第31話 物で溢れさせないための物を捨てる基準

「おっす、おら桔梗。今日はトウモロコシさんからお悩みを頂いているぜ、『物が溢れて仕方ありません。捨てたい思いはあるのですが、中々捨てられません。どうしたら捨てれますか?』だ。いつの間にか物で溜まって、溢れちゃうぜベイベ」

 ある日の放課後。

 雑談部では桔梗が陽気に華薔薇に相談を持ちかけていた。

「なんなの、その気持ち悪い喋り方。ここは雑談部、面白おかしくお喋りする場所。決して陽気な喋りでご機嫌を取る場所じゃないぜ」

 華薔薇も若干合わせているが、好ましくは思っていない。

「たまには趣向を凝らしてみたんだが、華薔薇はお気に召さなかったみたいだ」

 毎回同じ入りでは桔梗も飽きる。たまには違う喋りをしたい気分になる。ただ華薔薇には不評のため即刻取り止める。

「物を捨てたいなら、片付け業者に頼みなさい。お金さえ払えば仕事してくれるわよ」

「いや、そうなんだけど。トウモロコシさんの悩みはゴミ屋敷レベルまで酷くないぞ」

「なら、要らない物を捨てなさい。これで解決ね」

「それができたら苦労しねぇって」

 世間で断捨離やミニマリストが持て囃されるのは、それだけ物を捨てるのが難しいからだ。放っておくと物は増え、定期的な大掃除が必要になる。

 普段から物を溜め込まないのが肝心だが、わかっていてもできないのが人間である。

「言いたいことはわかるよ。俺だって普段から要らない物を捨ててたら、年末に大掃除しなくていいってわかる。でもさ、ついつい後回しにしちゃうし、後から必要になるかもって思っちゃうんだよ」

「私には関係ないことよ。桔梗がゴミ屋敷に住もうが、汚部屋で生活してようが、雑談部には何ら関わりない」

「俺の家も部屋もそんな汚くねぇよ。勝手に片付けできないレッテルを貼るのは止めろ」

 桔梗の部屋は男子高校生としては至って普通。整理整頓されているかと言えばノーだが、汚いかと問われてもノーだ。

 おもちゃやゲーム、スマホの周辺機器、雑誌に洋服などが溢れているが、足の踏み場もないような無頓着な生活はしていない。机の上には全然読まない教科書も鎮座している。

「残念ながら、自分の常識と世間の常識には乖離がある。桔梗の部屋は世間的には汚いと思うわよ」

「なんで、そうなる。華薔薇だって俺の部屋は見たことないだろ」

「部屋を見なくても今の桔梗を見れば類推はできる。皺の寄った制服、鞄の扱い、爪の手入れ、はみ出たシャツ、今見ただけでも雑な部分がたくさん目につく。綺麗好きなら、そんな隙は見せない」

「うっ」

 桔梗も男子高校生として身嗜みに気を使っている。それは顔であったり、髪の毛であったりで、持ち物の細かい部分までは網羅していない。

「それに何より、片付けのルールを知らない人が片付けできる理屈もない」

「片付けのルール?」

「捨てる基準と言い換えてもいいでしょう。明確に基準があると物を捨てるのも簡単よ。物で溢れることもない」

 物が捨てれないのは曖昧な感覚に頼っているからだ。明確な線引きがあるとラインを越えた時点で捨てれるようになる。

「捨てる基準? 何それ、面白そう。教えてください華薔薇様」

「はぁ、仕方ないわね。それじゃあ、今日の雑談テーマは捨てる基準についてね」

 こうして雑談部の本日のネタが決まる。


「それでは雑談しましょう。捨てる基準以前に物を溢れさせない必要がある。狩猟採集時代の人間って食うに困る生活を送っていたから、食べれる時に食べる生活をしていた。物も少なかったから、捨てたら二度と手に入らない可能性も高かった。故に捨てられない根性が染み付いたの」

「ふむふむ。現代ならすぐに買い直せるもんな」

 代替品もないので、一度捨てたら困るのが目に見えている。そのため捨てない精神が身についた。

 大昔は物が少なかったので、捨てなくても物が溢れることはなかった。現代では大量に物は生産され、捨てないと溢れてしまう。

 精神面では変化してないのに、生活環境が激変した。この矛盾が物を溢れさせる人類の進化から見た原因だ。

「現代は物が溢れてる、だからとりあえず取って置くのは止めなさい」

「でもさ、いつか使うかもしんないじゃん」

「その『いつか』はいつ来るの? 桔梗には、いつが来た試しがあるの?」

「…………ぐぅ、ないです。結局日の目を見ないまま捨てます」

 デパートの綺麗な紙袋は取っていても使う日は来ない。読み終わった雑誌を取っておいても読み返す日は来ない。

 新しいイヤホンを買って、古い方のイヤホンが使えるから取っておいても新しい方しか使わない。

 中身が微妙なプレゼントを取っておいても忘れ去られて埃を被るだけ。

「とりあえず取って置くは絶対ダメ。使わない物に土地を占領されているのは場所の無駄。とりあえず置いておこうと思ったら即刻捨てなさい。価値があるなら誰かにプレゼントするか、とっとと売り払いなさい」

「いつかは来ない、か。確かにそうだな。よし、昔のゲームは売るか、その金で新しいゲームを買うか」

「それでいいんじゃない。本当に必要なら新しく買い直せばいい」

 余程の物でなければ新たに買い直すのは難しくない。それに日々道具は進化しているので、新しい方が性能もよくなっている。古い物を後生大事に取って置く理由はない。

「仮に新しい物を買い直してもコストは安くつくわよ」

「どういうこと? 新しい買ったらその分お金がかかるじゃん」

「あのね、物を置いておくにもコストがかかっている。それは家賃よ。部屋の一角を占領してるということは、使わない物に家賃を払っているのと一緒。物がなくなれば、狭い部屋でも生活できる。もっと家賃の安い部屋に引っ越しできる」

 仮に10平米の部屋に住んでいて、家賃が5万円なら1平米辺り5000円となる。使わない物が1平米あるなら、使わない物に毎月5000円払っているのと同じ。

 使わない物に家賃を払うくらいなら新しく買い直した方が安上がりだ。

「桔梗も一人暮らしを始めたら家賃の大変さを思い知るでしょう」

「大きい部屋は憧れるけど、狭い部屋で満足できるなら安上がりってことか。頭の片隅に残しておく」

 桔梗もいずれは一人暮らしを始める。大学生となってバイトで家賃を賄うのか、社会人として給料で家賃を払うのかはわからないが、無駄に家賃を払いたいとは思わない。

「他人の便利は私の邪魔。誰かが便利だと断言しても、必ずしも自分も便利だとは限らない。人は一人一人違う生き物、同じ生活もしていない」

「つまり、俺と華薔薇で欲しい物が違うから、俺は華薔薇の意見を参考にしても意味がないってことか」

「その通りね。私が勉強に捗ると言って目が疲れない眼鏡を桔梗にオススメしても無駄ね。桔梗は勉強が捗るならと言って眼鏡を買っても、そもそも勉強しなければ無用の長物」

 一人暮らしの友人がレトルト食品は調理の手間要らすで便利と主張する。確かにと同意して自分も買ったはいいが、料理が好きでレトルト食品の出番がなかった。

 時間がない人、料理が好きではない人にはレトルト食品は便利だ。しかし料理が好きな人にはレトルト食品は味気ない。好きなことを奪う敵である。

 健康面を気にして手料理にこだわっているのならレトルト食品は、やはり敵である。

 普段から外食やコンビニで済ませている人も要注意だ。料理しないからレトルト食品をありがたがるが、普段から外食やコンビニで済ませる習慣は変わらない。

 いつしか家にレトルト食品があることを忘れてしまい放置される。たまに思い出してもレトルト食品なら賞味期限が長いから大丈夫と安心する。気づいた時には賞味期限は切れている。

「誰かにオススメされても、本当に自分に必要か考える必要がある。要らない物を買って、放置してたら一方的に溜まるだけ」

「思い出した。機能がたくさんあって使いやすいって言われてペンを買ったことがあるけど、俺には使いこなせなくて結局机の中に置きっぱなしのペンが残ったままだ」

 知り合いや友達にオススメされたら断りにくい。買う買わないの選択なら自由だが、プレゼントだった場合は余計断りにくい。

「要らない物ははっきりと要らないと言うことね。オススメされた物を買い続けていたらキリがない。見極める目を養うことね」

 テレビをつけたら芸能人が毎日のように商品をオススメしている。あれもこれも買っていては物が溢れる代わりに、お財布が貧しくなる。

 最近ではAIが行動を分析してレコメンドしてくるので、必要かどうかの見極めができないとついつい買ってしまうことになる。

 物を溢れさせないのは捨てることも大事だが、同じくらい要らない物を買わないことも大事だ。

「見極めるって、難しいぞ。どうやって判断するのさ?」

「価値を考えることね。例えば、1万円の商品が割り引きされていたとしましょう。Aは80%オフ、Bは50%オフ。さて、どっちがお得?」

 1万円の商品が80%オフなら2000円、50%オフなら5000円である。

「そりゃ、Aだろ。80%オフなんだから」

「確かに割引率だけ見るとそう思うわね。でも、Aの商品が気にくわなくて売ることにしました。値段は500円でした。対してBの商品は6000円で売れました。これなら、どっちがお得?」

「そうなるとBだろ。1000円儲けてるんだから」

「そうよ。これが価値を考えるということ」

 値段以上の価値がある物を購入すれば損することがない。100万円の車を買って100万円で売れたら、使った分だけ得する。もし、価値がついて100万円以上になれば、上がった分が儲けになる。

 いくら安くても価値がない物にお金を払うことは損しかない。

「常に価値を考えることが価値を見極める最善の訓練よ。値段に惑わされないことね」

「たははぁ。むじぃ」

 価値を見極める目があれば安いだけの商品に騙されない。本当に価値ある物しか買わなくなるので、物は増えない。人生の満足度も高くなる。

 安く買って高く売るのは商売の基本なので、身につけて損のない能力だ。

「価値があるからって飾ってちゃダメ、どんどん使いなさい。お客様用のティーセット、よそ行きの洋服。さっきも言ったようにそんないつかのために取って置くのは場所の無駄遣い。買ったら使う、使わないなら買わない」

「あー、うちにもあるな。お客様用のお菓子とか布団とか。全然使ってるの見たことない」

 読まないのに巻抜けのある漫画が本棚に並んでいるとつい揃えたくなってしまう。そして揃えた後も地獄だ。苦労して集めた物は思いがこもるので簡単には捨てられない。また、全部揃っていると惜しくなるので余計に捨てにくい。

「大事に仕舞ってたろ干からびるのを待つだけ。それくらいなら普段使いした方が有効でしょう」

「ここぞ、ってのは全然来ないよな。食べ物とか賞味期限間近で慌てて食べ出すんだよ。捨てるのはもったいないから」

「服も一緒ね。シーズン前に一目惚れして購入するはいいものの、思い入れが強すぎて普段使いにしない。するとあっという間に季節は過ぎて着れなくなる。来季を待っても流行遅れ」

 流行遅れの服は着なくなり、クローゼットに溜まっていく。まだ着れると思うともったいなくて捨てれなくなる。

 服を購入するのに計画性がない人はシーズン毎に新しい服を購入するので、古い服は省みられない。結果、着ない服だけが溜まっていく。

「使わずに捨てるより、使って捨てる方がいいのは一目瞭然ね」

「それもそうだ。使われない方が可哀想だよな。俺ももっと使うようにするぞ」

 購入したのに一度も使わず捨てるのはお金も無駄だし、環境にも悪い。使う必要のない物を無理矢理使う必要はないが、使える物は積極的に使いたい。

 使わないにしても、プレゼントか売ることで資源の無駄遣いを極力辞めたい。

「そうそう、巷には収納法や整理法が溢れているけど、これに頼っちゃダメよ」

「えっ、なんでさ? 綺麗に片付けてるのが一番じゃん」

「収納が必要ってのは物が溢れている証拠よ。所詮収納はゴミを美しく並べているだけ。普通に暮らしていく分には収納がなくても困らないスペースがある」

 そもそも物が少なければ収納を考える必要がない。収納が欲しいと思ったら収納道具を買う前に捨てられる物がないか考えないといけない。

 極論すれば、物がなければどんなに雑然と放置しても場所がわかる。何もない部屋にビー玉を一つ転がしても即座に見つけられる。物がなければ整理されてなくても探す手間は省ける。

「それに収納スペースがあると、人は隙間を埋めたくなる。すると何も考えずに収納してしまう。よく考えたら捨ててもいい物を後生大事に取って置くことになる」

「わかる。本棚を買った時に一段スペースが余ったんだけど、何も入れないのは寂しいから、特に読まない本を買ってきて並べたことがある」

 隙間を埋めて満足する。一時的に満足感を得られるが、要らない物を買うために費やした時間、要らない物が場所を占有する無駄、捨てる手間を考えたら、どう考えても割りに合わない。

「収納があるから大丈夫と思ってしまう。だから収納は買っちゃダメ」

「はーい、わかりました」

 元気よく返事をする桔梗だった。返事だけは一人前だ。

「物を捨てたければ、手に取った全ての物について『これ捨てられないか』と問いかけること。捨てる意思があれば、案外物は捨てられる。普段物が捨てられないのは捨てることについて考えてないからよ」

 テーブルの上に雑誌が置いてあっても、捨てることを意識しなければマガジンラックに戻される。捨てることを意識すれば読み終わったから捨てようと考えられる。

 意識一つで行動は変わる。

「何か物を手に取ったり、目に入るということは不自然でもある。所定の位置にないから目に入ったのか、それとも要らない物だから溢れているのか。理由を考えれば適切な行動が取れる」

「確かに、封筒とか書類ってそのまま置きっぱなしになってることが多いよな。なんでこんなとこに、って場所にあるよな」

「書類や封筒の一つ一つは小さいけれど、塵も積もれば山となるのは当たり前。一つ見逃すということは他の全部を見逃すことに繋がる。面倒だけど最初は手に取った全てを捨てられるか考えることね」

 毎回捨てるか問答しているといつしか慣れる。習慣になってしまえば、わざわざ考える手間はなくなる。脳が自動で捨てる捨てないの判断をしてくれる。

「捨てて後悔することを恐れない。よほど大切な物は捨てない、財布とかスマホとか、指輪や遺品ね。資料とか服とかゲームなんかは捨てても買い直せる。だから、一瞬でも要らないと判断したら捨てることね」

「とりあえず取って置いてもいいんじゃ…………あっ。物が溢れるんだったな」

 桔梗はとりあえずという言葉を使ったが、華薔薇に指摘される前に自分で間違いに気づく。

「上場よ」

 桔梗が気づかなかったら、華薔薇に盛大にいじられていただろう。

「例えば捨てることを癖にしていたら迷う必要がなくなる。半年前に買った資料を探すにしても、本棚に置いたのか、物置に持っていったのか、それとも誰かに貸したのか、わからなくなる。探し回った挙げ句、捨てていたことを思い出して探す時間を徒労にする。でも捨てることを癖にしていたら、資料がないことは明白、新たに手に入れる方向にすぐにシフトできる」

「あるあるだ。俺も昔のゲームがやりたくて押し入れをひっくり返したことがある。結局見つからなくて、よくよく考えたら要らないから友達にあげてたんだよな。部屋は散らかるし、モヤモヤした気分は晴れないしで、あの時間はマジで無駄だった」

 資料は半年もするとデータは更新される。わざわざ古いデータを頼る理由もない。

 ゲームにしても昔を懐かしんでやりたくなっても、ゲームがないならないで他の手段で代替できる。暇潰しなら他のゲームで構わない。思い返したいならインターネットを検索すればいくらでも情報が溢れている。

 絶対に過去に持っていた物でなければならない理由はない。


「ここまで物を溢れさせないテクニックを雑談した訳だけど、どうかしら」

「目から鱗がポロポロ落ちた。俺ももっと部屋の整理をしようと思った」

「それは僥倖ね。なら、ここからは捨てる基準について雑談しましょう。捨てることを意識しても、それが必要か不要かの判断ができない捨てられない」

 家の中にはスマホ、財布、身分証などの絶対に捨てられないものから、空き缶、段ボール、包装紙などのゴミ箱直行の物まで幅広く存在する。

 絶対に必要な物と絶対に要らない物は判断が簡単だが、中には捨てるか残すか判断に困る物がある。むしろ、そのような物が大多数を占める。

 故に判断を自動で下す捨てる基準が必要になる。

「見なくていい物は見ずに捨てる。チラシ、カタログ、パンフレットなんかは中を見てしまうと気になる。そんなに欲しくなくても、欲求はどうしても出てくる。だから見る前に捨てなさい」

「せっかくのチラシだぞ、何か役に立つ物が載ってるかもしんないじゃん」

「本当に欲しい物は自ら調べるのよ。向こうから勝手にやって来るのはそこまで重要じゃない。無視してオッケー」

 知らなければ欲求が湧くこともない。世の中には知らないことで満ちている。チラシの一つや二つ見なくても生活に変化はない。むしろ、変に物を買わなくなる。

「その場で捨てることも忘れないで。一度どこかにしまうと捨て時を失う。要らない物は即刻捨てること。家の中にゴミ箱を複数設置して、どこでも捨てられるようにしなさい」

「その場で捨てるのか。確かに要らないけどゴミ箱がないから、捨てるのを後回しにした経験がある。要るやつと要らないやつが混じって、一つ一つ確認しなくちゃならないんだ。面倒だよな」

「だからこそ、ゴミ箱の複数設置でしょ。後から捨てると決めて、本当に後から捨てたことなんて数える程でしょ。大抵はゴミの山ができあがってから、渋々捨てる」

 要らない物を見つけたら後回しにしないで、その場で捨てる。後で捨てると決めてもすぐに忘れてしまい、要らない物が長らく一所を占有する。

 重い腰を上げるのは山盛りになったゴミを見てから。しかも要る要らないの選別作業付きだ。

 商品を買った際のおまけは袋を開けて中を確認したら必要と思えないなら即刻捨てる。

 弁当についてる箸やスプーンは使わないなら捨てる。それが嫌なら最初からもらわないこと。

 家電や家具のような大きい物も対処は同じ。新しく買った物が届いたら、古い方は使える使えないに限らず捨てる。残していても場所を占領するだけ。

「一定量もしくは一定期間を越えたら捨てることね。たとえば持っていていい個数を決めて、越えたら捨てる。使い始めてから何ヵ月か経ったら捨てる。こうすればルーティンになるから捨てやすい」

「確かにな。ボロいけどまだ着れるシャツとか、捨てて買い換えるか、部屋着にして使い倒すか悩みまくるよな」

 ボロくなったら捨てるでは基準が曖昧すぎる。シャツなら袖がヨレヨレになったら捨てるのか、それとも穴が開いたら捨てるのか、どうにも判断がつかない。

 期間で決めると、数字で把握できるので捨てる日付が明白になる。使い続けるか捨てるか迷わない。

「定期的に物を捨てる日を決めるのも有効よ」

「へぇ、毎週月曜日は捨てるみたいな?」

「そうよ。毎週月曜日は捨てる日と決めて、何かを捨てる。そうすれば捨てようか取り置くかその日に悩めばいい」

 定期的に見返す日を作って、溜め込まないようにするのが肝心だ。量や期間で捨てることを決めても、全てが上手くいくとは限らない。定期的に見返すことで、漏れがなくなる。

 物が多くなるとチェックするのも一苦労。後回しにする前に定期的にチェックしよう。

「使い切らなくても捨てること。貰い物のタオルや石鹸、お茶なんかは使い切るのが難しい。新しい物が来たら古い物は潔く捨てることね」

 商品サンプルや化粧品も必ずしも使い切る必要はない。しばらく使ってない物はさっさと捨てて、底の方にある数回分の内容物に固執しなくていい。

 新しい物を買ったら、古い物を捨てる。

「えぇ、もったいなくない。まだ使えるのに捨てるなんて、もったいないオバケが出るぞ」

「オバケがいるなら会ってみたいわね。むしろオバケに会えるならもっとたくさん捨ててもいいわ」

 華薔薇は一切幽霊の類は信じていない。非科学的であり、根拠のない話は信用に値しない。

「オバケはともかく、もったいないと思うなら使い切る仕組みを構築することね」

「使い切る仕組み? 全部なくなるまで新たに買わないとか?」

「あら、いいわね。全部なくなるまで、新しく買わないなら、必然的に使い切るわ」

 余り物の食材を冷凍したら、余り物をなくすまで買い物に行かない。これなら無駄をなくせて、物が溢れる心配もない。

「使い切ったと判断するのが難しい物は別の用途で使いましょう。タオルやハンカチは雑巾にしたり、歯ブラシは掃除用に転換したり、用途を変えることで別の使い道を模索しましょう」

「ケチ臭いと思われるけど、最後まで使い切るにはそれしかないか。使いかけけのタオルとかあげるわけにもいかないし」

「捨てるのが嫌なら買わないことが一番」

 買うから捨てるのだ。なら買わないなら捨てることもない。単純な理屈であり真理だ。

「使う物を使う量だけ買えばいい。今すぐ使わない物は買わない、使い切れない量は買わない。当たり前のことよ」

「その見極めってムズくない?」

「そうかしら? 余るようなら量が多かった、買い足すようなら少なかった、それだけでしょ。メモを取りなさい」

 使い切った、余ったの記録を取っていれば次回以降の参考になる。適正量を見極めるには記録に残すことが大事だ。感覚に頼ると見積もりが甘くなる。

 商品名、内容量、使用日数を記録すれば使いきるまでのおおよその日数が割り出せる。

「メモか、そうだな俺もメモやってみるか」

「そのメモをゴミと一緒に捨てないことね」

「捨てるかっ! ……うん、捨てないぞ」

 ただの紙に書いていたら、ふとした瞬間に別のゴミと一緒に捨てられる。大事な物はきちんと整理する必要がある。

 物が少なければそういった間違いも減る。些細な失敗を減らすためにも物は少ない方がいい。


「物を捨てる基準はこんなものね」

「華薔薇のおかげで俺も物を捨てられそうだよ。でもさ、思い出が詰まった物はどうすればいいんだ。捨てるに捨てれないんだよ。溢れてるから捨てようにも、どれを捨てればいいか分からない。どれだけ保管期間にすればいいかも分からない」

 本当に大事な物は取って置いてもいいが、それほどでもないけど捨てるのは忍びない思い出もある。なんとなく捨てられない物も多い。

「それなら写真を撮るといいわよ」

「写真を撮ったら思い出も捨てられるのか?」

 2017年、アメリカのペンシルベニア州立大学のカレン・ウィンテリッチ准教授率いるチームが大学生797人を対象に不要な物を寄付する実験を行った。

 学生たちを二つのグループに別け、一方には不要な物を寄付しよう、と普通に呼びかけた。もう一方には不要な物を写真に撮ってから寄付しよう、と呼びかけた。

 寄付で集まった数は普通に呼びかけたグループは533個、写真を撮るよう呼びかけたグループは613個だった。

 物を捨てられないのはその品に詰まっている思い出を手放したくないから。なので写真を撮ることで記憶に残り捨てられるようになる。

 写真を撮ることで手に取ることはできなくても眺めることはできる。

 また、後から思い出せる安心感もあるので、比較的思い出の品も捨てやすくなる。

 ウィンテリッチ准教授いわく、物の記憶を保存するように仕向けると大抵の人は物を捨てられるようになった。本当に諦められないのは、所有する物ではなく、物にまつわる記憶。

 記憶さえ忘れないように手助けすれば思い出の品も捨てることができる。

「思い出を写真に撮って保存しなさい。そして、いつでも思い返せるようにすると捨てれる。本当に大事なのは物じゃなくて物を得るに至った記憶よ」

「そうなんだ。確かに昔のトロフィーを見てもトロフィーそのものには思い入れはないかな。思い出すのは辛かった練習や勝った時の喜びや嬉しさだな」

 現代ではスマホ一つでたくさんの写真を撮れる。思い出フォルダを作って保存すれば、なんとなく残していた物も捨てることができる。

 長期間保存して埃を被るくらいなら思い出を残して捨てよう。物が溢れている部屋では気分がすっきりしない。ストレスが溜まる原因にもなるので、思いきって捨てる。その際にはしっかりと思い出を噛み締めて悔いが残らないようにする。

「過去の栄光にしがみついてもいいことない。思い出に浸るのもいいけど、前に進むことの方がよっぽど大事よ」

 華薔薇は過去より未来を大切にする。過ぎ去った過去は変えられない。ならば、よりよい未来のために努力することが大切だ。


「大事な物がはっきりしていたら捨てるのは簡単。明確なラインを引いてさくっと捨てちゃいなさい」

「くぅー、そんな簡単には割り切れないって」

「最初から大きなことは難しい。だから最初は小さな物から捨てることね。たとえばインクの切れたポールペンとかね。捨てることに迷いがない物を選んで、小さな成功体験を積み重ねなさい」

 捨てることを意識したら、部屋の中にたくさんの要らない物が見つかる。ついつい買ってしまった文房具、もう見なくなったアニメやドラマのDVD、読み終わった漫画や雑誌、お客様用の食器、タンスの肥やしのジャケット、使いかけのスパイス、大量に溜め込んだレトルト食品など、家中を探したらたくさん見つけることになる。

「そっか、最初は身近な物でいいのか。最初から思い出を捨てなくてもいいよな。まずは迷わず要らないと言える物からだな」

「捨てる経験値を積んでいけば、いずれはどんな物でも簡単に見分けられる」

「よっしゃ、俺はこれで物捨てキングの称号を手に入れるぞ」

「……好きにしたら」

 まず物捨てキングの称号を捨てなさいよ、と華薔薇は桔梗の第一歩を心配する。

 捨てたいのか持ちたいのかどっちなのだろうか、桔梗が本当に必要なら後生大事に取って置くだろう。

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