第30話 知らないと損する友達の作り方

「今回のお悩みはアイビーさんからです。『友達が欲しいです。でも、なんて声をかけたらいいかわかりません。拒絶されたらと思うと手が震えて、足がすくみます。どうしたら友達できますか?』ということで、友達作りに悩んでいる方からのご相談です」

 ある日の放課後。

 雑談部の部室では毎度のごとく桔梗が誰とも知れない悩み相談を持ちかける。

「友達作り、ねぇ。私は友達が少ないから、私に聞くより桔梗に聞いたらいいじゃない」

「えっ、俺!?」

 華薔薇の友達の数は両手で数えられるくらい。対して桔梗の交友関係は広い。その人脈を活かして、毎度毎度雑談部に相談を持って来ている。

 友達作りという点においては華薔薇より桔梗の方が適任だ。

「そっかそっか、俺って友達多いもんな、華薔薇と違って。アイビーの相談は俺が解決したらいいのか。ふふん」

 友達の数という決定的に勝っている要素を見つけて、桔梗が華薔薇にマウントを取る。

「その通りよ。よかったわね、自分の実力で解決できて」

 華薔薇は別に友達の数には固執していないので、桔梗のマウントはどこ吹く風。華麗に受け流して、次に話を進める。

「今回の雑誌部はネタを考えないといけないわ」

 雑談部のネタは大体華薔薇以外の部員が自主的に持ち寄っている。今回に限り桔梗のネタは不発なので、改めて雑談部のネタを考える必要がある。

「華薔薇が雑談部のネタを考えている間に俺はアイビーへの助言をまとめよう」

「いえ、お気遣いは結構よ。むしろ、桔梗がどんな助言をするのか雑談しなさい。たまには桔梗主導で雑談しましょう」

 折角の桔梗の得意分野である。この機会を逃すと、いつ同じような機会に恵まれるかわからない。同じことを続けていは飽きがくるので、時には違った趣向で活動するのも悪くない。

「よしっ、俺に任せろ。ばばーん、とアイビーの悩みを解決してしんぜよう」

「おー、パチパチパチ」

 華薔薇は新たな試みに心を踊らせ、ノリノリで相槌を打つ。

「まず、友達作りで大切なのは話しかけること。とりあえず、見かけたら話しかける。適当に話してたら、後は勝手に仲良くなる」

「…………………………………………」

「えっ、なんか反応してよ」

「ああ、そうね。桔梗には土台無理な話だったわね」

 桔梗に聞いたのが間違いだ。最初からできる人に聞いたら、できない人の苦労はわからない。

 できない人が努力や工夫をしてできるよになるから、できない人のアドバイスになる。

 見も知らずの人に話しかけられる勇気があるなら、友達が作りたい、と相談することはない。


「桔梗に任せた私がバカだった。仕方ないから、友達の作り方を雑談しましょう。桔梗の助言は話にならないから」

「えっ、なんでだよ。俺の助言はどうなるんだよ」

「却下よ、却下。愚にもつかない話を聞かされるアイビーが不憫でならない。桔梗の助言を聞いたアイビーの姿が目に浮かぶわ」

 アイビーが桔梗の助言を聞いたら「……あっ、うん」みたいな反応だろう。それができたら苦労しないと思うはずだ。

「まず最初に雑談しないといけないのが、感情は隠せないということ」

「うそーん、俺の話が流されて、華薔薇のターンになった。でも、気になるから悔しい」

「感情は伝染するから、楽しい人といると自分も楽しくなるし、幸せな人といると幸せになる。だから、嫌々付き合っていると相手も嫌な気分になる」

 桔梗に友達が多いのは桔梗に笑顔が絶えないという理由も多分にある。桔梗は誰が相手でも楽しく過ごせる。相手にも桔梗の楽しい感情が伝染するので、相手も聞いたと一緒に居て嬉しくなる。

「当たり前だけど、友達になりたくない人とは友達にはなれない」

「それこそ当たり前じゃん。友達になりたくない人と友達になりたいとは俺だって思わない」

 誰でもいいから友達が欲しいと無差別に声をかけてはいけない。友達になりたい人に声をかけないとならない。妥協は苦痛の始まりだ。

「それに作り笑いはバレるから友達になりたくない人とは付き合わないで」

 フィンランドのタンペレ大学の実験。

 本物の笑顔の写真を見せる被験者と作り笑いの写真を見せる被験者の二つを比較した。

 本物の笑顔の写真を見た被験者は気分が明るくなり、作り笑いの写真を見た被験者には気分の変化はなかった。

 どんなに社交的なふりをしても相手を楽しませることはない。さらに作り笑いをしている人は相手の記憶にも残らない。

 友達を作るなら自分を偽る必要のない相手と心の底から楽しむ。ならば相手も自然と楽しんでくれる。

「この人と友達になりたい、と思う相手じゃないと友達にはなれない」

「わざわざ嫌な人とお近づきになる人もいないだろ」

「そうでもないわよ。友達が欲しいと視野が狭くなっていたら、好きじゃなくても近くにいるから、簡単に友達になってくれそう、なんて理由で友達を選ぶ人もいる」

 グループができあがってから間違いだったと気づいても遅い。新しく友達を作る勇気もないので、所属グループから抜け出せず嫌々居続けることになる。

 最初の友達選びをミスってストレスをずっと溜め込む人も一定数存在する。

「ふーん、友達は多くて困らないだろ」

「誰もが桔梗のように適度な距離感を保てるとは限らないのよ」

 桔梗は友達が多いから、経験によって相手との距離感を自然と計れる。踏み込んでいい相手には踏み込み、ガードが堅い相手には少し距離を置く。

「それに外交的な人は鈍感よ。相手に嫌われても気づかないから、どんな相手にも踏み込める」

「俺ってもしかして、鈍感なのか?」

 嫌われても気づかないから相手にずかずか踏み込める。共感能力が高いと、相手に嫌われないか、不快に思われないかと、尻込みする。

「桔梗が鈍感かは横に置いといて、友達になりたい相手を見極めたら、次は話しかけないといけない」

「……。そんなの簡単じゃん。服とか趣味とか勉強とかテストとかテレビとかドラマとかスマホとかSNSとかアイドルとか歌手とか、なんか適当に話してたら乗っかってくれるぞ」

「だーかーらー、それができたら苦労しないのよ」

 桔梗は相手の反応が悪くてもへこたれないので、次々に質問して相手が食らいつくまで話しかける。悪く言えば空気が読めていない、良く言えば仲良くなるために積極的。

「話しかけるのが怖い人に朗報よ。会話実験によってどのように話しかけたら、相手に好感触を与えられるかわかっている」

 世界的な支援団体の、メルシー・コープスが男女300人を集めて、二人のペアになり3分間の雑談をするという会話実験を行った。

 どのような切り出しがよかったかを採点した。

「俺も知りたい。初めて会話する人には俺もスベってる時あるもん。結構地獄なんだよな。仲良くなったら、それも笑い話になるからいいけど」

「最初が一番大変で、一番肝心だからね。最初さえ乗り越えたら、後はスムーズよ」

 最初は何を話していいかわからないから探り探りになる。一旦話せるようになると、きっかけがなくても話せる。沈黙も怖くなくなる。

 最初を乗り切る方法さえ知っていれば、友達作りも楽になる。

「まずはダメなパターンから、『調子はどうですか』『職業はなんですか』なんて会話から始めたら最悪。話は弾まないでしょう」

 調子はどうですか、と聞かれて返すのはまあまあ、良好です、などで会話が発展しない。相手は退屈だと感じるだろう。

 習慣になっているので、意識していないと咄嗟に声に出してしまう。

「わかる。挨拶したはいいけど何も思い浮かばなくて、勝手に言っちゃってるんだよ。あんま親しくないと微妙な空気が流れるんだよ。そういうときは身につけいる物とか授業のことに話題を変えるんだ」

「相手のことを聞くのはベターな選択よ。『あなたのことを聞かせてください』という質問は悪くない。でもベストでもない」

 人というのは基本的に自分のことを喋りたい。決して悪くはないが、良くもない。質問の内容が漠然としているので、答える側も何を答えるか難しい。

「もっと相手のポジティブな言葉を引き出す質問だと尚効果的よ」

「ポジティブ、というと? 『楽しいことありますか』みたいな?」

「いいわよ。わざわざ人はネガティブなことは言いたくないから、ポジティブなとこを聞くのは大切。楽しいことを聞くと、週末にはパーティーに行くとか、映画を観るとか、音楽とか趣味のことを話してくれる。自分の好きなことを聞かれて嫌な気分にはならない」

 楽しいことなら話すことに抵抗がない。また、自分のことなので話しやすい。

「さらにいいのは、個人的に熱心に取り組んでいることを聞くこと。マイブームを聞くことね」

「マイブームか。いいな、それ。俺も今度から使ってみよ。会話も弾むし、相手のことも知れるし一石二鳥だ」

 聞く際は最近のことと長年続けていることの二パターンで聞ける。今はやっていない過去のことを聞くのも応用として使える。

「相手の楽しかったことやマイブームを聞く以上に実験で良かったことがある」

「そんな素晴らしい会話の始め方があるのか。そんなにパターンがあるなら、今後会話の始め方で困らないな」

 何種類か有効な会話パターンを覚えておくと必ずどれかは引っかかる。友達作りで一番の難所は最初のきっかけ。そこさえ乗り切れば、後は自然と会話が弾むようになる。

「一番よかったのは、『今日は何かいいことありましたか?』」

「あれ? なんか、さっきの比べるとちょっと弱くない」

「そうでもないのよ。さっきの質問は初対面にしてはプライベートに踏み込みすぎている。初対面の相手に話すには気後れする部分も多少あるのよ」

 誰もが最初から心を開いているわけではない。グイグイ来られても、こっちはちょっとと引いてしまうこともある。

 最初から踏み込むのは少しリスキーである。

「『今日は何かいいことありましたか』だと質問する側も答える側も気楽よ。いいことを聞いているからポジティブだし、何より今日に限定しているから思い出しやすい。桔梗は今日はいいことあった?」

「そうだな。今日は小テストの成績がよかった」

「それはよかった。いつもと比べてどれくらい点数が上がった? ……みたいに話を展開していくのよ」

 質問する側が軽く聞くと、答える側も軽い調子で答えられる。身構える必要がないので、リラックスした状態で会話が弾む。

「おーい、話を途絶えさせるなよ。滅茶苦茶気持ち良く話そうとしてたのに。いつもより10点も上がってたんだぞ」

「あー、はいはい、調子がよかったのね」

「感情が全然込もってねぇな。道端に落ちてる綺麗な石を見る方がよっぽど感情的になるだろ」

 華薔薇に桔梗の気分を上げる理由はない。あくまでテクニックの紹介なので、途中でぶった切っても差し支えない。

 華薔薇と桔梗の間柄なら会話が途切れる心配もない。むしろ桔梗がツッコミをするので、会話に緩急が生まれる。

「とにかく最初の質問、つまり第一声は今後の関係に響くから、スベったらおしまいね」

「言うほど簡単じゃないぞ。俺も何度も失敗してるし、何かいい方法はないのか?」

「ない。とにかく練習あるのみ。別に友達になる必要のない相手で練習しなさい。嫌われてもいい相手で実践練習を重ねなさい」

 一人二人に嫌われても、十人二十人に好かれたら、収支はプラスだ。敵を無闇に増やすのはよくないが、それ以上に仲間を増やせば安心できる。

「練習相手に選ばれたら最悪じゃん」

「そんなものでしょ。人が生きるには誰かを必ず傷つける。全員が幸せになるのは不可能よ」

 社会全体の幸福は理想だが、一人一人が性格が違う。全人の意見を網羅するのはできない。できるのは大多数が幸せになる決断だけ。

「華薔薇の意見は極端な気がする」

「私の意見に桔梗が従う義務はないのよ。嫌なら反論しなさい。ここは雑談部、面白おかしくお喋りする場所。個人の意見を戦わせる討論だって大歓迎よ」

 華薔薇は雑談においては逃げも隠れもしない。いつだって雑談はウェルカムだ。

 討論なんてした日には桔梗はコテンパンにされる未来しか想像できない。誰かに唆されでもしないと挑まない。

「華薔薇と討論するのは機会があったらな。にしても、口癖は簡単には直らなさそうだ。調子はどうだ、いい感じ、なんてついつい口から出ちゃう」

「それなら言い換えることね。『調子はどう』なんて、それこそ『今日は何かいいことあった』に変換できる。『あれからどうですか』は『今週末は何してますか』に変換よ。時期を特定することは大切よ」

 相手が社会人なら職業を聞くのではなく、面白い仕事に携わっていないかを聞く。もしくは熱心に取り組んでいることを聞いてもいい。

 家族のことを聞きたいなら、直接「ご家族は元気ですか」と聞くよりも、「休暇には家族と会っていますか」と聞く。最近会っていれば、その時の話をしてもらえる。最近会っていなければ、会っていないことについて話してくれる。

「他によくあるのは『忙しいですか』ね」

「それもダメなんだ」

「忙しい人に忙しいなんて聞いたら、『見てわからないのか』と逆ギレされるわよ。忙しくなくても、暇そうにしてて悪かったわね、と嫌味に思われる。雑談を殺す言葉、とても褒められた言葉じゃない」

 ついつい口にしてしまう言葉なので『忙しいですか』は気を付けたい。心の中で禁句に指定するくらいでいい。

「忙しいは『気分転換に何してますか?』に変換よ。忙しい人なら、『ここ最近は忙しくて、○○はできてないんですが、一段落ついたら○○をしようと思います』とか『忙しくても○○のおかげで、調子がいいです』なんて、ポジティブな言葉を引き出せる」

 気分転換は必ず気分を上げるために行う。そのため必然的にネガティブなことにはなりにくい。気分が楽しくなれば会話も弾む。

「仮に忙しくなくても、気分転換の話なら『時間が空いているので今は趣味の○○をしています』なんて言葉が出てくるかもね」

「そりゃいいな、俺も使わせてもらう」

「知識なんて使ってこそよ。後生大事に保管しても意味ないもの。実際に使ったら感想を聞かせて」

 研究で上々の成果を上げても、実践で役に立つとは限らない。現場の声に耳を傾けるのも大事だ。

 もしかしたら『気分転換に何をしていますか』と聞いて、『忙しくない私は、ずっと気分転換してて気楽でいいですね、と言いたいのかしら』みたいな例外的な反応が返ってこないとも限らない。

 どんな人に有効で、どんな人に使ってはいけないかは実際に使用しないとわからない。

「おう、華薔薇は気分転換に何してるの」

「そうね、私の気分転換は桔梗をからかって遊ぶことかしら。いい感じに反応を返してくれるから重宝しているわ」

「ちょっと待ちやがれ! 勝手に俺を使うんじゃない、迷惑だ」

「それで、早速使ったようだけど、効果はどうだった?」

「最悪だよ。聞いた俺がバカだった」

 桔梗の言い方や言葉に間違いはない。間違っていたのは使う相手。華薔薇から聞いた雑談を、華薔薇に雑談しては格好の獲物。鴨が葱を背負ってくるようなものだ。

 華薔薇に材料を与えたら、嬉々として楽しむのは間違いない。

 大多数の人には問題がないので、華薔薇のような例外の時は慎重に使わないといけない。


「華薔薇はもっと俺に感謝してもいいと思うんだよ」

「私が桔梗に感謝……気が進まない」

「何が不服だよ。お礼の言葉をもっと聞きたい聞きたい」

「そうそう、感謝も友達作りには有効よ。桔梗のように人間は誰しも感謝されたいと思っている」

「おーい、俺個人の意見をスルーしつつ関連のある話題に滑らかに移行しないでくれ」

 桔梗の意見をスルーする華薔薇だって感謝の念はある。ただ、感謝を伝えて調子に乗られても困るし、伝えなくても問題ない。仮に感謝を伝えなくて、関係が破綻したなら、それまでだ。

 感謝は確かに重要だが、感謝一つで崩壊する脆い関係なら、なくなっても影響はない。むしろ、新しい人脈を開拓するチャンスと捉える。

「アメリカの調査によると会社を辞める理由を経営者の88%は金銭の不満だと思っているけど、実際にはわずか12%よ。仕事を辞める大半の理由は仕事の不満」

「……高校生の俺に言われてもよくわからん、ってのが素直な感想だ。でも、やり甲斐がない仕事には就きたくない」

「アメリカ人従業員のおよそ70%は職場で褒められず、仕事も評価してもらえていないと答えた」

「目の前に褒め言葉も感謝もされていない人がいますよ、華薔薇さーん」

 仕事に対する努力が認められるだけで、仕事の満足度が上がる。にもかかわらず、褒めたり評価したりする体制が整っていないのが社会の現状だ。

「ここは雑談部よ、面白おかしくお喋りする場所。褒められたいならぬるま湯な部活に移籍しなさい。私は決して止めない」

「しくしく、絶対俺が駄々をこねても華薔薇は引き留めないんだろ。所詮俺の価値はその程度なのさ。いいさいいさ、華薔薇のバカヤロー!」

「ちなみに仕事で過小評価されると、生産性が下がる、グループで働く意欲が低下、モチベーションが低下、自信喪失、愚痴を言う、人生と仕事の満足度の低下が起こる。今の桔梗のようにね」

 私はヤローじゃないわ、と最後に付け足して華薔薇の言葉が締め括られる。

「うがー、俺はどうせ華薔薇の手のひらの上で踊る哀れな人形だよ」

「現状に不満があるなら、行動しなさい。逃げるのでも、立ち向かうのでも何でもいい。何も行動しないと変わらないのだから。さあ、今こそ立ち上がるときよ、桔梗」

「そうだよな、俺だってやればできる。見てろよ、えいえい、おー」

 桔梗はいつまで経っても華薔薇の手のひらの上。そもそも華薔薇の言葉で落とされて、華薔薇の言葉で気持ちを持ち直している。

 マッチポンプ甚だしいが、桔梗は気づいていない。

「感謝を表現するにはいろんな種類があるけれど、まとめると5種類になる。肯定的な言葉、贈り物、身体的なタッチ、サービス行為、クオリティタイムの5種類よ」

「感謝が5種類あるからってなんだよ。別に感謝を伝えるのに、種類なんか関係ないだろ」

「そんなことはない。人によって何に重きを置いているかは変わるもの。言葉で直接伝えられるのが嬉しい人もいれば、プレゼントが一番の人もいる。桔梗だって感謝を伝えられる嬉しさとゲームをもらう嬉しさは違っているでしょ」

「考えてみればそうかも。言葉よりゲームの方が嬉しい」

 性格や環境によって何が嬉しいかは変わる。普段から家族に『ありがとう』と感謝の言葉を言われ慣れているとありがとうに対する価値が低いかもしれない。

 家族が貧乏で小さい頃にプレゼントを貰えなかった経験をして、プレゼントを人一倍喜ぶようになるかもしれない。

 相手に合わせて感謝を伝えたら、相手の喜びは格別になる。初対面で感謝されたら、好きになること間違いない。

「5種類の感謝について軽く説明しましょう。肯定的な言葉、言葉または文字で感謝を伝える。贈り物、ちょっとしたプレゼントで感謝を伝える。身体的なタッチ、スキンシップで感謝を伝える。サービス行為、相手に尽くして感謝を伝える。クオリティタイム、一緒にいることで感謝を伝える」

「ふむふむ、それぞれについては理解した。どうやって相手のタイプを知るんだ」

 感謝の5種類そのものを知っても、相手が喜ぶ種類がわからないと意味はない。相手を喜ばせてこそ、感謝は伝える意味がある。いくら感謝しても、相手に響かないのなら、感謝の気持ちも伝わらない。

 一人相撲ほど空しいこともない。

「一番簡単なのは相手に直接聞くこと。ポジティブな話題だから相手も答えやすい。『感謝には5種類あるんてすけど、あなたは何が嬉しいですか?』みたいにね」

「いいな。相手に直接聞くから間違いようがない。早速使わせてもらおう」

「でも状況次第では直接聞けないこともある」

 悲しい場面、厳かな雰囲気、静まり返った美術館などの場所で雑談しては不謹慎である。また、恥ずかしくて直接聞けない人もいる。

「直接聞けないなら、相手の行動から読むしかない。よく感謝の言葉を口にするなら肯定的な言葉タイプ、プレゼントをしてくれるなら贈り物タイプ、ボディタッチやスキンシップが多いなら身体的なタッチタイプ、手作りの物や率先して面倒なことをしてくれるならサービス行為タイプ、お喋りが好きならクオリティタイムタイプ」

 あくまで傾向なので、余裕があるなら質問したり、相手の表情から読み取って精度を高める必要がある。

 タイプが違っても感謝されて気分を害することはない。積極的に感謝は伝えて問題ない。

「お喋りが好き? 華薔薇は……クオリティタイム?」

「そうね。私と面白おかしくお喋りできる人は大歓迎よ」

 華薔薇は無類の雑談好き。一緒にショッピングしたり、活動に勤しむより、雑談したいと思う。特に新たな発見をくれる相手だと手厚く迎えられる。

「ちなみに具体的には何をしたらいいんだ」

「そこは自分で考えなさい、と言いたいけど、ヒントくらいはあげましょう。雑談部らしく」

 雑談部らしさとは、雑談すること。

「肯定的な言葉タイプが喜ぶのは、感謝や褒め言葉を綴ったメッセージを手紙で残すこと、付箋に残すことでも大丈夫。励ましのメッセージを送ること。このタイプはみんなの前で褒められると特に喜ぶ」

「オーソドックスな感じだな。いつも感謝していることを言葉にしたらよさそうだ」

 言葉や文字にすることが大事なので、取っつきやすいタイプである。

「贈り物タイプが喜ぶのは、そのまんまでプレゼントすること。誕生日やクリスマスごとにちょっとしたプレゼントを送ると一番喜ぶ。旅行のお土産も効果的ね」

「出費がきつそうだけど、俺の経験ではプレゼントしたらプレゼントを返してくれる気がする」

 高価と効果は比例しない。心のこもったプレゼントなら喜ぶ。旅行やイベントがあったらお土産を買おう。

「サービス行為タイプが喜ぶのは、仕事や勉強を手伝うこと。掃除や料理の家事全般をしてあげると喜ぶ。主に体を動かすことになるでしょう」

「行動が伴った感謝をすればいいんだな。俺も結構得意だぞ。誰かのために奔走するのは嫌いじゃない」

 誰かの悩み相談を解決しようとする性格は確かにサービス行為タイプだろう。誰かの手助けが自分の喜びとなる。

「身体的なタッチタイプが喜ぶのは、握手やハグね。腕をぽんと叩くボディタッチもいい。仲がよければマッサージは効果的ね」

「あんまし、得意じゃない、触るのも触られるのも」

 身体的な接触を嫌がる人もいるので無闇に触れてはいけない。昨今では相手が嫌だと思えばセクハラが成立する。見極めなければ、犯罪者に落ちてしまう。

「クオリティタイムタイプが喜ぶのは、一緒に行動すること。ご飯を一緒に摂ること。親密なら旅行も視野に入れましょう。一緒に過ごす時間が長いことが肝ね」

「一緒にいる時間が大切なんだ。華薔薇の場合はちょっと違うのかな?」

 華薔薇の場合は一緒にいることよりも、一緒に雑談することが大事。一緒にいても無言で過ごすことに喜びは感じない。

 タイプがわかっても人によって細かい部分は違う。タイプがわかっても迂闊な行動は自分の首を絞める。

 完全に見極めるか、当たり障りのない感謝を伝えるか、玉砕覚悟で突撃するかは好みが別れる。

「なるほど、なるほど。ありがとな、華薔薇。これで俺も友達作りが一層捗るよ」

「どういたしまして。私はただ雑談しただけたよ。これといって感謝される筋合いもない」

 雑談部は華薔薇の趣味。雑に扱うことはないが、雑談することに感謝は求めていない。

「そうそう、一つ忘れていた。名前を覚えるのは大事よ」

「ふんふん、名前か。数回しか会ってないと名前も覚えるのも大変だよな。俺も名前を忘れて、間違って呼んだことがある。怒らせるか、気まずい雰囲気になるから、名前を忘れない方法があるなら知りたい」

 名前を呼ぶと相手からいい印象を抱かれやすい。

 実験でも他人の名前を呼ばれた時より、自分の名前を呼ばれた時の方が中前頭回と上側頭回(扁桃体や海馬がある場所)が活性化されることが証明されている。

「当たり前だけど、名前を覚えてもらえないのは悲しい。二回、三回と会っていながら『あなたの名前はなんですか』なんて言った日には株価大暴落よ」

「それはわかってるんだよ。だから名前を覚える方法を早く教えて」

「そんなに知りたい」

「うん、知りたい」

「素直だこと」

 特にもったいぶるほど内容は濃くない。華薔薇は桔梗の素直さに免じて名前を覚える雑談を始める。

「一番は名前を繰り返すこと。相手が名乗ったら、素早く復唱すること。口に出すと記憶にも定着しやすくなる」

「わかった。よろしくな華薔薇、俺の名前は桔梗刀句だ」

「私に言ってどうするの。もう完全に名前を覚えているでしょ。初対面の相手に使うテクニックよ。でも使い方は間違ってない」

 華薔薇と桔梗は何度も名前を呼び合っている。今さら忘れることはない。気をつけたいのは人間誰しもド忘れすることがある。絶対に名前を忘れないとは限らない。

「名前を呼べない場合は頭の中で名前をイメージすること。漢字を頭の中で綴れば視覚的に名前を覚えられる」

「頭の中で字を想像するのか。はな……はな……ばら……ばら? バラってどんな字なの?」

「漢字がわからないなら、ひらがなにしなさい。覚えるだけなら支障はない」

 薔薇という漢字は読めても書くのは難しい。人の名前を書くことは早々ないので、名前を漢字で覚えられない時はひらがなで構わない。

「他の人と関連づけるのも一つの手よ。鈴木、佐藤、山田なんて名字の人の知り合いは一人か二人かいるでしょ。この人はあの人と同じ名字だ、って感じで結びつけたら覚えやすい」

「そう都合よく知り合いに同じ名字の人っているのかな?」

「知り合いじゃないといけない理由はない。芸能人や偉人の名前を引っ張ってもいい」

 他の名前と関連づけるのが肝要。必ずしも知り合いを思い浮かべる必要はない。名字には地名が由来になっているものが多い。地名との結びつけも大事だ。

 珍しい名字の場合は結びつけるのが難しいので、その時は珍しさに注目して覚える。好奇心を刺激すれば、珍しい名字も覚えられる。

「友達作りの雑談はこんなものね。最初を乗りきることと、相手に感謝すること」

 深掘りすればキリがないので、華薔薇は適度なポイントで切り上げる。

「ふふ」

「どうした華薔薇。今日は何かいいことでもあったか?」

「あら、早速活用するの? それなら私も桔梗に感謝を示すために、今日はもっともっと雑談に付き合って貰いましょうか?」

「えっ、いやー、それはちょっと遠慮したいかな……なんて。ははは」

 桔梗とて雑談部は嫌いではない。何時間も立ちっぱなし、喋りっぱなしで雑談を続けるのは勘弁願いたい。新しい情報を詰め込んでいるので、精神的な疲労も大きい。

「あら、残念。桔梗のスペックじゃしょうがないわね」

 本日の雑談部の活動は危機のリタイアにより終了した。

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