第24話 心身のコンディションを整えるとっておきのサウナ術

「今回のお悩みはジャーマンアイリスさんからです。『最近サウナがいいって聞くけど、どんなメリットがあるの?』。確かによく聞くけど、何がいいんだろうな」

 ある日の放課後。雑談部の部室では桔梗が普段と同じように悩み相談を持ちかける。

「……………………」

「えっと、華薔薇さん。どうして無言なんですか」

 華薔薇は静かにじっと桔梗を睨む。

 まるきり心当たりのない桔梗はうろたえる。理由を聞いても返ってくるのは無言の圧力だけ。これには桔梗では対処のしようがない。

「……桔梗は言ったよね。次回は普段とは違う感じでやるって。私はそれをとても楽しみにしていたの。それなのに今日も普段と同じじゃない」

「………………あっ、やべ」

 前回の雑談部で確かに約束したのを思い出す。約束したはいいが、その後の雑談に気を取られてすっかり忘れていた。華薔薇からの指摘で初めて思い出した。

「すまん、完全に忘れてた。許してくれ」

「……」

「じ、次回は絶対に忘れないから、滅茶苦茶趣向を凝らしてみせるから、どうか俺に執行猶予を与えてはくれまいか」

 桔梗にできるのは誠心誠意謝ること。今回ばかりは約束を破った桔梗が全面的に悪い。

 迂闊に約束した桔梗が悪い。

「いいでしょう、一度だけチャンスを与える。次回に期待する」

 うじ虫を見るような視線、冷たい態度、感情のない台詞の三点セットで華薔薇は語りかける。

「は、はいぃぃぃ! 絶対に忘れません」

 これ以上怒らせてはならないと、桔梗は逆らうことなく了承の返事をする。

「さて、気を取り直して雑談しましょうか」

 いつもと変わらぬテンションで華薔薇は雑談部の活動を始めるのだった。

「は、はは」

 あまりの変わり身に乾いた言葉が漏れる桔梗である。

「サウナのメリットだっけ、そんなのサウナーに聞きなさいよ。全国各地にサウナ施設があるんだから」

「はい出た、専門家に聞きなさいパターン」

 条件反射でツッコミ入れる桔梗。さっきまでの落ち込み具合が嘘のように勢いを取り戻す。

「これじゃあ、ジャーマンアイリスが可哀想だよ。なんのための雑談部だよ」

「雑談部は面白おかしくお喋りする場所。決して誰かの悩みを解決する部活じゃないわ」

 桔梗の物覚えが悪いのか華薔薇は雑談部の基本的な方針を語る。桔梗が忘れる限り何度だって華薔薇は雑談部の意義を語る。

「ジャーマンアイリスの悩みは悩みのまま、解決しないのか」

「そうね、雑談部に悩み相談するのは間違い。サウナはサウナで解決しなさい、雑談部は雑談するだけ。というわけで今日はサウナの雑談でもしましょうか」

「いつものパターン!」

 雑談部は悩み相談を解決しない。雑談部がするのはあくまで雑談。

「サウナのメリットと正しいサウナの入り方でも雑談しましょう」

 おじさんが限界まで汗を流してビールを飲む、そんなイメージは古い。科学的にもサウナのメリットは証明されている。

 コンディションを整えて、心身共にリラックスし、パフォーマンスを上げるためにサウナに通う人もいる。

「サウナのメリットってなんだ? 汗を流して痩せるとか?」

「それは単に体内の水分を失っているだけだから一時的なもの。下手したら脱水症状で倒れるから、こまめな水分補給は必須よ」

 体重の2%の水分が失われると、身体機能と脳機能が低下する。通常は体重の1%の水分が失われたら喉が渇いてくる。欲求に逆らわずに水を求めれば、体重の2%の水分を失うことはない。

「サウナのメリットその①、脳疲労が取れる。実は脳は集中しているときよりもぼーっとしているときの方がエネルギーを消費している」

「えっ、嘘だぁ。ぼーっとしてたら、何も考えないだろ。どこにエネルギーを使うのさ」

「集中していると特定の部位しか働かないのでエネルギーの消費は少ない。対してぼーっとして何も考えていないと、脳内に入ってくる情報を頭の中であれこれ考えてしまい、無駄にエネルギーを消費して疲れる」

 集中時のエネルギー消費が5%。ぼーっとしているとエネルギー消費が70%から80%に跳ね上がる。

「意外だな。普通に考えたら主張するしているときの方がエネルギーを使いそうなものなのに」

「サウナに入ると余計な考えがなくなるので、脳が休まるということね」

 サウナの与える健康は脳機能だけに留まらない。

 2018年のメイヨークリニックの研究によると週に一回しか入らない人と週に四回以上入る人を比べた結果がある。

 週に四回以上サウナに入る人は、

 心筋梗塞が52%減少。

 アルツハイマー病が65%減少。

 認知症が66%減少。

 うつ病などの精神疾患が77%減少。

 以上の効果が示されている。サウナが脳のダメージや疲労を軽減してくれる可能性は高い。

 また、2016年のフィンランドの研究でも週に四回以上サウナに入る人は、アルツハイマーが65%減少、認知症が66%減少、という結果が出ている。

「サウナなんて汗かく以外のメリットなんてないと思ってた」

 昔からサウナが愛される理由は、健康にいいことを体が自ずと知っていたのかもしれない。科学的なデータなどなくても、サウナーは実感していたのだろう。

「サウナのメリットその②、決断力と集中力が上がる。サウナに入る前と後の脳波を調べたところ、サウナに入った後では脳波のα波が正常化していることがわかった」

「α波の正常化って何? そもそもα波って何?」

「α波はリラックスしているときに出る脳波。その範囲は8Hzから13Hz。このα波はたくさん出ていればいい、という単純なものではなくて、正常な値である必要がある。目安はだいたい10Hzくらい。10Hzから離れすぎてはダメなのよ。サウナに入るとこれが正常な範囲に正される」

 脳がリラックスできると頭の回転が早くなる。認知機能やワーキングメモリが改善されれば、決断力や集中力アップに繋がる。

「なんだなんだ、サウナってのは血行がよくなって体が綺麗になるイメージだけど、決断力や集中力を上げてくれるだ。勉強する前とか、テスト前に入ったら最高じゃん」

 サウナに入るだけで、健康と決断力と集中力を手にいれられるので、やらない手はない。

「くぅー、今からサウナに行きたくなってきた」

「あら、雑談はいいの?」

「聞く。聞いてからサウナに行く!」

 まだまだサウナのメリットは残っている。サウナは逃げないから、桔梗は全ての雑談を終えた上でサウナに行くことを決意する。

「それなら雑談を続けましょう。サウナのメリットその③、アイデアが閃きやすくなる。先程の研究によると右側頭頂葉の一部にβ波が増加していることが確認された」

 頭頂葉は感覚を認識したり情報の分析を行っている。右側は音楽や空間の把握に発想を行う。左側は論理的な思考や計算を行っている。

 β波は14Hzから30Hzの脳波を指す。β波はα波より波立っており、β波が活発ということは緊張状態にある。

 右側の頭頂葉でβ波が増えたということは、感覚を司る器官が活動しており、アイデアが閃きやすいということである。

「サウナでアイデアを閃くなんてにわかには信じがたいが、華薔薇が言うなら間違いないんだろう。それにしてもサウナとアイデアが繋がっていることに驚きだよ」

「アイデアに困ったらサウナに行きなさい。新しい発見や思いもよらない繋がりを発見できるかも……」

 あくまで脳の一部の領域が活動するだけなので、必ずアイデアを閃くことはない。行き詰まったら気分転換も兼ねてサウナに行けば、アイデアも閃きやすいだろう。

「サウナのメリットその④、感情的にならなくなる。サウナに入ると自律神経が刺激されて、交感神経と副交感神経が鍛えられてる。スイッチの切り替えが上手くなり、体調とメンタルが改善する」

 心身共に健康なら感情的にならなくて済む。

「そういえばサウナに入った人が怒ってる姿は見たことないかも。すっきりした顔の人しか思い浮かばない」

「心身がリフレッシュされれば、怒らなくていいもの。サウナのような高温の環境にさらされることは日常ではあり得ないから、肉体は生体維持のために自律神経のスイッチを入れる。体が整えられて、結果として感情が安定する。もしかしたら、怒るなんて考えられない環境が一役買っているのかもしれないわ」

 サウナは過酷な環境である。怒りの感情に支配されていたら、生き延びる可能性が低くなる。なので、怒りを忘れるのではないか、と華薔薇は桔梗の発言から推測を働かせる。

「サウナのメリットその⑤、睡眠が改善する。これはDPGが関係していて、DPGとは体の中心部の深部体温と手足の先の末梢体温の差のこと。このDPGの差が大きいほど人は眠くなる」

 DPG(distal proximal skin tempereature gradient)は体を横にするとスイッチが入る。

「体を横たえると重力の影響が緩和されて、末梢の血液が体の中心部に戻る。すると末梢の血液が中心部の体温を奪う。深部体温が下がり末梢体温が上がる。これでDGPが拡大して眠くなる。サウナに入ると擬似的に同じ体験をしているので、睡眠のスイッチが入ると考えられる」

「サウナに入ると寝付きやすくなるんだ」

 サウナで睡眠のスイッチが入るので眠れるようになる。

 また寝入りの段階で深い睡眠に入るので、睡眠の質が上がる。同じ睡眠時間でもよりリフレッシュできるようになる。

「サウナはお昼の眠気対策にもなるわ。サウナに入るとHSP70という物質が出るの。この物質は古いタンパク質を見極めて修復する働きがある」

 HPS70(70 kDa heat shock protein)とは熱刺激を受けると活性化する特徴を持つ。特に抗酸化力が強く、インスリンの感受性を上げることが報告されている。

「このHSP70が食後の血糖値上昇を防いでくれるから、お昼の眠気がヤバイ人にもサウナはオススメよ」

「お昼ってどうしてあんなに眠くなるんだろうな。ホント嫌になるぜ」

 お昼の後に眠くなる原因は食事をすることで血糖値が上がるからだ。血糖値の上昇でインスリンが分泌され、ブドウ糖が脳に行き渡らなくなり、頭がぼーっとする。

「桔梗の眠気の理由はただの夜更かしではなくて?」

「そそそ、ソンナコトナイヨ」

 説得力のない桔梗の言葉に華薔薇は呆れるしかない。睡眠の重要性は普段重々語っているのに形無しである。

 単純に夜間の睡眠が不足していても眠気に襲われるので、普段から睡眠を取ることが大切である。

「サウナのメリットその⑥、感覚が敏感になる。アイデアが閃きやすくなるときに言ったように右側頭頂葉が活性化する。右側頭頂葉は感覚を司っているから、活性化すると自ずと感覚が敏感になる」

 頭頂葉にダメージを受けると目を瞑って服を着れなくなる。自分の体がどうなっているかわからなくなる。頭頂葉は重要な役割を担っている。

「感覚が敏感になって、何か得するのか」

「たとえば食事なら薄味で満足できるし、濃い味を自然と遠ざける。勝手に健康的な食事をするようになる」

 研究によると味覚を感じる部位が活性化しているのではなく、頭頂連合野と呼ばれる部位が活性化している。頭頂連合野は体の感覚器から集められた情報を記憶や感情に忖度して総合的に判断する部位。

 好きな人との食事と嫌いな人との食事では味に違いを感じるのは頭頂連合野の働きが関係している。

 感覚が敏感になる詳しいメカニズムは未解明なので研究が待たれる。

「食事は気をつけないとダメだもんな。健康的な食事で満足できるなら御の字か」

「他にも触覚や嗅覚も敏感になるそうよ。繊細な作業をする前や香水を選びたいときはサウナに入って準備を整えましょう」

 サウナに入れば心身共にリフレッシュして、感覚も敏感になる。普段からは無理でも、大事な仕事の前にサウナに入ってから望めば結果もよくなるだろう。

「なるほど、好きな人の匂いを感じたいならサウナに入れってことだ」

「変態」

「ぐはっ」

 華薔薇の口撃、桔梗に大ダメージを与える。

 匂いに敏感になるのは間違いないが、変態なことに使わないよう気をつけたい。

「サウナのメリットその⑦、肩凝り、腰痛、眼精疲労が和らぐ。温熱効果が筋肉の凝りを解してくれて、血流が増加する。血流は酸素や栄養を運ぶと同時に不要なゴミを回収する役割がある」

「おお、肩凝りとか腰痛は別にいいけど眼精疲労に効くのはいいな」

 高校生の桔梗には肩凝りや腰痛はまだまだ無縁である。しかし、ゲーム大好きな現代人なのでモニターやディスプレイを見る時間は長い。目の疲れは桔梗も感じている。

「それだけじゃなく、あらゆる不調の原因である炎症が減ることも確認されている」

 炎症は、体に起きた異変に免疫が自分の体を守ろうとする働きのこと。万病の元と呼ばれている。

「炎症が減ると肩凝り、腰痛、眼精疲労のダメージが和らぐだけでなく、そもそも肩凝り、腰痛、眼精疲労になりにくい体になってくれる」

「それは素晴らしい。サウナに入れば目がしょぼしょぼしなくなるのか。やっぱりサウナに行かなくちゃな」

 サウナのメリットにも限度があるので要注意だ。長時間のパソコン作業にスマホのSNSチェック、さらに運動不足も加わればサウナのメリットでは打ち消せない。

 普段から食事、運動、スマホと気をつけていないと回復よりダメージが上回ってしまう。若いからといって無理をしていたら、すぐにガタが来る。

「サウナのメリットその⑧、肌が綺麗になる。血流が上がると肌の代謝が促されるので、調子がよくなる。お風呂だと顔までは暖められないから、顔のケアをするのにサウナは打ってつけ」

「肌も綺麗になるのか。俺自身はあんまり気にしないけど、汚いよりは綺麗になりたい。あれだろデトックスってやつ」

「デトックスという医学用語はないわよ。解毒をするのは肝臓や腎臓の役割。肌から毒素を出すなんてことはありえない。デトックスというのは商品を売るための煽り文句よ」

 体から毒素が出るということはないので、デトックスという言葉を使っているのは無知な消費者を騙すためだ。

「えぇぇぇっ! 嘘だったの」

「デトックスという言葉を使っているだけで胡散臭いのは確かね」

 少なくとも肝臓と腎臓の機能を高めるものでないと体内の毒素に対して有効ではない。

 デトックスを謳っている商品は疑ってかかるべきだ。

「毒素を出すことはできないけど、甲状腺ホルモンが増えるので痩せやすい体質になるわね」

 甲状腺は首の前方にある小さな臓器。役割は交感神経の活性化と全身の代謝を活性化すること。

 甲状腺ホルモンが増えると代謝が上がり、エネルギーを消費しやすくなる。エネルギーの消費が多くなれば、体から余分な脂肪がなくなる。

「あっ、うん。女子は気にするよな体重」

 特段太っていない桔梗には痩せる体質に興味はない。ただし、対策をしていないと10年後や20年後に見るも無惨な体型になってしまう。

 後悔してから行動するより、今から行動していた方が効果が高い。後からだと効果はあれど、取り返せるものに限界がある。若い内から対策していて損はない。

「桔梗は体重とか見た目はそんなに気にしないのね。それなら、別にいっか」

 労働経済学者のダニエル・ハマーメッシュの研究によると見た目による男性の生涯年収の差は2700万円にも及ぶ。

 他にも肌が綺麗な男性は有能に見られるという研究もある。

 どうやら桔梗には必要ないようなので、華薔薇は心の奥にそっとしまうのだった。

「さて、これで一通りのサウナのメリットは紹介したわね」

 脳疲労が取れる。

 決断力と集中力が上がる。

 アイデアが閃きやすくなる。

 感情的にならなくなる。

 睡眠が改善する。

 感覚が敏感になる。

 肩凝り、腰痛、眼精疲労が和らぐ。

 肌が綺麗になる、痩せやすくなる。

「いや、すごいなサウナ。こんなにメリットがあるなら、もっと宣伝してもいいのに」

 近年ではプロサウナーが選ぶ全国のサウナ施設を紹介するサウナシュランであっり、サウナの啓蒙活動に貢献した人を選ぶサウナー・オブ・ザ・イヤーであったりと、各々がサウナの普及に努めている。

「それで、サウナってのはどうやって入るんだ。あの熱い部屋でじっとしてればいいのか?」

 サウナ初心者だと正しい入り方がわからない。入るなら効果が高い入り方をしたい。

「サウナの入り方はまずはサウナ、次に水風呂で、最後に外気浴を3から4セット行う」

「案外シンプルだな。もっとあれやったりこれやったりするのかと想像してたけど、それなら覚えられる」

「注意点としてはサウナから外気浴まで行っている際に別の動作をしないこと。各セットの間なら体を洗ったり、入浴したり自由にしていい」

 サウナ、水風呂、外気浴の間に別の行動をプラスするのはもってのほか。肉体を極限まで追い込む作業を中断することになるので、せっかくお膳立てした行為が無駄になる。

 必ず、セットが終わるまでは他の行動にうつつを抜かさないこと。

「入り方はわかった。それでどれくらいサウナに入ったらいいんだ。だいたい体温が何度くらい上がったら合格だ」

「サウナに入ると深部体温が0.8度くらい上がる。いちいち深部体温なんて計ってられないから、心拍数が平常時の2倍くらいなるようなら出た方がいい」

 平常時の2倍というのは軽い運動と同程度。少し息が上がるくらいだ。

「手首に指を当てたら脈拍を計れるから簡単よ」

「とりあえず、やってみっか」

 桔梗は腕を胸の位置まで上げて、指で脈拍を計り出す。桔梗がリラックスして雑談部に望んでいるなら、心拍数は50から60程度だろう。

「うーん、わからん。なんとなく脈は感じるけど、計るのがムズい」

 普段から計っていれば、脈を見つけるのも計測するのもお茶の子さいさい。しかし、慣れていないと脈を見つけるのも難しい。また、華薔薇に見られているプレッシャーも少なからず影響している。

「最悪、首筋だとか、心臓から直接計る方法もある。それかサウナでも使えるスマートウォッチを使用するか」

 最近のウェアラブルデバイスは防水機能を備えている。サウナの高温に耐えられることを売りにしている商品はほぼない。

 ウェアラブルデバイスを持ち込むのは自己責任だ。故障しても保証を受けられるかは不明である。そのあたりの確認も必須。

「いや、俺はもっと適当でいいんだよ。いちいち数字とか気にしてられない」

「それなら、背中の中心が温まったと思ったらオッケーよ」

 背中の中心は深部体温を計れるポイント。ここが温まっているようなら体全体が温まっている証拠。温まっていないようなら、顔や手足は温まっているが、体内までは浸透していない証拠。

「背中が温まったらオッケーだな。覚えた。それで次は水風呂か、ちょー冷たいよな、あれ」

「それは深部体温が温まっていなかったか、水風呂に浸かりすぎよ。サウナから出たらまずシャワーで汗を流す。水風呂に入る際は息を吐き出しながら入ること。浸かっている時間の目安は1分」

 シャワーを浴びるのは汗を流す以外に体を慣らす意味もある。急激な温度変化は心臓に負担をかけるのでオススメはしない。

 水風呂に入る際も息を吐き出しながらだと、心臓への負担が減る。息を吐くと横隔膜が上がり、腹部が押し出されて血流量が減る。心臓に戻る血流が減るので負担も少なくなる。

 水風呂に浸かり冷やされた血液が全身を巡る時間がおよそ1分。呼吸した際にヒンヤリした空気を感じると水風呂を出る合図。この頃になると心拍数も落ち着いて平常時と変わらぬ数値になっている。

「スースーしだしたら出たらいいのか。これはわかりやすい」

「長く入っていると体が冷えすぎて危険だから要注意」

 心臓の活動が鈍くなるので脳への血流も減る。頭がくらっとするので長時間の水風呂は厳禁である。

「水風呂を出たら体の水気を拭ってゆったりする。ちゃんとしたサウナだと専用のスペースが用意されている。5分から10分もすれば末端が冷えてくるから、それが終了の合図。後は水分補給をしてもう1セット目に突入というのが一連の流れ」

 水風呂から上がった際に水気を拭うのは気化熱で体温を下げないため。

 外気にさらされても、体内に熱を閉じ込めているのですぐに体が冷えることはない。

「その際、血中にアドレナリンが残っていながら、自律神経の副交感神経が優位だと、いわゆるととのう、という状態ね」

 アドレナリンの血中半減期が2分なので、ととのう状態も2分程度とされている。

「ととのう、かぁ。俺もできるかな」

「できるわよ。さっき言った通りにサウナ、水風呂、外気浴までの一連の動作を間違わなければ問題ない」

 ととのうのは特別な人間の特殊な能力でもなんてもない。人体に備わっている標準機能。手順通りに進めれば誰でも味わえる。

「というわけで、ここまでサウナのメリットとサウナの入り方はを雑談した。何か疑問はある」

 華薔薇が珍しく質問を受けつける。

「どういう風の吹き回しだ。華薔薇が俺の意見を聞くなんて、明日は魚が降ってくる……なんだか似たようなやり取りをした覚えが……」

 桔梗は過去に思いを馳せるが特段何も思い出さない。思い出せないということは些細な情報なのだろう。

「特にないなら、今日の雑談部の活動は終了ね。とっととサウナにでも行ってきたら」

「えっ、ああ、うん」

 華薔薇は質問タイムを早々に切り上げて雑談部の活動を終わらせる。


「それじゃあ、この後サウナに行ってくるぜ。感想楽しみに待っててくれよな」

「どうして私が桔梗のサウナの思い出に付き合わないといけないのよ。そんな時間の無駄はやめて」

 桔梗のサウナの感想なぞ、聞いても一円の得にもならない。無駄に時間を浪費する気はさらさらない華薔薇は断固として付き合わない姿勢だ。

「ぐすん、もう少し優しい言葉をかけてくれてもいいじゃん。仕方ないからサウナの感想は俺の心の中に留めておくさ」

「はいはい、いってらっしゃい」

「バイバイ、華薔薇」

 手を振って部室から立ち去る桔梗。部室に残った華薔薇は呟く。

「次はちゃんと違う方法で登場してくれるのでしょうね。執行猶予だってこと忘れてないといいのだけど」

 覚えていたら桔梗の芸を楽しむ。忘れているようなら雑談部を出禁にして、新たな部員探しに邁進する。

 華薔薇としてはどっちの結果になろうとプランは立てている。

 次回が企業統治の最後の登場になる可能性もなきにしもあらず。

「ふふっ、楽しみね。覚えていも、忘れていても楽しめそう」

 部室で一人ほくそ笑む華薔薇であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る