第29話 人はしぐさに本音が表れる[嘘はバレる]

「今回のお悩みは桃色カーネーションさんからです。『人と人は完全にわかり合うことはできないけど、少しでも相手のことを理解したいです。本音を知る方法はないですか?』ということだけど、無理じゃね。心を読むなんて超能力者じゃないと……」

 ある日の放課後。

 雑談部の部室では桔梗が懲りもせず誰かの悩み相談を華薔薇に持ちかける。

「だったら、私じゃなくて超能力者に当たりなさい。雑談部には超能力者は所属していない」

「うんうん、そうだな。華薔薇に不可能なら超能力者にアポを取って、ってどこに超能力者おんねん!」

 華麗なる桔梗のノリツッコミが決まる。ピシャリ、とツッコミの手のしぐさを入れるあたり芸が細かい。

「関西弁がうざい。そして何より、つまらない。5点」

 いくら模倣が上手くても面白いかは別問題。桔梗は華薔薇の辛口コメントに項垂れる。

 ちなみに華薔薇の5点は100点満点採点である。

「ということで、桃色カーネーションは超能力者に相談しましょう。以上、本日の雑談部の活動は終了」

「だから超能力者はいないって! それに締めるのが早いっ!」

 雑談部の活動は始まったばかり、締めるにはまだ早い。それでも面白ければあっさりと活動を終了させてしまうのが華薔薇の怖いところ。

「桔梗は本当にけたたましいわね。もう少し落ち着きを覚えなさい。躾のなってない犬や猫じゃあるまいし」

「誰のせいで、こうなってると思ってるの!?」

 誰のせいかしら、と華薔薇は首を傾げる。華薔薇には全く心当たりがない。強いて言うなら桔梗の我慢強さが足りないのが問題だ。

「華薔薇のせいだろうがぁぁぁ!」

「私のせいにしないで、桔梗の堪え性のなさは桔梗の問題よ」

 からかってもうんともすんとも言わない人がいる一方で、桔梗のように大袈裟に反応を返す手合いもいる。

 言葉や行動に対して何を返すのかはその人次第だ。

「もう嫌だ。なんで俺はここにいるの……」

「ふふ、ふふふっ」

 雑談部は本日も平常通りに活動する。


「それで、本当に本音を知る方法ってないの? 超能力以外で」

「仕方ないわね。しぐさで本音を見抜く雑談をしてあげましょう」

 超能力者ではなくても、本音を見抜ける。

 テレビなどで演者の行動を見抜いたり、心の中で思っていることを言い当てるのは心理学に長けていればできる。

 かなりの訓練と経験が必要になるが、心を読み当てるのは可能だ。決してヤラセだけではない。

「よっ、華薔薇。待ってました」

 太鼓持ちのような相槌を無視して華薔薇は雑談を進める。

「言葉では嘘を吐けても、しぐさというのは嘘を吐けない」

「えっ! それじゃあ、俺のしぐさも読まれてる!? いやん」

 桔梗ば自分の体を抱くように腕を回す。

「コミュニケーションを取っているとまず何かしらの感情が沸いてくる。その次に動作があって、最後に言葉が出てくる。さっきの桔梗の動きで説明するなら、まず私に心を読まれているかもしれないという恐怖を感じて、身を守るために腕でガードして、最後に嫌だと口にした」

 感情、動作、言葉は意識しないと順番が変わることはない。動作までは体が勝手に動くので嘘を吐けないが、最後の言葉だけは意思の力でコントロールできる。

 つまり、言葉で嘘を吐くのは容易だ。

「恥ずい。俺の行動を解説されると滅茶恥ずかしい。やめてくんない」

「その提案は却下よ。だってこの部室には私と桔梗しかいないもの。自分で自分を解説するなんて恣意的すぎる。残ったのは桔梗しかいない」

「ぐぬぬっ」

 理論立てて説明されてぐうの音も言えない桔梗。たとえ部室に第三者がいても華薔薇は桔梗をターゲットにするので、そもそも無駄な抵抗である。素直に受け入れるのが一番だ。

「相手が自分のことをどう思っているかを見抜く5つのポイントを教えてあげる。まずは表情から感情を見抜く」

「おお、あれだ、目は口ほどに物を言うっていう奴」

「当たらずとも遠からずね。人間の顔には44個の筋肉があり、それらが組み合わせって表情を作っている。特に目や鼻や口なんかのよく動く部位には、その時の感情がストレートに表れる」

 人間の遺伝子には基本的な感情は組み込まれている。喜怒哀楽のような表情は本能なので意識せずとも表れてしまう。

「表情に表れるのは一瞬かもしれないけど、確実に本心が表れる。この一瞬を逃さなければ、感情を推定するのは不可能じゃない」

 本当に一瞬しか表れないので油断していると簡単に見逃す。

「そっかぁ。じゃあもしかして、俺の感情も読み取れたり?」

「さあ、どうかしら。でも、桔梗はさっき私の当たらずとも遠からずと言われたときに口角が少し上がっていたのは見たわ」

 桔梗は自分の言葉が肯定された瞬間、ほんの一瞬だけ口角が上がった。承認欲求が満たされて喜びの感情が漏れたのかもしれない。

「マジかよ。この雑談で俺は丸裸にされる!?」

「安心して、そんなことはしない。だって私はそこまで桔梗に興味がない」

「それはそれで複雑だな」

 幸か不幸か桔梗の全貌は解明されない。全てを知ってしまったら楽しくないという華薔薇の考えもあって、何がなんでも相手を知ろうとする真似はしない。

 不確実性が楽しみの源泉である。

「では桔梗に問題。眉をしかめて鼻に皺が寄る、この表情をしたときの感情はなんでしょう?」

「そうだな……俺だったら嫌なときに眉をしかめるかな」

「正解ね。眉をしかめる、鼻に皺が寄るのは怒っているとき、つまり不愉快なとき」

 表情を読みたければ感情を思い出せばいい。信頼できる人に喜怒哀楽のそれぞれの感情を思い出してもらい、表情の変化を観察すると読み取る力が上がる。

 いろんな人にいろんな感情で試す。何度も繰り返すうちに自然と表情から人の心の機微がわかるようになる。

「ポイント二つ目は手の動きよ。手の動きと言葉を司る部位は脳内では同じ場所にある。話すことと手を動かすことには密接な関係がある」

「手か。確かに喋りながら手を動かす人って多いよな」

 相手が目の前にいない電話でも手を動かす人が多いのはこのためだ。

 さらに面白いのは生まれつき目が不自由な人も話しているときには手が動く。他人のジェスチャーを見たことがなくても動く。

 ジェスチャーが本能に根差しているのは間違いない。

「手の動きは言葉足らずを補ったりするためだけど、それ以上に指を差す行為には、指した先のものを強調する意味もある」

「あるかも。人のものは指を差さないのに、自分のものには指を差すことある」

「もちろんジェスチャーは無意識の行動だから、何度も指を差すものがあるなら、指の先にあるのはその人の大切なものでしょう」

 気をつけたいのはジェスチャーというのは意識的に行うものも多い。難しい内容を説明するときにはジェスチャーでわかりやすくする人もいる。無意識のジェスチャーと意識的なジェスチャーを混同して、逆に解釈すると的外れなことになるので要注意である。

「続いてのポイントは歩き方よ。ただ歩いているだけでも様々な情報が表れる」

「残念。雑談部はほとんど歩かないじゃん」

 雑談部は立ったまま喋っているだけの部活動。歩くのはほとんどない。精々が部室に来るときと帰るときくらい。部室にいるときはわざわざ室内を歩き回らない。

「確かに歩かない。それでも歩くだけが全てじゃない。たとえば、立ち方。前のめりか、後ろにのけ反っているか。体重をかけているのは片足、それとも両足。体の動きを止めることなんて不可能だし、他人が発するシグナルを無視することもできない」

 立ち方を見れば緊張しているか、リラックスしているかはわかる。前のめりになっていれば話に興味を持っている。逆にのけ反っているようなら、話に興味がない。

 意識して見ないと見過ごしてしまうが、意識したら逆に大量のサインが見えてくる。相手の動きを観察するだけで見える世界が変わる。

「そういえば、華薔薇って俺が部室に入ったときはのけ反ってるけど、いざ雑談が始まると前のめりになるかも」

「それは、あるかもしれないわ」

 華薔薇が部室で一人でいるときは考えことをしているのでのけ反る。雑談が始まれば楽しみから自然と体が前にせり出す。

 ちなみに華薔薇が一番体が前に出るのは桔梗をからかっているときだ。少しでも近くで反応を見ようと知らず知らずに体が前に出ている。

「次のポイントは距離よ」

「距離? 俺と華薔薇の心の距離は遠そうだ」

「確かに私と桔梗の心の距離は地球からアンドロメダ銀河くらい遠いわ」

「具体的な数字はわからんが、滅茶苦茶遠いのは確実だ」

 地球からアンドロメダ銀河までの距離は約250万光年。遠いことに違いないが肉眼で見えるもっとも遠い天体である。物理的な距離だけが全てではない。

「今回の距離は心じゃなくて、物理的な距離よ。親しい人だと距離が近くなって、知らない人や不仲の人とは距離が離れる」

「なーんだ、その距離か。心配して損した」

「物理的な距離も離れているのは事実よ」

「……あぅ」

 華薔薇と桔梗の距離は3メートル近く離れている。決して近いとは言えない距離が離れている。

 相手が近くに場所にいるなら好意を持たれているかもしれない。気をつけたいのは距離感というのは人によって変わる。自分にとって近いと思っても相手は普通の距離だと感じることがある。

 生活環境や性格によって距離は変わるので、自分の尺度に当てはめると痛い目を見る。相手が他の人とどのような距離を保っているのか比べないと、自分との距離はわからない。

 狭い場所だと自動的に近づくので、これも勘違いしてはいけない。満員電車で目の前にいるからといって相手が好意を持っているとは思えないのと一緒だ。嫌々近づいている可能性は捨てきれない。

「最後のポイントは服装よ。服装には自我が表れる。フォーマルかカジュアル、アクセサリーをつけているか、TPOに合わせた服装かどうか。これらは強烈なメッセージ性がある」

「学生の場合、服は制服一択じゃん。違いなんてないじゃん」

「そんなことはない。ネクタイを締める締めない、締めてても首元まできっちりしているのか、緩めているのか。ネクタイの色も違うでしょ」

 学生は様々な制約の中で自分なりに工夫して制服を着こなす。その中には自分のことを主張するものも含まれている。

「きっちりしているなら真面目であると伝えられる。輝きの強いアクセサリーでお金持ちアピール。制服を着ないことは不服従の証」

「言われてみれば、ずっとドクロのアクセサリーを着けている奴がいるな。パンクとかヘビメタとか好きな奴だよ。他にも毎回違うアクセサリーを着けているのもいるけど、これはどんな主張なんだ?」

「毎回違うアクセサリーを着けるのは自分の意思がないんじゃないかしら。特定の何かを着けたら、角が立つから変えている。要は流されやすいタイプなんじゃないかしら」

 華薔薇の言葉はあくまで推測だ。見てもいない人物の性格を当てる離れ業は身に付けていない。

「本当に流されやすいタイプかは不明よ。もしかしたら、毎日ランダムに決めているだけかもしれないし」

「えー、わからないの。心を読んでみてよ」

 桔梗が年甲斐もなく拗ねるが無理なものは無理。それこそ超能力の類でもなければ、遠方から見知らぬ相手の人物像を当てるのは不可能。

「人の心を読むには複数のポイントを複合的に判断して見抜く。一つ二つの特徴で見破れるほど、人の心は単調じゃないから」

 人の心は様々な要素が絡み合って形成される。一つの特徴に固執して判断しては足を掬われる。

 複数の角度から総合的に判断することが肝心だ。

 人の心を読みたければ練習するしかない。

「一朝一夕で人の心を見抜くなんて土台無理な話よ」

「それを言っちゃったらおしまいじゃん、やれやれ」

 桔梗は肩をすくめて、大きく頭を横に振る。

 人の心を読むパフォーマーでさえ、時折失敗するのだ。素人が見抜くまでになるには途方もない時間がかかる。

 エンターテイメントの場合、必ず成功するより、もしかしたら失敗するかもというドキドキ感が観客を沸き立たせる。必ずしも成功することが大事ではない。


「人の心を知りたければさっきの5つのポイントは外せない。それらを踏まえた上で、いろんなパターンを知ることが大事」

「ってことは、ここから応用編?」

「いいえ、まだまだ基本は終わってない」

 しぐさというのは無数に存在する。応用に行くには基礎が足りていない。

「えー、まだ基本やるの。つまんない」

「それじゃあ、今日の雑談はここまでね。私は桔梗を楽しませるために雑談しているんじゃないの。私は私のために雑談している」

 華薔薇は教師ではない。桔梗に懇切丁寧説明する義務も義理もない。そのため不良学生のためにわかりやすくて楽しい授業をすることもない。

 つまらない、と言われたら即座に切り上げる。

「あーあー、待って嘘嘘、嘘です。もっと雑談しようぜ、お願い、華薔薇様。ねっ」

 桔梗はその場で足の位置を変え、少し前傾姿勢になって両手を顔の前で合わせる。一瞬だけ手が顔に触れる。

「……それが人にものを頼む態度かしら?」

「申し訳ございませんでした。誠心誠意謝罪致します。どうか、雑談を続けてください。お願い致します」

 二度目のチャレンジ。桔梗は両手を体の横に合わせて、腰を45度曲げて真摯な態度を取る。

 雑談部のパワーバランスは10:0で華薔薇の完全勝利。桔梗のわがままが通るのは華薔薇の気まぐれが発揮されたときだけ。

 いくら誠意があっても決定権を持つのは華薔薇。

「桔梗は本当に誠実なのかしら? 誠実さは30秒くらいで見抜けるそうよ」

「えっ、いやいや、俺はちゃんと心の底から謝ったし、丁寧にお願いしたぞ。普段はちゃらんぽらんでも、今回は両手を合わしたり、斜め45度を意識した」

「インドの社会心理学者が行った実験がある。学生に教授を撮影したビデオを5分間見てもらって、その教授がどのような人物か予想してもらう。この実験が面白いのはビデオには音声が入ってないことよ」

「無音のビデオを見たの。そんなんで予想できるのかよ?」

 学生はビデオを通して見た教授の誠実さ、支配性、熱意、ユーモアなどを予想した。場合によっては一目見ただけで見極めた。

「音声がなくても人が人を見極めるのは十分。さて、桔梗のさっきの態度は誠実だったのかしらね」

「そんなぁ」

 華薔薇は疑問を与えるだけ与えて、答えをはぐらかす。どうやら真相は闇の中に葬られた。

「本音を知りたければ、変化を見逃さないことね」

「変化? こんな感じ?」

「ぶっ、ふふ、あっははは」

 桔梗が豚を潰したような変顔を披露して、華薔薇を笑わせる。どうやらツボに入ったようで盛大に笑う。

「あー、やっぱり桔梗の顔はいつ見ても面白い」

「やめろ。それだと俺の顔が生まれたときから変な感じじゃないか。変顔が面白かったと訂正しろ」

 よくも悪くも桔梗の顔は普通。その分ギャップが生まれるので、変顔の面白さは倍増だ。

「たとえば、時計を見た後に落ち着きがなくソワソワしだしたら、時間を気にしているのがわかる。普段からソワソワしている人は癖かもしれない。で も、何かしらのアクション後の変化は何かしらの意図がある」

 動作は必ず感情の後に来る。気持ちの変化が動作に表れる。

「普段の様子と違った様子が見られるなら、それは心が変化した証拠になる」

「それじゃあ、赤の他人の心を読むのって不可能、なの?」

「一段と難しくなるのは確実。ニュートラルの状態を知っていると、心は読みやすい」

 情報がないと、しぐさから感情を特定できない。体を揺らしているとして、嬉しいからなのか、気を取られているかの判別は初対面では不可能。

 しぐさの意味を理解しないと、心を読むのは難しい。ある程度は性格によってしぐさが決まっているのも、また事実。

「変化は体の動きだけじゃなく、声の変化でも見抜ける。好きな人を思い浮かべたときと嫌いな人を思い浮かべたときでは声が全然違う」

「言ってることはわかるけど、そんなに声が変わるとは思えないけど」

 好きな人を思い浮かべると気分がよくなり、嫌いな人を思い浮かべると気分が悪くなる。桔梗も理解しているが、声が変化するほど影響があるとは思えない。

「それなら、試してみることね。相手にリラックスしてもらって、早口言葉を言ってもらいなさい。滑舌を試すわけじゃないから、スピードは自由よ」

「そっか。じゃあ華薔薇、頭の中で好きな人を思い浮かべて『この寿司は少し酢がききすぎた』って言ってくれ」

「この寿司は少し酢がききすぎた」

「今度は頭の中で嫌いな人を思い浮かべて言ってくれ」

「この寿司は少し酢がききすぎた」

「…………一緒だっ!」

 華薔薇の声が変わらないのは当たり前。華薔薇が提案したことを華薔薇に試しても効果は上がらない。試してもらう相手が内容を知っていたら台無しだ。

 それでも、華薔薇の声は好きな人と嫌いな人で声が変わっていた。いくら知識があっても、感情を全て誤魔化すのは不可能。口角が好きな人の時はほんのり上がっていたり、嫌いな人のときは手に力が入っていたり、わずかな違いはあった。

 一緒に感じた桔梗は観察が足りてない。

 細かい部分に目が向かないようなら、しぐさを読むのは難しい。

「しまったぁぁぁ! 華薔薇が嘘を吐いていたら俺には絶対に見抜けない」

「失敬ね。私は嘘は言わない」

 華薔薇は誤魔化すことはあっても、決して嘘は言わない。もちろん華薔薇は全知全能の神ではなので、間違ったことを雑談することもある。それでも意図して嘘を吐かない。

「ねぇねぇ華薔薇、嘘って見破れるの?」

「一般人が嘘を見破る確率は半々。コインを投げて表が出るか裏が出るかと一緒よ」

 嘘を吐いているか吐いていないかは半々なので、素人はじっくり考えても当てずっぽうでもどっちでも結果は変わらない。

 ちなみに特殊な訓練を受けた専門家でも正解率は7割から8割。どんな人でも完璧に嘘を見破ることはできない。

「嘘を吐いている人には特定の行動が増えるのよ。だから、嘘を見破る確率を上げることは可能ね」

「マジで!? 滅茶苦茶知りたいっ!」

 桔梗は興味津々のようだ。もしかしたら嘘で手痛い経験をしたのかもしれない。

「たとえば、手の動きが増える」

「ふんふん。他には」

「自分の顔に触る」

「……へぇー」

「居住まいを正したり」

「…………ソ、ソウナンダ」

「それと肩をすくめるのも、ね」

「………………キョウ、ハ、カエッテイイデスカ?」

「あら、ダメに決まってるじゃない。まさか、心当たりでもあるのかしら?」

 華薔薇が列挙した行為は本日の雑談部の活動中に桔梗が行っていた。回れ右して帰ろうとするが、当然引き止められる。

 桔梗は華薔薇に嘘がバレているのではないかと内心ヒヤヒヤしている。

 だが、桔梗の心配は杞憂である。華薔薇は桔梗に嘘を吐かれたところで気にしない。人は平均して1日に嘘を2回吐く。完全なる正直者はこの世に存在しない。

「桔梗が知りたがっていたのでしょ。嘘を見破る方法。まだあるわよ、嘘つきがよくする行動は」

「そ、それは、嬉しいな。もっともっと嘘を見破る方法を教えてくれるとありがたい。実は超楽しみにしてたんだ。それに日常生活の他愛ない雑談でも使えるしかもしれない」

「ダウト」

「ぅえぇえぇっ!」

 桔梗の言葉が言い訳だと即座に見抜く華薔薇。桔梗がわかりやすい性格をしているので造作もない。華薔薇でなくても先の言葉が言い訳だと見抜ける。

「ううう、嘘じゃないよ」

 桔梗の言い訳は言い訳として機能していない。

「嘘つきがする行動、話が長くなる。相手を説得したくなるので、気持ちを込めるからついつい長くなりがち。単に話が長いだけだと、説得できるか不安になるから詳細を語るそうよ」

 昨日友達と遊んだ、という内容が嘘を吐くと、昨日の帰り際に友達にカラオケに誘われて、駅前のカラオケに3時間行ったよ、となる。

 嘘がバレるのが怖くて情報を付け足してしまう。普段の言葉数が少ない人が多く喋るようなら要注意だ。

「ソウナンダ、オレニハ、カンケイ、ナイ」

「その片言はやめなさい。説得力皆無よ」

 桔梗の片言は図星を突かれたからで、決して狙っての行動ではない。注意されても止めることはできない。

「ガ、ガンバリマス」

 やれやれ、と華薔薇は肩をすくめる。これはどうにもならないと諦める。

「前置きが増えるのも嘘の兆候よ。『実のところ』『正直に言うと』『驚かないで聞いて』などの言葉がある。本題をもったいぶるようなら、これも要注意」

「……すぐに本題にやるのが良好なんだろ」

 墓穴を掘らないように慎重に言葉を選んだ桔梗はギクシャクする。嘘を吐かないような言葉選びを考えるあまり、体の動きと言葉遣いがおかしくなる。

 余計なことを考えていると脳のリソースを振り分ける。一つ一つのエネルギーが少なくなるので、きちんと最後までやり通せない。

「他にもポジティブな言葉が増える。『楽しい』『嬉しい』『面白い』なんかね。特に『超』『とても』『滅茶苦茶』なんかがついてたら要注意。テンションアゲアゲでその場を乗りきろうとしているのかも」

「俺は本当に楽しいからテンション上がるんだぞ」

「何よ。私は桔梗のことなんて一切言及していないわ」

「うぐ」

 華薔薇の話は一般的な嘘つきの行動で、特定の誰かを狙い撃ちはしていない。桔梗が自分のことだと感じるなら、それは心当たりがあるということだ。

 自信がある人や正直者なら自分には関係ないと話を流せる。反応することが嘘つきの証拠である。

「嘘つきは責任を取りたくないから、言葉を濁す。『~だと思う』『~かもしれない』なんて語尾についてたら危険信号」

 人間は誰しも嘘をつきたくない。どうしても嘘を吐くときに責任から逃れるために断定せず、曖昧な言葉を使ってしまう。

「俺にはないな。あんまり言ってる気がしない」

「私も桔梗が言ってるイメージはない」

 どちらかというと言葉を濁すのは桔梗より華薔薇に多い。研究というのは内容によってマチマチなので、反対意見の研究が思い浮かんでしまい、断定できなくなる。古い研究や個人的な意見の時も新しい説が出ている可能性を考慮して、言葉を濁す。

 華薔薇は自分が知らないだけ、と思うとちょっぴり不安になる。今回の雑談でも断定していないことが何度かあった。

「後は一人称がなくなるのも嘘つきにはよくあることよ。『私』『俺』『拙者』『小生』『朕』『我』『わっち』『おいら』『我輩』『それがし』『僕』なんかね」

「多い多い多い多い。どんだけ自分のこと好きやねん」

 一人称はよく使う言葉なので表現方法も多い。華薔薇が列挙した以外にも昔の人が使う『麿』、オラオラ系が使う『俺様』、剽軽者が使う『あっし』、年寄りのイメージがある『儂』などだ。

「嘘というのは自分の話じゃないから、どうしても自分の視点で考えられなくなる。話を作る第三者だから、一人称では語れない」

「一歩引いた視点で見ちゃうのか。逆に嘘でも自分のことのように思えば、騙せそうだ」

「へぇー、桔梗は誰を騙そうとしているの?」

「えっ、いや、それはあれだ、言葉の綾だよ。華薔薇も含めて誰も騙そうだなんて微塵も思ってない。ホントだよ。嘘を吐いたら相手が傷ついちゃう、よくないことだよ」

 桔梗は言い訳がましく捲し立てる。わずかに足が開いて爪先に力が入っていると同時に上半身が忙しなく動いている。

「どうしてそんなに手の動きが増えているの? どうして居住まいを正したの? どうしてそんなに長く説明しているの? どうして事細かに説明してくれるの? どうして俺と言わないの? どうしていつもより話速が早まっているの?」

 華薔薇はいつもよりゆったりと喋り、片手を頬に当てながら桔梗の目をまっすぐ見つめて喋る。

「……はい、嘘を吐いて華薔薇を騙そうかな、と少し邪心が芽生えました。ごめんなさい」

「よろしい。素直に謝れるのは桔梗の美点ね」

 華薔薇が持っている桔梗の情報は多い。相手に特段の興味がなくても放課後に定期的に一緒にいれば、多少なりとも人となりは理解する。普段から観察力に優れた華薔薇なら尚更だ。

「しぐさについてはこんな所ね」

「案外、人間ってのは体で感情を表しているんだな。俺ももっと観察することにするよ」

「セクハラで訴えられても私のせいにしないでよ」

「そんなジロジロ見ないよ!」

 人間観察もほどほどでないと不審者として通報されかねない。

「最後に嘘を吐かせない、のは無理にしても嘘を減らすテクニックを紹介しましょう」

「おお! それは使えそうだ」

 環境や利益によって人は容易く嘘を吐く。嘘によって状況が変わらないなら、テクニックで嘘を減らせる。

「テンプル大学の研究から。男女に集まってもらって簡単なゲームをしてもらう。二人一組にして、一人はボールを右か左のどちらかに動かして、もう一人にどっちに動かしたかを言う。もちろん真実を言っても嘘を言ってもいい。そして、どっちにボールを動かしたか相手が当てる。騙せたら勝ちね。もちろんボールの動きは隠されている」

「ゲームの内容はシンプルだな。ボールを動かして当てるだけか」

「ゲームの際、参加者はモニター越しに相手を見るのだけど、ボールを動かしているときやボールをどっちに動かしたか言っているときにモニターに相手の顔が見えている状態と見えていない状態の二つで実験した」

 結果はお察しの通り。

「人に見られながらだと、真実を言う確率が上がる。人に見られるとプレッシャーを感じる。それだけプレッシャーというのは脳のリソースを使うのね」

 相手に嘘がバレるかも、という心配に脳力を使うことになる。脳のリソースに限りがあるので、いくつもを同時にこなすことはできない。結果として嘘を吐くためのリソースがなくなる。

「嘘を吐かせたくないなら、相手の目を見ることね」

「そっか、アイコンタクトで嘘が減るのか。……あれ、さっき俺も華薔薇に見られてたような……」

 桔梗は先程の顛末を思い出そうとするが、嘘を吐くかで脳のリソースを使っていた。一つのことに集中できていなかったので、記憶に残っていない。

 なんとなく華薔薇に見られていたような気がする桔梗であった。

「うーん、思い出せない」

 結局、最後まで桔梗は思い出せず、雑談部の活動が終了するのだった。

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