第25話 つまらない仕事を劇的に楽しくするゲーミフィケーションの技術

「よしっ! 準備万端、いつでもいける」

 ある日の放課後。

 雑談部の扉の前で気合いを入れる桔梗がいた。

 以前、華薔薇と約束した普段とは違う感じをやる、そのための準備だ。

「へいへい、おっ待たせっ華っ薔薇、今日はご機嫌なナンバーをーーって部室に誰か知らない人がいりゅぅぅぅ!」

 華薔薇を驚かせようと勢いよく登場した桔梗が、想定外の事態に逆に驚かされる。

 部室には普段と変わらぬ様子の華薔薇と見知らぬ男子生徒。特に剣呑な雰囲気は感じられず、朗らかな姿を見せていることから談笑していた様子が窺える。

「華薔薇が男を連れ込んでるぅぅぅ!」

「人聞きの悪いことを言わないで、ここは雑談部よ。勢いよく入室して奇声を上げて、流言飛語を撒き散らす場所じゃない。場を弁えなさい三下」

 約束を果たそうとした桔梗に早速の華薔薇の仕打ち。

「ここは本当に面白い場所だね、華ちゃん」

「ここが面白いのではなくて、桔梗が滑っているだけよ。雑談部は面白おかしくお喋りする場所」

 華薔薇は桔梗の言葉を聞き流して、男子生徒と楽しそうに雑談する。

「彼が雑談部の部員なんだろ、僕に紹介してくれないか」

「その男は桔梗、紹介と言っても冴えないただの男子学生よ」

 桔梗という学生は見た目も中身もぱっとしない。魅力的な外見を持つわけでもなく、運動が得意ということもない。頭のスペックも極々普通の、どこにでもいそうな学生だ。

「ひどい、説明が雑。それで、こちらの方はどなたで?」

 桔梗も慣れたもので華薔薇の辛辣な言葉を聞き流す。自分のことは諦めて、見知らぬ男子生徒の詳細を求める。

「これは松、名前を松葉菊(まつ はぎく)といって、日輪高校生徒会では副会長をしている。今回雑談部にいるのは、ただのサボりだけど」

「いやいや、サボりじゃなくて戦略的撤退だよ」

 雑談部にいる男こと松は爽やかに言い訳をする。高身長かつイケメンという生まれ持ったハイスペックで優等生に見られがちだが、中身はただのめんどくさがり。

 授業や生徒会の仕事を度々抜け出してはほっつき歩いている。そのため学業の方もお察しの通りだ。

「生徒会長がいれば、僕なんていなくても仕事は回るからね」

 人懐っこい笑みを浮かべる松。この笑みで落とされた男女は数知れず、人たらしの男でもある。松自身も社交的で誰とでも仲良くなれる性格なので、歩いているだけで友達を増やしていく。

 生徒会に所属しているのは無数の人脈を買われての抜擢と言われている。

「けっ、なんだかんだ言ってエリートじゃねえか」

「僻まない僻まない、桔梗だって意味もなく奇声を上げる特技を持っているでしょ」

「そうそう、俺は奇声を上げて……って誰のせいだよ。俺は華薔薇との約束を果たすためにだな、考えたんだぞ。それなのに部室に入ったら見知らぬ生徒がいる、驚き桃の木だよ」

 松の登場で華薔薇はすっかり桔梗との約束を忘れていた。

「もう興味ないからどうでもいいわ。だから披露しなくて結構よ」

 忘れるくらいなら華薔薇にとってその程度。記憶に蘇ったとしても、わざわざ時間を割く理由にはならない。

「せっかく考えたのにお蔵入りかよ」

「それなら、桔梗を慕う後輩は……いないから、桔梗を利用している後輩にでも披露してあげなさいな。校内くまなく探せば一人くらいいるでしょ」

 華薔薇は桔梗の漫才に付き合う気はない。学校中を探せば桔梗の漫才に付き合う奇特な生徒もいるだろう。

「俺にもいるからな、俺を慕ってくれる後輩」

「うんうん、いるといいねぇ」

「出会って数分の男に慰められたぁぁぁ!」

 人懐っこい笑みを浮かべた松にいじられる桔梗であった。


「それで、松はどうして雑談部に?」

 松はサボりの常習犯だが、わざわざ雑談部でサボる理由はない。豊富な人脈を駆使すれば、快適に過ごせる場所を提供してくれる友人知人は数知れない。

 雑談部は華薔薇が取り仕切っているので、サボるには条件が厳しい。雑談しないのなら、容赦なく追い出される。

「華ちゃん、雑談部に来たのなら雑談するに決まっているじゃないか。それ以外の理由が必要かい?」

 君に会いに来た、という理由に華薔薇は心惹かれない。雑談こそ至上。雑談しないなら教師だろうと生徒会長だろうと容赦しない。

「雑談は当たり前、何の雑談をするかを聞いているのよ」

「なんだ、そういうことか。華ちゃんはせっかちだな。リクエストにお答えして、雑談したいことを発表しよう。生徒会の仕事はつまらないし、飽きたから、ゲーミフィケーションについて雑談したいと思ったんだよ」

 松は終始笑顔で語る。安心感を与える笑顔に陥落した生徒は数知れない。

「ゲーミフィケーションか」

「ゲーミフィケーション?」

「ゲーミフィケーションだよ」

 三者三様の反応。

 華薔薇はゲーミフィケーションの雑談に期待で心を弾ませる。

 桔梗はゲーミフィケーションという言葉を知らない。

 松はゲーミフィケーションを強調するために繰り返した。

「ゲーミフィケーションとは、商品やサービスにゲームの要素を加えてモチベーションを上げる手法。これをつまらない作業や飽きた仕事に適用すると、たちまちつまらない作業や飽きた仕事が楽しいゲームに早変わりする」

「生徒会長から逃げ切るのも至難でね、どうしても生徒会の仕事をさせられるんだ。どうせやるならゲーミフィケーションの技術で楽しみたい。それを今日は雑談しに来たのさ」

 日輪高校の生徒会長は化け物スペックなので、サボり魔を見つけるのも容易い。見つかれば首根っこを掴まれて生徒会室まで連行される。仕事が終わるまで部屋から出してもらえなくなる。

「ホント、嫌になるよ。生徒会長なら僕がいなくても、いや生徒会役員の全員がいなくなっても仕事を回せるのに」

「いやいや、それは言い過ぎでしょ。生徒会の仕事を一人で済ませるってどんな優等生だよ」

 日輪高校の生徒会の役員は、会長、副会長、会計、書記、庶務、広報で構成されている。

 一人でこなすには仕事が多すぎる。桔梗の反応も当たり前である。だが、桔梗の反応が必ずしも正しいとは限らない。

「彼女なら余裕でしょうね」

「えぇぇぇっ! できんの、会長すっげー! ……っーか知り合いか? その口調からすると知り合いっぽい」

 華薔薇と会長の関係は今回の雑談には関係ない。

「生徒会の仕事がつまらないのは目的とルールと障害が曖昧だからでしょう」

 目的、ルール、障害のどれもがモチベーションに関係している。

「目的がわからなければ意義を見いだせない。ルールがあれば活用できるし、緊張感を与えられる」

「目的はわかるけど、ルールはどういうことだい? ルールなんてなければ自由にできるじゃないか」

「そんなことない。じゃんけんだと、グーがチョキに勝って、チョキがパーに勝って、パーがグーに勝つ。このルールがあるからじゃんけんが成立する」

 じゃんけんが成立するのはルールがあるから。グーもチョキもパーもどれを出しても勝てるならじゃんけんは意味をなさい。

「他にもサッカーで手を使ってはいけないルールがサッカーを面白くしているように、ルールを活用できればゲームを一層楽しめる」

 制限がある中で創意工夫や技術で乗り越えるから達成感が得られる。

「それじゃあ、障害は何のために?」

「障害がなければつまらないでしょ。ゲームのダンジョンを攻略しているときに敵が一切出現しないで宝箱も取り放題、ボスまで一直線。これでどうやって楽しめと」

 障害に打ち勝ちことで成長を実感できる。

 敵が出ないダンジョン、ボスのいないクエスト、分岐のない一本道のフィールド、謎解き要素なしのストーリー、何もしなくてもレベルアップ、こんなゲームがあったらつまらない。世間ではクソゲーと呼ばれることになる。

「ゲームで敵が出現したら倒して経験値ゲット、レアモンスターならたくさんの経験値やレアアイテムをドロップしてラッキーと思うように、適切な敵は喜びを与えてくれる」

 起伏のない人生はつまらない。難しすぎても易しすぎてもつまらないが、適度な難易度の障害があれば人生が面白くなる。

 人生がつまらない理由は難しいことに挑戦して挫折しているか、易しいことを繰り返して達成感を感じていない。人生のスパイスは適度な障害である。

「なるほど、目的、ルール、障害の三点を決めるとつまらん作業もゲームみたいになるのか。やってみたいけど、具体的にどうするんだ?」

 桔梗はゲーミフィケーションのゲの字も知らない素人。いきなり三点を決めろと言われて決められるものではない。

「そうね、勉強にもゲーミフィケーションは応用できるわよ。目的を決める際の注意点は自分がドキドキワクワクできる叶えたい目的にすること。単に大学に受かりたい、資格を取りたいだと、どうしてモチベーションが上がらない。英語を勉強して現地の人と喋って仲良くなりたい、料理の資格を取得して仲間に振る舞いたい、などのやる気をアップさせる目的がグッドよ」

「俺が勉強したいのは、大学に行きたいから……違う。それなら、褒められたい、これも違う。……ああ、そうか、華薔薇を見返してぎゃふんと言わせたい、だ。うん、これならモチベーションが1000%アップだ」

 桔梗だっていつまでもやられっぱなしは勘弁願いたい。いつかは華薔薇を言い負かしたい願望がある。心の表面では勝てないと思いながらも、心の奥底ではチャンスを伺っている。

「ははは、流石雑談部だ。華ちゃんをぎゃふんとさせるなんて、会長でも難しいだろうに。それを宣言するなんて、普通じゃないね」

 松は素直に桔梗を称賛する。松自身はめんどくさがりなので、勝った負けたは気にしない。その労力を使うくらいなら遊んだり休んでいたい。

「それで、華ちゃんをぎゃふんと言わせるルールはなんだい?」

「それはもちろん、雑談でぎゃふんと言わせる」

 腕っぷしで勝っても仕方ない。ぎゃふんと言わせるのは雑談でのこと。口八丁手八丁の手練手管を使用して言葉だけで言い負かす。

「最後は障害だ。何が考えられる?」

「立ち塞がるのは華薔薇だろう」

 華薔薇をぎゃふんと言わせる以上、障害は華薔薇になる。

「大きな目的を設定すると障害も同様に大きくなる。だからラスボスの前に大ボス、中ボス、小ボス、ザコモンスターを設定するのが重要よ」

 ゲームでも同じ。いきなりボスではなく、周辺のザコモンスターを倒してレベルアップしてからボスに挑む。

 ゲーミフィケーションはゲームの要素を取り入れるので、目的に従って障害を設定する必要がある。

「それなら、ラスボスが華薔薇にぎゃふんと言わせる。大ボスが華薔薇から一本取る。中ボスが華薔薇が知らないことを雑談する。小ボスが華薔薇からいじられないように回避する。ザコはあっと驚く発言をする。これでどうだ」

「どうだ、と言われても桔梗が納得してるなら、それでいいでしょう。私から言うことないわよ、精々頑張りなさい」

 華薔薇からすれば、桔梗がどんな目的を決めようが関係ない。華薔薇は自分の人生を生きるように桔梗も自分の人生を生きる。そこに華薔薇がラスボスとして立ちはだかることになろうと華薔薇自身には関係ない。


「自分の人生を決めるのは自分。つまらなくするのも、楽しくするのも自己責任だね」

 ゲーミフィケーションの雑談にちゃっかり参加して自分に取り入れた桔梗だが、元々は松が持ってきた雑談のネタだ。

 ここからは松のターン。

 ゲーミフィケーションをネタにした雑談という名の悩み相談が始まる。

「生徒会の仕事に目的を見つけるのはとても大変だね。生徒会の目的はわかるけど、それとこれとは別だよね」

「そうね、生徒会は生徒のためが第一でしょう。生徒全般か、部活動している生徒か、ボランティアに勤しむ生徒か、生徒のための組織が生徒会」

 生徒会の目的は生徒の環境をよくするためにある。松は自ら立候補して生徒会に所属したわけではないので、生徒会の目的とはそぐわない。

「松が目的を見つけられないのは、松がきちんとワクワクドキドキすることを認識できていないからよ。松は何に心踊らせるの?」

「そうだね、友達と遊んだり、知らない人と話したり、面白い人を仲介したり、そんなことは大好きだよ」

「どれもこれもコミュニケーションに関することね。なら、目的は簡単、生徒会を通じて新たな人と友達になる」

 生徒会なら生徒からの嘆願や施設の使用権を巡っての抗争、予算に関する理不尽な言い分、などなど人間関係のトラブルは尽きない。

「積極的に人脈を広げるために仲裁であったり、愚痴を聞いたりしたらいい。それで知らない人と友達になる」

「それはいいね。仲裁や人材の仲介は僕の領分さ。書類仕事なんかよりよっぽど楽しくやれる。むしろ率先したいさ」

 松は人間関係で輝ける人材だ。普通なら喧嘩の仲裁や愚痴を聞いたりするのは労苦を伴う。しかし、松なら嬉々として飛び込める。

「書類仕事が嫌なら任せればいいのよ。現場に出向いて直接トラブルを解決する代わりに書類仕事をやってもらう」

 生徒会にはたくさんの生徒が所属している。中には書類仕事が得意な人もいるだろう。そしてコミュニケーションが不得意な人もいる。

 わざわざ自分の嫌いな仕事をする必要はない。

「流石だよ華ちゃん。つまらない仕事はなくなるし、仕事はやってるから会長に怒られることもない。知らない人とも友達になれる最高の目的だね」

 松がドキドキワクワクするのは人とコミュニケーションを取っているとき、ならば仕事は人との関わり合うことをしたら喜べる。

 何が好きなのかさえわかれば、自ずと目的は見いだせる。


「目的が決まったら次に決めるのはルール。作る際には2点に気を付ける。①、ルールに則り進めると目的に近づき、ルールに反したら目的が遠ざかること。②、ルールを活用すると目的達成に有利になること。どちらかを守っているならルールは何だって構わない」

 ゲームで大事なボス戦の前にセーブして保険をかける。負けても直前からやり直せるのはルールに違反していない。

「目的に近づくためのルールか、これはさっき言った書類仕事をしないというのが当てはまるのかい?」

「そうね。松の目的からすると書類仕事をしても目的に近づかない。現場に出向いて問題解決してる方が目的に近づく。ひとつめはこれでいいでしょう」

 新たな人と友達になるには知らない人との出会いが肝心だ。既に友達になっている人と新たに友達になることはできない。親密具合が深まるだけだ。

「ふたつめはルールを活用したら有利になること。難しいな、友達を作るのに有利なシチュエーションが思い浮かばない」

「あら、思い浮かばないの。なら、桔梗はどうかしら、友達を作る際に有利になるルールはある?」

 松にないなら桔梗に。せっかく人数が増えているので、知恵を拝借するのも悪くない。

 三人寄れば文殊の知恵、というように桔梗のアイデアに賭ける。

「自分から友達を作らなくても、友達から友達になりそうな人を仲介してもらうのはどうだ。仲介するのが得意でも、仲介されたらいけないルールはないだろ」

「ナイスアイデア。私も同じ意見よ。既に培った人脈から友達を仲介してもらう。さて、これをどうやって生徒会の仕事に組み入れるかは松への課題ね」

 素晴らしいアイデアを閃いてもルールに組み込まれなければ宝の持ち腐れ。

 そしてここは雑談部。面白おかしくお喋りする場所、一方的に答えを教えるような授業はしない。部員が活発に雑談できるように双方向で会話する。

「これだけヒントをもらってわかりませんは格好悪いからね」

 松へのお膳立ては済んだ。後は松がゴールを決めるのみ。

「トラブルがあって現場に出向く、ここまではいい。そして友達を仲介してもらう。うーん、いや、逆を考えればいいのか。僕が友達を仲介するのは、助けを求められたとき。難しく考えてたな」

 松は思考を整理し深く内省する。しばしの思慮を終え、答えを出す。

「つまり、助けを求める、だ」

「誰に助けを求めるの?」

「生徒会のメンバーでも、友達でも誰でもいいさ。生徒会の仕事を生徒が手伝ってはいけない規則はない。ルール②は生徒会の仕事で困ったら誰かに助けてくれる人を仲介してもらう」

 生徒会の仕事にかこつけて友達を増やす松のルールはできた。

 ひとつめは、書類仕事を減らして極力現場に出向いて生徒と積極的に交流する。

 ふたつめは、トラブルに出会ったら素直に助けを求めて、解決できる人材を仲介してもらう。

 どちらも生徒会の仕事から逸脱していない。また、ゲーミフィケーションのルールの範囲内である。


「ルールも決まったら、次は障害ね。さて、松の目的を阻むものは何かしら?」

「うーん、会長かな。サボってたらいつの間にか現れては首根っこを掴んで生徒会に連行される」

「そりゃ、サボるお前が悪い」

 桔梗が極々当たり前のことを告げる。サボっているのだから仕方ない。

 サボって許される唯一の手口はサボりだとバレないこと。たとえサボろうとも仕事をしていると思われているなら問題ない。

「会長の連行なら今回は躱せるでしょ。だって仕事をしているもの」

 仕事をサボっていたから首根っこを掴まれる。サボっていなければ首根っこを掴まれる心配はない。

 ゲーミフィケーションのテクニックで仕事をするようになる松には会長は障害ではなくなる。

「他にはないのかしら、そんなことはないでしょ? 障害のない人生はつまらないわよ。さあ、障害は何」

「目的を阻むもの、そうだな会長以外だと、書類仕事は邪魔です」

「確かにね。でも、人を押し付けられるわね。なら小ボスってとこかしら」

 書類仕事は障害として立ちはだかるが、時間をかければ終わる。また、華薔薇の言う通りに誰かに助けてもえば早く終わる。解決策がはっきりしているので障害としては弱い。

「そうだな、他は……」

「今まで友達になれなかった相手とかいないのか?」

 ここに来て桔梗のアシストが飛ぶ。

 得てして当事者より第三者の方が物事を客観的に見れる。それに華薔薇に追い詰められる経験が豊富な桔梗は苦しいことを知っている。思わず手助けしたくなった。

「必要以上に会話しない相手やこちらを下に見ている相手とは友達になれなかったかな」

「そのふたつが障害のようね。敵だった人が友達になる、これってシンプルに最高でしょ」

 心を開いてくれない相手が情熱的な言葉に心を揺さぶられて、最終的には一緒になる。恋愛の物語ではよくあるパターン。だからこそ感動がある。

「何を言ってくるかわからない相手、辛辣な言葉を投げ掛ける相手の弱点を探して攻略する。とてもワクワクドキドキする」

 ゲームのモンスターを倒したら経験値やアイテムをもらえて成長を実感できる。その他に、ボスを倒すのに攻略法を考えるのも楽しい。

「そうだね。最初から仲良くなれるのもいいけど、最初は素っ気ない態度の子と友達なるのは、また違った喜びがある」

「人間は苦労して手に入れたものにより価値を感じるからね」

 いつでも食べられるご飯と取り寄せに時間のかかる食事なら、後者が圧倒的に価値が高いと判断する。

 払った労力に比例して価値が高まる。


「一通りのゲーミフィケーションの雑談はしたわね。目的、ルール、障害、この三点を忘れなければ人生は絶対楽しくなる」

「言い切るね。何か根拠でもあるのかい?」

「ゲームはシステムの制限を受ける。だから選択の幅はゲームクリエイターの腕次第。扉を開けるには対応した鍵が必要になる。壁を壊して侵入することは無理。対して現実は選択の幅に制限がない。扉を開けるには鍵以外にも、扉を壊したり、ピッキングしたり、穴を掘ったり、選択の幅は無限大。ゲームより選択肢が多いのならゲームより面白いのは当たり前でしょ」

 華薔薇は嬉しそうに語る。

 人生はゲームより劇的で、ゲームより喜劇に満ちている。

「そんなに選択肢が多いと迷わないかい? 多すぎても選べないよ」

「だからこそのルールよ。無限の選択肢もルールに当てはめたら取れる手段は限られる、その中で工夫して苦労してクリアする」

 華薔薇は生粋のゲーマーである。ただしプレイするのは現実という名の人生だ。

「ゲーミフィケーションはいいわよ。人間は遊んでいるときが一番真剣だもの。つまらない仕事を嫌々するより、遊びながら楽しく仕事ができる」

「違いない」

 仕事に真剣になれるのなら生産性も上がる。嫌々こなし結局離職されるより、嬉々として仕事に取り組む人材を会社は重宝する。

「深刻な問題だってゲーミフィケーションで状況を把握できる。追い詰められると視野が狭まってしまう。でも遊びで視野が狭まるなんてことはない」

「むしろゲームをしたら悩みが吹き飛ぶ」

 大したことがなくても深刻に悩むのが人間だ。ゲームのキャラクターを動かすように俯瞰で見れたら視界は開ける。実は大したことがなかったと気づける。

「ゲーミフィケーションでワクワクドキドキすることをいつでもできたら幸せでしょ」

「ゲームこそ至高、ゲームこそ人生」

 嫌いなことをして我慢する人生より、好きなことをして気の向くままの人生は最高だ。

 他の人より幸福度が高い人生なのは間違いない。

「適切な障害を乗り越えた時の爽快感、なんて素晴らしい」

「切磋琢磨できるライバルがいると盛り上がるよな」

 ゲームのモンスターはザコだと作業になる。逆に強すぎるとモチベーションが下がる。

 常に適切な障害を用意することで成長を実感できるし、爽快感も味わえる。

「ゲーミフィケーションは驚嘆するテクニックよ。つまらない作業はなくなるし、楽しいことで溢れる。松も桔梗も生活に取り入れることをオススメするわ」

 ゲーミフィケーションを取り入れれば生活に楽しみが増える。仕事も勉強も楽しくなる。モチベーションが上がるのは当然のこと、成果もわかりやすい。

 また目的を変えれば作業の効率アップやコストの削減にも使える。自分の能力を正確に見積もったり、メリットは計り知れない。

「まずはつまらないことがあったら目的を決めること。ルールや障害は後からでもいいから、ともかくゲーミフィケーションを意識すればいい」

 最初から杓子定規に型にはめなくていい。出だしから肩肘張っていたら疲れるので、できることから始めればいい。

「ありがとうね華ちゃん、早速実践してみるよ。会長に連行されるのは勘弁だからね」

 動機は不純で構わない。求められているのは結果。

「いきなりで悪いけど、ごめん華ちゃん、僕ももっと雑談したいのは山々なんだけど、もう行かないとダメみたい。今日はとても楽しかったよ。また雑談できる日を心待ちにしているから。バイバイ」

「えっ!? えぇ、またね松」

 唐突にいとま乞いをする松に多少の動揺を見せる華薔薇。

 とりとめもなく雑談をしていたのに態度か豹変しては、華薔薇も動揺を隠せない。それでも立ち所に平静を取り戻す。

「慌ただしいことこの上ない」

 普段からの努力は伊達ではない。

 しかし華薔薇が平静を取り戻す頃には松は部室から忽然と姿を消していた。退っ引きならない事情があったにせよ、唐突が過ぎる。

「やれやれ、何があったのだか。いえ、違うわね……」

「どういうことだ? 腹でも下したか、あの男」

「すぐにわかるわよ」

 華薔薇は桔梗の疑問に答えない。

 なぜなら正解がすぐそこまでやって来ていたから。

 松が雑談部から消えてすぐに、生徒会の会長が雑談部の部室をノックする。

 サボりの松を追いかけてきた会長が訪ねても既に下手人は姿を消した後。華薔薇と桔梗には松の行方は知れない。

 会長が一度華薔薇に視線を送るが、すぐさま松の追跡を再開する。

 神業な危険察知能力で一度は会長から逃れた松だが、会長の化け物スペックからは永遠には逃げれない。捕まるのは時間の問題だ。


「いやはや、会長から逃げる松は本当にゲーミフィケーションを活用できるのかしら」

 会長を見送った華薔薇は松がゲーミフィケーションを実行するか疑問を持つ。

 現在進行形で松は会長から逃げている。会長から逃げなくていいようにするためでもあったゲーミフィケーションが活かされるのはいつになることやら。

 ゲーミフィケーションのネタを提供してくれた当人がいなくなったので、本日の雑談部の活動はお開きである。

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