷を訪ねたところ、突然深海魚の姿の化け物のようなものが目の前に現れ、怖くてたまらず逃げ出したと語っていた。

「…付喪神とかそういうことじゃなさそうだぞ、クロミ」

「女神にだって間違いはあるにゃ」

そのゴミ屋敷には市の書類上は学年でいえば中学3年生になる女の子が一人住んでいることになっているが、市役所側もテレビ局も接触はできなかった、と語られたところで、ワイドショーはあまりにもごきげんな、テーマパークを遊び尽くすためのコーナーに切り替わる。放送内容の温度差でカゼをひきそうだ。

それと同時くらいに、理事長がネックレス状にして首にかけているソロモンの指輪がかすかに光る。72柱をその身に宿す者が判明したときのサインだ。

「…もしかしてその中学生の女の子がそうなのか?」

「深海魚…海…となるとフォルネウス、フォカロル、ウェパルあたりが有力候補にゃ」

クロミが挙げた3柱はいずれも海にまつわる力を持つか、または海洋生物のような姿をしているとされる悪魔である。理事長は部屋に置かれた立派な本棚から、悪魔学の本を取り出しパラパラとページをめくる。確かにその3柱はそれぞれ巨大魚、翼のある大男、人魚の姿で描かれていた。

「あとは変化球だけど、サミジーナも海に絡んでるといえばそうだな」

「なんでにゃ。あいつは馬だった気がするにゃ」

理事長がその本のサミジーナのページを見ながら言う。

「海で亡くなった人の魂と会話できる能力があるそうだよ」

「あいつそんな能力あったにゃ!?」

午後2時をまわったかどうか、という時間帯にも関わらず、クロミの瞳孔の丸みは暗くなってからのそれになっている。

「君たち昔は一つ屋根の下っていうか一つ壺の中で暮らしてたのに、案外お互いのこと知らないんだな…」

「人間と一緒でフランクなやつもいれば寡黙なやつもいるってだけの話にゃ。サミジーナは帰っていいって言われるまでその場を離れずサビ残するくらい真面目で、あと口数も少ないタイプだったから、バティンにダル絡みされててちょっとかわいそうだったにゃ…」

陽キャとして屈強すぎるな…とつぶやきながら理事長は残りの緑茶を飲み干す。

「でも本当にその中学生の女の子がそうなら、なおさら急いで保護しないといけないな、いろんな意味で」

「生活も荒れてるだろうし、あんなこともあったあとだしにゃ…」


話は数日前に遡る。

学園OGで現在は警察官として働いている大上から突然の連絡と訪問があった。話を聞くと、

・72柱とは別勢力の、下級悪魔たちを従えるそれなりに位の高い悪魔がいること

・彼らは煙のような形態となり、人間の体を乗っ取る能力があること

・乗っ取られた人間がおそらくはこちらを殺すつもりで襲ってきたこと

という三点が明らかになった。

流石にその敵対勢力に属する悪魔の名前までは聞き取りづらくて分からなかったが、下級悪魔たちを裏で操り大衆にその存在を悟られない程度に混乱を招き、結果的に市内の治安悪化の原因のひとつとなっているのだろうと大上は語っていた。そして自分の手下を滅する72柱のことは、完全に敵だと思っているだろうとも。


「何が目的で人間社会を荒らし回るのかは分からないけど、72柱だけでなく社会全体の驚異になりうるのは確かだ。それに今はこれでも大人しくしている方なだけで、もっとなにか大きなことを仕掛けてくる可能性もなくはない」

「…仮に大上のこと襲ったのが『あいつら』の一員なら、それこそ人類滅ぼすくらいのことしてきてもおかしくないにゃ」

「あいつら?」

理事長がクロミに尋ねると、今まで猫用ベッドに体を横たえていたクロミはしっかり起き上がり、やや神妙にも見える顔つきで語り始めた。

「悪魔とよばれるものの中には天界を追放された元天使もいたりするにゃ。身近なとこだとマルコシアスがそうだにゃ。そしてそういう悪魔は天使だったころのクセがなかなか抜けないにゃ。マルコシアスみたいに悪魔にしちゃ品行方正、くらいで済めばいいけど、中には天使的にちょっとでもアウトな部分があったらすぐ人間を殺すようなのもいるんだにゃ」

悪魔全体の評判が悪いのだいたいそいつらのせいにゃ…とクロミがぼやく。

「その昔のクセがなかなか抜けない悪魔たちが徒党を組んで、可能な限り秘密裏に、混乱を招いてる可能性があるってことか」

「そうにゃ」

これは想像より遥かに厄介そうだ、としばしの間考え込む理事長。少なくとも調査のペースアップが必要なのは確かで、こうしてはいられないとすぐに現在地から葛澤への行き方を調べはじめた。

思ってたより遠いな…とひとりごとを言うと同時に、クロミが鳴き声混じりに欠伸をした。


72柱のうちの誰かしらを宿すと踏んでいるその少女と年齢が近く、これは偶然だが地元がそのゴミ屋敷の近辺だという銀哉を伴い、理事長は学内のバス停に向かう。

「確かに葛澤こっから結構ありますねー。乗り換えも多いし」

バスの運転手の相場にこれから葛澤にいくと告げると、やや驚いた様子で返してきた。

「それもあるし、帰りはともかく行きはなるべく急ぎたくてね。ここから葛澤駅前なら指輪と呪文がなくても行けそうか?『バティン』」

「全然余裕っすよ!」

頼もしい返事とともに、バス運転手はいつものワイシャツ1枚にスラックス、という出で立ちから仕立てのよいスーツを着たハイヤー運転手のような姿に変わる。しかしその顔や首筋には蛇のものと思われる鱗が所々に現れ、耳はロバのそれに置き換わっていた。陽キャとして屈強過ぎると理事長が評した悪魔バティンは現代でも、天性の愛想のよさを活かして天職だった『移動手段の提供』にバス運転手として携わっているのだ。

「葛澤の東口と西口どっち側にします?」

「東口側で頼む」

了解でーす!とバティンが一言つぶやくと、理事長と銀哉の足元にまるで駅で見るような電車の行先や発車時刻の表示に似たような文字が現れる。『15:37 葛澤駅東口』と表示されるそれがひときわ強く光ったかと思うと、二人の体が50cmほど宙に浮く。

「うわうわうわ」

「落ち着くんだ、これがバティンの真骨頂の瞬間移動だ」

「安心安全な旅路を保証いたしますのでご心配なく!まあ1分くらいだけどな!」

自分の体が浮いていることに若干パニックになる銀哉を大人二人はしっかりとなだめる。

「行ってらっしゃいませー!」

まるで遊園地のアトラクションの係員のような調子でバティンが叫ぶと、次の瞬間二人の姿は消えていた。



「…安心安全だっただろう?」

「でも結構びっくりしました…」

理事長と銀哉の2人は、所要時間わずか1分で葛澤駅の東口側に到着した。観光資源として海を推している街で、水族館や海の美術館等の看板が立ち並ぶ。

銀哉は結構な量の冷や汗をかいたようで、タオルハンカチでしきりに自分の額を拭っている。

「そんなにブッソウじゃない力を持ってる悪魔もいるんですね」

「みんながみんな童話みたいに怖いわけじゃないんだ。ブエルという悪魔はお医者さんだし、マルファスという悪魔は建築士だ。話は変わるけど、君はそのゴミ屋敷の場所を知ってるって話だったね。早速案内してもらえると助かるんだが」

理事長に道案内を仰せつかった銀哉は、大っぴらに険しい顔をする。

「それはできるし、歩いたら15分かかるかどうかなんですけど、タクシー使わないんですか?」

「…なんでだい?」

今どきの中学生はここまで体力がないのか…と心の中で驚愕しながら理事長が尋ねた。

「けっこうすごい坂なんです」

「…なんとかなるだろ」

彼はこの後、自身の「なんとかなるだろ」という台詞を心底後悔することになろうとは全く思っていなかった。


「だからタクシー乗った方がいいって言ったじゃないですかー!」

葛澤はサーファーの聖地と言われ、波の質には困らなそうなビーチが広がっていたが、ビーチ近辺以外は基本的に山を切り拓いて発展してきた町で、全体的に坂がちだった。理事長は親子といっても差支えのない年の差の銀哉にものの数分で置いていかれかけている。なんとかなるだろと思って徒歩で件のゴミ屋敷に向かうことにしたが、結果全くどうにもなっていない。

「すまない…もう少しゆっくり…」

「これでもめちゃくちゃゆっくりですよー!」

理事長のいる場所から10mほど先で銀哉が叫んでいる。こんなことならいっそゴミ屋敷の目の前まで、とバティンに頼むべきだったとも思ったが、そもそも正確な住所が分からないためきっと無理だっただろう。坂を上り始めてからずっと笑いっぱなしの膝をいたわりながら、理事長は銀哉に追いつくことだけを考えて歩みを進めた。

結局徒歩15分―ただし健康な中学1年生男子の足と体力で―のはずだった件のゴミ屋敷には、プラス10分ほど余計にかかって到着した。平屋建ての一軒家のようだが、古い家財道具や空き瓶・空き缶、古紙の束や何が入っているかもよくわからない不気味なゴミ袋が所狭しと重なり、不衛生の象徴と化している。複数件の苦情が市役所に寄せられるのも無理はない。

門柱には『蒼馬(そうま)』と書かれた表札とインターホンが確認でき、さらにそこから奥へと続く人ひとりがかろうじて通れそうな隙間がある。市の書類上人が住んでいることになっているようだが、どうやらそれは本当らしい。

「一応中学3年生になる女の子が住んでる、とのことらしいけど」

「それはほんとなんです。編入案内が自分のところに来なければ同じ中学校だったはずでした。でも1年半くらい前から『不登校になった』って噂が近所で出始めて、ここがだんだんゴミだらけになったのもそれと同じタイミングだったんです」

なるほど、とつぶやくと理事長はインターホンを押す。蚊の鳴くような声で「…はい」と聞こえてきた。その声は高さからして女性のもので、一人でここに住んでいるという女の子のものだろうと判断できた。

「市役所とかテレビとかなら、帰ってほしいんですけど…」

「そのどちらでもないよ。学校の人間だ」

「…学校の人も帰って…」

「君の在籍する中学校じゃなくて、別の学校から来たんだ。君みたいな子が安心して授業を受けられる学校を作ってるところで、君のうわさを聞いたから駆け付けたんだよ」

インターホン越しに理事長は可能な限り優しく語り掛ける。ここは自分に任せるようにと理事長に言われた銀哉は、固唾をのんでそれを見守っていた。

5分ほど経過してから、やはり蚊の鳴くような声で「…どうぞ」と聞こえてきた。どうやら結構悩んだらしい。

一呼吸置いてから、理事長と銀哉はゴミの中の隙間を進んでいった。


「…散らかってるのは外だけなんだな」

「意外と中はきれいですよね、絵や焼き物が飾ってあるし」

長い黒髪の、家主と言うには幼すぎる少女がお茶を用意する間、二人は畳の上に正座して辺りを見回している。銀哉の言う通り、室内には葛澤の美しいビーチや躍動感溢れるサーファーを描いた絵や、魚の模様が描かれた焼き物が所狭しと飾られていた。

絵や焼き物に目を奪われているうちに、少女が二人にお茶を出す。

「…はじめまして…蒼馬志奈子(そうましなこ)です…」

「こちらこそはじめまして。五星学園理事長の輪島二四夫です」

「中等部の富岡銀哉です」

それぞれ簡単な自己紹介を終えると、理事長はアイスブレイクとして、部屋の至るところに飾られた美術品群について尋ねる。

「見事な焼き物と油絵だけど、誰の作品かな?」

「焼き物は父の、油絵は母の作品です」

「すご、芸術家のサラブレッドじゃん…」

銀哉の感嘆の声に、家主たる少女・志奈子は謙遜するかのように首を横にふる。

「…でも両親はもう亡くなってだいぶ経つんですが」

「亡くなられた?」

正座する膝の上で志奈子はきゅっと強く拳を握りしめてから、淡々と語りはじめた。

「父は陶芸家で母は洋画家でした。私が産まれてすぐここに引っ越して、海をテーマにして作品作りをしてたんですけど、美術にそもそも関心のある人が減ってるせいか年々収入が減ってたみたいなんです。私の絵画教室の月謝も無理して出してたと思います…ついに1年半前、私が寝ている間に車で海に向かって…桟橋からそのまま…」

「…聞いてはいけないことを聞いてしまったね」

謝る理事長をよそに、そのまま志奈子は続ける。

「事故として処理されましたが、事故を装った心中だと思います。それだと私に保険金がはいらないから…」

目に涙を溜める銀哉を気にかけながら、理事長は志奈子にさぞ辛い1年半だったろうね、と声をかける。

「でも不思議と寂しくなかったんです…両親が遺した作品から、両親の声が聴こえてくるんです。なんなら会話もできました。けど四十九日もぜんぶ済んだ頃、『ここで私たちの想いの結晶たる作品たちを守ってくれ』って聴こえてきたんです。これを聴いて、私はここに留まって、作品によからぬことができないように、誰にも触れられないように、しっかり目を光らせなきゃいけないって思ったんです」

それで学校どころかおちおちゴミ出しにも行けなくなった結果家の庭があんな状態になっただけで、掃除が壊滅的に苦手なわけではないから誤解はしないで欲しい、と志奈子は語った。

「市役所や学校の人をあんなに警戒したのも、中の作品まで捨てられかねないと思ったからかな?」

「…だいたいあってます」

「けどね、君もいつまでもこれではいけないってちょっとは思ってると思うんだ。それで自分の学校の話を聴いて欲しくてここに来たんだけど…」

「私にここを離れろっていうんですか!?」

突然激昂した志奈子は、いつの間にか服装が変わっていた。ヨーロッパ圏の喪服を思わせる黒一色のドレスにベール姿だが、ベールの意匠はクラゲのようにも見える。また頭上と腰からは青みを感じる黒い馬の耳と尾が覗いていた。

「青鹿毛に近い馬、海で亡くなった人の魂との会話、任務を完遂するまで1ヵ所に留まり続ける…まさかサミジーナか!!」

「そんなの全然知らないけど、でも侵入者を追い払えるだけの力を突然もらえたんです!市役所の人も、最近たくさん出る黒い怪物もみんな、こうして追い払ってきたの!」

すでに何度か下級悪魔に襲われていたのか、何とかして学園に来てもらえるよう話を進めなければ、と理事長が思う矢先、部屋にある作品群から水が溢れだし、巨大魚が姿を現す。テレビで葛澤市役所の職員が錯乱しながら語っていた魚の化け物の正体もおそらくこれだ。

「『ザガン』、頼めるか?」

「よっし!!」

理事長に声をかけられた銀哉も直ぐ様悪魔ザガンの姿に変身する。突然溢れ出てきた水に掌を向けるとみるみるうちにそれは熱湯に変わり蒸発していく。残った巨大魚は畳の上でしばらく跳ね回ったあと、フッと跡形もなく消えた。

当然といえばそうだが、突然現れた水も巨大魚も全てサミジーナの力による幻覚だ。しかしザガンの液体をまた別の液体に変える力は、地獄の偉大な王であるだけに幻覚すら凌駕するものであった。

「えっ…」

志奈子もといサミジーナの表情は一気に不安そうなものになる。そのまま台所のある場所まで引き返した彼女は、先程お茶を出すために沸かした熱湯の残りが入ったら小鍋を持って戻ってきた

「うわあああああっ!!」

自棄になりながら熱湯を理事長とザガンに向かって撒くが、それもザガンが一瞬でよく冷えたオレンジジュースに変えてしまう。抵抗手段を悉く突破されたサミジーナは、そのままへなへなと座り込んだ。


「…落ち着いて聴いて欲しい。まず君の亡くなられたご両親の声を聴く力も、さっきみたいなちょっと恐い内容の幻覚を見せる力も、全部『ソロモン72柱』と呼ばれる悪魔のうちのひと柱であるサミジーナの力なんだ」

心身の疲れから変身が解けた志奈子に、理事長がインターホンの時と同様、可能な限り優しく語りかける。

「…私は人間じゃなくなっちゃったんですか?」

「そうじゃなくて、体の中に悪魔がいて、でも悪いことをするわけじゃなくて、えーっと…そうだ家賃だ!必要なときに家賃として力を貸して助けてくれるんだ!お湯がオレンジジュースになったのもそれ!」

なおも不安がる志奈子に、銀哉は中学1年生のやや貧相なボキャブラリーから、適切に言葉を選んで悪魔憑きのなんたるかを説明する。

「そして自分は君みたいに72柱の悪魔を宿す生徒を集めた学校の理事長なんだ。君の仲間がたくさんいて、助け合いながら学び、暮らしている。今ここにいるよりずっと居心地はいいと思うけど…」

「でもここに残される両親の作品はどうなるんでしょう…」

五星学園の話に魅力を感じていない訳ではなさそうだったが、今まで両親の作品が中心となった生活をしていたからか、志奈子にとってはやはりそれが一番気になるようだった。理事長は暫く考え込んだ後、葛澤駅東口で目にした看板を思い出した。

「葛澤駅の東口から歩いて10分位の場所に『海の美術館』っていうのがあった気がするんだけど、そこに買い取りと収蔵をお願いするのはどうかな?きっと君の想いを受け止めて、代わりにちゃんと作品を守ってくれるはずだ。それから…」

理事長はゆっくり立ち上がると、なにやら室内を物色し始める。しばらくして星空を映す夜の海が描かれた大きめの油絵と、それぞれビーチと夕日の沈む海を思わせる白と淡いオレンジ色の花瓶に目を付けた。

「この3つを君の卒業までの学費として貰い受けようと思う。そして校内の目立つ場所に飾ると約束しよう」

「…なにからなにまで、ありがとうございます…!」

「君が学園に来るのを待っているよ」

泣きじゃくる彼女が心機一転し、溢れたゴミを片付けて、学園の門をくぐる日は、そう遠くはなさそうだ。


*******************

ソロモン72柱 序列4番 サミジーナ

ガミジン、ガミュギュンとも。青ざめた子馬ないしロバの姿で現れるが、命じられれば人間の姿をとる。人間に教養を与え、罪人の魂のその後について教えてくれる。ヨーハン・ヴァイヤーの『悪魔の偽王国』によれば、海で亡くなった人間の魂を呼び出す能力があるとされる。

真面目な悪魔で、任務を完遂するまで召喚者の側に留まり続ける。


ソロモン72柱 序列18番 バティン

バシン、バティム、マルティムとも。蛇の尾を持つ男の姿で馬ないしはロバに乗って現れるとされる。主な特技は移動手段の提供で、人間を直ぐ様他国に送り届けられる他、応急手当も得意である。ルシファーの側近で、愛想のよさでこの悪魔に勝るものはいないとされる。



蒼馬 志奈子(そうま しなこ)

葛澤市有数のゴミ屋敷を守るように暮らしていた少女で15歳。自身に憑依する悪魔・サミジーナの力で陶芸家と画家だった父母の作品に宿る亡き両親の声を聞き、それに従って作品を守るためにとった行動が結果的にご近所トラブルを招いていた。変身後は西洋風の喪服姿に馬の耳と尾が生えた姿だが所謂青鹿毛なので黒っぽい。海で亡くなった人間の声を聴く力と、それにまつわる幻覚を見せる力がある。


相場 禎治(あいば ていじ)

五星学園のスクールバス運転手。20代後半。とてもフランクで彼を兄のように思う生徒も少なくない。憑依している悪魔はバティンで、変身後は蛇の鱗とロバの耳を持つハイヤー運転手のような姿。対象を瞬間移動させる力があるが正確な住所が分かることが条件で、また指輪と呪文の力がない場合は県境を超えない程度の移動に留まってしまう。

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