第1章 七桜の日記 ②

零和5年9月4日

 二学期になって初めての部活。三年生が引退して、二年生が中心になっての新しい体制に。新部長は城川先輩。


 的前練習をするようになってから、部活がおもしろくてしかたがない。ひたすら練習を続けた成果が出てきて、当たるようになってくると、さらに楽しくなる。


 最近は風香ふうかもすごく上手くなってきてて、一年女子で大会に出る可能性があるのは、わたしか風香のどっちかだろうって、城川先輩が話してた。もっともっと練習がんばろう。



 学校の外では、あんまりいいことがない。


 首相暗殺事件の犯人の家から見つかった〈愛国一心会〉の〈リスト〉には、メンバーだけじゃなくて協力者の名前も何万人って載ってて、そのほとんどが普通の一般市民だったらしい。


 そのせいで最近、学者や有名人が堂々と「〈西〉出身者は全員、潜在的なスパイだ」ってコメントするようになった。昨日なんて「敵性国民」まで言った。なのに誰もそれを止めなかった。どうしてあんなコメントが許されるんだろう? ああいうのって放送しちゃいけないんじゃないの?


 うちは全然〈西〉とは関係ないし、これまでと何も変わらない。それなのに、なんだかこの頃、周りの目が変わってきた気がする。すごくいやな感じ。


 でも学校の友達や、部活の仲間は「気にしないで」って言ってくれる。私が不安になってるの感じて、みんなではげましてくれる。


 先生も、〈西〉出身の人間による犯罪が重なったのはたまたまだし、〈東〉の人間だって事件を起こすのに、両親や祖父母が昔〈西〉に住んでいたってだけで偏見を持つのは良くないって言ってる。




零和5年12月13日

 部内競射で三位になって、来月の都大会の代表に選ばれた!


 城川先輩が「よくがんばったな」って言ってくれた!!


 わたしが毎朝自主練してるのも、家でずっと徒手練習してるのも気づいてくれてた!!!


「自分も上達するためにすごく努力したから、がんばってる子はすぐわかる」って言ってくれた!!!!


 もう死んでもいい。いや、ダメ。大会で結果出すまで死ねない。初めての大会出場、絶対結果出してみせる!!!!!



〈西系〉の国会議員が機密情報を〈西〉に流して、スパイ防止法違反で逮捕された。


 政治家や識者だけじゃなくて、中立なはずのジャーナリストまでが、〈西〉と少しでも関係のある人間は潜在的な敵性国民だから気をつけないと、って言い始めた。


〈西〉出身者は政府への反感を煽る思想を広めて、治安を悪化させる社会の脅威だから警戒しなきゃいけないんだって。〈西〉出身の人や、〈西〉に親戚の多い人をまとめて指す〈西系〉って言葉も出てきた。


 最近は〈西系〉だから入社試験を受けられないとか、バイトをクビになったとか、めちゃくちゃなことが起きてるみたい。なのに訴えても勝てない。ちゃんと裁判されない。


 どうして? 今まで普通に暮らしてたのに、なんでこんなふうに急に悪者にされるの?




零和6年2月14日

 今日はいいことと悪いことがあった。


 いいことは、城川先輩がチョコを受け取ってくれた。おまけに「じつはちょっと期待してたから、もらえてうれしい」って言ってくれた。


 先輩は、部内だけじゃなくて色んな子からチョコもらってたみたいだけど、風香が「他の子にはそういうこと言ってないっぽい」って教えてくれた。渡したタイミングが良かったとか、そういうたまたまかもしれないけど、それでもうれしい。



 悪いことは、お父さんが左遷された。


 いきなり今までと全然ちがう部署に飛ばされたんだって。でもクビにならないだけマシって言ってる。慣れない部署でも、ちゃんと仕事しないとクビになるからって、会社から資料を持ち帰って必死に勉強してる。


 くやしい。お父さんはまじめで、責任感強くて、今まではちゃんと評価されてきた社員なのに。




零和6年4月5日

 二年生の新学期は憂鬱だった。


 入学式で校長が「出身がどこかというのは、決して話題にしないように」って話してた。そういう問題じゃないんじゃないの? 差別は良くないって言うべきじゃない?


 でも部内のみんなに、わたしの両親が〈西〉出身ってことは言わないように頼んだ。仮入部をしに来る新入生の中には、もしかしたら偏見を持った子もいるかもしれないから。



 昨日の夜、お父さんが倒れて救急車で運ばれた。


 お母さんは「こうなるんじゃないかと思ってた」って泣いてた。ずっと寝る間も惜しんで勉強して、慣れない仕事と人間関係でストレスためこんでたから、身体を壊すのも当然だって言ってた。


 それでも休めるのは三日だけなんだって。このまま入院したらお父さんは確実にクビになる。クビになっていいから休んでって、お母さんと頼んだ。


 このところ〈西系〉の犯罪が急増してる。就職なんて絶望的だし、バイトの口すらなくて、犯罪に走る人が増えてる。そのせいでよけいに〈西系〉は危険だって言われるようになった。


 なんでだろう? ほんの少し前までは差別も偏見もなくて、みんなと同じように暮らしてたのに。どうしてこんなふうになったの?




零和6年8月18日

 全国大会を最後に、二年生が引退した。城川先輩も。


「時任はこれから大変だろうけど、負けるな。何かあったら相談しろ」って声をかけてくれて、涙が止まらなかった。


 わたしを認めて応援してくれてた先輩がいなくなっちゃうのはさみしいし、すごく不安。泣きっぱなしだったわたしの頭を、先輩がぽんぽんしてくれたせいで、よけいに涙が止まらなくなった。


 好きですって、いつか言いたい。もうとっくに気づかれてると思うけど。

 でもきっと、今言ったら困らせちゃうはず。


 わたしの親が〈西系〉だってことは、もうみんな知ってる。わたしだけじゃなくて、学校にいる〈西系〉についての情報は、なんとなく共有されて、警戒されている雰囲気。



 ネットでは、行き場のない人達が〈西〉政府のスカウトに応じて、本格的に〈東〉の政府を倒して国を統一する活動を始めてるって話で持ちきり。


 政府が情報統制してるから公表されてないだけとか、〈愛国一心会〉だけじゃなくて他の組織もあるとか、海外のテロリストと連携して武器を入手して訓練を重ねてるとか…。適当な情報が、無数に書き込まれてる。


 表向きは普通に暮らしてる〈西系〉も、裏ではそれをサポートしてて、心の中では〈西系〉に不利な今の社会が転覆されることを望んでいるらしい。


 全部くだらない噂。なのにネットでは、それが本当のことみたいに語られてて、テレビなんかでも取り上げられてる。何の証拠も根拠もないのに、「ありそう」ってみんな信じてる。


 さすがに〈西〉の政府も無視できなくなったみたいで、「昨今の〈西〉系住民への根拠のない糾弾や差別を憂慮している」って〈東〉政府に申し入れたらしい。もっと強く言ってほしいよ…。


 お父さん、再就職が全然うまくいかない。絶望的。これからどうなるんだろう?




零和6年12月25日

 クリスマスも稽古。でも稽古の後、引退した三年生たちがケーキを差し入れに来てくれて、部室でみんなでケーキ食べた。


 城川先輩も来てたけど、全然しゃべれなかった。もしかして避けられてるのかな? って、ちょっと感じた。そんなことないって信じたいけど…。


〈西系〉は〈東〉の社会を脅かす敵だっていうイメージだけが、日を追うごとに、どんどん強くなっていってる。学校でも遠巻きにされることが増えた。不安しかない。

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