崇史の章 ②

「――――…」

 ちょうど病室をのぞきにいった時、斗和が目を覚ました。


 意味がわからないといった様子で天井を見上げている。それから着せられてた病衣の胸元を開き、包帯で被覆されている自分の身体をぼんやり眺めていた。


 崇史は声をかける。

「重傷だったが、もう峠は越えたそうだ。命の危険はない」


 斗和は肩を揺らしてふり向いた。

「え…と――え、おまえもしかして…崇史…?」

「そうだ」


 こっちを見ても、すぐには誰かわからなかったらしい。

 それも道理だ。何しろ崇史は今、茶髪のウィッグとピアス、そして眼鏡とマスクをつけている。〈生徒会〉の幹部として顔の知られた崇史は、現状とても素顔で外を歩くことができないためだ。


「俺がおまえをここまで運んだ」

「え…」

 端的な説明に斗和はまだぼんやりと応じる。崇史はもう少し説明を足した。


 小出昴が斗和を刺した、あの時。

 ナイフは深々と胸を刺していたものの、時任七桜が的確に止血した。


 加えてあの地下駐車場は空調の関係でひどく温度が低かったのと、身体が濡れていたせいで、元々軽い低体温状態になっていた。また、すぐに気を失ったため余計な体力を使わず、それまでの睡眠不足おかげで深い眠りについたこともプラスに働いた。


 様々な幸運が重なって、斗和は臓器に深刻な損傷を受けながらも、病院に搬送されるまでの時間を乗り切ったのだ。


 そういったことをどこまで理解しているのか。当人はごく軽い調子で訊ねてくる。

「つまり、おまえが助けてくれたの?」

「そういうことになるな」


「七桜は? あいつ逃げられた? ていうかおまえ、なんでそんなチャラいカッコしてんの?」

(…やはり何も理解していないな)

 崇史は深いため息をついた。


「これは変装だ」

「変装?」

「あぁ、俺は〈西〉に拉致されたことになっている」

「はぁ?」


 わけがわからないとばかり、目を白黒させる相手に順を追って説明した。

 あの日のことはすべて仕組まれていた。八木秀正の居場所を突き止めたところから、すべては崇史の計画だったのだ。


「八木秀正は実在しない。〈西〉の工作員による仮想の存在だ」

「それにしちゃ生徒会の内情にくわしかった」

「言った通りだ」

「……」


 斗和は、ふと考え込む。「〈西〉の工作員による仮想の存在」が何を意味するのか、考えているようだ。

 結果、ひらめいたように崇史に人差し指を向けてきた。


「おまえか!!」


 崇史はくちびるの端を持ち上げる。

「外れ。俺はただの協力者だ。〈生徒会〉の内部情報を流していた」

「流してたって…誰に…?」


 その問いは黙殺した。立場上、答えることができない。その代わり、八木秀正の拠点が見つかったという情報も〈生徒会〉の注意を引くためのダミーだったことを話した。


「おまえ達がそれに気を取られている隙に、おまえの家にかくまわれている時任七桜を保護し、同時にひそかに引き入れた陸戦隊の部隊が〈生徒会〉本部を制圧することになっていた」


 時任七桜が斗和の家にいることは、〈西系〉住民のネットワークを通してつかんでいた。

 しかしその直前、〈生徒会〉もまたそのことに気づいてしまった。おまけに当の時任七桜は、八木秀正のもとに向かったという。

 作戦は混乱した。帳尻を合わせるのが大変だった。


 斗和はあ然としたおももちで話に耳を傾けている。

「それで…七桜は…?」

「無事保護した。今は〈生徒会〉に立ち向かった英雄として〈西〉で歓待されている」


「逃げられたんだな…」

 心底ホッとした様子で斗和は息をついた。

「で、英信達は?」


「その前に俺の話をしよう」

 崇史は自分が工作員だということを簡単に説明する。斗和は目を丸くして聞いていた。


「今回、俺のところに指令が来たのは作戦開始の直前だった。そのくらい、関係者にも伏せられていた極秘作戦だ」

「作戦って…」

「時任七桜の保護、そして〈生徒会〉の幹部全員の〈西〉への拉致を目的とした作戦だ」

「幹部全員の拉致…!?」

「あぁ」


 作戦に関わる者達の上首尾な連携もあり、予想外の展開がありながらも、目的の大半を遂げることができた。

 しかし斗和はケガの状態が深刻で、とても動かせる状態ではなかったため〈東〉に残された。亜夜人も同じくだ。


 自分を呑み込むはずだった運命を知り、斗和は顔色を失った。


「じゃあ…英信たちは…?」

「英信と結凪は拉致に成功した。響貴は記録の消去を試みるなど、抵抗を見せたために射殺された」

「…え」

「代わりに翔真を連行した。人数があまりに少なくなってしまうからな」


 斗和の顔色が真っ青を通り越して白くなる。


「…響貴を殺したのかよ…?」

「おまえにそれが責められるのか? さんざんゴキブリを駆除しておきながら、決して報復されることはないと?」

「でも響貴は…っ」

「言っておくが〈生徒会〉創設時には響貴も駆除に携わっていた。アイスピックを好んで用いていたな」

「――――…」


 言葉をなくして押しだまる相手に、その後の展開をかいつまんで話した。

〈西〉の強襲部隊による、〈生徒会〉幹部のいっせい拉致のニュースは世界中を驚かせた。

 無論、〈西系〉住民への弾圧の即時停止を求める申し入れを無視され続けた〈西〉政府による報復だ。


〈東〉側政府は、即時全員を帰国させるよう外交ルートを通して申し入れたものの、〈西〉側政府は、彼らは同胞を無差別に殺す組織を率いる犯罪者だとしてそれを拒否。今のところ解放の目処は立っていない。


 センセーショナルな事件を、諸外国のメディアも連日大きく報じている。


 そもそも、この二年で千人単位の〈西系〉住民が組織的に殺されたのは虐殺なのではないかと国際的に疑問視される中、〈東〉側政府の現首相は海の向こう――自由連合の親玉である大国へと首脳会談に出かけた。


 迎えた大国の大統領は会談の後、「主権国家に対する、外部勢力の内政干渉に反対する」と声明を発表。首相は「主権や独立、安定を守る我が国への貴国の支持に感謝する」と応じ、逆に疑惑を指摘する国際刑事裁判所に対し「関連問題を慎重に処理するよう望む」と苦言を呈したという。


 それだけ。


 小清水響貴と小出昴という二人の未成年者が犠牲になり、一人が意識不明の重体で救急搬送され、表向きには崇史を含む四人が拉致された大事件。

 そしてこの国の何千という〈西系〉住民が、ほとんど何の根拠もなく殺された事象。

 それらに対する国際社会の反応は、たったそれだけだった。


「なべて世は事もなしというわけだ」

 崇史の結論に斗和は首を振る。

「そんな…翔真達はどうなる? 裁判にかけられんの? まさか…死刑……?」

「どうだろうな。危険を冒して拉致したんだ。簡単には殺さないと思うが」


 上の意図が末端まで伝わってくることはない。崇史に確たることはわからなかった。

 だが想像はつく。


を含め…あいつらは、死刑よりも価値のあることに使われるだろう」

「殺すよりも価値のあることって? 何だよ?」

「有り体に言えば、〈東〉の国民の目を覚まさせることだ」

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