倭国の女王

 桜の苗木を背負って千八百年前の弥生のクニに帰った“ゆき”はお父さんが眠る“丘”の上へ報告に行きました。


「おとうさん、いま帰りました。夏さんたちから、いろんなことを学びました。これからは“クニ”が平和になるよう、命がけでがんばりますからどうか見ていてください。田舎のおじいちゃんにもらったこの桜、ここに植えておくからね」


 ゆきは、花の咲き乱れる丘の頂に、その桜の苗木を大事そうに植えつけました。


 桜の植え付けが終わったその時 “ムラ”の方向から、大きな声が聞こえて来ました。見張り台の兵士がさけんでいます。また、となりの“クニ”の兵士が何百人も現れたようです。 ゆきは、大慌てで引き返しました。


「おにいさん! 戦いはやめて見ていてください! 私がなんとかします」


 戦いの準備をしている兄の“はやと”にそう告げると、両手を合わせ、神龍を呼びました。


 早々に現れた神龍に、ゆきはさけびます。

「思い切り雨を降らせ、稲妻を光らせてください。遠慮はいりませんよ」


          ♬ ジェットエンジン音・紅蓮の弓矢 バイオリン 

                                                                         

 ゆきを乗せた銀色の神龍は、兵士たちの上空に行くと、まるでストレスを発散するかのように、すさまじい嵐を起こしました。

 突然の嵐と上空の神龍の迫力に、恐怖を感じた兵士たちは、戦意を失いその場の地面に座り込んでいます。

 神龍はその兵士たちの前に荒々しく降りていくと、大きな金目でぎょろりと見渡し、赤い舌をペロリとのぞかせました。それだけで兵士たちは震えあがりましたが例の重低音で「ガオ~」とやったもんですから、ますますおびえています。


 そこへ美しい“ゆき”が降りて行きます。

                          ♬ 和太鼓


「私は“ゆき”といいます。みなさまは何がお望みですか? もう争いはやめませんか? 多くの人が亡くなって家族が悲しむだけです。これからは平和で豊かに暮らしませんか?」と優しく語りかけました。


 すると、その中の目のするどい若者が立ち上がり


「誰も戦いたくはありません。だけど今の世は、戦わないと滅ぼされるではないですか。殺され奪われてしまうではないですか。だから仕方なく戦っているのです。私たちも、できれば平和に暮らしたいのです」と答えました。


「そうですね。だれも殺し合いはしたくないですね。それなら、武器を置いて話し合いましょう。“クニ”同士助け合いましょう。そして平和に暮らしましょう。私がほかの“クニグニ”とも話し合います。あなたもわたしと一緒に他のクニグニを説得していただけませんか?」


「あなたが、信頼できる人だとわかれば協力します」


 ゆきは、しばらく考えていましたが

「わかりました。これにあなたの顔を映してみてください」と手鏡を若者に手渡しました。


 鏡を知らない若者は、それを受け取ると、そこに映し出されている自分の顔をしばらく不思議そうに見入っていました。


「鏡には自分の心が映ります。みにくく見える時は自分の心が、みにくいからです。優しく見える時は心がおだやかな時です。今のあなたの顔はどのように映っていますか? 優しく見えませんか?」


 若者はもう一度、おそるおそる手鏡をのぞきこみます。

 しばらく鏡の中の自分を見つめていましたが、顔を上げると今度は、ゆきの澄んだ瞳をじっと見つめていました。

 そしてニコッと微笑(ほほえ)みました。

 二人の心が通じ合ったようです。


「わかりました。あなたのことを信じます」


 そして、若者と兵士たちは戦わなくて済んだことにほっとしたようで、明るい表情で静かにその場を立ち去って行ったのでした。

 ぎょろ目の神龍が、安心したのか細目の神龍になりました。


 その後、ゆきは、これを手始めとして今まで争ってきた周りの“クニグニ”を神龍とともに訪ねまわり

「もう争いはやめましょう。おだやかに暮らしましょう。豊かな国を作りましょう」と困難ながら、根気強く説得して回りました。


 最初に信頼してくれたあの若者や兄“はやと”が積極的に協力してくれたことはいうまでもありません。




 数年後、困難を乗りこえ、多くの“クニグニ”が“ゆき”に信頼をよせてくれるようになりました。


 春が来ました。

“丘”の桜は、今ではすっかり成長して満開の花を見せています。


 その丘の上で“ゆき”が“クニグニ”の王を招待して巫女舞(みこまい)を披露することになりました。

                       ♬ 和太鼓

                    

 手にはあの鏡を持ち、桜の小枝をくわえ、微笑みを浮かべて厳かに舞う、ゆき。


 美しい桜の花と美しい舞い。

 片耳のピアスが時折キラリとかがやきます。

 神秘的な巫女舞いに人々は感動しました。


 平和になった“弥生の国”では毎年春、桜の花が咲くと、それを合図に田植えの準備を始めるようになりました。

 川や水路や道の改修、ため池作りも、お互いに助け合って行います。


 やがて農作物がたくさん実るようになりました。

 海の向こうの大陸からも文化や技術を取り入れ、豊かな国つくりをしたのです。

 そして国全体が美しい桜の花であふれた時、さらに平和で豊かな“弥生の国”となったのでした。


 こうして “ゆき”は兄“はやと”とともに日本の礎(いしずえ)となる「倭国(わこく)」とよばれる“弥生の国”をつくりあげ、兄の亡き後は、みなから慕われる「倭国の女王」となったのです。

 

 「さあ神龍! 今の時代(弥生時代)の真庭のあの丘に連れていってくださいな。

“弥生の国”が平和になった証(あかし)に、この丘の桜を吉念寺の丘の上に植え替えておきましょう。千八百年後には見ごたえのある立派な桜となって、お世話になったおじいちゃんの目を楽しませてあげられると思うから」


                  ♬ 旅立ちの日に(川嶋あい)


 「それからこの手鏡もいっしょに埋めておきましょう。そうすれば、夏さんやりんさんが、わたしの国が平和になったことに気付いてくれると思います」

                                              

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