第11話 巨体に喰らわせた一撃

 ゴブリンの中でも獰猛かつ強靭な怪物。

 その腕は俺の肩幅ほどもあり、ラングから奪った斧など片手で扱える。


 あのパワー溢れるスキンヘッド戦士がこうもやられてしまっている。俺なんかが向かっていってどうなるわけでもない。でも、その時は体が勝手に動いた。動いたとしか言いようがない。


 ただ、奴は思っていたより動きが遅かった。俺が駆け寄るまで結構な時間はあったと思うのだが、まるで風呂上がりに体操をするおじいちゃんのような腕振りをしている。


 巨大な腕は目前だった。俺はただ夢中で斜めに斬りあげる。しかし勢いが余ってしまったのか、体が前進を止められず、すれ違うようにして数メートル離れた。


 奇妙な感覚があった。筋肉に包まれていた筈の腕に剣身が触れた時、異様に柔らかかったのだ。ただ、この時は気にしている余裕などない。野太い悲鳴がこの通路、いや多分遺跡中に響いた気がする。


 不謹慎ながら、今の悲鳴はどっちだったんだと不安になる。一体ラングはどうなってしまったんだ? 焦った俺はすぐに背後を振り、そして仰天した。


 巨大な肉の塊が、するりと崩れ落ちてラングに覆い被さっている。ゴブリンキングだった怪物は、首と左肩が切断されて地面に転がっており、赤黒い血が床を染め尽くすように流れていた。


「ラング! ラング!」


 ジョンが焦って倒れているラングの元へ駆け寄る。どうにかして巨大な塊をどかそうとしているが、相当重いようでなかなか動かせない。


 俺は荒い息遣いのまま、ラングの元へと走り寄った。

 その時気がついたことがある。


 このゴブリンキングとかいう怪物は、よくよく見れば筋骨隆々でもなんでもなく、ほぼ贅肉だらけの体つきをしていたんだ。だからあんなに腕の振りが遅かったのか。


 なんだこいつ。ただのデブじゃないか……。っていうか、本当にゴブリンキングっていう存在だったのかな。

 思いの外プヨプヨである。薄暗い遺跡の遠目から見た感じ、めちゃくちゃ強そうだったのに。


 もしかして、俺が知らないうちに強くなったのかも、なんて気持ちに一瞬でもなりかけたことは秘密にしている。


 ただ、立ちって攻撃している時は、この体格差が脅威だったに違いない。ラングと俺の立場が逆だったとしたら、きっとやられていたと思う。彼だからあれだけ踏ん張ることができたんだ。


 ジリアーナさんと俺が手伝い、ようやく重い肉の塊をどかすことができた。下敷きになって苦しそうにしていた筋肉自慢の男は、大きな怪我もないようで安心した。


「だいじょーぶだった? アンタ、もうちょっとで死ぬところだったねえ」

「あ……ああ」


 ラングはちょっと俺を気にしているようだった。運が良かったとはいえ、格下に助けられたことが不快だったのかもしれない。


「これで魔物は片付いたね! じゃあ帰るとするか。今日はなかなかに面白かったよ」

「私はもうごめんですよ。こんな危ない橋は」


 ジョンはため息を漏らしつつ、帰り道の先頭を勤めた。どうやら酒場に戻り、魔物の死体を回収する係を呼ばなくてはならないらしい。そうやって依頼を達成したかどうか確認するんだとか。


 平和な帰り道では、ジリアーナさんは俺たちにやたらと話しかけては笑っていた。こんなに陽気な人もなかなかいないんじゃないか。それともゴブリン達を討伐したことが嬉しかったのかな。村についてから馬車に乗り、あとはただのんびりと到着を待つのみ。


 みんなはリラックしていたが、俺はそうでもなかった。実は馬車に揺られている時も、ちょっぴり手が震えていた。初めて化け物達と戦ったことで、時間差で体が恐怖を感じたんだと思う。


 そろそろラークスパーに着こうというところで、しばらく黙っていたラングが、隣から静かに口を開いた。


「なあジリアーナ。剣を教えるって話は決まりか?」


 喋り疲れて眠りそうになっていたジリアーナさんは、上機嫌に微笑を浮かべている。


「決まりだよ。なあエクス。明日からはすぐに稽古をつけてあげる。楽しみにしてな!」

「え……本当ですか。いいんですか、俺みたいな奴に」


 ふと隣から視線を感じた。今ままではっきりと目を合わせてこなかったラングが、初めてこちらを直視しているのが分かる。


「お前……ほとんど剣を持ったことなかったんだよな」

「え、はい」

「ふん! 言っておくがな。お前がいくら腕を上げようと、俺はもっと強くなっているからな! こんなところじゃ終わらねえ。必ず大陸史に残る戦士になってやる」

「は……はあ」


 凄い向上心だ。きっと何年剣の修行をしたって、俺なんかじゃラングに敵わないだろう。


「ま、やる気があるなら頑張れよ。あー……それと、助かったわ。さっき」

「いつも素直じゃないんですよね。最初からお礼が言いたかっただけでしょう?」

「ジョン! お前は余計なことしか言えねーのかよ!」


 急にタコみたいに赤くなるラング。不思議なもので、それから俺のことをボウズと呼ぶことはしなくなった。


 うーん。それにしても、本当に剣を習うことになってしまったとは。

 ここまできて断るのも悪い気がする。


 俺は強くなれるんだろうか。スキルのおかげでまぐれが続いているこの状況は、きっと長くは続きそうにないと、不安ばかりが頭にちらついていた。

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