別れ

「ひゃ~~ロケットみたいに速いね~!」


 三人は長髪を引きちぎれんばかりになびかせながら、あかねの空を東に進みます。

 帰り道は神龍には分かっているので、りんのナビゲートは特にいらないようです。


「ねえ! 後ろ見て~! 私たち飛行機雲つくりながら飛んでるよ! あんなに紅く染まった飛行機雲! すごいすごい!」

 りんは、かなり興奮気味です。

                      

「わたしはいい住処(すみか)を発見しました!」

 横浜を目指す普段は無口な神龍が突然うれしそうに話しだしました。


「神龍さん 何かいいことあったの?うれしそうね」

 りんが垂れ目になった神龍に聞きます。


「はい 神庭の滝に行ったときのことです。滝つぼに飛び込むと奥に洞窟がありまして中に入ってみたのです。この洞窟はわたしのサイズにピッタリで狭くもなく広くもなくすっかり気に入ってしまいました。

 さらに洞窟を進むと山の中腹に出口がありました。どうもこちらが入口のようで“鬼の穴”と呼ばれている鍾乳洞のようです。滝と洞窟はつながっていてとても快適でした」


 どうやら神龍はすっかり神庭の滝が気に入ったようです。

 ゆきはその神龍の報告をにこにこしながら聞いていました。


 おしゃべりしてる間に中国山地を過ぎました。


「ねえちゃん! 先のほうに大きな湖がみえるけど、あれは何処?」


「ああ、あれは琵琶湖だよ。日本で一番大きな湖さ。手前の町は京都、その手前は大阪、左の海は日本海、右手は紀伊半島、先のほうに見えるのは南アルプスかな?」


「アルプス1万尺小槍のう~えでアルペン踊りを、さあ踊りましょ♪」


「りん、それって北アルプスの歌だよ」


 その南アルプスを過ぎると

「アッ富士山が見えてきた!」


 あっと言う間に赤く染まった富士山が眼下に近づいてきました。

 どうやら神龍はかなりの猛スピードで飛んでいるようです。


「じゃあ間もなく横浜じゃないの! 神龍さん! 富士山を通過したら減速して高度を下げてください」


 りんも、すっかり操縦士気取りです。

                    

 

 神龍は夕焼けに染まる富士山上空を通過すると、右に伊豆半島を見ながら徐々に高度を下げ横浜を目指します。


                   ♬ ひこうき雲

 

 夏は、ゆきに後ろから問いかけます。


「“弥生の国”に帰るのは、元町公園からなの?」


「いいえ、森林公園の洞窟を使います」


「そうか! 時空移動の通路は一方通行なんだね。じゃあ私たちも森林公園で降りるよ。山手のマンションまでは歩いて帰れるからさ」 



 そして日没直前に、横浜市中区・根岸森林公園の上空に到着しました。

 だれもいない夕暮れの芝生広場に、神龍は霧雨を降らせながらゆっくりゆっくりと下りて行きます。


 別れの時が近づいて来ました。

 「ゆき! 時間がないから、すぐに森の洞窟を通って帰りなさい。私たちは大丈夫よ」


「はい そうします。おかあさんによろしくね。私この洋服と靴のままで帰るね。気に入っているから」

 クスッと笑って“りん”を見た“ゆき”でしたが


「代わりといってはなんですが、りんにこれあげる!」


 ゆきは片耳のグリーンのピアスを外すと、りんに差し出しました。


「いいの?大事なものなのに」


「大丈夫!もう片耳あるから」


「ありがとう!じゃあわたし大事にするから」

                           

 しばらく見つめ合うふたりでした。


                ♬ あなたがいることで (もえか)


 ゆきは、真顔になると

「実はね、私は同じ時代には二度と来れないの。だから、あなたたちとはこれでお別れです。“弥生の国”を絶対に平和な国にしますからね。私、命がけでやります。ありがとうございました。平和になったらお知らせできればいいのですが・・・」


 背中に大桜の苗木を背負った“ゆき”はいつものように礼儀正しくお辞儀をすると神龍の背中にやさしくさわりました。


                 ♬ 銀の龍の背に乗って(にのみや あい)

 

 コックンとうなずいた神龍は姉妹に一礼するとぎょろ目から金色の霧雨を降らしながら、地面すれすれの低空飛行で、森林公園の森の奥へゆっくりゆっくりと消えて行ったのでした。


 二人には、その金色の霧雨は、ゆきと神龍の別れの涙に見えました。

                                

 夏は“はやとたち”のお墓が数年前に発見されたことを、つらくて言い出すことができませんでした。


 でも「それでいいんだ」


 夏は遠ざかるゆきと神龍の後ろ姿を見ながらそう思いました。


 夕暮れの根岸森林公園で、ゆきを見送った二人は、とめどなく溢れ出る涙をぬぐいもせず「うわあ~~!」とさけびながらなぜか猛ダッシュで自宅へと走り出したのでした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る