第10話 怪物達の逆襲

 魔物っていうのは、基本的には野獣と変わりがなく、知能が低い生き物である。

 小さい頃の俺は沢山の伝記を読み、英雄に倒される奴らをそんな風に思っていた。


 無論、この時はそういった認識は誤りであり、知能も働く狡猾かつ危険な相手であるという考えに変わってはいたが、それでも甘かったと思う。


 地下の迷路を歩き回ること一時間。俺達はほとんどの通路と部屋を探索し終えており、いよいよ最後の通路を見つけた。


「あいつら、どうやら逃げちまったのかもな」


 ラングはしばらく前までの緊張感はすっかり抜けてしまったようで、あくびを漏らしながら最後の通路へと大股で歩いている。


「油断してはいけませんよ。これは罠かもしれないのです」


 相棒であるジョンはそう助言しつつも、やっぱり少しだけ緊張が抜けているような気がした。かくいう俺も同じだったと思う。ジリアーナさんは特に何も言わず、ただ黙っていた。


 しかし、この最後の通路がやけに長いのだ。一体何メートルくらい続いているのか。数分歩き続けてもなお、一番奥の壁が見えてこない。もしかしたら、奴らが立てこもっている最後の砦がこの先にあるんじゃないか。

 そう思うと失ったはずの緊張が戻ってきた。


「あ、あれはなんですか?」


 ジリアーナさんを除けば、最初にそいつに気がついたのは俺だったと思う。ラングとジョンがちょっと気の抜けた顔でこちらを見た後、もう一度前を向いた。


「ん? なんかいるっての……か……」

「あれは! ゴブリンキングですよ!」


 興奮したジョンが叫ぶのと同時に、そいつは駆け出してきた。遠くからではよく分からないが、体格的には相当大きいような気がする。


 いや、大きいなんて表現じゃ足りないくらいのサイズだ。

 徐々に近づいてくるにつれ、どうやら俺達よりもずっとデカいことは間違いないと確信した。天井すれすれに頭があったからだ。


 この通路は狭い。奴の身長が後少しだけ高かったら屈んでいなくてはならないだろう。ゴブリンのキングと呼ばれるその魔物は、汚くも見窄らしい布を一枚纏っただけの体を隆起させ、こちらに駆け出してくる。


 なんて勢いで向かってくるんだろうか。脚がとにかく早そうだ。こうなったら荷物持ちでも応戦しないとやばいんじゃないかと、焦って道具袋の中を確認する。予備の剣が一本あるが、俺にちゃんと扱えるかは分からない。


「ちい! 逃げるぞ!」


 ラングが叫ぶ。狭いこの通路では、力任せに突っ込まれればどうしようもなかった。


「待ちなよ。挟み撃ちにあったみたいだ」


 透き通るような美しい紫髪の持ち主が、冷静に状況を伝えてくる。彼女のいう通り、反対側にはゴブリン達が待ち受けていた。数にして四匹程度。恐らくは総力戦だろう。


 しかし、俺たちはほぼ全ての部屋を調べていたはずなのに、一体どこに?

 多分だけど、あいつらは部屋のどこかに隠れて、この通路に俺達が入り込むのを待っていたんじゃないか。この予想はきっと間違っていないだろう。


 しかもアイツらは弓を構えて、遠間からこちらを痛めつけようとしている。知能は人間と変わらない。いくつも飛ばしてくる矢をジリアーナさんの剣が斬り落としていく。真っ二つになった矢の先端には奇妙な紫色の液体が見えた。


 不意に頭の中に、フードの男が投げつけてきたナイフが浮かんだ。きっと毒入りの矢だと思うと、無意識に体が強張る。


「ラングぅー。あたしとジョンでゴブリンどもを仕留めるからさ。ちょっとだけ後ろの奴よろしく」

「あん!? ま、マジかよお」


 ラングは顔を真っ青にして振り返り、勢いよく向かってくるゴブリン相手に駆け出した。彼も相当体格は大きいのだが、化け物と比較するとどうしても小柄に映る。


 ゴブリンキングは見たところ丸腰だった。単純な腕力でこちらを亡き者にするつもりだろう。二つのスキンヘッドが思い切り衝突するかと思いきや、ラングは直前で停止。懐から何かを取り出して投げた。


 よく見るとそれは酒の瓶で、顔に命中して飛散した破片と液体が目に入ってしまったようだ。キングは突進をやめ、辛そうに目と閉じてジタバタし出した。ラングはチャンスを作り出し、それをものにするべく斧を構えて走る。


「ジョン! そろそろいける?」

「はい! これで終わらせます!」


 一方後方では、毒矢を落とし続けるジリアーナさんとジョンの声が響いていた。ジョンは長い詠唱を終えると、杖をゴブリン達に向ける。

 魔法がくることを察知した連中は、すぐに背を向けて逃げ出した。判断が早いと思ったが、一度放たれた魔法からは簡単には逃げられないようだ。


 ジョンが放ったのは外の戦いでも見たファイアボールだった。獰猛な炎が小さな怪物四匹にあっという間に追いつき、異様に発達した筋肉にまとわりついた。


「ギィヤアアア!」


 後少しゴブリン達の退避が早かったなら、ぎりぎり曲がり角でかわすことができたと思う。しかし、一度でもまとわりついた炎は、完全に獲物を食い尽くすまで離さない。


 いやしく邪悪だったはずの怪物が、哀れに感じるほど凄惨な最後だった。俺は魔法というものの特別さに改めて畏怖を覚える。同時に悔しくて堪らなくなった。でも、そんなことを考えていられたのは僅か数秒だ。


「ぐああ!」


 突然近くで聞こえたラングの叫びにハッとして振り返ると、優勢だったはずの戦士は地面に押し倒され、斧を奪われていた。あのラングでさえ簡単にやり込められてしまうなんて。馬乗りになり、今にも奪われた斧を振り下ろされる寸前に見えた。


「あれ? なんだよラングー。今から助け、」

「まずい! ラング!」


 一瞬で隣にきたジリアーナさんの声と同時に、俺は動き出していた。荷物の中で使われていなかった鉄の剣を抜き、無我夢中で走る。


 ゴブリンキングはラングの頭を押さえつけ、握り潰さんばかりだ。しかし彼はその力にはなんとか抵抗できている。苛立ちを隠せないキングは、右手に持っていた斧を思い切り振り上げた。

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