第13話 追放した父に与えられた好機

 ダグラスは額に脂汗を浮かべていた。

 魔導貴族として名声を得ている彼が、片膝をついてまで相手をしなくてはいけない存在は、玉座に座る国王だけである。


 大陸の支配者であるルーク国王ワイアットは、気さくな笑みで彼を見つめていた。


「ダグラスよ。忙しい中呼びだてしてすまぬな。お主の躍進ぶりは聞き及んでおる。素晴らしいのう」

「ありがたきお言葉、恐れ入ります」


 ワイアットは長い白髪と髭をいじりながら思案しているようだった。ダグラスは王からの呼び出しに心当たりがある。それは彼にとって、待ち侘びていたものであるはずだ。


「さて、お主を呼び出した理由は他でもない。コンラートより話は聞いている。我が国に伝わる秘蔵の魔具を、貸し与えてほしいということだったな?」


 ダグラスは薄くなった頭を少しだけ上げると、勤めて爽やかな笑顔を作った。期待と不安が心の中で激しく蠢いている。

 彼は頭の中で事前に考えていた言葉を淡々と述べ始める。


「はい。身につけることによって途方もない強大な魔法を放つと言われる魔具【神魔のガントレット】を、私達魔導貴族に貸与していただきたく存じます。

 ご存知のとおり我らが大国ルークは、元々は大魔法使いが起こした国家であります。神魔のガントレットは古くより高明な魔法使い達に貸与され、しばしば他国家や魔物達への脅威となり、そして切り札となりえる至高の国宝でありました。

 しかしながら、建国して六百年以上が経過した今、かの魔具を扱える者は減り続け、結果的には象徴を体現するということができておりません。

 ……しかしながら!」


 ここでダグラスは声を張り上げる。


「我らが魔導貴族。長男であるドレインは底しれぬ才能を秘めております。愚息ながら、国家の象徴を復活させる唯一の希望となることは間違いない。そう確信した次第であります。何卒、魔具の貸与をご検討いただきたく……」


 最後は深々と頭を下げる。しかしワイアットには見えない角度で、上目遣いでじっと様子を窺っている。国王は話を頷きながら聞いた後に、少しばかり苦い顔になった。


「うむ。お主の言う通りよ。悔しいが、ここ数代に渡り魔具を扱えるものは我が国におらぬ。国家の切り札として存在するはずの力の使い手がな。ただのう……。魔具はどのような者でも扱えれば貸与するというわけにはいかぬのだ。分かっておろう?」

「はい。重々承知しております」


 ダグラスは内心では怒りが吹き上がっていた。国王の言う資格とは、とどのつまり権威ということである。代々魔具は、王族が扱えなければ公爵が、公爵が扱えないようであれば侯爵の中で適した人間を探すことになっていた。


 魔導貴族は常にその選択肢からは排除されていたのだ。そもそも明確に位づけすらされていない、曖昧で不安定な立場である。


 これはダグラスにとっては不満以外の何物でもなかった。本当に優れているのは、権力だけにしがみついているような連中ではないのだ、と内心では毒を吐いている。しかし、そう思いながらも彼自身もまた、権力に執着し続けているのだが。


「本来ならば絶対に貸与するわけにはいかん……と言いたいところではあるが。うむ! そうまで望むのならば良かろう! 貸与を許可する」


 ハッと魔導貴族当主は顔を上げた。夢にまで見たことが現実になろうとしている。


「よろしいのですか! ありがたき幸せ! それではいつ、」

「まあ待て。一つ、貸与の前に頼みたいことがある」


 ワイアットはダグラスの反応を見て、この男は断ることはあるまいと内心ほっとしつつ、本来の用事を切り出すことにした。


「実はのう。しばらく先にはなるのだが、近隣国の王族を招いて国家会議と称した交流をすることになっている。まあ、これは毎年会場となる国が異なるのだが、今回は我々になる予定なのだ。ワシとしてはただのおもてなしではつまらぬと思った。

 何か特別なショーが必要であろう、とな。そこでお主達のことが頭に浮かんだのじゃ。確かに、魔導貴族の天才ともなればガントレットを扱えるじゃろう。神とも称される極上の魔法、それを他国王の前で披露してみせる。


 ルーク国において、これ以上のショーがあろうか! 他国の王達は我らに賞賛を送り、畏怖を抱くであろう。さすれば我らは安泰。お主達には貴族としての、確固たる地位を約束してもよい。どうじゃ?」


 王の話は寝耳に水であったが、ダグラスにしてみれば答えはひとつしかない。まるで極上の肉に噛みつこうとする狼のように目をギラつかせていた。


「是非ともお願い致します。必ずや成功し、国家の尊厳を高めてご覧にいれましょう」


 ワイアットの胸に安堵が広がった。そして満面の笑みを浮かべる。


「うむっ! よく申したダグラスよ! では早速魔具を貸与する。すぐに鍛錬を始めるよう、ドレインに伝えてくれ」


 国王との話はここで終わる。その後は大臣や兵士達に連れられ、魔具貸与の手続きや屋敷に送付される日時の確認を行った。魔法使いの家系を支配する父は、早く息子に知らせなくてはと馬車に乗り込み、帰り道を急いだ。


 ダグラスは長男ドレインの成長を信頼しきっている。この時彼は、自らの代で魔導貴族は公爵家を越えるという確信すら抱いていたのである。

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