第14話 父の誤算、兄の焦り

 魔導貴族キール家の領土は決して広大とはいえない。

 わずかな領地の一つにドレインは訪れていた。


 貴族邸からほど近い町オールトン。とあるカフェの窓際で、彼は苛立ちを募らせながら一人の男を待っている。


 この店を選んだのは理由がある。魔導貴族ゆかりの店であると言うことと、一般客がほとんど入れないほどの高級な店であり、公には言いにくい相談もすんなりできるだろうと考えてのことだった。


 やがてドアから来客を知らせる鈴の音が鳴り、その男は小走りでドレインの元に寄ってきた。


 愛想笑いで現れたのはガーレンだった。エクスを襲った時のようなフードは被っていない。


「へへ。すいませんドレインさん。ちょっとばかし野暮用が重なってしまってましてね。遅れちゃいました」

「この俺を待たせるとはいい度胸だ。座れ」


 指示されるがまま椅子に腰を下ろしたガーレンは、再度の謝罪と適当な雑談を始める。少しでも空気を軽くしてから本題に入りたいと考えていたのだが、ドレインの表情は険しさを増すばかりだ。


 将来有望な貴族家の長男は、店内に客が少ないことを改めて確認した後に、青髪の男に顔を寄せ小声で呟いた。


「俺がお前に聞きたいのはたった一つだ。くだらない世間話はよせ。アイツはやったか?」


 ガーレンは顔まで青くなりながらも必死に作り笑いをしつつ、自然と目前の男から距離を置いた。


「いや、まあ……本当に申し訳ないんですけどね。かなり難しいことになってるんです」

「……」


 ドレインは黙ったまま目前の没落貴族を睨みつけている。


「アイツあれですよ。完全にジリアーナの仲間になってます。あの界隈じゃアイツの仲間ってだけで別格ですからね。王族だって一目置くほどの一団になりつつあるんです。あの女がいる酒場の連中って」

「それがどうした」

「あはは、どうしたって。弱ったなぁ。そんな奴らの仲間になっちゃった以上、もう一度狙ったら命がいくらあっても足りませんぜ」


 ガーレンは遠回しに、今回の件を断る方向へと進めようとしていた。貰ったお金も返せば問題ないだろうと踏んでいた。しかし、それを目前の貴族は許してはくれない。ドレインは思いきりテーブルを拳で叩きつけた。


「ふざけるな! ここまできて諦めるつもりか。アイツには決して漏らされては困る秘密があるんだよ。いいから、必ず殺してこい! 必ずエ……」


 名前を叫びかけて、ドレインはハッとして口を塞いだ。殺すだなんだと次期当主が口走っていること自体も問題で、焦りのあまり周囲を見渡す。


 数人の客とウエイトレスは、特にドレインのことに気がついていない様子だった。それとも、恐怖のあまり知らないふりをしているのか。


「物騒なことを言っちゃいけませんぜ旦那。俺だって、昔はいろいろと気を遣ったもんです。金ならちゃんと返しますから、とにかく今回の件は諦めませんか」

「いいや、ダメだ。絶対にダメだ。お前にもう三億G渡す。だから必ず成し遂げろ」


 この一言に、ガーレンは青髪をむしりながら悩んだ。その後数分間、いくらかの説得をやんわりと続ける。プライドの高いドレインの気持ちに配慮しながら淡々と説明をしたが、結局のところ結論は変わらない。


 ドレインは目前の男が腹立たしくて堪らなくなった。額がくっつきそうなほど顔を近づけ、貴族家とは思えないほど禍々しい顔で睨みつける。


「ダメだ。アイツだけは絶対にこのままでおくわけにはいかない。絶対に仕事を果たせ。明後日までに完璧な計画を記した手紙を俺宛に送れ。その後、日程は俺のほうで決める。もし間に合わなければ……お前も、お前の仲間も、相応の罰を受けることになるだろう」


 言うなり、カフェのお金を置いてドレインは立ち去っていく。ガーレンは切羽詰まった状況に追い込まれ、ただ蒼白な顔でテーブルに目を落としていた。


 ◇


「ドレイン! どこで油を売っておったのだ。早く来なさい。お前に素晴らしい話がある!」


 自らの不安の種であるエクスに怯えるドレインは、屋敷に戻るなりダグラスに呼び出しを受けた。いつになく欲望が顔に出ているような父に、息子は嘆息するばかりである。


「一体何があったのです。私は少しばかり用事が」

「喜べドレインよ。先程、国宝であるガントレットが届いたのだ」

「は……?」


 興奮が冷めやらぬダグラスに引っ張られるように、ドレインは屋敷の宝物庫へと向かう。道中でこれまでの経緯を説明され、信じがたい展開に驚きを隠せない。


「ほ、本当ですか父上。私が、あの国宝である魔具の使用者として認められるんですね」

「ああ! しかし、その前に演舞をせねばならんがな。これこそが神魔のガントレットじゃ」


 メイド二人がガントレットを赤い布に包み、ドレインの側へと歩み寄る。それは右腕側しかない。全体が漆黒で統一されており、手の甲部分には真っ赤な宝石が埋め込まれているようだった。


「この赤い宝石のようなものはのう。世界でも数少ないレッドドラゴンストーンと呼ばれているものじゃ。魔力を注ぐことによって、人智を超えた力を発揮することができると言い伝えられておる」

「素晴らしい……なんと美しき魔具でしょう。これほどの物を、この私に授けていただけるとは」


 エクスの件などすっかり頭から抜け落ちたように、ドレインはガントレットの輝きに魅せられていた。


「時にドレインよ。演舞の日程はまだ未定じゃが、少しばかり先になるようだ。気が早いかもしれんが、試してみるか?」

「宜しいのですか。お願いします、是非とも!」


 早く神魔を放ってみたい。溢れ出る欲求に急かされ、ダグラス達は屋敷からとある練習場へと向かった。


 ◇


 見渡す限りに青い海が広がる浜辺に、魔導貴族達が到着した。馬車を降りたドレインは、はやる気持ちを抑えながら砂地の真ん中へと歩みを進める。魔導貴族の領土であり、ほとんど無人であるこの浜辺ならば、好きに魔法を練習しても迷惑になることはない。


「ほっほっほ。いやしかし、楽しみで堪らぬ」

「ええ、私もです。さあ君達、ガントレットを」


 護衛の兵達や現当主が見守る中、ドレインはメイド達からガントレットを受け取った。どんな素材で作り上げられているのかは分からないが、まるで鉛のように重い。こんなものが扱えるのか、とふと彼の頭に疑問符が浮かぶ。


 しかし、伝説の魔具ともなればそれなりの重量感は当然だろうと考えを改め、静かにガントレットの中に右腕を差し入れる。


 神魔のガントレットにはいくつもの伝承が存在する。中には使い方や効果に関する詳細が記載されているものも少なくはなかった。魔導貴族にとってガントレットは憧れの魔具であり、その知識はあらかた頭に入っている。


 ガントレットはふさわしき者がその手に嵌めた時、寸分違わず適切なサイズへと変わるのだと言う。そして術者の強大な魔力をレッドドラゴンストーンに注ぐことにより、黒き姿から変貌を遂げ、恐るべき輝きを放つと言うもの。


 だが、右手に差し込んだ後、ガントレットに変化は生じていない。元々が大きすぎるサイズの為、ドレインにはまったく合っていなかった。


「どうしたのだ? ドレイン」

「え? いえ、なんでもありません。さて……始めるとしましょうか。私の溢れんばかりの魔力を持って、神魔の詠唱を!」


 恐らく伝承に偽りでもあったのだろうとドレインは考える。そして、特に気にすることもなく瞳を閉じ、魔力を手の甲にある石めがけて注ぐイメージをする。


「おお、おおおおお!」


 ダグラスが叫びたがらんばかりに興奮している。護衛の兵士やメイド達も同様だった。赤い宝石が輝き、少しずつ光の線をガントレット全体に伸ばしていくようだった。


 しかし、その光は中途半端なところで止まり、直後に装着していた青年が全身を震わせ始める。


「お、おごごごごご!?」

「む!? どうした! ドレイン!」

「ぐむおおおおおおああひいい!!」


 彼は聞くに耐えない悲鳴を上げつつ砂場に倒れこんだかと思うと、悶絶し異様なまでに激しく転げ回っていた。


「いかん! 魔力を吸われ過ぎて壊れかかっておる! 外せ! 魔具を外せえええ」


 自分ではどうにもできないドレインに代わり、駆け寄った兵達が急いでガントレットを外した。全身から汗を滝のように流し、鼻水すら溢れ出る貴族の長男に、ダグラスは顔をしかめる。


「ど、どうなっておる! ま、まさか……ドレイン。貴様魔力の鍛錬を怠っておったのか」

「あ……あああ。これから、これから頑張ります……」

「お、お前という男は! 次期当主たるもの、魔力鍛錬を怠ってなんとするか。明日から急いで鍛錬をするのだ! もし演舞で失敗すれば、失敗すれば」


 考えたくもない光景がダグラスの脳裏に浮かぶ。見えていたはずの希望は、一転して地獄への入り口になり得ると言うことに、今になって気がついたのだった。

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