第33話 時間がたくさんある人、時間が足りない人[時間とお金と幸せ]

「本日のお悩み相談はポプラさんからです。『時間が、足りなぁぁぁいっ!』と魂の叫びです。続きがあって『もっと、時間を寄越せぇぇぇっ!』です。もしかして、やべー奴を引っかけたっぽい」

 ある日の放課後。

 桔梗は毎度のごとく雑談部の部室で華薔薇に悩み相談を持ちかける。

「やべー奴とは縁を切りなさい。それこそ時間の無駄。何も得るものがない人と関わるなんて愚の骨頂」

 やべー奴とは得てしてストレスの原因になる。時間も無駄にして、さらにストレスも与えてくるような人とは直ちに縁を切るのがベストだ。

「そうだよな。俺もナイフをぶんぶん振り回すような奴とは流石に友達になれねぇよ」

「…………どんな人よ」

 華薔薇はナイフをぶんぶん振り回すような相手を一瞬足りとも友達になりたいとは思わない。その点、桔梗は偏見なく話しかけることができる。

「誰とでも仲良くなれる可能性があるのは長所だけど、ある程度は選びなさいよ」

「いやいや、俺も誰彼構わず友達になるわけじゃないから。ポプラにだっていい所はあるんだそ。……………………多分」

 ぼそっと付け足された言葉がなければ華薔薇も少しは見直した。余計な一言が全てを台無しにした。これこそが桔梗クオリティだ。

「俺の交友関係は今回は関係ないんだよ。時間が足りないって話だよ。なんとかならないか、華薔薇」

「なんとかって何よ。私はいつだって誰かの悩み相談を解決したことなんてない。するのは雑談だけよ」

「と、言いつつ時間不足を解消する雑談をする華薔薇だった」

「そこ、変なナレーションを入れない」

 ツッコミを入れる華薔薇だが、桔梗の言葉に間違いはない。時間に関する雑談を始める。


「まず始めに理解してもらいたいのが、時間が足りない人は大抵お金を優先しているのよ。お金と時間はトレードオフの関係だから、時間が足りないならお金を諦めるしかない」

「へぇ、時間とお金は両方同時に手に入れられないんだ」

 人は常にお金か時間かの選択を迫られる。大抵の人は時間を大切には扱わない。故に時間が足りなくなる。

「時間は貴重なのに、時間を貴重だと思えないとストレスが溜まってしまう。ストレスが多いと集中力も落ちるし、時間の感覚も狂う。簡単にこなせるタスクが終わらないから時間が足りなくなる」

「なら、お金を捨てて時間を優先したら解決する?」

「そうよ。結論を述べるなら、お金より時間を大切にしなさい。以上」

 時間に追われたくないなら、することは一つのみ、時間を大切にすること。

「あれ? 結論出ちゃった?」

「結論も出たことだし、今日の活動は終わりでいいわね。さようなら桔梗」

「バイバイ華……って待って待って。まだ全然解決してないよ。時間を大切にしましょう、はい分かりました、とはならないよ。もっと詳しく説明してくれ」

 帰る気満々の華薔薇は桔梗が呼び止めていなかったら、確実に帰宅していた。たまには雑談を放り出したい気分の日もある。

「はぁ、仕方ないわね。では、もう少し雑談しましょう。タイムイズマネー、この言葉を桔梗は聞いたことがあるかしら?」

「ああ、それなら知ってる。時は金なり、だろ」

「その通り。時間はお金と同じように貴重だから大切にしよう、という意味だけど、これではお金が主役になっている。だから、マネーイズタイム、金は時なり。時間を主役にして覚えなさい」

 時は金なり、お金も時間も大切にしようという言葉。お金も時間も大切だが、正解はお金より時間を大切にすること。

 お金より時間を大切にすると、幸福感が増す、社会との繋がりが増える、人間関係に満足する、仕事の満足度が上がるなどのメリットがある。

 もちろん時間が足りないという感覚からもおさらばできる。

「金は時なりだな。よっしゃ覚えた。お金より時間を大切にする」

「ちなみに時間が足りないと思っている人はアメリカの調査だと、実に80%以上よ。時間不足の人は幸福度が低く、生産性が低く、ストレスが多い。運動もしないし、不健康な食事も多い、さらには心血管疾患にもなりやすいから、いいことが一つもない」

 アメリカでは時間不足の人たちのために毎年1900億ドルの医療費を払っている。生産性が落ちた従業員は毎年4500億ドルから5500億ドル相当の損失に値する。

 正に百害あって一利なしである。

「全然いいことないじゃん。マジで時間大切にしよ」

「時間を大切にすると決意するのは大変素晴らしい。でも決意だけではどうにもならない」

 桔梗の決意は素晴らしいが、具体的な行動が伴わないと意味がない。決意だけで時間不足が解消できるなら、誰も苦労しない。

「まずは何をしたらいい。俺も時間に余裕のある生活を送りたいぜ」

「まずは気づくことよ。私たちの日常には時間を奪う様々な罠が仕掛けられている。何にどれだけ時間を使っているか知ることが大事」

 料理と同じで、作りたいメニューが決まっていても素材が分からなければどうにもならない。買い出しをする前に素材のリストアップは必須だ。

「私たちの生活はスマホやパソコン、タブレット、その他のテクノロジーのおかげで便利になった。しかし同時に時間を奪うものでもある」

 現代人はテクノロジーの進歩のおかげで労働時間が減り、余暇の時間が増えている。それでも時間が足りないと主張する人はたくさんいる。

「メールやSNSの確認一つ一つは大して時間を奪わない。精々30秒から60秒くらい。でも、休日の時間は確実に奪われる。一度余計なことを考えたら、脳はその事が気になってしょうがない。解決するまで、頭の片隅に蔓延るでしょう」

 一つ一つが短いから軽視しがちだが、一日のトータルで見ると休日の一割を

消費することもある。

「一度メモを取ったらいかに自分が細かいことに気を取られているか確認できる」

「分かるわー、授業中にスマホが着信すると気が気じゃない。授業もろくすっぽ入ってこない」

「桔梗はスマホの着信がなくても、授業に身が入っていないでしょ。スマホのせいにしないこと」

「……うっ、はい、これからは頑張ります」

 一度集中が途切れると元の集中力に戻るまで時間を要する。何かをすると決めたら邪魔が入らない環境を構築するのが肝心だ。

 最低限スマホの通知が鳴らないようにしたい。


「お金では幸せは買えない、ことも覚えておきなさい。古今東西お金があれば幸せになると教育するけれど、お金はいくらあっても幸せにはしてくれない」

「そんなことはないだろ。お金があったら美味しいものを食べれるし、好きなことだってできる」

「世界のお金持ちに「申し分なく幸せ」になるにはいくら必要か聞いた調査によると、回答者の4分の3がもっと必要と答えたのよ。どんなお金持ちもお金を追求する限り幸せにはほど遠い」

 お金では幸せは買えない。

 お金は不幸や悲しさを打ち消す効力があるのは確認されているが、幸せには大きく寄与しない。

 年収における幸福度は700万円から800万円で頭打ちになり、それ以上になってもほぼ横ばい、もしくは下がる。

 お金持ちだから幸せとは限らない。

「お金は大切だけど、執着しないことね。お金を稼ぐことに終わりはない。時間だけが過ぎていく」

「確かにな。お金をどれだけ稼いでも死んだら元も子もないな。天国にも地獄にも持っていけない」

 死ぬまでお金を稼ぎ続ける人生か、暮らすには十分の金額を稼いで楽しい人生を送るか、二つに一つだ。

「時間の過小評価も問題よ。たとえば徒歩10分のスーパーではお肉が1000円で売っていて、徒歩30分のスーパーでは値引きされて900円だとする。桔梗はどっちのスーパーで買うかしら? もちろんお肉は味や種類、量は同じよ」

「そりゃ、安い方がいいだろ」

 桔梗は深く考えることなく、直感で安い方を答える。

「それが時間の過小評価よ。お金を意識するあまり、時間的なコストを計算してない。20分という時間は高校生のアルバイトでも余裕で100円以上稼げる。時給が1000円なら20分は333円ね。近くのスーパーで買った方がお得ね」

 実際は近くのスーパーでお肉を買って20分のアルバイトをするのは難しい。

 この考え方を持っていないと、往々にして損な行動をするのが人間だ。

 旅行の際、値段が安いからと飛行機ではなく深夜バスを利用する。深夜バスの普段とは違う環境に熟睡できず、寝不足のまま旅行しようものなら楽しさは半減である。

 寝不足では判断能力も落ちるので、旅行のテンションと合わせて余計な物をら買うこともある。結果的に高くついてしまう。

 お金を浮かせる代わりに何を失うのか考える必要がある。

「近くのスーパーで買って、余った時間で何ができるか。時間以上の何かを失っていないか振り返りなさい」

「はーい。子供の頃、ゲームが安く買える店まで自転車を漕いだけど、店が遠くて帰ってきた時にはヘトヘト。ゲームをやる体力がなくなってた。近くの店で買ってたら、すぐにゲームもできた。ゲームのキャラはモンスターと戦って、俺は疲労と戦ってたのを思い出したよ。上手いこと言ったぜ」

「…………そう」

 別段上手いと思わない華薔薇だった。

 浮いたお金で何をするかではなく、浮いた時間で何をするかが大事だ。100円200円の節約のために走り回るより、浮いた30分の時間で1000円2000円稼げば、結果的にお得だ。

「いつも華薔薇が時間が大切って語る理由をちょっとだけ理解したよ」

「時間は有限よ。だから桔梗も時間は大切にしなさい」

 時間は人類に等しく、1日24時間しか与えない。違いがあるのは使い方。効率よく使うか無駄に浪費するかは、その人次第だ。

「時間を大切にしようと思っても、手持ち無沙汰になると途端に無駄なことに時間を浪費する。人間は暇を看過できないの」

「どういうこと? 時間が余ったらリラックスしたらいいじゃん」

「それができないのが人間よ。こんな実験があるわ、学生を何もすることがない部屋に閉じ込める。最初は大人しくじっとしているのだけど、少ししたら歩き回ったりする。さらに電気の流れるペン、いわゆる罰ゲームで使うペンを取ったりして遊ぶようになる。暇をもてあそぶくらいならゆっくりするより、苦痛を選ぶのが人間の性質よ」

 大半の人間は何もしないでいることを考えると腹が立つ。

「急に時間ができると、人はどうでもいいことに使ってしまう。余った時間を有意義に使うには、あらかじめ決めてないといけない」

 待ち合わせの時刻より10分早く着いても、人は有意義なことに時間を使えない。適当にメールかSNSをチェックするのだ。資格の勉強のために単語の確認をしたり、新たな知識を手に入れるために読書をすることはない。

 短い時間にやるべきことをやっていれば、後々に大きな時間にまとまって返ってくる。

「あるなー、5分とか10分だと、「まっ、いっか」って思っちゃうよな。そっか、それが積み重なって時間が足りなくなるのか」

「5分の時はこれ、10分の時はこれ、と最初に決めていたら、迷う時間もなくなる。時間があってもあれをしようか、これをしようかと迷っている時間は無駄。小さな無駄の積み重ねが大きな時間不足に繋がる」

 5分あったら予定の確認や用事のリストアップ、10分あったらメールの返信や日記を書く、30分あったら読書や散歩と先にきめておけば、手持ち無沙汰をなくせる。

「後は、人間は未来の時間を楽観的に考えてしまう。一週間後、一ヶ月後は暇だと勝手に思い込む。今は忙しいけど、一週間後は時間があるばずだ、なんて思ってしまう。今忙しい人は来週も来月も忙しいことに変わりない」

 まだ時間があるから来週にしよう、今日は忙しいから来週お茶しよう、未来の方が時間が余っていると誤ってしまい、時間が永遠に足りなくなる。

「桔梗も変な頼み事を受けて、予定が詰まっているなんてことはないわよね?」

「うぐっ、明日も明後日も悩み相談が入ってたり……」

「はぁ……」

 今の忙しさを乗りきれば達成感や充実感を得られると期待するが、根本的に時間に対する認識を改めないと絶えず忙しさに振り回される。

 忙しければ、達成したい目標も思うように達成できない。

「世界にはあの手この手で時間を奪うツールや人間がいる。とにかく時間が何に奪われているか知ることが、時間を上手く使う第一歩よ」

「要らない時間が分からないと捨てようにも捨てられないんだな」

 ゴミをゴミと認識しないとゴミは捨てられない。

 100分で終わる作業を90分で終わらせるより、ダラダラしていて何の益もない30分を捨てる方が時間は確保しやすい。

「時間は計画的に使わないと、あっという間に過ぎちゃう。時間をコントロールできれば時間不足に悩まされないし、幸福度も高くなる」

 時間が足りない人は何故か多くのことを引き受ける傾向がある。簡単に達成できるタスクをこなすことで、時間のコントロール感覚を得ようとしている。

 しかし、この感覚は偽物である。

 偽物に騙されていてはいつまで経っても時間不足は解消されない。

 ダイエットをしている人が太ったから、追加でスイーツを食べるようなもの。太る行動を重ねても痩せることは決してない。

 誰から見てもバカな考えなのは一目瞭然だが、時間においてはこのロジックがまかり通っている。気を付けないとすぐに負のループに突入する。


「さて、自分が何に時間を無駄に使っているか分かったら、次にすることは時間を有効に使うための計画を立てる」

「知ってるだけじゃ行動できない。具体的な戦略が必要になるわけだ」

 時間を有効に使う意識だけでは足りない。習慣の始めとしては好ましいが、実際に有効に使えているかの判定は難しい。

 何度も計算して決定を下していては、時間の無駄になる。決定を自動化する戦略が必要になる。

「桔梗は、自分がお金を重視しているか、時間を重視しているか考えたことはある? 戦略を立てるにはまず自分の立ち位置を確認しないと、進むものも進まない」

「俺か、そうだな。俺は時間の方が大事と言いたいけど、お金の方が大事だな。でも、何がなんでもお金かって言われたら違うぞ」

「お金が全てと言う人は少ない、もちろん時間こそが全てと言う人も同様。私たちは0か100かでは語れない。お金はほどほど、時間はたくさん欲しい人もいれば、暇するくらいなら働いてお金を稼ぎたい人もいる。お金が70、時間が30の人もいれば、お金が40、時間が60の人もいる。多種多様よ」

 時間とお金の合間にいることは決しておかしくはない。むしろ中途半端な位置にいる人が大半だ。

 絶対にお金、絶対に時間と言い切れる人は極々少数である。

「どんなにお金を大切にしている人でも、少し時間を大切にするだけで恩恵は受けれる」

「そりゃいいや。俺も恩恵を受けたい」

 時間優先の考えを持つだけで時間不足が解消され、時間に対する認識が変わる。デメリットもないので時間を大切にして損はない。

「恩恵を受けるにはどうしたらいいか。この答えは、やはり記録をつけることね。どんな行動をしたのかだけでなく、どう感じていたかを記すことが大切」

「行動はあれだろ、10時にゲームした、11時にテレビを見たとかだろ。でも、感じたことを書けってなんでさ?」

「どうしてかと言うと、人生の意義を考えるのに必要だからよ。望ましいか望ましくないか、生産的だったか非生産的だったか。これらがあると、見返した時に有益な行動と無駄な行動が一目瞭然よ」

 楽しい活動なら今後増やし、ストレスの溜まることなら減らす。仕事や授業のような回避するのが難しいものは、愉快なものに変換できないか検討する。

「9時にテレビを見た、楽しかったみたいな?」

「楽しいのは喜ばしいけど、それは人生に意義があるの? 確かにテレビや動画サイトは楽しいし面白い。それが今後の人生を有意義にしてくれるかは、考えた方がいい」

 将来の目標があるのにテレビにうつつを抜かせば、目標が遠退く。テレビを見るより、目標達成のための努力の方が有意義だ。

 決してテレビを見るな、とは言わない。時には息抜きも必要だ。大事なのはバランス。リラックスが30分で十分なのに、ついつい1時間動画に費やしたら時間の無駄だ。

「記録をつけたら時間を見つけるのに使える。案外こんなことに時間を使ってたのかと気づくわよ。テレビや動画を見ている時間は思っているよりも多いし、SNSをチェックしている時間も多い。そして食事の時間が短いことも気づくでしょう」

 振り返ってみるとどうでもいいことに時間を割いていることが分かる。逆に家族との時間や運動、読書の時間は僅かしかない。

 意義のあることに時間を使えば幸福度は勝手に高まる。

 誰かを助けることも時間不足の解消に役立つ。自分の時間を分け与える選択をすると時間のコントロール感が増す。さらに助ける余裕があると脳が勘違いしてくれるので、時間に追われる感覚がなくなる。ストレスがなくなるので、集中力がアップする。

「時間が欲しいなら時間に積極的に投資することね」

「時間に投資? 時間って買えるの?」

「買えるわ。今の時代、面倒なことはお金を払えばやってくれるサービスがある。掃除、洗濯、料理は家事の代行サービスで、快適な通勤通学がしたいならタクシーを、宿題を代行してくれるサービスもあるわよ」

「宿題を代わりにやってくれるの、最高じゃん!」

 大抵のことはお金があれば代わりにやってもらえる。買い物、育児、営業、退職、読書感想文、自由研究、幹事、カメラマン、彼氏、彼女、家族、行列並び、等。

 代行サービスは幅広く取り扱っている。

「ただし、何でもかんでも任せちゃダメよ。任せすぎたら管理するのが大変になる」

 代行サービスを頼みすぎて管理する手間が増えたら本末転倒。

「それに何を任せたいか理解すること」

「それは手間がかかるやつじゃないの?」

「あながち間違いじゃないわ。食事の配達サービスより、食材とレシピのセットを定期的に受けるサービスが好まれたりする。何でかと言うと買い物は嫌いでも料理が好きだからよ。重い荷物を持つのは大変だから配達に任せる、料理を作るのは好きだから完成品の宅配は任せない」

 任せるのはあくまで嫌いなものや面倒なこと。好きなことを頼んで楽しみを減らしてはいけない。

「時間に投資すれば、かけたお金以上のものを得られる。さっきも話した安いものを買うために遠くの店に行くのと一緒。かけたお金以上のものを得られるなら、代行サービスはオススメよ」

 宿題が面倒だからと代行サービスを頼んでいては成長に繋がらない。確かに時間は得られるが、将来を失う。よっぽど勉強以外の才能がないと、就職に苦労する。給料が低い会社で働く羽目になるので、代行サービスは慎重に選びたい。

「そうそう、最安値を見つけるための時間は、節約できるお金より大きい。買い物する際は比較しないことね」

「えっ、そうなの。俺、いつもあっちこっちのサイトを見てたよ。一円でも安いのがないか探してたのに、無駄だったのか」

「精々、一括で比較してくれるサイトの上位を見るだけで十分。後はポイントがつくかどうかくらいね」

 何時間もかけても得られる金額は少ない。

 金額の比較以外にも、機能の比較も大しも意味はない。テレビを買うにしても値段とサイズを決めたら、後はオススメを買うくらいでいい。性能に大きな違いはないので、迷う時間は無駄である。

 もちろん家電が好きで迷う時間が楽しい人は別だ。

「時間を有効活用するのも大事だけど、時間の捉え方も大事よ。ある調査では週末をバカンスとして扱うだけで、捉え方が変わって自由を楽しむ度合いが増えたのよ」

「つまり、思い込みで楽しめたってことだ」

「そうよ。これは嫌なことにも応用できる。たとえば勉強嫌いな桔梗なら、勉強を将来お金持ちになるための時間と認識を変えれば、勉強の苦痛も減る。むしろ勉強が楽しくなる」

 時間が貴重であると認識できれば、何てことない日常から幸せを得られる。

「ストレスが減れば脳機能を高い水準に維持できる。作業や勉強が捗るから、時間も余るでしょう」

「すげーな。嫌なことはなくなるし、時間は生まれるしで、一石二鳥だな。勉強はお金持ちになるための準備だな。よし覚えた、俺は今から勉強をするんじゃない、お金持ちになるために授業を受ける」

 目標があれば人は前に進める。やる気も上がるので今後の桔梗に期待したい。


「無駄な時間を把握して、時間を有効活用する術を手に入れても人は容易く時間を浪費する」

「なんてこった。ああっ、人は時間に対して無力過ぎる」

 桔梗が頭を抱えて大袈裟に嘆く。

 時間は一度過ぎ去ったら取り戻せない。桔梗の態度も的外れではない。これくらい大事で捉えられたら、時間の大切さを認識するだろう。

「そこで、もう少し踏み込んだ対策を雑談しましょう」

「おおっ、待ってました」

 調子のいい桔梗を無視して華薔薇は続きを話す。

「ついつい時間を無駄にする悪習慣をしていたら、「なぜ、これをしているのか?」と自分に問いかけなさい。心の中で思うだけで済ませず、口に出して言うこと」

「一度見た動画をもう一度見直すみたいなのは特に理由とかないしな」

「くだらないこと、つまらないことなら即座に止める。そして事前に決めた有意義なことに時間を割きましょう」

 動画を見ている瞬間、ゲームをしている瞬間、お菓子を食べている瞬間は間違いなく幸せだ。その幸せは未来に渡って継続しない。むしろ、なんであの時やめなかったのだろうと後悔する。

 だからこそ自主的に問いかける。心の奥底では気づいている時間の無駄遣いを止めてくれるだろう。

「時間を有意義に使うようになるとそればっかりに執着して、スケジュールを埋め尽くすようになる。でも、これはダメ。予定は必ずゆとりを持たせること」

「スケジュール埋まってた方がよくない。活動しない時間は無駄じゃないの?」

「時間を無駄にしたくない思いから、スケジュールをギチギチにすると、楽しめなくなる。義務感が出てきて、むしろストレスが増えるのよ。人間の体はずっと動き続けるようにはできてない。休息は大事」

 予定が詰まっていると、次の予定が気になって仕方ない。友達とお茶している時、次にジムの予定があれば、移動時間は大丈夫か、忘れ物はないか気になってしまう。

 未来のことを気にかけて、目の前の時間を疎かにしてはならない。

「だから予定は詰め込まない。むしろ、予定に休憩する時間を組み込むこと」

「余裕を持って行動しましょう、ってことだ。次の予定があるとゲームも楽しめないんだよ。時間とか、荷物とか、服とか気になって、結局クエストを途中で投げ出すんだよ」

 予定を詰め込みずると一つのアクシデントで予定が狂う。予定通りに行動できないとストレスになる。

 予定に支配されてストレス過多になれば、時間を効率よく使えてる気になる。

 決して時間の奴隷になってはいけない。

「時間を使う際、意図を持つことも重要よ」

「意図? するってーと、雑談部で雑談するなら、新しい知識を一つはゲットするみたいな?」

「いいと思う。意図があれば、時間を自分の望ましい形で使えるようになる。雑談するにしても、ただ楽しい時間を過ごすより、雑談でうろ覚えの知識のピックアップをすることもできる」

 本を読むにしても、次の飲み会で話すネタにする意図があれば、読み方も変わる。意図があれば、これを話そう、あれを覚えようと行動が明確になる。

 有意義に時間を使うことにプラスして、有意義な活動になる。

「うろ覚えの知識って何? 華薔薇は雑談部で何をしているのさ?」

「私は桔梗に話すことで知識の定着化を進めている。同時にあやふやな知識の洗い出しもしているのよ」

「なんで、雑談が知識の定着化と洗い出しに繋がるの?」

「知識を記憶に残すにはアウトプットが一番。つまり、私が桔梗と雑談することで知識のアウトプットをしている。さらに答えられない雑談があったら、それは知識があやふやか、元から知識がないかの二択。思い出せなかった知識と知らない知識を後から書き出して、今後覚える知識の参考にしているのよ」

「へぇ、華薔薇は雑談部でそんなことをしていたのか。…………あれ、俺ってもしかして、知らない内に利用されてる?」

 雑談部は面白おかしくお喋りする場所。そこに利用する利用されるは関係ない。

 それに桔梗は華薔薇の知識を頼りにしている。華薔薇が桔梗を利用していても文句は言えない。

「アメとムチでやる気をブーストさせるのもありよ。一週間の記録をつけて、時間を有効に使えていたら、ご褒美を自分にあげる。金銭的に価値のないものでも、自分の努力で勝ち取ったものは嬉しいのよ」

「ご褒美いいな。時間も有効に使って、さらにご褒美がある。プラスにプラスを重ねたら超ハッピーじゃん」

 ご褒美の内容は自分が嬉しくなるならなんでも構わない。30分長く寝る、ゲームをする、豪華な食事を摂る等だ。

 ただしご褒美の内容が毎回同じだと飽きてしまう。友達にご褒美の内容を決めてもらったり、コインを投げて表なら短く裏なら長く等のバリエーションもご褒美の効果を上げてくれる。

「特にご褒美でやる気を上げたいなら、先にご褒美を得ることね。そして、目標を達成できなかったら取り上げるの。一度手にしたものを取り上げられるのは辛い。人間は得ることより失うことの方が影響が大きい」

 一万円を拾う幸福と一万円を失う不幸は残念ながら収支は差し引きゼロにはならない。マイナスの方の絶対値が必ず大きい。

「一度貰ったものを間違いでしたって取り上げられたら滅茶苦茶悲しい。見てるだけだと、そんなでもないのにな」

 人は一度所有したものについて価値を高くする。見ているだけだと、値段以上の価値は感じないが、一度手にするとこれはいいものだ、と思い込む。

「アメとムチを設定する場合はまず自分にご褒美を贈ることね。そして、目標が達成できなかったら、強制的に徴収する仕組みにする。これでやる気は爆上がりよ」

「恐ろしいけど、効果は抜群だろうな。欲しかったものを手に入れて捨てられるかって聞かれても答えは絶対ノーだろ」

「だからこそ、やる価値があるのよ。ともかく、時間が大切だと桔梗の頭でも理解したでしょ」

「したした。……って俺の頭でもって何だよ!? 俺ってそんなに頭悪いかな」

 華薔薇のからかいを真に受けて頭を悩ます桔梗。

 雑談部は面白おかしくお喋りする場所。面白おかしければ何でもいいのだ。少なくとも華薔薇の心の中では。

「時間に関する雑談をまとめると、お金より時間を優先すると幸せになれる。自分が何に時間を浪費しているか知ること。無駄な時間を他の有意義な時間にすること。時間の価値について考えること。予定はギチギチに詰めないこと。効率を求めすぎないこと。アメとムチを使いこなすこと」

「とりあえず、時間は大事だって思って生きていくよ」

「最初はそのくらいでいいでしょう。何でもかんでも欲張るのはよくない。一歩一歩着実にね」

 人の習慣はいきなり大きくは変えられない。少しずつ変えていくことで、最終的に大きな変貌を遂げる。

 人生は焦って失敗するより、確実に成功する道が正解だ。

 雑談を終えた華薔薇は次の予定のため、悠々と支度を始める。たとえ雑談部が長引いても余裕を持って移行できるように、予定に空白が入っている。

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