手鏡の謎


 中国山地の中ほど、岡山県真庭市吉念寺の小高い丘の上に、毎年春になると、大勢の人が見物に訪れるそれはみごとな一本桜があります。


 この巨大な吉念寺の桜、地元では、はるか昔から“大桜”と呼んで大切にしてきました。


 南北朝時代(1333年)には後醍醐天皇がこの地を訪れ、この見事な桜を愛でたことから“醍醐桜”とも呼ばれています。


 また一説ではこの桜は「倭国の女王」によって植えられたものとされ、地元の人々によって大切に育てられ今日に至っており、日本の桜の原種ともいわれています。


 また、桜のそばに建つ小さな祠(ほこら)には、この桜と村を守る龍神(りゅうじん)さまが祭ってあるそうです。


  


 つい数年前までは、夏たちのおじいちゃんが、この祠(ほこら)の管理をしていました。

 おじいちゃんは村人に会うたびに

「弥生の国の“ゆき”という女の子が、孫たちと龍に乗ってここに来たんじゃ。帰りに大桜の苗木を持たせたんじゃが、どうなったかのう」と話すのが口ぐせだったそうですが村人たちは「何のことやら?」と大して気にも留めなかったそうです。


 そのおじいちゃんは、数年前に亡くなり、今はこの大桜の丘で静かに眠っています。


 ある年、大桜の管理に訪れた樹木医さんが桜の傷みを抑えようと巨木の足元の空洞に入り、傷んだ部分を削っていたらその足元から鏡が出てきました。


 その鏡は現代の手鏡だったので樹木医さんは大して気にも留めず

「最近誰かが入れたんだろう」と思い、そばの祠(ほこら)の中になにげなく置いたようです。


 夏とりんは、毎年この“弥生の大桜”の咲く頃、両親と岡山に帰ってきます。その時は祠(ほこら)にもお参りするのですがある日、りんがその中に手鏡があることに気付きました。 

                   ♬ ハリーポッターテーマ曲


「ねえちゃん。中に手鏡が置いてあるよ?」

 そ~っと扉をあけて龍神さまの前にある手鏡を手にする、りん。

 しばらく、けげんそうにながめていましたが


「ねえ、この鏡って私が“ゆき”にあげたあの手鏡じゃない? そうだよね。裏にうっすらと、うちの住所が残ってるよ」


「そういえば、あの手鏡ににてるね。ちょっとかしてごらん」

 夏は手鏡を受け取ると入念にみていましたが・・・

 すぐにわかったようです。


「うん 間違いないね あの手鏡だね!」


「でもゆきにあげたはずの手鏡がなんでここにあるんだろう?弥生のクニにあるはずだよね」

                              

「ちょっとまって! 大桜の足元から“ゆき”の手鏡?・・・」


 祠(ほこら)の前に座り込んでしばらく考えていた夏ですが


              ♬ 和太鼓どど~ん


 突然・・・ひらめきました!!!


「ねえ! りん、もしかして・・・この弥生の大桜は“ゆきが背負って弥生のクニに持ち帰った、あのおじいちゃんの苗木じゃないの?」


 りんが固まりました !!!

 そしてしばらく夏の顔をまじまじとながめていましたが・・・


「そうか! そうだよ! “弥生のクニ”は平和になったんだ!」

 そして・・・それを私たちに知らせるために弥生時代のこの丘におじいちゃんからもらった桜の苗木を植えて手鏡もいっしょに埋めたんだよ!」


「きっとそうだね。この弥生の大桜は“ゆき”が背負って帰ったあの桜の苗木が成長したものだったんだね」 


「だったら、この村の言い伝えの倭国の女王って“ゆき”のことだね! 言い伝えは本当だったんだ!」


 りんが早口でまくしたてます。


「そして、この祠(ほこら)の龍神さまって、もしかしてあのぎょろ目の神龍さん? あの神龍さんが千八百年もの間この大桜を守っていたの!」


 りんはますます大興奮です。


 祠の前でしばし大桜を見上げる二人


「おじいちゃんに、この大桜は“ゆき”の植えたおじいちゃんの桜だよって教えてあげたかったね」

 大桜を見上げながら夏がポツリと言いました。


「今はもう、知ってるんじゃないの! だって“ゆき”の桜といっしょに眠っているんだもん」


「そうだね。『ゆきはよくがんばったね』って話してるかもね。きっと大きな手で、ゆきの頭をなでなでしてるよ。きっとそうだね」


 二人はおじいちゃんのお墓と“弥生の大桜”にそっと手を合わすと、深々と頭を下げました。


 その二人を包み込むようにピンクの花びらが舞い落ちます。


                  ♬ 空と君の間に(二宮あい)

                                      


 ずいぶんと昔から、雨の降らない年には、吉念寺の村人たちは“弥生の大桜”のそばの祠(ほこら)に集まり、雨が降ることを願って「雨乞い」のお祈りをしました。

 そんな時、神龍は大空を駆(か)けめぐり、雲を集め雨を呼び、田畑をうるおしたのでした。


「ねえ神龍、この村を守ることがあなたの仕事ですよ。村が水不足になった時は雨を降らすのよ」


 それはおじいちゃんへの恩返しとして“ゆき”から神龍への遺言でした。

 ですから神龍に守られたここ吉念寺は千八百年もの間、干ばつになったことがないそうです。


 では、ぎょろ目の神龍はその後どうしたのでしょうか。


 実は神龍は“神庭(かんば)の滝”の洞窟深くに、いまでも生き続けているのです。

 ある時、とつぜん土砂降りになったり、雷が鳴ったりしますね。

 それは神龍が“ゆき”の言いつけを、今でも守っているからなのです。


 あなたも“弥生の大桜“のそばの祠(ほこら)に来てみませんか。


 ひょっとしたら、ぎょろ目の神龍さんに会えるかも知れませんよ。


                  ♬ るろうに剣心 飛天



              (第二章 弥生桜の丘 おしまい)


     次回からは いよいよ最終章「卑弥呼」が始まります 


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