第23話 お金持ちの第一歩は一般人の思考を捨てること

「今回のお悩みはヤマブキさんからです。『お金持ちになりたい。一般人とお金持ちは何が違うの?』という疑問です。確かにお金持ちと我々一般人の違いってなんなんだろ?」

 ある日の放課後。

 雑談部の部室では桔梗が誰とも知れない悩みを持ち込んでいた。

「毎度毎度、桔梗も飽きないわね。ワンパターンなのよ」

 いつも同じ光景に華薔薇は飽きを感じていた。雑談は好きでも悩み相談は好きではない。

「それじゃあ、次回は普段とは違う感じでやってみるよ」

「いいわね。楽しみにしている、約束よ。ふふっ」

 同じことの繰り返しはどうしても飽きてしまう。桔梗が趣向を凝らすというのなら次回の雑談部の楽しみがひとつ増える。

「約束する。次回を楽しみにしててくれ」

 口約束とはいえ、約束は約束。破った場合にはペナルティもあるだろう。

「今日は気分がいいわ。前置きなしに雑談しましょう。それで、桔梗はお金持ちと一般人の違いはなんだと思う?」

「っぁ、えっ、いき、えーっと、おお、お金持ちと一般人違いかか」

 普段なら本題に入る前に肩慣らしがある。桔梗は遠回りする華薔薇を想像していたのに、いきなり本題に入って虚をつかれた。

 予定と違って慌てふためく。明らかに動揺を隠せていない。

「気を抜くんじゃないわよ。いつでもどこでも、どんな内容でも雑談できるように心の準備を整えなさい。桔梗も立派な雑談部の一員よ」

 雑談力が劣っていようと桔梗も雑談部の一員。雑談部としていつでも雑談できる心構えは必須だ。

「常在戦場とは言わないけど、雑談部にいるときに気を抜くのはなしよ」

「……はい」

 実際に油断していた桔梗は反論できずに身を小さくする。華薔薇がいつも前置きが長いからといって、いつも長いとは限らない。

 兵法三十六計の第一計、瞞天過海にあるように何度も同じことを繰り返すと相手は油断する。油断したら一気に畳み掛けられるので、いつでも相手の行動の意味を考える必要がある。

「もう一度聞くわ、それで、桔梗はお金持ちと一般人の違いはなんだと思う?」

 一言一句違わず華薔薇は同じ質問を繰り返す。これで同じような失態を繰り返すようでは雑談部失格だ。同じ失態をしたら芸人としては合格だが。

「そうだな、やっぱりお金持ちは頭がいいよな。それにすごい知り合いが一杯いるだろ」

「つまり、知識と人脈が豊富と言いたいのね。確かに知識と人脈は大切よ。でも、それらはお金持ちになる間に手に入っていく」

 知識と人脈があるからお金持ちになるのではない。お金持ちになる素養があるから知識と人脈が後からついてくる。

「お金持ちと一般人の最大の違いは考え方よ」

「いやいや、考え方が違うからってそんなに差はないだろ」

「そんなことはない。思考から感情が生まれて、感情から行動が生まれて、行動から結果が生まれる。最初の思考が間違っていたら、いい結果は得られない」

 一般人は最初の思考がお金持ちとは異なる。そのためいくら一般人が努力しようが結果が伴わない。

「それじゃあ思考を改めたらお金持ちになれる。やったー」

「お金持ちへの第一歩は思考を改めることよ。では、桔梗は思考がどこから生まれると思う? 同じものを見て私と桔梗が別の感想を述べるのは何故?」

 人間は何かを見たり聞いたりしたら思考する。落ちているお金を見て、汚いと思うかラッキーと思うか、人それぞれの考えが浮かぶ。

 誰一人として同じ考えを持つに至らない。この違うを生むのは何が原因か。

「そんなん、生まれも育ちも違うんだから、完全に同じってことはないだろ」

「その通り。私たちの思考はこれまでの教育や経験から規定されている。お金を見て動くか考えたり、異性を見てモテを模索したり、お菓子を見て食べたり、話を聞いて判断する。これら全ては私たちの脳内にプログラミングされている」

 思考が生まれるのはプログラミングに従った結果だ。教育や経験から思考が規定されている。

「つまり、プログラミングが結果の大元なんだ。いつの間にプログラミングなんてされたんだ?」

「子供の頃からの刷り込みよ。小さいときにどんな言葉を聞いたか。小さいときにどんな行動を見たか。小さいときにどんな経験を積んだか」

 子供の頃の身近な人(大概は両親)の姿を見てプログラミングは形成される。

「だからお金持ちの子供はお金持ちの教育と経験を刷り込まれて、将来お金持ちになる。逆に一般人の子供は一般人の両親から普通の教育しか受けないので、お金持ちの考え方がわからない」

 親と子供のお金に対する考え方は大抵似ている。親が浪費家なら子供も浪費家になる。親が倹約家なら子供も倹約家になる。なぜなら子供の頃に教育されてしまうからだ。

「それじゃ、一般人の家庭に生まれた子供はずっとお金持ちになれない……」

「そんなことはない。お金持ちの考え方を学んで、プログラミングを書き換えれば、誰であろうとお金持ちの考え方を獲得できる」

 子供の頃の教育や経験は強烈で簡単には変えられない。しかし諦めるには早い。人間はいつからでも変われる。

「よっし、教えてくれ華薔薇。俺はお金持ちになりたい!」

 華薔薇が見てきた中で一番気合いが入っている桔梗である。

「お金が好きなのね」

「何か悪いか。俺は金が大好きだ」

「いえ、素敵よ。お金より大切なものがあるなんて言う、貧乏人よりよっぽど好ましい」

 貧乏人は言い訳にお金より大切なものがあると言い聞かせている。お金があれば選択肢や可能性が増えるのに、お金を稼ぐ行為が汚いと思っているのか、頑なにお金を認めない人種がいる。それに比べたら欲望に忠実な桔梗が滅法好ましい。

「ではお金持ちの思考を雑談しましょうか。一般人は『なぜか、こんな人生になってしまった』と考える。お金持ちは『人生は自分で切り拓く』と考える」

「そう聞くと、お金持ちは格好いいな」

「お金持ちは人生をコントロールできるように積極的に行動する。対して一般人は被害者意識を持って無能を正当化しようとする」

 お金持ちは被害者意識を持たず責任転嫁はしない。

 一般人は被害者意識を持って、うまくいかなかった原因を自分以外に求める。

「お金持ちは自分の主張を押し通す。誰かの意見に流されない」

「わかった。俺は今日なんと言われようと華薔薇からお金持ちの思考を聞き出す」

 桔梗はとりあえず手近な雑談部の活動について主張する。

「今日は雑談に飽きたから、このまま焼き肉に行くのはどうかしら? 奢るわよ」

「えっ、焼き肉! わーい、行く行く」

「早速流されてるじゃないっ!」

 いくらお金持ちの思考を真似しようと付け焼き刃ではメッキにもならない。常に意識して、意識しなくても行動できるようにならないとお金持ちの思考が身についたとはならない。

「さて雑談を続けましょう」

「えっ!? 焼き肉は?」

 華薔薇が桔梗を試しただけなので、焼き肉には当然行かない。

「一般人は『暮らしに困らないレベル』を目指す。お金持ちは『成功と富』を目指す」

「まあまあ快適に暮らせるならそれでよくないか」

「快適って何よ。どうせレストランに行ってもメニューで見るのは値段でしょ。これくらいならいっか、と妥協するのが一般人。本当のお金持ちは値段は気にしない、食べたいものを食べる」

 お金を気にしいてる間はお金持ちになれない。好き勝手に行動して浪費しろということではなく、自分の好きなものや価値あるものには妥協するな、ということ。

 お金に支配されるのではなく、お金を支配する気概を持つ。

「くっ、胸が痛い。俺はファストフードでも値段が気になってしょうがない。食べたいものが食べれない」

「お金がないのに、高価なものを買うのは愚かの極みよ。まずは稼ぐ」

 貧乏人がお金持ちの真似をしたら破産する。あくまで思考を真似するのが肝要。

「続いての思考は、一般人は『お金持ちになれたらいいな』と考える。お金持ちは『絶対にお金持ちになる』と考えるよ」

「ん? それになんの違いがある?」

「全く別物よ。一般人はお金持ちになれたらいいな、と漫然とした考え。対してお金持ちは絶対にお金持ちになる、と固い決意を持つ」

 大抵の一般人はお金持ちになりたいと思いながら、一方でお金持ちは悪いことをしていると考える。

 この矛盾した思いがあると思考が乱れ、行動も中途半端になる。一貫性のない行動に信頼性は伴わない。

 間近で見ている仲間に不安を与えていてはお金は遠ざかる一方だ。

「よし、俺は絶対にお金持ちになる、絶対だからな」

「宣言は結構。どうしてお金持ちになりたいの? そこそこ稼げたら快適な生活を送れるわよ」

「うーん、メニューの値段を気にしないためだ」

「どれくらいの額があればいいの?」

「えーっと、ひゃく、いや1000万」

「それじゃあ、いつまでにお金持ちになるの? 今日、明日、それとも一年後、もしかして十年後?」

「むむっ、大学卒業までになる」

「よろしい。お金持ちになる理由と時期を忘れないように。そしてお金持ちになることに全身全霊を捧げなさい」

 桔梗は宣言した。ならば後戻りはできない。

 明確な目標を決めれば達成するまで諦めない。

「お金持ちになれる人は、自分にはお金を稼ぐ才能があると心の底から信じているし、お金持ちに相応しいとも信じている。桔梗も同じかしら?」

「あたぼうよ。俺こそがお金持ちだ。俺以外にお金持ちに相応しい人はいない」

「大きく出たわね。世界中のお金持ちを敵に回したいの?」

「そ、そんにゃことはない」

 言い過ぎた、と思ったのか声が震える桔梗。しかし気持ちで負けていては勝てる勝負も負けてしまう。

「お金持ちの特徴に成功するまでどれだけの犠牲を払おうと厭わない覚悟を持っている。桔梗の覚悟は足りている?」

「舐めるなよ。俺は絶対にお金持ちになる。なるったらなる。どんな困難も乗り越えて見せる」

「それはそれは、頼もしい」

 これから何を起こすのか楽しみでならない華薔薇は不適な笑みを浮かべる。

 お金持ちになるには並大抵の努力では叶わない。一心不乱に突き進む必要があるのもまた事実。

「続いては、一般人は『障害』に注目する。お金持ちは『チャンス』に注目する。一般人は失敗の可能性にしか目を向けないから、いつまでも同じ場所で足踏みを続ける。対して、お金持ちはリスクを計算して、リターンが大きいとなればすぐさま行動する」

「いや、わかる。わかるんだよ。何かしようとしたらリスクばっかり気にしてる俺がいる。リターンがあるとわかっても行動に移せない」

 一般人は準備していると言い訳をして、いつまでも同じ場所で足踏みしている。時には何週間、何ヵ月、何年と同じ問答を繰り返す。

 お金持ちはリスクとリターンの計算が終われば行動する。リスクが高いなら何もしない。後からもしかしたら、と考えることもせず、新しいチャンスをまた探し出す。

 リターンが大きければすぐに行動するので、一般人が足踏みしている間に資産をどんどん増やしていく。

 こうして、一般人とお金持ちの差は開いていく。

「安全なぬるま湯は心地いいものね。この心地いい空間のことをコンフォートゾーンと呼ぶ。そのコンフォートゾーンから脱出しないと、いつまでも一般人は一般人のまま。成功するには必ずコンフォートゾーンを脱出する時が来る」

「できれば、安全な場所から離れたくない。成長しないとわかっても、リスクを取りたくない」

 コンフォートゾーンから脱出するのはとても怖い。しかし、その先には成長と成功がある。

 恐怖を恐れず挑戦したものにしか、成長と成功はない。

「リスクがないこと、リターンがリスクを上回るなら、恐れず飛び込みなさい。そこには見たことのない新しい景色が広がっている」

「そこまで言われちゃやるしかない。俺はクソゲーと言われたゲームに挑戦する。今までは同じジャンルのゲームばっかやってた。これこらは毛嫌いせず、クソゲーもやるようにする」

「……………………あっ、うん、いいんじゃない」

 何に挑戦するかは人それぞれだ。桔梗がよしとするなら華薔薇に否はない。

 いきなり未知のジャンルに挑戦するより、身近でありながら毛嫌いしていたものなら手が出やすい。初めはこれくらいが適切な難易度かもしれない。

「ごほん、気を取り直して。次の思考は、一般人は『成功者を妬む』。お金持ちは『成功者を称賛する』。お金持ちを妬んでいる限り成功はない」

「でも、お金持ちって鼻持ちならない奴らだろ。自分たちだけ贅沢して、俺たち庶民を省みない」

 お金持ちのイメージを桔梗は偏見で語る。なぜなら桔梗にお金持ちの友達はいない。

 メディアや漫画の影響でお金持ちは悪だと判断している。

「その心は捨てなさい。お金持ちはむしろ気前がよくて気立てがいい。想像しなさい。桔梗がお金持ちになったとして、後輩のチャンスのためにお金を与えようと思います。一人は『お高く止まった金持ちが、運がよかっただけだろ』と言い、もう一人は『あなたの努力は素晴らしい、私も見習いたいです』と言う。さて、桔梗はどちらにチャンスを与えたい」

 成功者を妬む人、成功者を称賛する人、どちらかを選ぶだけの思考実験だ。

「それなら後の人だ。運がよかっただけだとしても、言われて愉快な気分にはなれない。後の人は褒めてくれてる。やっぱり褒められると嬉しい。断然後者を選ぶ」

 簡単な思考実験だが、成功者を妬むとチャンスは巡らず、成功者を称賛するとチャンスが巡ってくる。

「成功者を称賛する人が成功者になったら、同じく成功者を称賛する人にチャンスを与えるでしょう」

 成功者を称賛する人が成功者を称賛する人を生み、成功者を称賛する人が成功者を称賛する人を呼ぶ。このサイクルの中には成功者を妬む成功者はいない。

「お金持ちを妬み嫉み羨んでいる人にはチャンスはない。桔梗も会ったことのないお金持ちを強欲だとか、お高く止まっているだとか、悪事を働いているだとか、意地汚いだとか、お金にがめついだとか、利己的だとか、器が小さいだとか、わがままだとか、忍耐力がないだとか、思っちゃダメよ」

「そこまでは思ってねぇよ! 俺はお金持ちにそんなとち狂った執着はないっ!」

 なんだと思っているんだ、と憤る。

 桔梗のお金持ちに対する眼差しは一般的だ。お金持ちが羨ましい、裏では悪どいことをやっている、そんな愚にもつかない思い。

「もうひとつ、お金持ちのおかけで一般人は生活できてるのよ」

「俺たちがお金持ちに……助けられてる?」

「お金持ちが国にたくさんの税金を納めているから行政が回るのよ。いいこと、貧乏人が少額の税金を納めるでしょ、お金持ちは多額の税金を納める。でもね、受けられる行政のサービスに違いはない。これって一般人にはお得でしょ」

 桔梗の思考を変えるための極端な一例だ。貧乏には貧乏の苦労があり、お金持ちにはお金持ちなりの苦労がある。

「うーん、そう言われると、得した気分になるな。ありがとう、顔も名前も性別も年齢も知らないお金持ち」

 お金持ちを妬んでも得はない。称賛したり感謝を表せば、いつかチャンスが巡ってくるかもしれない。

「続いての思考は、一般人は『失敗する人』と付き合う。お金持ちは『成功した人』と付き合う」

「くそったれ、勝ち組は勝ち組のグループを作るのか」

 一般人は失敗する人としか付き合わないから、いつまで経っても成功しない。

 仮に一般人が成功者と並ぶと自分の情けなさでいたたまれなくなる。さらに自分の身を守ろうと相手を批判したり、難癖をつけると余計に成功者から遠ざかる。

 対してお金持ちは成功者と付き合うことで刺激を受け、自分も負けじと奮励する。

 成功者から学び、教えてもらうことでよりスキルを磨きあげる。相手を批判する暇があるなら、ひとつでも真似をした方が時間を有効活用できる。

「さっきの続きで、成功者を称賛する人が成功したら、成功者同士で交流できる。成功者が成功者を呼ぶから、成功者は成功者と仲を深めていく」

「つまり、成功しないと勝ち組グループに入れないじゃん」

「いきなり、一番上を目指しちゃダメ。自分よりひとつ上のグループなら入れてくれる。そして思考やスキルを手に入れてステータスがアップしたら、またひとつ上のグループにお邪魔する。この繰り返しを続けていくと、最終的に一番上のお金持ちに辿り着く」

 勉強や健康と同じで一朝一夕では達成できない。地道にコツコツやっていくしかない。

 お金持ちも千里の道も一歩から。行動して一歩踏み出せば、千里も九九九里になる。いずれは千里を歩けるだろう。

「一般人は『時間』に応じて報酬を得る。お金持ちは『成果』に応じて報酬を得る」

「お金持ちは時給で働いてないってこと?」

 時給だとどうしても限界がある。お金持ちは成果に応じて報酬を得るので青天井である。稼ぐ力に限界はない。

「それって、能力がなかったらお金はもらえないよな。リスキーすぎない?」

「言ったでしょ、お金持ちはチャンスがあればすぐさま飛びつく。桔梗のようにリスクを気にして物怖じしない」

「はっ!」

 決まった時間働いて、決まった金額を、決まった日付に受け取る。安心感は得られるかもしれないが、お金持ちになれる可能性は低い。

「お金持ちの大半はビジネスオーナー、つまり成果に応じて報酬を得る成果給にしている。成果を出せば出すだけ給料は上がるのよ」

 会社に雇われて働いていると時給以上の給料は受け取れない。精々が臨時ボーナスが出るくらいで、社員には還元されない。

 対して成果報酬型だと給料は青天井。

「百万円売り上げても、一千万円売り上げても、一億円売り上げても、時給の場合、給料は同じ。だから会社というのは有能な社員ほど辞めていく。だって、個人で働いた方が儲かるもの」

「切ないな。そう言われると長年会社で頑張ってきた人の見方が変わる。リスクを恐れてチャンスを逃したなれの果てに見えてきた」

「だから桔梗も時間を切り売りするような愚かな行為はやめて、自分の能力に見合っ働きをして、成果に応じた報酬を得るようにしなさい」

 むしろ桔梗は高校生でよかった。社会に出て、時給で働いて給料を受け取っていたら、それが当たり前になる。植え付けられた当たり前を取り外すのは一苦労だ。

「よし、わかった。それで、どうやったら成果給のルートに進めるんだ」

「それは簡単よ。自分で会社を起業するか、歩合制の会社に入社したらいい。成果給なら給料は青天井。一発当てるか、地道にコツコツやっていけば、お金持ちの仲間入りね」

 何かしらの能力がなければ惨めな結果を迎えるが、チャンスを掴めばどこまでも昇っていく。リスクを嫌って会社に雇われるのも、上を目指してチャンスを伺うのも自由だ。

「そっか、なら俺は、会社を作る。…………具体的なプランはないけど」

「いいんじゃない。オーナーになれば自分の給料は自由に設定できるし」

 売上以上の給料は不可能だし、最大値に設定すると税金で取られてしまう。経費や節税の観点から中小企業の社長の給料はそんなに高く設定されていない場合が多い。

「おう、これで俺もお金持ちに一歩近づいたな」

「桔梗が何を選ぼうと自由よ。好きになさい」

 成功してお金持ちになるか、失敗して無一文になるかは今後の桔梗の身の振り方次第だ。

「もう少し雑談を続けましょう。一般人は『どちらか一方だけでいい』と思う。お金持ちは『両方手に入れたい』と思う。一般人はどちらかしか選べません、と言われると、どっちの方が得かを考える。対してお金持ちはどうしたら両方手に入るかを考える」

「両方手に入れるのが最善なのは一目瞭然だけど、それができないからどっちか選ぶんだろ」

 一般人はすぐに無理、できない、と諦める。与えられた情報を鵜呑みにして深く考えない。

 お金持ちは最後の最後まで足掻いて、両方手に入るか方法を模索する。なぜなら創意工夫で乗り越えられると知っているからだ。

「一般人はお金が欲しいと思ったら時間を犠牲にする。長い時間働いて、プライベートを犠牲にしてお金を得る。対してお金持ちはお金が欲しいと思ったら素早く終わらせる方法を考えて、同じ時間でたくさんの仕事をこなす」

「そんなに簡単にできるなら、最初からやってるだろ」

「なら、仕事の質を上げて単価を上げる。時間は同じでも内容をグレードアップしてたくさんのお金をもらう」

 一般人は大事なものを犠牲にして欲しいものを得ようとする。

 お金持ちはスキルアップすることで、欲しいものを得る。

「人生において、AかBかのどちらかを選ばないといけない場面はそうそない。大体はAでもBでもない、Cという選択肢が隠れている」

 CがダメならDを、という風に諦めないのがお金持ちだ。

「妥協しているようじゃ、お金持ちにはなれない。逆に妥協しなかったから、お金持ちになったのかもね」

「妥協しない。言うは易し行うは難しの典型だろ。でも、俺だって男の子だ。時間もお金もゲームも女の子も全て手に入れてやる。見てろよ」

 堂々とした桔梗の宣言。お金持ちに絶対なる強い気持ちが桔梗の成長を手助けしてくれる。

「えっ! 見せるは勘弁してよ」

 桔梗の宣言は華薔薇には届かない。

「どうして私が桔梗のことを見ないといけないの? 無駄なことに時間を費やす暇はない。やるなら勝手にやって。興味ないから、私の見えないところでお願いね」

 華薔薇と桔梗の繋がりは雑談部だけ。プライベートでの繋がりは一切ないし、部活以外の校内で交流はない。

 華薔薇に親しくもない相手の人生をじろじろと見回す趣味はない。なので桔梗が宣言しようが気にも止めない。

 桔梗の努力を眺めても一円のプラスにもならない。見るだけ時間の無駄は確定している。

「もっっっと、俺に興味を持てぇぇぇ!」

「はいはい、興味を持つに値する男になったらね」

 将来的には桔梗が成長して雑談以外で見所のある人間に変貌している可能性はなきにしもあらず。

「最後に、一般人は『何でも知っている』と思う。お金持ちは『何でも学ぼう』と思う。どうしても一般人は自分の無知を受け入れられないから、何でも知っていると、自分は正しいと証明したがる。成功してない時点で自分の知識が間違っているのにね」

 一般人は苦労しても運が悪い、時期尚早だった、などと自分が間違っていないことを殊更に主張する。

「成功してないことが、逆説的に自分の知見が間違っていることの証明になる、か。言い得て妙だな」

「対してお金持ちは、自分が常に間違っていることを念頭に置いて、知見のアップデートに余念がない」

 常に世界は変化している。つまり歩みを止めたら置いていかれるのは当然だ。特に近年の変化のスピードは目にも止まらぬ早さ。

「いいこと、毎日同じことを繰り返していたら同じものしか得られない。新しいものが欲しいなら新しいことをしないと得られない」

「おう、俺は雑談部でいつもいつも新しい知識を獲得してるぜ。ありがたやありがたや」

 手のひらを合わせて華薔薇を拝む桔梗。感謝の気持ちに偽りはない。未知の知識をいつだって披露してくれる華薔薇にどれだけ感謝しても足りない。

「学ぶ姿勢は忘れちゃダメよ。お金持ちは新しい人、新しい技術、新しい商品から、何かひとつでも学ぶものはないか目を光らせている」

 お金持ちがずっとお金持ちでいられるのは常に自分磨きに余念がないからだ。時代の流れを読み、流行に乗り遅れることがないからいつだってヒット商品を生み出す。流行を作る側に回っている。

 一般人はいつだって流行に乗っかるだけで、消費者の立場から抜け出せない。流行を作るという発想がない。

「お金持ちって部下に指示してふんぞり返っているイメージだったけど、いろいろ苦労してんのな」

「当たり前よ。人と同じことをしてたら、人より抜きん出られない。抜きん出るためには人より努力したり、人とは違うアプローチが必要になる」

 お金持ちは努力を惜しまない。しかし努力している面は表に出ないので、表面的な姿に囚われて誤解する。

「いやー、たまげた。納得することばかりで、ぐうの音も出ない」

 本日の桔梗は目から鱗がポロポロ落ちていた。漠然としたお金持ちのイメージが刷新されようが、お金持ちになりたい思いに変化はない。

「お金持ちが滅茶苦茶大変なのはよーく理解した。でも、俺はお金持ちに絶対なる。たとえ道のりが険しくても、俺は諦めない。華薔薇からどんどん知識を吸収して、全てを手に入れる」

 思考が変われば感情も変わる。感情が変われば行動が変わる。行動が変われば結果が変わる。

 桔梗の思考は現在アップデートされている、いつかの成功のために。

「私は雑談ができればいいのよ。そこから桔梗が何を学ぼうが、桔梗の勝手。精々私を利用することね」

「応とも、このチャンスは見逃さない。知識の権化の華薔薇に感謝を」

「それは、褒め言葉として受け取っていいのかしら? まるで私が頭でっかちの知識バカに聞こえるのだけど」

「ええっ! 褒めてる褒めてる。俺からの最大限の褒め言葉だ」

 言い訳めいた桔梗の言葉にまあいいか、と華薔薇は半分諦める。語彙力の乏しい桔梗に知的な褒め言葉を期待する方が間違っている。

「桔梗だと、締まらないわね……」

「何か言ったか?」

「いいえ、今日の雑談部はここまで」

 本日の雑談部は締まらないまま活動を終えるのだった。

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