第12話 武器を買ってみた

 ゴブリン退治をした次の日。俺は早速ジリアーナさんに連れられ、町の通りを歩き続けていた。


「あの、ジリアーナさん」

「ん? どうしたー? もしかして綺麗なお姉さんの隣で、ドキドキしちゃってるのかな?」

「違います。剣を教えてくれるんじゃないんですか」

「あっさり否定するじゃないかっ。そうそう、アンタに今日から剣を教えてあげるのさ。だからこれから、その為の武器を買う」


 ああ、そうか。言われてみれば、俺はちゃんとした剣を自分で買ったこともなかった。自分用の武器がなければ、そもそも練習にならないってことなのか。


 まさか買い物にまで付き合ってくれるなんて。申し訳なさを胸に抱きつつ歩いていると、街の外れにいかにも工房兼武器屋ですという建物が見えた。そして彼女はそこで足を止め、ニッと笑ってこちらを見てくる。


 しかし凄い風貌をした店だと思う。築何十年になるかわからない趣と、ストレートには言い難い見かけの清潔感は、普通の女子ならドンびいてしまうこと請け合いだ。ジリアーナさんのような逞しい女性ではなければ近付きもしないだろう。


「ここ、あたしの行きつけなんだ。親父ー!」


 ちょっと驚くほどの大声を上げつつ、彼女はドアを開けて入っていく。俺は緊張しつつも中に入ってみる。意外と店内は狭くて、そこかしこに武器や防具が飾られているようだ。


「親父ー! 剣を売ってくれよ。とびきりカッコいいやつ!」

「ああもう! そんなデカい声を出さんでも聞こえるわい!」


 武器屋の奥は工房になっているらしく、奥から埃や炭を被ったドワーフが姿を現した。白くて長い髭を見る限り、けっこうなお年と思われる。


 世間ではドワーフは大抵背が低く、横幅が広くて筋肉隆々というイメージが根づいている。彼もまたそういった印象どおりの見た目をしている。腕っぷしもとにかく強そう。


「おや? そこの少年は?」

「あ、初めまして! エクスと申します。ジリアーナさんに武器屋の紹介を、」

「この子ってば真面目だろう! 初対面からこんななんだ」


 挨拶の途中で割り込んだジリアーナさんに肩を組まれ、俺は戸惑ってしまった。ドワーフのおじさんはじっとこちらを見つめた後、ふんと鼻を鳴らした。


「ジリアーナの仲間ってところか。だったらいいだろう。好きに見ていけ」

「良かったじゃんエクス。親父は偏屈だからさー。一見さんはなかなか相手にしてくれないんだよ。おかげでこんなボロ店だけど」

「少しは言葉を選ばんかい! ワシはふさわしき者にしか武器を渡す気はないのだ」


 二人は随分と気を許した間柄らしい。俺は辺りを見回し、その精巧な武器の数々に見入ってしまった。鋼や鉄でできた剣、ハルバードや弓矢、材質はわからないが色鮮やかな鎧や兜など。どれをとっても美しい。


「なんだろう。みんな輝いてる」


 思わず感想が口から溢れる。ジリアーナさんがお気に入りというのも頷ける。彼女はいつの間にか俺の隣にくると、一本の剣を手に取った。


「あたし達にとって、剣っていうのは相棒だからね。相性の悪い奴と組んじまった日には、すぐに人生を終えることにもなりかねない。それだけ重要なもんなんだよ」

「その相性っていうのは、どうやって見極めるんですか?」

「なんでもいい。手に取ってみ」


 言われるがまま、とりあえず一番近くにあった鉄の剣を手にする。一見すると昨日使った剣と似ているが、何かが違っていた。重みもさることながら、バランスが異なるように感じる。


「どう? なんか分かった?」

「え。いや、あんまり……」

「そう! アンタにはまだ分かるわけない。だって自分のことが分からないからね」

「自分のこと、ですか?」

「ん。自分がどういう戦い方が得意で、どんな物なら最適に扱えるか。そこを掴めるのはしっかり練習をしなくちゃ分からないよ。だから、最初は安ーい武器とかでいいのさ」


 説明されてみれば当然のことだと思う。俺は続いて鋼の剣を取ってみたが、やはり自分に合っているかなんてまだ分からない。


「兄ちゃん。アンタには、まだその剣くらいで丁度良かろう。武器難易度が高いものを選ばんほうがええぞ」


 おじさんの口から聞いた単語は初耳だった。


「武器難易度?」

「武器っていうのはね。強いものほど扱いが難しくなるんだ。アンタが今持ってる剣は難易度E。まあ、練習すれば誰でも扱えるね。でも、あたしの持ってるこいつとかは、普通じゃ無理。難易度Sくらいあるからさ」


 ジリアーナさんは、今日も背負っている青い剣を指さして笑う。後で聞いた話だけれど、武器難易度はE、D、C、B、A、Sの順に使うのが大変になるとか。


「親父。多分だけど、この店の最高難易度の武器は、もうすぐエクスが使うことになると思うよ」

「「え」」


 なぜか俺とドワーフおじさんの声が合わさっていた。


「馬鹿をいえ。ワシの最高傑作を、このようなあどけない少年が使えるようになるはずがない!」

「そうかなー。案外近いと思うよ」

「何年かかると思っとるんじゃ?」

「あたしの予想じゃ、一年くらい」


 おじさんの目が丸くなった。心底驚いている顔の見本になれそうだ。


「い、一年!? たった一年でか!?」

「んー。多分ねっ」


 軽いなー。っていうかジリアーナさん、そんな無責任なこと言わないでほしい。


「ふん! やれるもんならやってみろ」

「あはは! エクス。やってみろってさ」

「ええー。ちょっと厳しくないですか」


 チッチと彼女は人差し指を振る。


「アンタなら大丈夫だ。なんてったってアタシが鍛えまくるからね!」

「俺、死んだりしません?」

「大丈夫。骨はすぐに拾う」

「その前に殺さないでください」

「はっはっは! まあきっと死なないよ。じゃあ、練習しようぜ」


 結局俺は鉄の剣を購入することになった。正直、最低難易度の武器ですら扱えるか不安である。そして彼女に連れられて、とある練習場へと向かった。

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