第38話 やり始めるタイミングで成果は変わる[理想的な始め方]

「やあ、僕は桔梗刀句。これから雑談部に悩み相談を持ちかけるんだ。というわけで、今回のお悩みはアマゾナイトさんからです。『やりたいことがあるのですが、踏ん切りがつきません。いつ始めたらいいのでしょうか』だ、そうです。いつ初めてもいいと思う。思い立ったが吉日だ」

 ある日の放課後。

 雑談部の部室では桔梗が毎度同じく華薔薇に悩み相談を持ちかける。

「いいんじゃない。わざわざ時期を見定める必要はないし。農業でもなければ、すぐ行動することは悪くない」

 華薔薇も桔梗の言葉に概ね同意する。

 農業では時期を見定めて種付けをしないと育たない。だが、人間の挑戦なら関係ない。

 先延ばしをすると、先に始めた人に追い付くのに時間がかかる。ならば早めに始めた方がいい。

「つまり、アマゾナイトさんの悩みは、悩むくらいならさっさと始めろ、でオーケー?」

「実際はタイミング次第で効率が変わるから、いつやるかって結構大事なこともある」

「あっれぇ? 結局どっちなんだよ?」

「どっちもよ。先延ばしにするのはよくない。でも、タイミング次第では効率が悪い」

 やりたいことに言い訳をしてダラダラ先延ばしするのはよくない。一方で、タイミング次第では目標の達成率や効率が変わる。

 人間の調子はずっと同じではない。時間や気分で変化する。タイミングに合わせた行動をすると、効率は何倍にも跳ね上がる。

「仕方ないから、今回は何をいつ始めるか、最適なタイミングについて雑談しましょう」

 本日の雑談のネタはタイミングについて。

 本日も雑談部の活動が始まる。


「まず、知っておいて欲しいのが、人間のポテンシャルは時間帯に影響を受けるの。朝、昼、夕方、それぞれで得意なことは違う」

「えっ、そうなの? 別にいつやっても同じだと思ってた」

「たとえば気分を説明すると、朝は起きてから午前中は気分が高まり、そこからは下降していく。夕方が一番落ち込むのだけど、夜にかけてまた気分は上がってくる」

 このパターンは人種に関係なく、世界中で見られる。アジア、アメリカ、ヨーロッパ、黒人、白人などで変わることはない。

「夕方が一番気が滅入るってことか。言われてみれば、夕方って、なんかアンニュイな気持ちになったりするよな」

 桔梗の場合、平日の夕方は大抵雑談部に顔を出していることも関係する。華薔薇に滅多打ちにされれば、気分も落ち込むだろう。

「ただし、休日の場合は気分のピークが平日より2時間遅れてやって来るそうよ」

「それって、休日だと午前中はやる気が出なくてダラダラ過ごすけど、午後からやる気が溢れるみたいな?」

「気分のアップダウンは行動にも影響があるからね。そういった人もいるでしょう」

 人の行動はよくも悪くも気分に左右される。気分が落ち込んでいたら、何事もやる気は出ない。逆に気分が高揚していれば、新しい挑戦にも積極的になれる。

「他にも午前中は他人に対して温かな気持ちが高まって、午後になると落ちる。そして、夕方から再び高まる」

「つまり、午前中は人に優しくなれる?」

「その通り。だから、具合の悪い報告は午前中にするのがベスト。許してもらえる確率が高い。桔梗もミスは午前中に報告しなさい」

「そうだな、許してくれる午前中に謝るがベストみたいだな……って、俺はそんなにミスしないから。怒られるようなことしてないからな!」

 口ではどうとでも言える。本当に桔梗がミスをしていないかは、確認のしようがない。

「桔梗がミスをしないという戯言は横に置いて、先ほどの波は気分にも同じことが言えるの。だから、思いっきり楽しみたいなら、午前中に遊ぶことをオススメするわ」

 午前中に遊べば楽しい気分のまま終われる。そして、夕方には楽しい感情が落ち込むので、楽しさも半減する。

 同じ楽しみでも時間帯によって、楽しみ方に違いが出る。

 知っていれば、楽しい気分の時により一層楽しめる。気が進まないイベントでも、午前中に行えば、嫌な気分も半減できる。

 時間帯をコントロールするだけで、人生の楽しみ方は変わる。

「桔梗も気をつけることね。午前中に問題を報告されたら、甘い判断をしちゃう。……桔梗が報告を受けることはないから杞憂ね」

「俺だって、報告を受けることあるからな」

「それはそれは、都合よく利用されているのね」

「ちっがーう! 俺は頼られてるの。決して、都合のいい男じゃないから」

 利用されていようが本人が納得していたら問題ない。

 なんだかんだ言って桔梗の人脈は広い。本人の言葉の通りに頼られることは多いだろう。現に華薔薇に幾度も悩み相談を持ちかけている。

 何度も繰り返されるのは一種の有効性の証明である。

 美味しいご飯屋はリピートされて繁盛する。不味ければ寂れて閉店に追い込まれる。

 続いているということは評判が広まっている証だ。

 ただ、桔梗の何がいいのか華薔薇にはさっぱり分からない。悩み相談を持ちかけれるような頼り甲斐は感じられない。

「頼れているのが本当なら、午前中は気をつけなさい。午前中は楽しい気分になっているから、頼み事も引き受けやすくなっている。逆に言えば頼み事をしたい時は午前中にすること」

「むむむ、言われてみれば、やむを得ず悩み相談を断る時はいつも放課後だ。授業が始まる前の朝や、昼休みの頼みはあんまり断ったことがないぞ。くっそー、俺はいつの間に操られていたんだ」

 桔梗が何に操られているか知らないが、午前中は頼みをついつい引き受けてしまう。午前中に頼み事をされたら、返事は一度保留し、冷静に判断してから返事しよう。

「さらに言えば論理的な判断も午前中にした方がいいわよ」

「論理的な判断?」

「複雑な計算したり、難解な文章を読解したり、集めた情報の分析ね。そんな人間の認知能力は、1日を通じて同じ状態をずっと続ける訳ではない。時間帯によって変動する。しかも、この変動の幅は非常に大きい」

「何となくは分かるけど、そんなに変わるとは思えないんだけど?」

 桔梗は半信半疑だ。実感として、時間帯で調子の違いは感じても些細なもの。体感では朝、昼、夕方で能力に大きな差は感じられない。

「どれくらい開きがあるか簡単に説明すると、お酒を飲んでいない素面な状態と大量にお酒を飲んだ泥酔状態くらいに開きがある」

「えっ、そんなに!?」

 桔梗は高校生なのでお酒を飲むことはない。だが、酔っぱらいは知っている。

 酔っぱらいが正常な判断をできるとは思えない。予想以上の違いに驚きを隠せない。

「パフォーマンスを素面と酔っぱらいで比べたら、調べるまでもない。素面の圧勝よ」

 あくまで、認知能力の最低値と最高値を比べたら素面と酔っぱらいに差が開くのである。

 よほどのことがない限りはこの差は生まれない。ただ、認知能力が必要な作業の成果の差異は20%が時間帯の影響で説明できる。

 決して侮ってはいけないのが時間帯である。

 このことがよく分かるの事例がハーバード大学の研究にある。

 デンマークの子供は毎年全国で共通のテストをコンピューターで受ける。しかし、コンピューターの数には限りがあるので、テストを受けるタイミングは学校の時間割りとコンピューターの台数に影響を受ける。

 このテストを受けるタイミングの違いで成績に違いがあるかを調べた。

 対象はデンマークの生徒延べ200万人の4年間分のテスト結果。

 調査の結果、午前中にテストを受けた生徒と午後にテストを受けた生徒では、午前中にテストを受けた生徒の方が成績がよかった。

 さらに、テストを受ける時間が1時間遅れる毎にテストの成績も下がっていた。

 テストを受ける時間帯の影響は、年間で2週間学校を欠席した場合と同じであった。

 同じように授業を受けても、2週間学校を休んだ生徒とテストを受ける時間が遅い生徒が同じ成績になる。

 この差は決して軽視していい差ではない。


「午前中に楽しいことや頼み事をするのは分かったでしょ? では、午後には何をしたらいいと思う?」

「えっーと、午前中はろんりてきなはんだん、をしたらいいから……午後は逆のことをしたらいいと思う。つまり、直感だ」

「桔梗にしては、いい洞察ね。そう、午後はアイデアや閃きが出やすい時間よ」

「いっつも一言多いよね、華薔薇は」

 相も変わらず華薔薇の言葉には余計な枕詞が付随している。とは言え、桔梗も慣れているので、右から左に受け流す。

「心理学の世界には洞察問題というのがある。簡単に説明すると、論理的に考えても、正しい答えを導けない問題のことよ」

「どうやって答えるのさ?」

「閃きや直感で答えるのよ」

 洞察問題の一例。

 アーネストは古銭商を営んでいる。ある日、素晴らしい青銅貨を持ち込んだ客がいた。

 その硬貨の片面には皇帝の顔が描かれ、もう片面には544BCと鋳造した年が刻印されていた。

 アーネストはその硬貨を調べて、買い取ることはなかった。それどころか、警察に通報した。一体、何故だろうか?

 この問題の答えは難しくない。

 鋳造された年、544BCだが、これは紀元前544年である。イエス・キリストが生まれる前に鋳造された効果に544BCと刻印されるのはおかしい。

 当時の人々がおよそ500年後に生まれるイエス・キリストを予知してなければならない。

 未来を知る術の人間に作ることは不可能なので、硬貨は偽物である。

「アメリカの心理学者はマライカ・ヴィーズとローズ・ザックスは、自分は午前中に思考が冴えると自称する人たちを集めて、午前と午後に分けて洞察問題を出した」

「自称て」

 自称という言葉は華薔薇が付け足した言葉だが、意味としては間違っていない。

「結果は言わずもがな、午後に問題を解いた方が成績はよかった。だから、午前中は論理的な思考を意識して、午後は新しいアイデアの発掘に専念するのが時間の上手な使い方よ」

 仕事の場合、午前中には計算や事務作業、もしくはプレゼンの資料作りをする。午後には新しい企画のアイデアを練る。と住み分けをして効率を上げる。

「そうは言われても、俺たち学生は授業の時間割りは固定だろ。どうするのさ?」

「桔梗に素晴らしい言葉プレゼントするわ」

「何だよ、改まって」

 華薔薇の視線がまっすぐ桔梗を貫く。

「人間、時には諦めが肝心よ」

「どうしようもねぇのかよ」

「だって、少数の生徒が異議申し立てしたところで頭の堅い教師は何もしてくれないわよ。だったら、制限がある中で最大のパフォーマンスを出せるように努力した方が賢明よ」

 華薔薇は学校教育に早々に見切りをつけている。教師は学校のルールに逆らえないし、逆らわない。学校は国のルールに逆らえないし、逆らわない。

 相手にするだけ無駄。自分勝手、好き放題に振る舞っている。学校なんて卒業してしまえば、縁はなくなる。

 多少の成績を上げるために教師や学校に媚を売る必要はないと華薔薇は考えている。

「好き勝手にできる華薔薇が羨ましいよ」

「羨ましいなら、真似しなさいよ。自分の人生でしょ、自分で掴み取りなさい。ただし、責任も自分で取りなさい」

「…………」

 華薔薇だって最初から傍若無人に振る舞っていない。授業を真面目に受けていた時期もあれば、教師にいい顔をしていたこともある。

 ただ、今では教師から得られるものが少なくなった。成績よりも自分の時間が大切な華薔薇は真面目な学生とは言えなくなった。

 態度が悪くて内申点が下がっても、華薔薇に文句はない。自分で選んだ道だからだ。

「俺には、無理だよ。華薔薇みたいな生き方は」

「そう」

 華薔薇は自分の生き方が正しいとは思っていないし、誰かに強制させるつもりもない。


「時間帯で頭の働きが変動することは分かったわよね。運動も時間帯によって効果が変わるのよ」

「運動もかよ!? 時間帯ってのは、どれだけ人を弄べば済むんだよ」

 時間に合わせて人間が適応するように進化したのだ。決して、時間が人間に対して働きかけているのではない。

「まずはダイエット。ダイエットが目的なら朝に運動すること。起床時は少なくとも8時間程度は断食しているので、血糖値が低い。体を動かすためには血糖が必要だから、朝の運動は細胞に蓄えられた脂肪からエネルギーを消費する」

「お腹に何もないから、必然的に体にある奴から使っていくわけだ」

「その通り。だから、食後に運動をすると、食べた分からエネルギーに回されるから、ダイエットは期待できない」

 人間の体は食べた分を先に消費するようにできている。お腹が空っぽにならないと脂肪は減らない。

 ダイエットのコツは空腹の時間を作ること。空腹時には蓄えた脂肪からどんどんエネルギーが取り出される。だから断食がダイエットに効果的なのだ。

「朝の運動は食後に運動するより、20%多く脂肪を燃やしてくれる」

「20%か、結構多いな。ダイエットがしたかったら、早起きして学校に来る前に運動だな」

 とは言え、科学の世界では運動だけでは体重が減らないのは常識。本当にダイエットをしたかったら、食べる量を減らさないといけない。

「朝とは逆に夕方に運動すると筋肉をつけれる。パンプアップが目的なら、夕方にすることね」

「うーん、マッチョになりたいとは思わないけど、男の子として筋肉は欲しいよな。夕方に筋トレするか」

 午後に筋肉が増える理由として、午後の方が午前中より体温が高いので筋肉が動かしやすい。トレーニング後のテストステロンの分泌量が午後の方が多い。トレーニング後のコルチゾールの分泌量が午後の方が少ない、のなどが考えられる。

 テストステロンは筋肉を成長させるホルモン。

 コルチゾールは筋肉を分解するホルモン。

「1日中気分よく過ごしたいなら、朝に有酸素運動をすること。朝に運動すると脳機能がほぼ1日ずっと改善させるのは研究で分かっている。さらに、30分毎に3分の散歩をしていると、ワーキングメモリと実行機能も高まる」

「うそーん。朝に運動すると気分よく過ごせるなら、朝に運動した方がいいな。でも、夕方の筋肉も捨てがたい。どっちを取ればいいんだ」

「あら、悩む必要なんてない、簡単な問題じゃない」

 うんうん悩む桔梗を他所に華薔薇は刹那で答えに辿り着く。

「さすが華薔薇。答えを教えてくれ」

「いいわよ。それは、両方する、よ」

 朝に運動したら夕方に運動してはいけないルールはない。朝に運動して、1日を気分よく過ごしながら、夕方に筋トレをして筋肉をつければいい。

「そっか、その手があったか。ってバカ、そんなに俺の体は強靭じゃない。絶対体、ぶっ壊れるわ!」

 いきなりハードな運動だと体が持たない。少しずつ負荷を上げていけば、桔梗でも可能である。

 最初から無理だと決めつけるのはよくない。

 ハードトレーニングは体を壊す原因になるので、限界を見極める目が必要だ。


「午前中は論理的な思考、午後はアイデアや閃きと雑談したわ。それに運動のタイミングもね。でも、これらは全て活動に分類される」

「えっと、何が言いたいのかよくわからんぞ?」

「雑談は最後まで聞きなさい。人間の体はずっと動くようにはできていないから、適宜休息を取る必要がある。つまり、休息にも最適なタイミングがあるのよ」

 頭を回転させたり、体を動かす適切なタイミングがあるように休息を取るタイミングも存在する。

 パフォーマンスが高い時間に休息を取ればもったいない。逆にパフォーマンスが低下している時に休息を取って回復に努めれば、パワーアップして戻れる。

 休息は非常に大事である。

「子供を対象にした実験だと、テストとテストの間に休憩を挟むと時間が経つにつれ成績が上がっていく。時間帯によって下がる以上の上昇が見込めるのよ」

「成績を上げたければ、休憩せよ、ということだな」

「そういうことね」

 イスラエルの判事は囚人の仮釈放を認める決定権を持つが、判事が休憩を取った後に仮釈放を認める確率が高いことが分かっている。

 休憩には成績の向上のみならず、寛容さを与えてくれる。

「さて、問題です。休憩は一度にまとまって取るべきか、こまめに取るべきか? さて、どっちが効果的?」

「うーん、がーってやって、一気に回復して、またがっーてやるのが良さそうだ。だから、まとまって取るべきだ」

「不正解。休憩はこまめに取るべきよ。1時間働いたら、5分から10分の休憩を取るべきね。これだけ見ると、日本の時間割りは優秀ね」

 日本の授業は1コマ辺り45分から60分程度。そして、5分から10分の小休憩を繰り返す。

 あくまで、休憩で成績が上がるのは、休憩時間に休んでいる場合に限る。少し体を動かしたりすることが大切だ。

 休憩時間にスマホを触ると脳に負荷がかかって休めなくなる。休憩はできずに余計に疲れる。当然、成績の向上は見込めない。

「休憩中は疲れるからと言って、席に座ってじっとする人もいると思うけど、それ最悪よ」

「なんで? 座ってたら休めるじゃん?」

「座りっぱなしはタバコを吸うのと同じくらい健康に悪いのよ」

「うそーん。不健康の代名詞タバコと同じだって!?」

 座りっぱなしは死亡リスクを高めて、心疾患のリスクも高める。

 1時間座り続けたら、5分の散歩をすること。5分だけでも、健康リスクを下げられるし、集中力や活力を高めてくれる。

 座りっぱなしで午後の時間を迎えると、ダブルでマイナスの影響を受けてしまう。

「休憩中は一人より、誰かと一緒に過ごすと効果は倍増するわよ」

「やったぜ。むしろ、俺は一人でいる時間が少ない。休憩上手と呼んでくれ」

 桔梗のプライベートはともかく、他人と一緒に休憩するとより休憩の効果がアップする。

 ストレスの多い職場なら、肉体の緊張が最小限に抑えられ、離職率も下がる。従業員に気持ちよく働いてもらいたいなら、休憩をこまめに取らせることと誰かと同じ時間に休憩できる仕組みが必須だ。

「休憩する時は屋内より、屋外で休憩すると効果がアップする。欲を言えば、自然に触れ合うことね」

 誰しも自然に触れ合うとリラックスできることは知っているが、その効果を過小評価している。

 自然との触れ合いはストレスの軽減、集中力アップ、心疾患リスクの低下、アイデアを閃くなど、効果は計り知れない。

 近くに森林や河川があるなら積極的に散歩した方がいい。なければ、自然のある公園でも、効果は得られる。

「屋外で休憩したり、外に散歩に出かける際に注意したいのが、完全に仕事や勉強から離れること。物理的にも精神的にも離れると緊張は解れる」

「完全に離れたら、再開する時に大変じゃない?」

「人間の脳はマルチタスクはできないのよ。休憩前の作業を中途半端に覚えていると、休憩も中途半端になる。一度失った集中力を取り戻すには時間がかかる。それなら、しっかり休憩して、集中力を高めて一気に集中状態に持っていくのが大事よ」

 一度休憩するとどうしても集中力の低下は免れない。いっそのこと休憩だと割り切って、次に備える方が健全である。

「分かった。明日の休憩からは、勉強のことは一切考えない!」

「桔梗の場合、授業中も勉強のこと考えてないでしょ」

「ソ、ソンナコトナイヨ」

「私が言えたことじゃないけどね」

 授業そっちのけで自分のために時間を割いている華薔薇。授業内容が既に頭に入っているから許されるが、授業態度としては最悪だ。

 桔梗は単に授業に身が入っていないので、華薔薇とは別問題である。

「休憩と言えばコーヒーナップは外せない。昼休みの長い休憩の時には、コーヒーを一杯飲んでから、10分から20分の昼寝が最適よ。これで午後の活力が爆上がりよ」

「コーヒーと昼寝がそんなに効果的なんだ。なんで?」

「コーヒーのカフェインが体内に入っても効果を発揮するのに時間がかかるから、昼寝をする前に飲むこと。昼寝をすると脳を疲労させる物質のアデノシンが減るし、カフェインはアデノシンの分泌をブロックしてくれる。そんなこんなしてると、脳にカフェインが辿り着いて、脳の疲労が取れて、すっきり起きれる」

 コーヒーナップの注意点がいくつかある。

 まずコーヒーは一気に飲むこと。チビチビ飲んでいると覚醒作用が間延びしてしまう。

 コーヒーを飲んだら、すぐに寝ること。この際、眠れなくても気にしない。目を閉じているだけでも効果がある。

 20分以上は寝ないこと。深い眠りに入ってしまい、すっきり起きれなくなる。また、夜に眠る際に眠れなくなる。

 これらに気をつけてコーヒーナップを実践すると午後もバリバリ働ける。

「すけーなコーヒーって。カフェインが眠気を飛ばしてくれるのは俺でも知ってたけど、脳の疲労を取り除いてくれる。最強の飲み物だな」

「そうね、コーヒーには血管を若返らせたり、朝に飲むと記憶力を上げたりしてくれる」

「おお、俺も明日からコーヒー飲も」

 コーヒーを飲み過ぎるとカフェインに耐性ができてしまうので、定期的にカフェインを絶たないと効果が薄れる。

 飲みすぎには注意したい。


「2014年に面白い論文が発表された。8年以上のインターネットの検索情報を分析した。すると面白い事実が判明した。それはダイエットという単語が増える時期が炙り出された。桔梗はいつか、分かる?」

「ダイエットをしたいのは、体を見せる機会が多くなる夏だ。いや、待ってくれ、夏にダイエットしてたら遅いから夏のちょっと前だ。どうだ、俺の推理は!」

 桔梗の理屈は筋が通っている。肌の露出が増える夏にだらしない体を見せたい人は少ない。

「いい推理だけど、不正解よ。正解は元日、つまり1月1日ね。実に、普通の日より84%も多く検索されていた。これは新年の目標にダイエットを掲げる人が、それだけ多いという証拠でもある」

「ああ、新年の目標か。俺も毎年立てるけど、いっつも挫折するんだよ」

「桔梗の目標が失敗するのはどうでもいいけど、元日や毎月の1日、週明け、祝日に物事を始めると続きやすい傾向があるの。だから、いつ始めたらいいか迷ったら週明けや、1日を選択しなさい」

 新鮮な気持ちでスタートを切ると目標に向かってポジティブになれる。そのため、最初の方で失敗しても最終的な達成率は上がる。

「でも、そう都合よく始められないだろ。1日は1回しかないし、週明けも1ヶ月で4回だろ。タイミングにこだわってチャンスを逃したら意味なくない?」

「個人的に大切にしている日を設定しても大丈夫よ。自分の誕生日でも家族の誕生日でもオッケー。それこそ、今日は大切な日だ、と自分に言い聞かせても効果はある」

 本人が新しい日、と思えることが大事なので、実際に週明けや1日である必要はない。

「それなら、結構な日付がありそうだし。思い込みでオッケーなら、毎日オッケーみたいなものだな」

「もしくは環境を変えることでも得られる。普段勉強している図書館から、カフェに移動するだけでも効果ありよ」

 いつでも、どこでも、目標は初めていい。大事なのは、始めた日を大切に思うこと。

「思い込みを抜いたら、実際どれくらいの日付があるんだ?」

「そうね、まずは月初めが12日、週明けの月曜日が52日、春夏秋冬の始まりが4日、建国記念日が1日、自分の誕生日が1日、大事な人の誕生日が1日、転校・転職した日が1日、学校の始業式や卒業式が4日、大型連休明けが2日、くらいかしら。すぐに思い浮かぶのは」

 恋人がいるなら初デートの記念日、夫婦なら結婚記念日、ペットがいるならペットの誕生日や迎え入れた日、社会人なら給料日なども何かを始めるのに向いている。

「意外と多いな。逆に多すぎて選べなくなりそうだよ」

「あらそう。そんな桔梗に朗報よ、地元の祭りの開催日も目標を始めるのに向いている」

「ただでさえ多いのに追加するなよ。俺の頭はパンク寸前だ」

 華薔薇の追撃に桔梗は瀕死になる。

「人間の頭は情報をいくら詰め込んでも爆発しないわ、安心しなさい」

「そういう意味じゃねぇ!」

「ふふっ」

 頭を抱える桔梗を見て、華薔薇は意地悪くほくそ笑む。追い詰めるためなら何でもする、本当に意地の悪い華薔薇である。

「始めるタイミングで有利不利があるのは知っているかしら?」

「何それ? 先にパフォーマンスするか、後にパフォーマンスするかみたいな話?」

「そうよ。たとえば投票、用紙に立候補者の名前の一覧がある場合、最初に書かれている人が好まれる。だから当選確率もアップする」

 立候補者の一覧が出るなら、選挙活動も大事だが、一覧の先頭に記載されるのも大事だ。

「ライバルが少ない状況、大体5人以下の場合、最初にパフォーマンスなりプレゼンすると有利になる。これは初頭効果を利用している」

 人は複数の情報に触れた場合、後からの情報より先の情報が印象に残りやすい。

「なるほどなぁ。5人以下なら積極的にアピールして一番を勝ち取ればいいのか。ややこしいな、一番目を獲得して、優勝を勝ち取るんだな」

 桔梗は自分で言った言葉でこんがらがる。華薔薇は呆れた視線を送る。

「逆にライバルが多い状況だと、後の方が有利になる。1500人を越える若手アイドルのパフォーマンスを研究したデータによると、最後に歌を披露した歌手の90%が次の審査に進んだそうよ」

「マジかよ。年に1回開催されるお笑いコンテストは最後に出た方が得なんだ。メモしとかないと」

 あくまでライバルが多い状況で有利になる。審査が進んで、ライバルが減ると後の方が不利になる。なので、人数を見極めて先に出るか、後に出るか決めたい。

「不確かな状況の場合も後の方が有利よ」

「不確かな状況って何?」

「明確な基準がない場合ね。たとえば就職試験で面接官は優秀な人を雇いたいけど、これと言って特別な能力を求めていない場合。後になればなるほど、面接官も受験者も基準が明確になるから、少し有利になる」

 タイミングによる有利不利は後押しのテクニック。能力が突出した人がいるなら覆せない。

 あくまで実力が拮抗している場合に、選ばれやすくなる。明らかに能力が足りてないなら、選ばれない。能力が突出しているなら、少し不利は簡単に覆せる。

 タイミングに頼っていては足を掬われる。

「というわけで、今回の雑談はこんな感じね」

「おう、今日もありがとな。人間のポテンシャルには波がある。ちゃんと覚えてるぞ」

「他には?」

 華薔薇は桔梗が雑談の内容を覚えているかチェックする。

「午後はアイデアが閃きやすくなる」

「悪くない。他には?」

「朝に運動すると痩せる。夕方だと筋肉がつく」

「いい感じね。他には?」

「成績を上げたければ休憩せよ。昼休みにコーヒーを飲んで昼寝するとやる気が爆上がり」

「まだまだある筈よ。他には?」

「新しいことを始めるには日付が大事。元日や毎月の1日だな」

「さあ、ラストよ。他には?」

「タイミングで有利と不利がある。ライバルが少ないと先がよくて、ライバルが多いと後がいい」

「よくできました。及第点ね」

「厳しくない! 俺、頑張って覚えてんだよ!」

 妥協しては成長は見込めない。

 華薔薇が桔梗に厳しい判定を下した所で本日の雑談部の活動は終了である。

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