崇史の章①

 神部こうべで生まれた。物心つく前に親が事故で死に、親戚に引き取られて育った。

 聞かされた話が本当かどうかはわからない。〈西〉では真実など、話す人間の都合で簡単に変わるから。


 普通の子供だったと思う。

 学校での考査を通して、とある役目への適性があると言われたのは、十歳になった時。


 政府の役人が家に来て、養父母に子供の親権を手放すよう迫った。彼らにそれを拒む自由はなかった。


 自分は寄宿舎のようなところに連れて行かれ、様々な年代の他の子供達と〈東〉の人間になる訓練を受けた。子供達はなるべく交流しないよう指導された。特に互いの素性は、決して明かしてはならない決まりだった。


 半年ほどの訓練を経て、ひそかに〈東〉に送られた。

 そこで〈東〉の人間として暮らし、社会にしっかり溶け込む――それが最初の任務だった。


 送られた先は〈東〉の軍高官の家。〈西〉の政府と何らかの取引があったのだろう。養父は親戚の子を引き取ったと周囲に話した。


 家の中では互いに不干渉。だが家の外では仲の良い親子を演じた。一年もたたないうちに〈東〉の社会に完全に溶け込んだ。


 新しい命令が来たのは、十五歳の時。高校に入学して数ヶ月がたっていた。


〈生徒会〉に入会し、幹部へ昇進せよ。


〈東〉側政府が関係各所に振りかざしているという〈テロ組織による抹殺対象者名簿〉には、養父の名前が載っていると知らされた。

 それを口実に入会し、時任七桜による襲撃をしのぐという幸運も手伝って、短期間で幹部への昇進を果たした。


 時任七桜は、中学の時の部活の後輩。これまで会った異性の中で、最も好ましいと感じた相手だ。しかし任務がもたらされた以上、私情は捨てなければならなかった。


 私見だが、〈生徒会〉の発足については、この国の政争と無関係とは思えなかった。

〈西〉との融和、外国勢力の排除を目指した民族主義者である天王寺谷首相は、戦後最高とも言える高い支持率を誇っていた。これは、それまで権力をにぎっていた親外国派にとって、到底看過できることではなかっただろう。


 その証拠に暗殺事件の後、政権を奪い返した親外国派は、治安維持のための体制強化を口実に組織的に情報統制を行い、司法の独立性と報道の自由を抑圧。政権批判を厳しく封じていった。


 同時にあらゆるメディアを使い、〈西〉への徹底的な差別意識を国民に植えつけた。

 民族主義派はそれに強く反発した。限られた手段の中で、連日厳しく政権を批判した。


 その問題を解決したのが〈生徒会〉である。駆除という極端な手段を通して、それまで一定数いた、〈西〉との融和を目指す民族主義者たちの影響力を排除することに成功した。


 国益の多くを外国に吸い取られる親外国派政権が、経済政策で目立った成果を上げられなかったことも〈生徒会〉への後押しとなった。


 人々の不満や怒りを肯定する組織、あるいは思想は、先行きの不透明な社会において人心をつかみやすい。それは過激であればあるほど望ましい。


〈生徒会〉はなるべくして時代の寵児になっていった。そんな中で自分は、組織の情報を〈西〉側政府に送り続けた。


 しかし〈西〉側政府からの反応はなかった。腰を上げるにあたり、〈西〉側に最も有益な結果をもたらす時期を見極めていたのだろう。


 待って、待って――ついにその日が来た。

 崇史が〈生徒会〉に入会してから、およそ一年がたっていた。

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