桜の苗木

「おじいちゃん来たよ~」


 三人は大きな声で庭先から呼びかけました。


 「やあ、みんなよう来たね。雷が鳴ったから来たと思ったよ」

 おじいちゃんは待ち構えていたようで、すぐに土間から外に出てきました。


「でもほんまに龍に乗って来たんかい? 不思議な事じゃねえ。あんたが“ゆき”じゃね。ゆうべ、おかあさんからの電話で、大体の事は聞いたよ」


「はい。私が“ゆき”です。今日は色々教えてください」


「わしのわかることならね。でも難題じゃねえ」


 おじいちゃんは「ゆき」が来たわけを、すでに聞いているようです。そして、りんを手招きします。


「リュックが重そうじゃねえ。中身はリンの大好きなお弁当じゃろ? もうお昼だから、こっちの縁側で食べながら話そうや。縁側は風が通って涼しいよ。今、自家製のお茶をいれるからね」 


 しばらくするとお茶が入ったようです


                        ♬ 風鈴の音

                      

 おじいちゃんはおいしそうにお茶を飲みながら、夏に話しかけます。


 「この縁側からの眺めは、いつ見てもええじゃろ。谷間には田畑が広がり、その向こうの高い丘の上には立派な桜の木があるしねえ。

 あの桜はアズマヒガン桜という在来種で、樹齢千八百年じゃそうじゃ。弥生時代からあるんじゃねえ。

 地元では昔から“弥生の大桜”と呼んでるんじゃが、後醍醐天皇がこの桜をめでてからは醍醐桜ともよばれておる。

 春になりゃあ、そりゃあ見事な花が咲くのは、夏も知ってるね」


 「うん。春休みには、毎年この桜を見に帰ってるからね」


 「この村はすっかり過疎(かそ)になってしまって、世間では“限界集落”などと呼んどるが、桜が咲くころには大勢の人が来てそれはにぎやかになるんよ。一人暮らしのわしは、毎年それが楽しみなんじゃ」


 小さな目を細めながら丘をながめて、うれしそうにつぶやくおじいちゃんでした。


「ここは横浜とはまるでちがうのね。どちらかというと、私の”ムラ”に近いわ。初めて来た場所だけど、なぜか落ち着きます」と、ゆき。


「私のおかあさんはここで育ったから、性格がのんびりしているんだね。私がのんびり屋なのは、おかあさん似なのかなぁ?」


 どうも、りんのルーツは、ここにありそうです。

 

  

 丘をながめながら、お弁当を食べ終わった夏は、おじいちゃんにたずねます。


「おかあさんから聞いたと思うけど、ゆきは “争いをなくす方法”を探しに来たんだよ。おじいちゃんなら知ってるでしょ?」


 「そりゃあ、おじいちゃんにも難問じゃねえ。人は争ってばかりおるからねえ」


「私たちの“弥生のクニ”は小さな“クニグニ”に分かれて争いが続いています。父は戦いで亡くなりました。兄は“クニ”を守るために必死で戦っています」

 申し訳なさそうな顔をした“ゆき”は、話を続けます。


「その悲しい争いをなくして、平和で豊かな国にすることが大巫女(おおみこ)さまのあとを継いだ私に課せられた使命なのです。でも、その方法がわからなくて悩んでいます」


 おじいちゃんはしばらく、だまって腕組みをしていましたが


「ゆき、外に出てみるかい?」


 そういうと、庭の向こうの谷川に向かってあぜ道を歩き出したのでした。

 そして川に着くと静かに、こう語り始めたのです。


                   ♬ せせらぎの音  

                    

 「ゆき、ここを見てみなさい。ここが川から下流の畑や田んぼに水を引く場所じゃよ。水がないと農作物は育たんからね。水が必要な時は水門を開けて、要らん時や大水の時は閉めておくんじゃ。こんな施設がたくさんつくってあるから水が十分に行きわたって農作物がたくさんできるんじゃよ」


 「川のない所では“ため池”を作って水を確保する工夫も必要なんじゃ。“道づくり”もそうじゃね。村のみなが協力しあって作るんよ。

 豊かになるためには、そんな“工夫”が必要なんよ。一人じゃあ、なんもできん。力を合わせ協力せんとね」


 「争ってばっかりじゃあ、国は荒れ放題じゃ。住いも田畑もダメになってしまう。それに大事な人を失ってしまう。そりゃあ悲しいことじゃ」


 「だから “クニ”同士の争いをやめて、協力しあって豊かで平和な生活を送れるようにせんといけん。物・文化・技術を分け合う。一つの“クニ”だけが欲張るんじゃなくて、不足するところをお互いに助け合う。無益な争いをやめて平和な国をつくる」


 「それができるのは“ゆき”あんたなんじゃ。

 言葉のちがう“クニ”の人とでも話せる特別な能力。それは意味があって授かったんじゃ。争っている、たくさんの“クニ”の人たちと話し合うためにね。

 だから、その能力を存分に使うんじゃ。

 おたがいに心を開いて真剣に話し合う。そこから信頼が生まれ、平和が訪れるんじゃ」


「はい!」


 真剣な眼差しで、おじいちゃんの横顔を見つめていた“ゆき”が穏やかな表情に変わりました。


「“弥生のクニグニ”が一つになれば、次は大陸の進んだ政治、文化や技術を積極的に取り入れ、さらに人々が豊かに暮らせるように努力するんじゃよ。そうすれば“ゆき”は大巫女(おおみこ)さまとして、みんなから尊敬されるようになるし“弥生の国”も平和になる。・・・おじいちゃんが“ゆき”に話せることは、そんなところじゃね」


 真顔で話していたおじいちゃんの横顔が、いつものやさしくておだやかな顔に戻りました。

 

「話し合うことが大切なんですね。大陸との交流も必要ですね。それが私に与えられた使命なんですね。・・・わかりました。・・・私やります。きっと平和な国をつくります」


 ゆきは、それ以上口に出しませんでしたが、その引き締まった目元と口元からは、強い決意がにじみ出ています。

 そばで二人の会話をきいていた夏とりんは、小さな“ゆき”の静かな迫力に圧倒されて言葉も出ませんでした。


「ゆきは、小さいのに苦しい修業によう耐えたね。その力できっとすばらしい国がつくれるよ。それは、ゆきにしかできないことじゃからね。それに龍もおるしね」


 おじいちゃんは、ごつごつした大きな手で、ゆきの小さな頭を撫でながら「うんうん」とうなずきました。


 「さあ、あんたたち、そろそろ帰らんと夕暮れになるぞ」


 日が傾いてきました。田舎の日暮れはつるべ落としのように早いのです。


  


 おじいちゃんは、別れ際に畑から1本の桜の苗木を掘ってきました。


 「この吉念寺の桜を、ゆきの“クニ”に植えなさい。あの丘の上の弥生の大桜の枝を畑に挿(さ)して育てたんだよ。春には美しい花が沢山咲くようになるよ。

 この桜が咲いた時、美しいと感じたとしたら、それは“国中に平和が訪れた時。桜の花が目に入らない時、それは心に余裕がない時。争っている時。

 早く『桜の花は美しいなあ!』と感じられる“弥生の国”になったらええね」


 おじいちゃんはそう言いながら、ゆきの背中に桜の苗木をくくりつけました。


「今日はありがとうございました。おじいちゃんから学んだことを、私の“クニ”でやってみます。そして将来 “弥生の国”を豊かで平和で、桜の花がたくさん咲き誇る美しい国にします。その時、おじいちゃんに報告できたらうれしいけど・・・」


 ゆきはおじいちゃんに深々と頭を下げました。

 それを見て、りんもあわてて頭を下げました。


 「さすが、おじいちゃんはいい事いうねえ。今までただの年寄りだと思っていたけど少し見直したわ」


 夏は、感心しきりです。


 夕暮れが近づきました。早く横浜に帰らないといけません。


「お名残りおしいですけど、そろそろおいとまします」


 ゆきは、神庭の滝で待っている神龍を呼ぶため、目を閉じ、手を合わせました。


                     ♬ 控えめな雷鳴

 

 すると控えめな小雨が降り、薄霧とともに神龍がそ~っとやってきました。気を使っているようです。


「帰り道は“りん”が前ね。私が真ん中。“夏さん”が後ろ」


「わ~い!」


 りんのひとみがきらりとかがやきます。


「さあ! 神龍さん。日暮れが近いから、横浜まで超特急でお願いします。ジェット機よりもず~っと速くね」


 りんの指示で、ぎょろ目の神龍が上目づかいで上空をにらみました。



 「おじいちゃん元気でね~~!」


 三人がおじいちゃんに別れの挨拶をすませると同時に神龍は、夕暮れの上空に向けて一気に急上昇して行きました。


                     ♬ トップガン

                                          

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